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「せ」


2005年鑑賞作品

せかいのおわり
2004年 112分 日本 カラー
監督:風間志織 脚本:及川章太郎
撮影:石井勲 音楽:岸野雄一
出演:中村麻美 渋川清彦 長塚圭史 安藤希 小林且弥 小日向文世 土屋久美子 久野真紀子 長宗我部陽子 つみきみほ 高木ブー 田辺誠一


2005/9/12/月 劇場(渋谷シネ・アミューズ)
ああー、もう、好き好き風間監督。惚れきった「火星のカノン」のちょっとシリアスというか哀しげな魅力とはまた違うんだけど、この切なさは、ああ、切なさは、そうか、切なさの作家さんなのかと勝手に決めつける。
でも切ないって、切なさって、恋で、人生で、一番きゅーんとくる最強のスパイスだけど、これを実際に感じられる映画って案外少ないのよね。私、結構切ない切ない書いちゃうけど、ホントのホントに感じることって少ないのよね。

まず、もう本作で最強に切なかったのは、店長である。
ヒロインのおー、幼なじみの慎之介の勤めるうー、盆栽屋さんのおー、店長さんである(私、バカまるだしだな……)。つまりヒロインをメインのエピソードとするとちょこっと離れた位置におり、実際ヒロインのエピソードに絡むこともないんだけれども、全てを見渡しているこのお兄さん的な店長さんがすごーく切ないんである。
彼は、物語始まって早々に、バイセクシュアルであるということが判明する。
従業員で、同居している慎之介は中途半端にナンパを繰り返して、その晩寝た女の子の名前も覚えていないようなヤツなんだけど、そんな彼をたしなめる店長に慎之介、「じゃあ、今までヤッた人の名前、全部覚えてるの?」などと問うのに対し、この店長「覚えてるよ、女も男も」とサラリと言い放つのである。

まあここで初めて明かされたって感じじゃなくって、そんなこと元から知ってて慎之介はここに同居しているんだけれど、「男も女も」なんていう響きから、なんかちょっとケーハクなのかしらん、と思いそうになるんだけどとんでもない。この店長さんてば、かなわぬ思いを慎之介に抱いてて、でもムリだって判ってるから、愛を探してさまよっているお方なのである。
その気持ちに気づいてしまうのが、ヒロインのはるこ。酔ったたわむれっぽく、「慎ちゃんのこと、好きなんでしょー」と言う彼女に店長は本気で怒った調子で、そんなことカンタンに言うなとか言うんだけど……でも図星だったんだよね。

はるこにフラれた慎之介が、しかもナンパした女の子が熱帯魚の水槽に悔し紛れにアイスクリームを投げ込んで行っちゃって。それを目にした慎之介、もうキレちゃって、暴れまくっちゃって、そんなところに、“コケ採集の出張”から帰ってきた店長が、暴れる慎之介を引き寄せ、チュッとやって、「ただいま。めずらしいコケ沢山取れたよ」というシーンが、もう、もう、なあんか、胸が、胸がしめつけられるのよ。
だってさ、彼は暴れる慎之介を止めるという、まあ名目でそんな行動に出たんだろうけど、彼にキスしたい思いはいつでも持っていただろうし、それを恐る恐る慎之介から問われて、「あれで収まったからいいじゃない」とこともなげを装い、「俺は博愛主義者だから。人類愛だよ」なんて言ってね、つまりはごまかして、慎之介は、まあ、そうか……みたいに納得するんだけど、こともなげ、な顔の店長の心の中を思うと、もう、何か哀しいっつーか、切ないっつーか、切ないのよ!

慎之介がはるこを追っていっちゃって、かつて熱帯魚を盛大に飼っていた水槽の中には小さなきんぎょが泳いでいるだけで、ガランとした店で「寂しいな……」って店長がつぶやくシーンがね、もう胸が締めつけられちゃうわけ。
演じる長塚圭史が最高にイイんだよなあ。「リアリズムの宿」でもそういう独特のスローなオフビートはあったけど、やっぱり両主演である山本浩司の個性にちょっと食われ気味ってところがあったからさあ。こういう絶妙な距離感のある位置に置かれると、彼のなんだかボンヤリとした不思議な魅力がすんごく際立つ。
店長の気持ちなんかなーんにも気づかない慎之介が、「店長は盆栽を愛してるから」なんて言ってさ、はるこが「慎之介は何にも判ってない!」って怒るでしょ。でも、気づかれないことに必死になってる店長がね、もうね……。
大人になっても、片思いの恋の切なさって、こんなにもあふれるものなのか。
だ、ダメだ……店長にすんごい感情移入しちゃって、何かもういきなり怒涛のごとく書いてしもうた……。

