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ミス・ポター/MISS POTTER
2006年 93分 アメリカ=イギリス カラー
監督:クリス・ヌーナン 脚本:リチャード・モルトビーJr.
撮影:アンドリュー・ダン 音楽:マギー・ロッドフォード
出演:レニー・ゼルウィガー/ユアン・マクレガー/エミリー・ワトソン/バーバラ・フリン/ビル・パターソン/マテロック・ギブス/アントン・レッサー/デヴィッド・バンバー
それは、いいトコのお嬢さんだからこそ、逆に説得力があるのかもしれない。困窮していて、自立だの何だの考える前に自立しなければならない女性の場合、それこそ玉の輿だの永久就職を考えてしまうかもしれない。白馬の王子様を求めてしまうのかもしれない。
でもビアトリクスは、白馬の王子様なんてものが、タイクツな人生の墓場に閉じ込められることだと知っているのだ。むしろ、世間に出ていないだけ、世間に出ないお姫様がどれだけ自由を奪われているかを知っているのだ。言っとくけど、結婚は男にとっての人生の墓場じゃなくて、女にとってのなんであるということをね!
などという最後の部分は、むしろ真の幸せな結婚、愛する人との出会いがない独身女のヒガミに違いない。ビアトリクスは確かに、愛のない結婚を押しつけられるクソセレブの人生から抜け出したいとは思っていたけれど、真に愛する人と出会うということ、その幸福は知らずにいたのだもの。
その運命の相手、ノーマン。経営者である兄たちはこの末弟をいつまでも子供扱いして、会社の手伝いをしたいという彼にこの売れる訳ないバニー本を押しつけることで、ていよく諦めてもらうつもりだった。
でもそれが二人の運命。ノーマンはビアトリクスの愛らしいウサギにひと目で惚れこみ、コストと芸術のバランスを考え抜いて、美しい一冊の本を作り上げた。ノーマンの姉、ミリーもまたビアトリクスをひと目で気に入り、「あなたの友達になるわ!」てな勢い。ヨメに行かないだけで白い目で見られる上流社会の中で息が詰まりそうだったビアトリクスの、何よりの理解者となった。
最初はモノクロで出版しようと考えていたビアトリクスはノーマンの熱意に押され、印刷所まで出向いて色の指定をしたり、自分の手で自分の本が生み出されていくことへの、アーティストとしての喜びを覚える。そしてそして……ピーターラビットの本はまさかまさかの大ヒット!
クリスマスパーティに、ノーマンとミリーを招待したビアトリクス。ここで運命のクライマックス。ビアトリクスの後ろには、まさにオールドミスの見本のような老いた女中が常についてきているんだけど、この女中が実は酒好きだと知っているノーマンは、巧みに酒を飲ませて眠らせる。そして、二人きりになったビアトリクスの部屋で、思いつめたようなノーマンからこぼれ出るプロポーズの言葉。
ビアトリクスはノーマンからプロポーズされて戸惑うんだけど、その答えはイエスなのだということは心の中で大決定だということ、そのことに更に戸惑っているのが、もう、凄くいい。それってつまり、今までの自分の信念を覆すことであり、弱い自分に戻ってしまうんじゃないかっていう恐れがあったに違いないもの。
上流社会にいると、結婚はいい条件の取り引きみたいなもの。それ以外に、考えられなかった。結婚をしたいと思うほど愛する人に出会うなんて思いもしなかった。愛する人なんて概念さえ。
もう30もとっくに過ぎたオールドミスが初恋に落ちたような状態は、それだけでお寒い状況に他ならないのに、それを、ちゃんと同世代であるレニー・ゼルウィガーがやると、不思議に初々しいんだから、この人は得である。
ホントにここまで経験ナシにきてもおかしくないような初々しさをイヤミなく出してくるこの人は、ある意味バケモンだわよね。そういう意味で、このヒロイン役は彼女以外にはちょっと考えられない。唇女優のクセに、その唇がセクシーの方に行かずにカワイイ方に向かうなんて、彼女だけだよ、実際!ホント、フツーならカマトトになるよなーってところを、オトメな純粋さに見事うっちゃりかましてるんだもの。
ていうか、ノーマンと出会ってからプロポーズを受けるまで、劇中はさっくり行ってるけど、実際は数年かかってるのね。実にこの時ビアトリクス39歳。39歳!今だってかなりの遅めだが、当時じゃあ、ある意味スキャンダラスなことでさえあったかもしれない。
でも、でもその幸福な時はなんとまあ……一ヶ月も続かなかったのだ。
で、そのノーマン、ユアン・マクレガーがまた見事なんだよなあ。彼はビアトリクスの最初の最愛の人であり、彼女が世に出た最大の貢献者であるそのご本人様に(ヒゲつけたら)ウリ二つだってことが決め手となったらしいんだけど、それを差し引いても、彼の、レニーに勝るとも劣らないウブさは尋常じゃないよ!
