「め」

２０１９年鑑賞作品

メランコリック
２０１８年　114分　日本　カラー
監督：田中征爾　脚本：田中征爾
撮影：髙橋亮　音楽：
出演：皆川暢二　磯崎義知　吉田芽吹　羽田真　矢田政伸　浜谷康幸　ステファニー・アリエン　大久保裕太　山下ケイジ　新海ひろ子　蒲池貴範

２０１９／９／11／水　劇場（渋谷ＵＰＬＩＮＫ）
あー危ない危ない！！こんな面白い作品を見逃してはいけない！！あのカメ止めと同じような映画祭での受賞を辿っているというんだから、かの作品と同じように大爆発してほしいとも思うが、今のところ、そこまでの兆しは……観た人は全員、文句なく面白い！オススメ！！と思うに違いないのだが、ほんっと、こういうのはタイミングというか雪だるま式になるきっかけというか、そういうものの作用が難しいからさ……しかしてしかして！
そう、これが長編デビュー、映像の道を進んではいるものの紆余曲折、時に海外、とにかくいろんな経験している監督さんと、そもそもこの企画を立ち上げたのが、これまた紆余曲折、時に海外、やっぱりいろんな経験している兼主演の皆川氏、さらにさらに、これまた紆余曲折……ああもう、みんな、なんなんだ！
準主演の磯崎氏は武道に精通、アクション系のディレクターの肩書も持つという。なんという、強力な三人！この三人がタッグを組んだ映画製作チームとしてこの映画が作られた、ということを鑑賞後に知り、何かとてつもなくカンドーするんである。

そりゃね、映画は監督のものだとは思うのだ。やはり。でも、時にプロデューサーの思惑に屈したり、俳優が上手くハマらなかったり、あるじゃない。でもそれが、ここでは、最初から、映画が作りたい、それもこんな映画が作りたい！！という、それぞれに得意分野の違う三人がその能力を結集して集まった訳でしょ。
凄い、凄すぎない！！個人的には磯崎氏のストイックな可愛らしさ、というか、ウラハラなカッコ良さ、といったものにすっかりヤラれ、うーむ、主演食われたか、と思ったぐらいだったのだが、それもまた、計算だったのかもしれなーい！！

……などとかなりコーフンしているのだが、正直言うと中盤までは、アイディアは面白いけど、どう着地するのかな、という不安というか、どこか、高みの見物してやろう、ぐらいな気持ちは、あったかもしれない。
そう、アイディアがバツグンだったから……そりゃ、銭湯の大きな洗い場で人を殺せば掃除もしやすく、処理、というのは、窯で焼いちゃうってことだろうなと……「湯を沸かすほどの熱い愛」と同じ発想だわなと。

そのアイディア一発で、じゃあどう着地するのかなと、お手並み拝見、みたいな不遜な気分があったのを、まー見事に、お見事に、まさかのカタルシス、まさかの幸福感、まさかのほっこりハッピーエンドに持ち込むという！！なんという剛腕！！
しかも、“大きな洗い場で人を殺せば掃除もしやすい”というのを、「これから掃除しやすいようにしますから」と銃殺から絞殺に切り替える“優しさ”を見せるという芸の細かさ！！

落ち着け、私。まず物語から行け。主人公は東大を出ているのにずっと実家暮らしのバイト君である和彦。東大卒、ということから当たり前のように浴びる、なぜ一流企業に就職していないのか、てか、卒業して一度も就職していないのか、という視線。
なぜ、だなんて。彼自身にも説明できない。てゆーか……実家暮らしでどうやら一人っ子の彼は、両親との場面はせまっ苦しいダイニングキッチンでの食事シーンのみなのだけれど、これがまた、なんともいえないわざとらしさなの！！

父親は母親の料理を褒め、母親は作りすぎちゃったからたくさん食べてね、と言い、和彦の仕事を型どおりに心配し、……みたいな。思いっきり、うわっつら百パーセントをギャグみたいに繰り返すこの食事シーンに、和彦の行き場のない孤独を表現しているのかなと、それこそ型どおりに思っていたのだが、違った、違った、ことにめちゃくちゃ驚く。
この両親は息子に対する距離感がそれなりに心配、それなりに信頼、ということだったんだということに、素晴らしいカタルシスのクライマックスで、あの食事シーンの会話の繰り返しは、日常の繰り返しは、そーゆーことか！！とガツン！と思い知らされるのだ。

和彦自身がどう思っていたのかは、判らない。彼もまた、今の現状に世間的な目もあるし、焦ってはいただろうけれど、両親に対してそうした面を見せることは決して、なかった。
クライマックスに至るまで、彼が実は両親をしっかり信頼し、絆がしっかり結ばれていることに気づかなかった。ああなんてこと！！