せかいのおわりって、思った。
せかいのおわりって、こんな感じかな。
そうヒロインのはるこが感じる「せかいのおわり」は、何の音も気配もしなくなって、何もかもからシャットアウトされて、そこは夜の闇だったり、落とし穴の中だったりする。そして不思議なことにそう感じる時にはいつでも、側には慎之介がいるんである。
慎之介はね、ずっとはるこのことが好きなんだよね。いや、そう気づいたのはひょっとしたら最近だったのかもしれない。はるこはある日突然、慎之介が勤務し住んでいる盆栽屋にやってくる。「キム君に追い出されちゃった」そう言って、当たり前のように部屋の中に入ってくる。
「やあ、はるちゃん、久しぶり」という店長の感じからすると、彼女は以前はここに一緒に住んでいたのかもしれない。
荷物はスーツケースプラスアルファぐらい。彼女は自分で自分だけの場所を持とうとせず、恋をしてはその恋する相手と一緒に住んで、振られては戻ってくる、な感じらしい。
なのかな、と思ったのは、彼女のそうした繰り返しのこれは一断片なのかな、と感じたのだ。このキム君に振られた彼女はほどなくして新しい恋人が出来、今度こそと思う人だったんだけど、実は妻帯者でまたしても追い出されてしまったりするし。

自分の場所を誰かに求めるようなはるこは、そう考えるとちょっと哀しい。
怖いのかもしれない。自分で自分の場所を定めてしまうのは。
はるこはなんだか危なっかしいというか、未熟で。美容院で見習いを務めていたのね。でも遅刻やちょっとしたミスでいつも先輩から怒られる日々。でもそれで反省するって感じじゃないの。何か、理不尽にイラだってる。いや、彼女の気持ち判らなくもない。確かに彼女の言うとおり、「子供じゃあるまいし、シャンプーする時、普通目をつぶりますよね」とは思うし、やってるのかと責められる自主練だって彼女が言うとおりちゃんとやっているのだろう、だから、「やってますよ」とふてくされたように返す彼女の気持ちも判らなくもない。
だけどさ……ある程度世間的なことも判って大人になっていけば、心の中でケッと思っても、まあしおらしくうなだれておいて、どこぞでストレス発散して、また明日から頑張ればいいや、ぐらいに思うじゃない。
はるこにはそれが出来ないんだよね。
それは彼女が、そういう、心と態度の二面性を持てないという点で素直で正直ともとれなくもないんだけど、世間的にはただのこらえ性のないワガママなワカモンであり、なんか両面で判っちゃうからこそ……危なっかしい彼女にハラハラとしてしまう。

この美容院の先輩だって、そりゃ厳しいけど決して悪い人じゃない、というのが端的に表現されているのがイイのね。キレたはるこが「もう辞めます」と出て行ってしまい、慌てた店長(こっちの店長は小日向さん)に「……またやってもうた……」とうなだれた声を出すんだもん。それがなんとも可愛くて、ああこの人は、下の子にしっかり指導しなきゃというプレッシャーでついついいつも厳しくしすぎて、自己嫌悪に陥っているんだなあと……なんとも愛しくなってしまうのだ。
そういうこともね、もう少しガマンしてここにいれば、はるこだってきっと判っただろうに。

ここではるこはキム君の次の恋人に出会うんである。まあそれが、辞めるきっかけになった事件を引き起こしたんだけど。店じまいの準備をしているはるこに元カレのキムくんが、「これでお前のものはもうないから」とわざわざ古ぼけた急須を届けに来た。キムくんが去った後、髪を切りたい、とやってきたのが中本という気弱そうなサラリーマン。はるこはこんな急須もう見たくもないもんだから、「もう閉店なんです。かわりにこれあげます」と中本に急須を押し付けてしまう。
後日店にやってきた中本は、「この急須の意味はなんだろうってずっと考えていた」と言い、「いきなり急須だから衝撃だった」と言う。顔にタオルを乗せるのが苦手だからと断わり、はるこは彼の目にシャンプーを入れてしまい、さらに熱いシャワーを浴びせてしまって、先輩からキツく叱られてこういうことになってしまうのね。
この中本を演じるのが田辺誠一で、もー、相変わらず素敵なんだから!で、彼は、後から思えば奥さんに去られてからずっと髪を切る機会がなく、ボサボサで、でイイカゲン気分をさっぱりしたくて美容院に現われたんだろうと思うんだけど、こんなことになって、髪を切る機会を逸してしまって、でその後はるこは店を辞めちゃったもんだから、彼女と再会してつき合うようになってからも、ずっとそのうっとうしい髪のままなんだよね。
これが……何か象徴しているような、気がするんだ。

