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「や」


2005年鑑賞作品

約三十の嘘
2004年 100分 日本 カラー
監督:大谷健太郎 脚本:土田英生 大谷健太郎 渡辺あや
撮影:鈴木一博 音楽:クレイジーケンバンド
出演:椎名桔平 中谷美紀 妻夫木聡 田辺誠一 八嶋智人 伴杏里 徳井優 田中耕二 コンゾゥ


2005/1/11/火 劇場(渋谷シネクイント)
いやあー、面白かったわあ。もう、本当に面白かったわあ。大谷監督、「avec mon mari」ですっかりホレこんだんだけど、なぜだか「とらばいゆ」が受け付けなくて……なんで「とらばいゆ」私はダメだったのかよく判んないんだけど、あんまり瀬戸朝香がキツすぎたんだよな、きっと。その点今回はね、そらキツい感じでガンガン言う女性キャラも出ては来るんだけど、やっぱり上手さなんだろうな、中谷美紀がね。彼女は今までそんなイイと思ったことなかったんだけど、少なくとも瀬戸朝香よりはさすがに上手いと思ったなあ(エラそう、私)。いや、それにキャスト全員がね、やっぱ、上手いのね。ただ一人のフレッシュな女の子もそのナマな存在感が圧倒的でイイのね。いやいやいや、それにしてもやっぱり大谷監督会話劇の人だよなあ。脚本で会話劇が書けるのは三谷監督とかいるけど、会話劇、というのを根本的に魅力的に見せてくれる人っていうのは大谷監督だよなー。三谷監督はまたその点ちょこっと違う気がするんだよね……大谷監督は会話のキャッチボールの絶妙さを見せてくれる人。会話で笑かすんじゃなくて、そのあやなすものでぐんぐん引き込んでっちゃう人。だから、こんな密室劇でも、もう目が釘付けなの。

密室劇、列車の中だけの。そうか、列車の中かあ!そりゃ列車の中を舞台とした映画はこれまでだってあったと思うけど、それは密室状況のミステリとかサスペンスのためなんであって、この会話劇の妙をここまで楽しむものって、あったかしらん。いや単に私が観てないだけか。いやいやいや、それにしてもこの、言ってしまえばちょーっとオマヌケな人間関係が、ふっと泣いちゃうようなそれにじわりと変わってゆくラストへの収束の仕方がいやー、いいよなあ。それに密室とはいえ、この列車のゴーカなこと!え?こんな列車、ホントにあるんだ。あの皆が集う広い部屋はないみたいだけど、でもあのワイドな窓のゴーカなサロン!シャレたレストランばりの食堂車!ホテルの個室そのままのお部屋!いやー、めっちゃ乗りたい。彼らはその中を狭い通路で体を交わしながら移動する。しかしカメラが彼らの乗っている列車を外から、俯瞰で見下ろすと、街並みを、そして海岸線を列車は縫うように走っていて、この開放感とのメリハリがまたイイんだわ。全然飽きない。

それにしても冒頭からいいよねー。音楽がクレイジーケンバンド。全編に渡って彼らの曲が流れる。いやあこれがドンピシャで。オープニングクレジットのカッコよさは、日本映画ではなかなかお目にかかれないもんだったな。洗練されててね。いやー、確かにこれくらい日本映画だってね、気を使ってほしいわけです。いやー、ホントにちょいと粋なヨーロッパ映画を観てるみたいだったもんね。でね、そのクレイジーケンバンド、会話劇の最中にももうバンバン流れるんだけど、これがメチャメチャ乗せられちゃって最高にイイわけ。これも結構思い切ってると思うけど、この思い切りがいいじゃないのよお。湿っぽさがないんだよね。カラリとしてる。それでいて最後はちょっとホロリとさせる。うーん、カンペキかもしれん。

