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「よ」


2004年鑑賞作品

4人の食卓 /THE UNINVITED
2003年 126分 韓国 カラー
監督:イ・スヨン 脚本:イ・スヨン
撮影:チョ・ヨンギュ 音楽:チャン・ヨンギュ
出演:チョン・ジヒョン/パク・シニャン/ユ・ソン/チョン・ウク/キム・ヨジン


2004/6/20/日 劇場(歌舞伎町シネマスクエアとうきゅう)
当然、チョン・ジヒョンが観たいから足を運んだわけだけど、あんなに美人でカワイイ彼女が、たったの一度も笑顔を見せないというのがやっぱり辛くって。いや、辛いというよりはやはりもったいない、かな。あの「猟奇的な彼女」の後だから、慎重にチャレンジングな役を選んだんだということは判るけど、その役への取り組みや演技力についての絶賛も、「オアシス」のムン・ソリを観ちゃってるとやはりそれほど響かないし……そりゃ全然関係ないことではあるんだけど。
ただ、これが非常に若い女性監督が撮っている作品だということに、またしても昨今の韓国映画の台頭を思い知らされて脅威を感じるんである。そりゃ日本にだって若い才能ある女性監督が出てきているけれども、本作の監督を輩出したような、国をあげての体勢が日本には全くないから。今や映画の黄金期は遠く去り、才能の教育、輩出を映画界だけに任せるには絶対にムリなご時世になっているから、教育の段階からしっかりサポートし、映画を文化として国が後押しする韓国に、完全に日本、負けちゃってるんだもん。ホントに追いこされてるよ、クヤシー!

ホラーではあるけれど、それも中盤までという印象である。主人公の一翼、ジョンウォンが電車の中で遭遇した少女二人。母親に薬を飲まされて置き去りにされ、死んでしまったこの少女二人がジョンウォンの幻覚や夢の中に執拗に現われる序盤と、彼の記憶が呼び覚まされ、断片的に回想場面が出てくる中盤まで。二人の少女。うーん、「シャイニング」だわね。そう、この中盤までは爆発音によるコケ脅し的な部分もありつつ、結構怖かったけど、謎解きを引き伸ばしに引き伸ばしまくるので、だんだん間延びしてくる印象。映像は抑え気味の色合いからリキ入ってるんだけど、それがずっと続いていることも、その間延びに加勢しているように感じる。

結婚間近のジョンウォンが出会うのが、もう一人の主人公であるヨン。彼女は嗜眠症という奇病にかかっており、どうやら緊張状態がピークに達すると路上でもどこでも突然、倒れて眠ってしまう。眠る、というのはちょっと違うのかもしれない……彼女も眠っているわけではないという。つまり彼女に穏やかな安眠は訪れないのだ。
彼女は友人のジョンスクに自分の子供を殺されてしまった。心神喪失状態になったジョンスクに高層マンションのベランダから落とされてしまったのだ。
この高層マンション、そしてベランダ、そこから見える異様に林立する灰色の高層建築群と、目もくらむ高さから見下ろす眼下の、誘い込むような怖さを持つ眺めが、この作品の重要なキーポイントになっている。何の美的感覚も考えないまま、需要に合わせて性急に建て込んだ趣の林立。映画だけではなく、国としての力の躍進著しい韓国を象徴する急成長をダイレクトに思わせる眺め。でもそれはこのマンション群が古びてしまった時のことを今から想像させるものでもある。だって、日本にも覚えがあるから。一つの町を形成するほどに建ちまくった団地が古びた時、廃墟を思わせてしまうということが。

このマンションで彼女が出会った友人との関係が、ゆがんでしまったのも無理からぬ気もする眺めである。友情を含め、すべての人間関係は、やはりこうした建築の中に住む必要のなかった時代の方が、自然に健全だった、気がするのだ。
ヨンには不思議な力があった。人の過去を見通せる力。このジョンスクとのやりとりはハッキリとは示されないけれども、ヨンがジョンウォンと出会って彼の忌まわしい過去をいわばスッパ抜いてしまったのと同様、ジョンスクの記憶もまた、ヨンは請われるままに彼女に言ってしまったのだろう。それは……ジョンスクが自分の母親の死肉を喰らって生き長らえていたということ!
言わない方がいい、言わない方が良かった、そんなこと。ジョンスクはそれを言われたことで赤ちゃんに対して異常に恐怖を示すようになり、ヨンの赤ちゃんを殺してしまった。きっと自分がしてしまったことを、生まれ変わってきた赤ちゃんたちが復讐のためやり返されるように感じてしまったのかもしれない。
正直であることだけが、優しさではない。
でも、そういう風に、節度を持ってつきあっていくことを選択すれば、確かにその友情はどんどん薄まっていくことも事実なのだけれど……。つまり、ヨンはジョンスクを姉のように慕って本当に仲良くしていたからこそ、自分の見たことを言ってしまった、それは判っているのだけれど。
相手の人生に干渉するのが友情なのか、それとも干渉しないのが友情なのだろうか……。