ようやく彼自身の魅力が、真に発揮できる場所に安住したなーと思う。なんか、デビューのとんがり加減が、割とその後引きずってたからさあ。んでもって、「ベルベッド・ゴールドマイン」の太り気味のビジュ系に、失笑買ってたりした感が多少あったもんだから。
でも彼の真骨頂はそんなトンがった部分じゃなくて、ふんわり癒し系なのよね。「ムーラン・ルージュ」あたりからそれがようやく認知されてきた感じになって、もう本作では100%、母性本能かきむしりまくりでしょ!
彼に関しては出版社の末弟のボンボンという設定だけで、別に女に疎いとか、そんな所までは描かれないんだけど、でも兄たちに阻まれて社会に出られなかったり、お母さんのお気に入りで話し相手のためにと引き止められていたりするところなんてのは、ちょっとマザコンいっちゃってんじゃないのという恐れがあったりもするし、そんな優しげな男の子(って年でもないけど)な感じアリアリだし。
そんな弟を、これまた女というだけの理由で閉じ込められている彼の姉が、同じ立場の同志感とともに、もちろん弟として気にかけて、愛しく思っているところも、彼のウブさに拍車をかけているのよねー。そういうのが実にユアンは似合うのだ。イギリス紳士、なのよね。
あ、でもそれを言えば、レニーはアメリカ人なのに、イギリス女性がイヤミなく似合うんだよなあ。
ビアトリクスに決死の思いを、もうここしかない!と突然思いついて告白する場面の、あの思いつめた目に、オンナどもはヤラれちゃうのよー。しかもみなまで言ってないうちに母親にジャマされて、実は何を言おうとしていたのかハッキリしてなかったのに、ビアトリクスったらミリーに「プロポーズされた!」と言っちゃうその前のめりも可愛くて笑えちゃう。
いや、確かにそういう意味合いはあったと思うけど、ただの愛の告白かもしれないし、もし全然違ったらどうすんだよ!みたいな。でも二人とも、そういうところが実にカワイイんだよねー。共感を呼ぶっていうか。
だから、まさか、あんな哀しい結末を迎えるなんて思ってもみなかった。この場合、彼女のバックグラウンドを全く知らずに映画に臨んだのは良かったのかもしれないけど……ホントに知らなかったから。ノーマンが突然世を去ってしまうなんて。
商人と結婚するなんてと、強硬に反対する母親、そこまで露骨には言わないけど、やっぱり難色を示す父親。最初から上流だったわけじゃない、先代の成り金からののし上がりじゃないの!と喝破するビアトリクス。弟がワイン商の娘と駆け落ちしたから、私を手元に置いておきたいだけでしょ!とキレまくる。そ、そうだったのか……姉弟してなかなか激しい人生送ってるのね。
この収拾のつかないケンカ状態を、父親がある条件を提示して何とか収める。夏の三ヶ月の休暇旅行に、家族と一緒に来なさい、と。その間彼と離れても気持ちが冷めないのなら、結婚をしたらいい。本当に愛しているのなら、なんてことはないだろうと。
母親はその間に冷めるに決まってると思ってるらしいけど、ビアトリクスはそれだけでもう、結婚の承諾を得たりとばかりに喜んで、その条件をのんだ。
確かに、そんなこと、カンタンに思えた。夏の休暇をめでたく越えて、幸せな結婚をするのだとばかり思ってた。そして彼と二人、二人三脚でヒット作を次々と出していくのだとばかり思っていた……。
そんな純粋な思いだけで突然途切れたからこそ、彼は永遠だったのかもしれないけど、でも、でも切な過ぎるよー!