男女六人の詐欺師チーム、新入りも含めて、3年ぶりのそのチームでの仕事。駅に集まってくる冒頭。もう彼らの人間関係がダイレクトに伝わってきてメッチャ面白い。かつてはカリスマ的存在感を誇った志方は、3年前の仕事での失敗からすっかりダメダメ人間になってて、その彼と微妙な関係を匂わせる気の強そうな女、宝田がいて、彼女が連れてきた新入りの横山は話とは違う志方のダメっぷりを見てお調子者のキャラをさっそく出し始め、今回新チーフに張り切る久津内ははりきっているだけにすでにもうダメそうな予感を漂わせるヤサ男で、鼻にばんそうこうを貼っているただ一人ちょっと若い佐々木は、いかにもやんちゃで野心の強そうな、それでいて宝田への思いを少年のように抱えていて、……で、その中に途中で乗車してくる女の子。
この子が、なんたってカギなんである。おっぱいのおっきな女の子(宝田が胸うっすいからね)、今井。

3年前の仕事で、今井が連れてきた男が金を持ち逃げし、その後彼女も姿を消したことから、裏切り者の烙印を押されていた……烙印、と言っているのは彼女を参加させた久津内と、今井自身も身の潔白を涙ながらに訴えて。とりあえずねー、久津内は彼女にホレてんのよ。もうそんなの、彼女を参加させ、かばいまくるその態度からミエミエ。で、新入りの横山もひと目で陥落してるのもバレバレ。まったく、男は若くておっぱいのデカいコに弱いんだから。

でもこの子にはついついそれを信じさせちゃう雰囲気が、あるんだよね。演じる伴杏里一人が、このベテランキャラの中で、いわば演技者としてこっちの目にそれほど見慣れてないせいもあって、そして胸がデッカイこともあり(笑)、少女そのもののナマさを、やけに生々しく感じさせるんだもの。私もちょいーっと騙されちゃいそうな気分だったもん。ま、私はもともと女の子にヨワすぎだけど(笑)。横山はミルキーちゃん、久津内はパインちゃんと彼女を呼ぶ。アホかあ、と思いつつ、私もついつい、いやー、それドンピシャ、とか一方で思ったりしてる(笑)。観客には彼女が、二人の男それぞれに口説かれて、それぞれをいい気分にさせる描写も見せられるから、あ、この子ってば一筋縄ではいかないんだと判るんだけど、でもそれを見てもなんか騙されちゃいそう。いや、判るのよ、こういうタイプの女の子が一番危ないんだってことぐらいは。だから宝田がすぐメロメロになっちゃう男どもを牽制していたんだもの。でもそれが、まるで宝田だけがムキになってるみたいな雰囲気になって、そうさせちゃうのも、今井の上手さだったんだよね。

そう……これはいきなりオチバレだけど(ま、いいよね。オチが重要な映画じゃないし)、皆を裏切って今井と二人、金を持ち逃げしようとした志方を引き止めるため、今井一人に金を持って降りてもらうというクライマックスで、それまでの甘い少女っぽさがウソのように、厳しい口調で「甘いんですよ」と宝田に言う今井。確かに宝田が言うように、今井はただ一人、プロの詐欺師だったのかもしれない。
だって、彼女だけが自分の心の中を見せなかったんだもの、決して。彼女が得意とする手品みたいに、実に上手にタネを見せなかったんだもの。

面白いことにね、他の皆はもう見せすぎなの。自分のキャラも、思ってることも、もう腹を上にして甘えてる犬のごとき、バレバレに出しすぎなの。その時点でコイツらは確かに詐欺師としてダメダメだってことが判っちゃってたのかもしれないんだ……。あ、でも志方はやはり仮面をかぶってた。彼は本当はダメダメ人間なんかじゃなかったし、宝田への思いを断ち切れずにいたのに、彼女に恋する佐々木をけしかけたりしてたからさ。でもそれもどっかミエミエなんだよなあ。彼は必死に自分を隠そうとしてる。辛いから。あの過去の記憶と、宝田のことを忘れられないから。