はるこは相手に何もかもゆだねてしまって、優しい相手に守られたいと思ってて、いつ捨てられるんだろうって、不安で。それは今が幸せだから、あとは落ちるしかないから、なんだけど、それは自分が相手に何をしてあげられるかとか、相手を幸せにしてあげられるかとか、じゃないんだよね。だから中本は奥さんと別れて髪の毛が伸びっぱなしのまま、はること一緒の間、その姿のまま、ずっと変わらずにいる……そんな気がして。

この中本との再会がふるってて。はるこは「シャンプーするために生まれてきたわけじゃないし」と美容院を辞め、着ぐるみ着て看板を持って街角に立っているというアルバイトを始める。いかにもやる気なさげに立っている彼女の視線の先に、自動販売機で小銭を落としてしまって拾っている中本がいるのね。
足元に転がってきた小銭を拾ったはるこ、もちろんそのウサギの姿のまま、しゃがんで中本に差し出す。ピンクのおっきなウサギがお金を拾って差し出してくれてるそのショットの、なんというシュールでキュートなこと!
驚きつつもお礼を言って受け取る中本の背後に、ピンクのウサギはそのまま頬杖をついて彼を眺めているんである。ああああ、なんというシュール&キュート!
このピンクのウサギはね、全編に渡ってこのシュール&キュートを振りまいていて、この作品世界に独特な、静かでノンビリした間とあいまって、すんごく魅力的なんだよね。
二人ベンチに座って、ウサギの頭だけかぶってみる中本が、その姿のままはるこを食事に誘うシーンとかは更にシュールで可愛くて、たまんないし。「ウサギに誘われたの初めて」と笑うはるこもイイんだよなあ。
ああ、私もウサギに誘われたいよー!

はるこがしているこの仕事、彼女にとってはいかにもヤッツケって感じだけど、こういう仕事だって仕事としてきちんと成立しているんだよね。
同僚、というわけじゃないんだけど、同じように街頭に立っているサンドイッチマンのひろむちゃんにはね、そういう感じを受けるんだよなあ。
このひろむちゃんを演じているのは高木ブーで、彼の俳優としての姿は私初見なんだけど、これがすんごくイイの。
最初、街頭に立つ宣伝バイトの先輩として、疲れない立ち方や視線の位置なんかを教えてくれる。片足ずつ重心を替えるやり方を彼に習うツーショットは、ふとっちょのサンドイッチマンとピンクのウサギがダンスのステップを踏んでいるみたいでやけにカワイイ。
で、中本にもフラれちゃったはるこは、このひろむちゃんのところに居候するんだよね。
せまーい、不思議な部屋に住んでて、外から映さないからどんな感じの家なのか判んないんだけど、なんか感じとしてはホームレスに毛が生えた程度っていうか。
でも、なんだかすんごく生活を、っていうか人生を楽しんでるって感じなの。「彼女8人もいるし」なんて言っちゃって、「すごーい!ひろむちゃん、モテんじゃん」なんて、はるこは言うの。

何でこんな会話になったかっていうと、はるこが、寂しくない?って問うたからなんだよね……。
やっぱり、寂しいんだよなあ、はるこ。
本当はね、本当は、慎之介がいいに決まってる。タマゴの黄身しか食べられないはること、タマゴの白身しか食べられない慎之介は、いつも同じラーメン屋で、お互いに白身と黄身をとりかえっこ。沖縄の地元にいる時から、ずっとそうしていたみたい。慎之介の存在は、はるこにホレている彼が言うように、「運命って、こうやって必要とし合っているってこと」なんじゃないかとは思う。
でも、慎之介はホレてるけど、はるこにとって慎之介は、とっても大切な存在、いないなんて考えられない、何かがあれば戻ってくる故郷みたいな存在には違いないんだけど、でも、恋人、ではないわけ。
はるこがキム君に失恋してムシャクシャしてた時、「さくっと気分を変えたいの」なんて言ってムリヤリ慎之介の髪をメチャクチャに染めちゃったりするじゃない。あるいは10円ハゲ型に剃って「バカ」って書いてみたり。そんなはるこに慎之介は、「お前、やりすぎ」とか言いつつ、いつものようにラーメン屋に誘う。そういうやりとりがね、やっぱり友達、の関係だからなんだろうな。恋人、じゃ出来ないんだろうな。おたがい、嫌われることを恐れる恋人同士では。