別荘地へと出かけるビアトリクスを駅まで見送りに来たノーマンが、蒸気機関車の霧の中で彼女を引き寄せてかわした一瞬のキス、それだけだったのだ。キスだけで終わる恋。でも、あのキスは永遠のキス……。まるでこの永遠の別れを判っていたかのような。
会いたい、会いたいと言い合うようなラブラブの手紙のやり取りをしていたのが、ノーマンからの返事がパッタリとこなくなった。母親はそれみたことかという顔をするけれども、そんな筈ない、と思った。
彼とゆっくりと過ごせる土地を見つけたと思ったのに。そこで二人ゆっくりと暮らす夢を語った、そんな手紙を出した後にぱったり連絡が来なくなったから、それに賛同できないのか、あるいはその土地を一緒に見に行った幼なじみの話にシットしたのかしらん、などと思ってた。
そして……ノーマンが病気だという手紙がミリーから届いた時だって、これ、ドッキリなんじゃないかと思ったのだ。夏の休暇の間だけ離れ離れになる、それをちょっと騙して戻らせて、ビックリさせてゴメンね、どうしても会いたかったから、みたいなさ!って、私も随分ベタだけども(爆)。
だって、信じたくなかったんだ……そんな、哀しすぎる結末。ちょっとは頭に上ったけれども……。死んでしまった本人さえも、信じられなかったんじゃないかと思うような、突然の逝去。急いで駆けつけたビアトリクスだけれど、葬儀にさえ間に合わなかった。白血病、だったんだ……。
もちろんビアトリクスは凄く落ち込んで、部屋に閉じこもって絵を描きなぐって、別の世界に行ってしまいそうになる。でもそんな彼女を、共に彼を弟として愛していたミリーが救い出しに来る。
ミリーを演じるエミリー・ワトソンがまた、実にいいんだよなあ。マニッシュにネクタイ決めているファッションも似合うし、男を寄せ付けない雰囲気もイヤミがない。独身礼賛のように見えながら、自分の弟を愛したビアトリクスを全面応援する。
「本当に愛している人を見つけたら、逃がしちゃダメよ」と。それがいかに奇蹟かを、判っているから。
姉として、そしてビアトリクスの友達として。本当に彼女がいなかったら、ノーマンを喪失した哀しみからビアトリクスは立ち直れなかったんじゃないかと思う。
ミリーがいて良かったと思う反面、これほどに愛している相手が死んでしまっても、その哀しみで死んでしまうほどにはならないんだってことを思い知る。
人間は生きている限り生きていかなきゃならないし、この人と一生生きて行くんだと思っていた人が死んでも、せいぜい何ヶ月かでその悲しみから立ち直ってしまう、というか、立ち直らなければいけないというその事実が、なんか凄い、ノーマンが死んだことよりも、もっと強い切なさを感じてしまう。
勿論、その後彼女の中で、彼の存在は消えることはない。それは、他に愛する人が出来て結婚することになっても消えることはないんだけど。
そう!ビアトリクス、その後結婚するんだよね。ノーマンとは婚約だけだから、初婚である。まあそんなことはどうでもいいけど。
いわゆる幼なじみ。別荘地での再会シーンから、これはヤバい!と思っていた。いや、その再会の時は、この夏を乗り切ったらノーマンと結婚するっていう時だったから、まさか危険な三角関係!?などと思ってさ。て、私もホントヤボなんだけど。
彼、ウィリアム・ヒーリスは彼女が子供の頃、“夢物語”を、面白がってくれた唯一の大人。大人といってもまだ青年に差しかかったあたりだったけれど、唯一判ってくれた人。
ノーマンとの仲を試される冷却期間を過ごしていたビアトリクスが、実に20数年ぶりに出会う。地元で弁護士をしている彼は、田舎の人たちのために様々に奔走していた。
彼女の絵の世界はこの田舎にこそあったから、その景観を残すため、後年、ビアトリクスは奔走する。そんな人生もぜんぜん知らなかった。レニー曰く、「ポターは偉大なるナチュラリスト」 そうだったのか……。
住宅地開発に当てられそうになる土地を買い取っては、現状維持につとめる。土地を競るオークションで、通常価格から大幅に越えても強気に手をあげ続けるビアトリクスは競り落としたあと、「クセになりそう」と顔を紅潮させ、興奮気味。