それにしてもこおんなに、ある意味カッコよくない、そしてカワイイ椎名桔平なんて、思いもよらなかった。だって彼ってば、思いっきりヨレヨレでさ、かるーい感じでさ、椎名桔平、から連想されるクールなカッコよさが思いもよらないんだもの!あ、でもそれで言うと、ここに出てくる男性陣はみんなカワイイのね。なんだかすっかりこんなカワイイキャラが似合ってしまうようになった田辺誠一だってさー。彼、久津内はチーフに向いていないのをアッサリ見破られて、横山にお株を奪われ、結局パンダの着ぐるみを着て踊るハメになっちゃうのね。なんていうシーンはもちろんなく、彼らの仕事のシーンは帰りの列車の中の会話の中で語られるだけなんだけど、それもまた上手いんだよなあ。だって目に浮かぶもん。パンダの着ぐるみで踊ってる久津内がさ(笑)。今井をおどおどと口説くシーンもめっちゃカワイイんだよなー。あー、キスされる伴杏里がうらやましすぎ。だってすっごい初々しいキスなんだもん。

宝田はね、とにかくこのチームを大事にしてる。今回の召集だってそう思った彼女自身がかけたんじゃないのかな、と思わせる。彼女は無論、志方を取り戻したい思いもあったとは思うけど、でもそれと同じぐらい、このチームにかける思いが強かった。横山を連れてきたのは裏切り者、今井に替わる人材を、と思ったのかもしれない。でもすぐ本心を出しちゃうあたり、類友だけど(笑)。でもね、確かに矛盾なのよ。間違っている、とさえ言えるのかもしれないのよ。詐欺師のチームなんて。詐欺師ってのはウソをつくことが職業なんだもん。それで人を騙して金を巻き上げるんだもん。その詐欺師でのチーム、それを大事にするなんて、不可能とさえ言えることなのかもしれないんだもん。裏切り者、だなんて言葉が出ること自体が、詐欺師として失格なのかもしれないんだよね。

でもね、思うんだ……確かにそれがわざわいして、またしても今井に金を持ってかれるハメになった。仲間を大事にするあまりに、そうせざるを得なかった宝田。でも、せっかく稼いだ金をそっくり持ってかれたことより、今井に裏切られたことの方に明らかに落胆している久津内と横山のダメっぷり、だけどちょっと笑っちゃう暖かさ、そして今後の仕事の話をまた楽しそうに始める彼らの、ちょっとオマヌケな会話に思わず吹き出したりしちゃいながら……これでいいのかもね、いやこれこそがいいのかもね、とニコニコしてしまう。
だってね、その頃金を持って降りた今井はタクシーの中、いいことがあった、と言いながらも泣いてるんだよね。一筋の涙を流してるんだよね。宝田に志方君を置いていってと請われた時、「私、志方さん、ちょっといいと思ってたんですよ」と言ったあの台詞がね……。彼女、志方も落とそうとしたけど「俺にはそういうこと言わなくていいから」と言われて、はい、と素直に返した場面があって、この台詞だけはちょっとホントっぽく思えた。宝田も「だっていい男だもん」なんて返したりして。だから余計に思っちゃうんだ……もう詐欺師としてのウソをつかなくてもいい場面なのに、つまりこの涙はあの時男たちをメロメロにした涙とは違って、本当の涙なんだよね。志方を取り戻すため、つまりチームを大事にするため、宝田は今井に頭を下げて降りてもらった。それはつまり、今井はこのチームにいらないと、宣告されたことだったんだ。無論プロの詐欺師である今井にとって願ったり叶ったりの結果だったはず。なのにチームからハズされたことが、意外にも彼女にとって哀しいことだったのかもしれない。
なあんて、ね。私ったら結局カワイコちゃんに弱いだけだけど(笑)。