そして、ジョンウォンの封じ込められた記憶は、更に過酷である。彼には小さな頃の記憶がない。写真も小学校に入学するあたりからしかないのである。彼が今父親と思い、妹と思っている家族が、本当の家族ではないのだ。記憶がない、ということを、小さい頃練炭の煙を吸ってしまって失ったと聞かされていた彼だけれど、その理由にしてもちょっと解せないものがある。そんな時、あの電車で殺された女の子の現場に遭遇してしまった。
彼が何故、偶然居合わせただけの電車の中で死んでしまった少女に固執するのかが明かされるまでかなりの時間がかかるので、明かされてもすぐにはピンとこない。ちょっと、やっぱり、長かった気がする。
電車の少女二人は毒殺だったんだから、あんな風にすすけているはずはない。なのに彼は自分の中の深層意識から記憶を呼び覚ましてしまうのだ。

彼は妹をいぶり殺してしまったのだ!子供の浅知恵とはいえ……なんという恐ろしい記憶。確かに彼は記憶を封じ込めていた方が良かった。ヨンも見えたとしても言わなきゃ良かったのだ。
ジョンウォンにもヨンと同じように見えないものが見える力がある。そのことが、あの電車の少女との出会いで呼び覚まされてしまった。婚約者、ヒウンとの結婚生活をはじめるために着々と用意される空間。その中にモダンな4人がけの食卓があった。婚約者の彼女がセッティングしたそれは、彼女ご自慢の、テーブルの上ではなく4つの椅子、つまり人間に照明があたるようになっている。
その椅子に、向かい合わせに座っている、電車の中で死んでしまった少女が彼には見えてしまう。まるでスポットライトのように照明を浴びて。
チャキチャキッとしたヒウンはジョンウォンに明るく言った。食事ではなく、人間が大事なのよ、と。それはここでは何と……皮肉な響きを持っているのか。

ジョンウォンの実の父親は、不思議な力を持つ我が子を恐れ、暴力をふるうようになった。でもそれだけで暴力をふるうというのも少し解せないけれど、この父親には子供に見透かされたくないような後ろめたいことがあったのかもしれない。そしてジョンウォンは父親を殺し自分も死ぬ計画を立てたのだが……一人助けるはずだった妹が死に、自分が生き残ってしまった。
練炭の煙から守ってやろうと、戸棚の中に妹をしまったのである。大事な妹だからと思ったんだろうけれど、……大人なら、どうなるかいっぺんで想像がつくことが、幼い子供には判らなかった。
見るも無残な姿で運び出される妹を目にし、絶望の叫び声をあげる幼きジョンウォン、その時から彼の記憶は封じ込められてしまった……そりゃそうだ、こんな記憶にさいなまれていたら、とても生きていけない。
彼が生きていくために、必要な手段だったのだ。記憶を封じ込めるということは。
そしてその後、ジョンウォンを自分の息子として育てた教会の牧師。韓国はキリスト教徒が多いそうだから……。日本じゃこういう設定は成り立たないだろう……きっと教会より寺だろうな。

ヨンにとっては、それが判らなかったというよりは、他人の記憶を共有してあげることこそが、濃密なコミュニケーションだという意識があったのかもしれない。自分が好きになった人となら、深い痛みまでをも共有したいという……。
姉妹のように仲が良かったジョンスクは、ヨンがだからこそと思って教えた記憶により犯罪を犯してしまった。心神喪失状態ということで無罪になったけれど、ヨンの目の前で手すりを乗り越え、投身自殺を図ってしまった。
そしてジョンウォン。ジョンスクのことで嗜眠病にかかり、夫とも別居状態、しかもその姑からも縁起の悪い女、と冷たく当たられるヨンにとって、このジョンウォンとの出会いは、やっと出会えた自分と同じ苦しみを持つ運命の人、と思ったって、無理からぬことだったのかもしれない。
ヨンに過去を暴かれて以来、絶望のどん底に叩き落されたジョンウォンにとって、もうヨンと会うことはとても出来なかった。
執拗に電話をかけてくるヨン。もう既に、ストーカーである。そしてヨンは言う。ダンナには信じてもらえなかった話。……ベランダに出ていた彼女が、屋上から飛び降りた女性と一瞬、目があってしまったこと。あなたもその話を信じていなかったんでしょう、と。信じてもらいたいの。見ていて、と。
慌ててベランダに駆け寄る間に、ヨンはあっという間に落下していった……目のあうはずもなく。
一番哀しいのは、ヨンだったのかもしれない。

ホラーというよりは、人の哀しみの物語であったかもしれない。記憶を痛みを共有することは、結局は出来ないのかもしれないという……どんなに信頼し、愛していると思っている人とでも。
人はたったひとり、悲しみや辛さに耐えていかなければならないという、物語だったのかもしれない。そのことをこんな風にまっすぐに指摘されることは、確かにホラーなみに、恐ろしいことなのかもしれない。★★★☆☆


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