はるこが中本に失恋して、やっぱり、いつものように慎之介のところに戻ってきて、落とし穴掘ってやるんだ!って息巻いて、スコップかついでいっちゃう、そんなはるこを慎之介は、ほっておくことが出来ない。そん時ナンパしてきた女の子がいたんだけど……この子がちょっとかわいそうでさ……だって、「私って、ナンパ向きみたいなの」なんて自嘲して、今回もそうかもしれないなんて思いながらも、「慎之介君とずっと一緒にいたい」って多分それなりの勇気を出して言ったに違いないんだもん。
でも、目の前で、慎之介は、別の女の子を心配して、去っていってしまったんだもん。
こういう、ワキの部分でもちょこちょこと、愛しい切なさが満載で、この女の子なんて、渋谷あたりにうろうろしてそうな女の子女の子したファッションの、ちょっと頭ヨワそうなコで、私なんか、ああまず理解はムリ!とか思いそうな感じなんだけど、こんな小さな勇気を聞いちゃうと、ああ、一生懸命の勇気を出してみた女の子なんだよね、と思うんだよね。
こういう、小さな切なさをそっとすくい取る描写が、なんともたまらないんだよなあ。

で、ついワキの女の子に執着してしまったが、だから、はるこである。彼女が落とし穴を掘ろうと思ったのは……中本が、落とし穴の話をしてたんだよね。この幸せが手から離れてしまうかもしれないことに不安になってたはるこを、「見えないものを見ようとしちゃダメだ」と話してくれたのがこの話で、中本は小さな頃落とし穴に落ちて、それ以来閉所恐怖症になってしまったわけで。
でもさ……見えないものを見ようとするはるこも、必要以上に悲観的なネガティブなんだろうけれど、見えないものを見ようとしない中本は、見なきゃいけないものも見ようとしなかったんじゃないだろうかって、それが奥さんの存在で、そうして彼も暖かさを求めてはるこに出会って、それはまるでプラスとマイナスがちょうどぴったりとくっつくかのような相性かと思ったんだけど、やっぱり結局はそれはお互いネガティブってことじゃなかったのかって。
中本は優しくて、不安なはるこをこんな風に暖かく包み込んでいそうで、実はそうじゃなかったのかもしれない。

はるこは落とし穴を掘ろうと頑張る。でもこの東京では掘れる地面なんてなかなかなくて、さまよい歩いてすっかり夜の闇の中、ジュースを買いに行った慎之介がなかなか帰ってこなくて、音のない中に取り残されて、彼が帰ってきた時、はるこは泣いている。
「せかいに、たった一人だけになっちゃったかと、思った」
その後、はるこは彼の求めるまま、ついに友達の一線を越えようとするんだけど、店長からもらった睡眠薬をコーラに混ぜて彼に飲ませてしまう。
「……ごめんね。自分でもなぜこんなことをするのか判らない。でも、やっぱりありえないよ」
そんな風につぶやくはるこ。

ってとこまでたどり着くのに随分時間がかかっちゃったけど、そういうことなの。はるこはどうしても慎之介と寝るとか、そういう恋人めいた関係にはなれない。
そしてまるでその場から逃げるように、故郷に帰ってしまう。
慎之介は、そんなはるこを追いかけてくる。何ヶ月経ったのかな、彼女の家を訪ねて、昔と変わらない緑の中を歩いている。急にはるこが、ズボッと落とし穴に落っこちる。慎之介も、落っこちる。
そこで、二人は、「せかいのおわりって、こんな感じかな」という空間に、二人横たわるんである。
……もし、ずーっと先、その時にもまだ二人が一人同士だったら、その時は……。
そんなことを言うはるこ、もう判ってるんだと思うんだけど。そこまで慎之介を待たせるつもりなの。
ううん、でも、やっぱり、やっぱり、二人はいつまでも、いつまでも、友達同士でしかいられないのかもしれない。
でしかいられない、んじゃなくて、それこそが尊い関係なんだけど、でも、それは、友達同士だったら、死が分かつまでは、決定的なサヨナラがない、という逃げなんじゃない?
本当は、こういうの、うらやましい。うらやましいけど、やっぱり、切ない。
こんなに、真の意味で、あったかい人がそばにいるのに……。

大人になれない、未熟で、何をやりたいのか判んない自分を、でも若いから何とかなるかなぐらいに思いながら、でも不安で揺れてて、っていう女の子を、中村麻美が監督との再度のコラボも息ピッタリに演じる。女の子、っていいながら、やり場のなさをタバコに紛らわしたりするところが、何かヘンに大人の寂しさを背伸びしてかじっているみたい。
慎之介を演じる渋川清彦、あ、KEEからこの名前で活動するようにしたのかな。このキャラもきちんと作ったんだろうけれど、不思議な自然体でね。「うん、まあ、そう、そうだな」なんて感じでいつも自分を納得させているようなノンビリ感が、このハッキリしない中途半端な男を妙に可愛く見せてて。ああ、店長がホレるのも判る気がするんだなあ。

二人、落とし穴から見上げていた、音のしない抜けるような色の青空が、てのひらに包み込んだ小さな水たまりみたいに、可憐で、きゅんと、切なかったけど、何か、そこから、“せかい”が果てしなく広がっていくような気もした。★★★★☆


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