久津内がね、こんなこと言ってたじゃない。他のみんなとは違った子供時代をみんな持ってるはずだって。自分たちはそういう人間の集まりなんだって。お葬式で泣けない自分、無責任な興奮状態で泣いている他のみんなを軽蔑しながらも、そういう皆を嫉妬してたんだって言う場面、ね。そういうのって確かに判る。でも、多分本当の、プロとしての詐欺師の人だったら、“そういう皆を嫉妬してた”という部分には行き着かないんじゃないかとも思うのね。このダメダメ詐欺師チームがダメダメな理由は、こういう、ちょっと人間そのものに対して甘くなっちゃう部分なのかもしれないと思ったり。
ひとつの大きな嘘のためには、小さな三十の嘘が必要。そんなことを志方が言ってた。まだまだ青い佐々木にね。この時点では志方にはその覚悟はあったんだとは思う。でも、出来なかった。通せなかった。それが出来るか出来ないかが詐欺師として大事なことなのだとしたら、確かに今井だけが、それが出来てたんだろうな、と思う。

今井が降りてしまったことに気づいて、慌ててホームに降り、オロオロと彼女を探す志方を、宝田は列車に引っ張り上げる。そして……このシーンはほおんと、中谷美紀、バツグンに良かった。あの3年前の仕事の失敗、そしてその時勢いで宝田が佐々木と寝てしまって、それ以来志方はずっとふぬけみたいになってしまってて。つまりはね、結局、宝田こそがひっかかりだった、志方の。宝田はね、そこまでは気づいていなかったんだと思うんだわ。志方がダメになっちゃったのは、仕事に失敗したショックからだとばかり思ってたと思うのね。でも志方がそう言って、だから彼女に嫌われて、皆に憎まれて、全てを終わりにしてふっきりたかった、と苦しげに告白する姿に、目にみるみる涙をいっぱいためて……いやその前から、彼に仕事に戻ってもらうことを必死にかき口説いている時から、その大きな目には涙がじわじわとたまってたんだけど、その志方の台詞でみるみるまに涙がたたえられてね、彼に近寄ってキスして、「何すんだよお!」とうろたえる志方に(こーいうあたり、可愛すぎる)「……だって、志方くん、可愛いんだもん」と言うシーンにはきゅーんときちゃったなあー。あのね、面白いことにね、彼も彼女もお互いに対して好きとかそういうことは言ってないんだよね。宝田がひっかかる、とかこのチームには志方君が必要、とかそういうことしか言ってないんだよね。それがさあ……二人の思いを逆にすっごく感じさせちゃってさ、直接的な言葉よりずっとずっと感じさせちゃってさ、胸がいっぱいになるわけ。で、宝田が、そのおっきな目でもついに押さえ切れなくなった涙をひと筋流して、「お願い、もう一度キスして」って言うの、このシンプルな言葉がこういう関係性の二人にとってはとても思い切った言葉で、だからなんかもう、胸がいっぱいになっちゃうのだー。

口がたって、お調子もんのキャラがピタシだった八嶋氏の浮いた存在が面白かったなー。そして初めて脇に回ったのを見た妻夫木君。うんうん、脇に回るとまた新鮮でイイじゃないの。人なつっこい犬っぽいキャラが効いてるよ。主演ばかりだとさすがに見飽きちゃってたからさー。脇に回ると彼がやっぱり上手いってことがよく判るのね。

チームを象徴する5つのカギ。もうひとつのスーツケース。誰が裏切ったかのカラクリでちょっとドキドキさせつつ、それもまたスルリと、誰もが疑わしくなるやっかみが絡んだバトルに発展するあたり、会話劇の真骨頂。ミステリに行きそうで、それをあえてかわして、会話劇の面白さに集中してるのが、イイ。会話劇が上手い大谷監督でも、これまでで最多の人数で、しかもあらゆる組み合わせで絡んでゆくその裁き方が実に絶妙。もー、こういうのばんばん海外に出してよって思う。最近、韓国映画に嫉妬しっぱなしだから。大体さあ、日本は入れるマーケットばかりで出すマーケットが弱いんだよー。こういう良さをね、もっとね、出してほしい。ホントにそう思う。だってくやしいじゃん!★★★★★


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