……という段に至るまでには、もーうもーう、タイヘンなの！！和彦は母親と幼稚な言い合いをして、風呂のお湯を落としたんだったら、銭湯に行くさ！！ぐらいの勢いで勝手も判らぬ近所の銭湯に行く訳ね。そこで、高校時代の同級生の女子、百合に声をかけられる。
おどおどの和彦は、覚えていなかった訳じゃなくて、見るからに女子にメンエキがなかったから、彼女からのアプローチにへどもどしたということに違いない。
東大に行ったということは同級生たちに知れ渡っているらしく、百合もまたまずそれを口にするのだけれど、彼女の口ぶり、というか、和彦と話しているうちにそうと了解したのかもしれないけれど、東大出の男子と知り合いたい、というようなコソクな雰囲気は感じられず、ただ、再会できて嬉しい、同窓会には来る？と無邪気に口にする。

そして和彦は同窓会で彼女に再々会して……これは同窓会あるあるということかな。かつては地味だった男子が起業して成功して、かつては見向きもしなかった同級生たちがやんやと群がる、かつても今も地味な和彦や百合は、それを横目で見ながら階段に座り込んでぼそぼそと言葉を交わす。
……でもこれこそが、運命の再々会だったのだ。百合が、あの銭湯で求人してるよ、と何気なく教え、それに何気なく和彦は受けて……実際、また彼女と会える、という気持はあったのだろう、銭湯で働くことになったんである。

で、和彦はあっさり面接を通過、同時に採用されたのが、和彦とは真反対な感じの金髪チャラ男、履歴書が汚くて読めないってな松本なのだが……この松本がっ。もうオチバレで言っちゃうと、松本は最初からこの松の湯の殺し屋稼業に入り込んでて、いわばそれまでの主力からバトンタッチする形のプロさんで、和彦はあくまで手が足りないから銭湯の純粋なるスタッフとして雇われたのだが、うっかり闇の仕事を彼は見てしまい……。
だからつまり、和彦はしばらくの間、自分だけがこの銭湯のヤバい仕事を知っている、ヤクザがターゲットをここで殺し、その後の清掃業務を任せられれば、法外なバイト料が入ってくる、という、まぁ確かにヤバい、口外したら消されるとハッキリ言われて和彦は最初は腰砕けだったけれど、思いがけないバイト料にまぁなんつーか、目がくらんだというか、麻痺したというか。百合との交際もスタートしてウキウキしていたこともあったし。

和彦は、いかにもチャラい松本をすっかり見下していたのだ。本当に、この最初のくだりが上手いと思っちゃう。観客側も、すっかり騙されていたもの。
和彦が、自分だけにまかされていたと思っていた殺しの後始末を、自分の休みの隙に松本に、あの松本に奪われていたと知って動揺、というか、激怒しちゃうのは、あまりのお門違いだと、思い知らされていくところから、うっわ、これはアイディア一発の作品じゃない、どこに向かって、着地しちゃうの、やべーっ！！と見も知らぬ予感に震えるんである。

あんなにちゃらちゃらしていた松本が、実はそもそもプロの殺し屋で、そう思って見れば胸板もいい感じに厚く、ザ・殺し屋といったオーラを持つ小寺に従って“仕事”に行く場面、小寺を驚かせるに充分な働きをする、その突然の爆発に、キャーッ！！女子ヤバーイ！！いや、男子もこれはホレるだろ！！という……ギャップ萌え！！！一気にヤラれてしまったよ……。
んで、この場面で、それまでクールな殺し屋としていわば君臨してきた小寺が死んでしまって、えー、どうなるの！！と思ったら、その後の重責を、自分の責任だと担う松本に、まさにキャラの豹変に、まず和彦が驚くんだけど、観客、特に女子（爆）はキャーキャーなの！！……小寺が、小寺を演じる浜谷氏がまた、影のあるイイ男だったから、余計に、だろうなあ。

そもそもなんでこの銭湯がそんなことに使われているのか。オーナーである東がヤクザの田中から借金をしていて、その返済のために殺しの場所を貸し、凄腕の小寺は本当は足を洗って銭湯の従業員になりたかったのが、田中に囲われ、しかし危ない仕事で命を落としてしまい、今度はその代替として、松本が囲われてしまう、という図式。
松本も、そして小寺もきっと、田中からは仕事をもらう立場だったから、そういう生き方しか出来なかったからそうしてきたけど、銭湯の従業員として東の元に身を寄せたのは、殺し屋としての仕事がここでもあるから、という以上に、抜け出したい思いはあったに違いないのだよなあ。
だって田中から小寺や松本の引き抜きの話があるたびに、東はあくまで銭湯の従業員としての彼らを慮っていたんだもの。ただ……それもまさかの、ラストでひっくり返されるから、なんとも言い難し、なんだけど。