怒ったのは宅地開発者。一緒にいたヒーリスに、これじゃ計画が台無しだ、客の暴走を止めろと言われて、ビアトリクス、憤然と、いや、というより誇らしげに、「私は、誰の庇護も受けていないし、自分で好きなように出来る」と堂々と言い放つ。
だってコイツ、口には出さなかったけど、女のクセにみたいな、あるいはどうせ父親だのダンナだののバックグラウンドがあるんだろ、みたいな侮蔑の雰囲気アリアリだったんだもの。その先を制して言い放つビアトリクスにすっとする。こんな年までお嬢様でいたことの重圧に対する反動にしても、それは女が普遍的に感じているストレスを跳ね返してくれたんだもの。
そのサポートをしたヒーリスと、再会から実に8年もの時を経て結婚する。ビアトリクス47歳。
これぞまさに、真の結婚と言えるのかもしれない。家を存続するためでも、性急な愛でも、子孫を残すためでもなく(やっぱ、これが一番大きい)、お互いを残りの人生の伴侶と認め合う人と過ごすための結婚。ちょっと、理想かも。
ヒーリスは、ビアトリクスの家を訪れた時、そこに飾られてあるウサギやアヒルの絵を見て、「ロンドンよりここの方が居心地がいいだろう」と話しかけた。そんな彼を微笑んで見つめるビアトリクス。もうあの時が決め手だったのかもしれない。
ビアトリクスは常に、絵に描かれた動物たちを、「私の友達です」と言っていた。彼女の目には、画に描かれた彼らが自由に動き出したのだ。
この妄想のアニメーションが実に魅力的。子供の頃からそうだったのだ。彼女の目に見えている生き生きと動くウサギやアヒルやカエルたち。何より子供の頃の、両親が出かける馬車の馬が巨大なウサギになっているのが、めっちゃキュート。
でも、彼女の人生でネックだったのは恋や結婚ではなく、やはり両親との葛藤だったかもしれない。
ミリーの台詞、「あなたの母親はモンスターよ」は、実に言い得て思わず苦笑してしまうんだけど、それに対して全てを達観したビアトリクスが、「お互いに理解しあおうとするのをやめたの」と答えるのが更にシニカルな笑いを呼ぶ。つまり、理解しあわなければ、上手くやっていける親子関係。案外親子なんてそんなものかもしれない。
でも、ビアトリクスが本を出した時、「お前は真のアーティストだ。私はなれなかった。お前は私の誇りだ」と言ってくれた父親には、出来ればすんなりとノーマンとの結婚を賛成してほしかった。
というか、この父親が反対するのは正直、意外だった。だって、絵の才能は父親譲りなんだし、基本的には子煩悩で、娘の本が仲間たちに褒められるのを喜んで、自分で買ってきたりしてたんだし。
ビアトリクスが自分で土地と家を買った時、支払いができるのかと心配(というかどこか侮蔑)している母親に、「有名作家だと知らないのは、お前だけだ」と父親が言ってくれたのは溜飲が下がったけど、でもそれも、ノーマンが死んで、ビアトリクスがようよう立ち直った時。つまりそれ以前には、娘の仕事なんてやっぱり手慰み程度だと思っていたのかもしれない。こんな風にノーマンと引き離してしまったことを後悔して、真に評価していなかったのかもしれないことを反省していたのかもしれない。
屋敷を買った後、弟とも久しぶりに再会できた。というのはビアトリクスの口からミリーに語られるのみで、その場面は出てこない。ちょっと、見たかった気もする。共に草原を遊びまわった。そんなに語られないけど、同じ価値観を持っていた弟。
ビアトリクスが本を出す前、彼女の絵をポストカードにしたりしたのは、弟の尽力があったからだという。そんなことは本作では語られないんだけど。割と省略しているんだな……仕方ないけど。
この弟、47歳で死んでるんだよね。なんだってそんなに若くして……それもまた、確かにこの物語には関係ないことではあるんだけど。
もう既にオスカーをとっているレニーだけど、希望としてはこういう、レニーらしい、たくましくも可愛らしい役で賞をとってほしいんだけどな、と思う。「コールド マウンテン」じゃあなあ。重過ぎて……あんまり好きな作品じゃないし。★★★☆☆