ロマンスグレイでいかにも優しそうで、ヤクザとのつながりはあくまで借金だから仕方なし、という風情の東さんのことはさ、やっぱり信じていたかったよ。みんな、信じていた。小寺も松本も和彦も。
東さんのためということが第一にあってこそ、諸悪の根源のヤクザ、田中を殺そうと、長年の悪縁を断ち切ろうと、決心した。いや……東自身だって、最後の最後に、自分自身が危ない目に遭うかもしれない諸刃の剣だと判ってて、それでも保身に転じて、和彦と松本を裏切ったのだ。

でもでも、深読みしたくなる。シロートである東が、プロの殺し屋である松本を、倒せるなんて本当に思っていたのかと。そう思えば、田中の方が、松本を軽く見ていたのではないかと。
松本は、殺しのプロではあるけど、そうした隷属を重んじるマジメなヤツだから、東さんからの銃撃に、その傷以上に本当にショックを受ける。涙を流す。
……本当に、死んでしまうのかと思ったら、和彦、足手まといになるから待っとけと言われた和彦が踊り込んで、不意を突くから、まさかと思うから、というのもあるけれど、彼の、信じている人に裏切られたショックと、信じている人が殺されたかもしれないというショックで、東と田中を、ビギナーの銃でくらわすその衝撃！！

……到底、ハッピーエンドでは終われないと覚悟していたのだ。どう着地するのかとお手並み拝見の心持から、この愛すべきピュアな若者たちが、転落していくのを見なければいけないのだと、当然、覚悟していたのだ。なのに、なのに、まさかの！！
ウラ稼業の男たちの死は、だからこそ謎に包まれたままになったのは、ひょっとしたら松本の工作があったのかもしらんが、でも松本はこの時ひん死の状態で、和彦の家に運び込まれて。

んで、言い忘れてたけど、田中の愛人のフィリピーナのアンジェラが、心優しき松本と心通わせていて、田中なんぞぶん捨てて、瀕死の彼に和彦と共についてくる訳。
あの、平凡そのものに見えた和彦の両親が、銃創を負って、救急車なぞ呼べない事情だから何とかしてくれと松本を運び込んでの対応の冷静さに、……この映画の一番のオドロキは、ここにこそあったのではないかと、思うんである。

平凡そのものに見えた両親だけれど、息子とは食事のシーンしかなく、うわっつらの会話しかしていないように見えたけれど、でも親子間で、心配をかけたくない、慈しみ合っている、というのは伝わっていたから、そうか、つまりこんなにもキモが座っていたんだって！！
まず母親が、冷静に松本の銃創を治療し、ゆっくり寝かせ、アンジェラも交えたいつものダイニングキッチンの食事風景に、目を覚ました松本がおどおどと加わる場面がたまらないのだ！！

「今まで食べたうどんの中で一番おいしかった」「鍋岡さんの家族って、あったかいっすね」このベタともいえるシンプルな台詞で、松本が今までどんな人生を送ってきたのか、まざまざと想像できて、そして、彼が愛を知り、ここに着地できたことに、落涙を禁じ得ない。
和彦に彼女がいることに、覚悟がないと激昂していた彼が、アンジェラという安らぎを知って、そして今、ラスト、和彦、松本、アンジェラ、百合が、こんな幸福な一瞬のために生きているのだと、和彦がモノローグする中にいる。
百合は、和彦が別れを告げたのが、何かよんどころない理由があったと察していたから、すべてが終わった後、東から彼が引き継いだ銭湯に、顔を見せた。あの再会の、幸福感が、照れたようなもどかしい会話が、たまらない！！

プロの殺し屋だった松本はともかく、和彦もまた人を二人も殺してしまったのだから、それが闇社会の男たちだとしても、これからどうなるのか判らないのかもしれない、とは思う。でもでも、この、一瞬の安らぎが、本当に続く幸福だと観客は、ジェットコースターのように連れていかれたこの物語の終着点に、本当に心から祈ってしまう、のだ。
なんとまぁ、思いもよらぬ展開と結末！！そしてギャップ萌えと友情！そうそう、時代遅れな大きなフレームのメガネをしきりにずり上げる、ザ・イケてない男の和彦だけど、眼鏡をはずすと二重の端正な顔のイイ男なのよ。メガネを外すと、って、少女漫画かよ！！でもホントに、印象が変わるのだ。知られた役者じゃこういう驚きはなかなか得られないんだよなあ。★★★★★

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