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「み」


2022年鑑賞作品

宮松と山下
2022年 87分 日本 カラー
監督:関友太郎 平瀬謙太朗 佐藤雅彦 脚本:関友太郎 平瀬謙太朗 佐藤雅彦 
撮影:國井重人 音楽:
出演:香川照之 津田寛治 尾美としのり 野波麻帆 大鶴義丹 尾上寛之 諏訪太郎 黒田大輔 中越典子


2022/11/21/月 劇場(新宿武蔵野館)
とにかく無事公開されて本当に良かった。作品についてだけ感じ、書こうと思う。
香川照之氏の主演作はそんなに間が開いていたのか。確かにここのところは強烈なサブが続いていたのか。ドラマを観る習慣がないのでむしろ私にとっては久しぶりの感があったかもしれない。
久しぶりの主演作、と言って即座に頭に浮かんだのは、「鬼が来た!」「故郷の香り」の対照的な流れで、特に「故郷の香り」の口のきけない静かな男の哀しさが、本作の宮松の寡黙さを思わせた。

なんという繊細な、ミリ単位とでも言いたい芝居、そう、芝居だ……。宮松はエキストラ専門の役者で、秒単位で次々に役をこなしていく。斬られ、射られ、撃たれ、一日に何度も死ぬ。
そういえば近年、そうした斬られ役専門の役者さんのドキュメンタリーがあったなと思い出す。それだけで有名になるくらいの、そんな存在ですらなく、まさに名もなき群衆の一人、でもその群衆の一人のプロ中のプロ。

ザ・芝居を、大きく、判りやすい芝居を、声もなくスクリーンの端っこで演じ続ける。そう、声もなくだ……ビアガーデンのシーンで同じ卓の諏訪太郎と、直前までは間の持たない世間話をぽつぽつしていたのに、スタートがかかると、声なき盛り上がり会話をパントマイムみたいに演じていて、思わず噴き出してしまう。
そのカットが採用されるかどうかさえ判らない。なのにいつも全力で自分ではない、しかも名も無き、誰にも気にされない人を、次々に、無数に、演じていく。

宮松自身は、きっとその一人一人を、大切に大切にしていたのだろう。インデックスをつけて几帳面にファイリングされた、でもうっすいクリアファイルが名も無き一人のはかなさを感じさせて、切ない。
宮松は、記憶を失っている。意味ありげに、その原因であろう過去回想が挿入されるけれど、彼の視線の先で誰が、何が、映っているのか示されないまま。しかもこの時点で宮松は、その断片的な記憶すら、ない。本当にすっぽり、過去を失って今、無数の他人の人生を生きている。

本当に、上手く出来ているのだ。時代劇の中の町人や浪人、合戦で倒れる下っ端の武士などを次々に演じて、スタッフさんに着つけてもらうのも慣れた感じで、スッと出て行く。
そんな忙しいエキストラの一日が終わって、居酒屋で一杯、というのかと思いきや、突然の銃撃戦!死んだ筈がむくりと起き上がって着替え、今度はヒットマンを追いかけるチンピラ、しかしまたしても返り討ちで撃たれて死んじゃう。
これにはドギモを抜かれた。かんっぜんに、仕事終わりの居酒屋での一杯だと思っていた。だからもうそれ以降は、どれもこれもエキストラ芝居なんじゃないかと疑っちゃって。

疑ってたはずなのにまんまと騙されたのが、宮松の私生活だと思い込まされていた、帰宅したら同棲している恋人がいて、いかにも長年の付き合いの会話の感じ、何か作ろうか?ううん、もう寝るわ、みたいな。
その後、彼女に高価なアクセサリーを送る男性の描写が出てきたりして、あらあら宮松にもドラマティックなことがおこるんやん、と思ったら、彼女が宮松に妊娠を告げ、幸せを取り返すキター!と思ったところでカット!!

えっ、えっえっえっ、うそ、マジで!あれだけ騙されないぞと思っていたのに、これもうそっこ??だって台詞もあってイイ役どころじゃん!
なのに……一気に舞台の裏側が見え、カキワリの哀しさが見え、宮松の恋人だった筈の女性も、彼女に高価なプレゼントをしていた男性も、つまりはスター俳優で、カットがかかれば名も無き宮松なんぞは、目もくれない。お疲れさまでしたー、と如才なく愛想よくはするけれど、さっきのシーンで一緒してたことさえきっと、忘れている。

前半戦でこうした展開だったから、ちょっとトリッキーな、哀しくもコミカルな物語なのかなと思ったら、宮松を訪ねてくるかつての同僚が、まさにこの場面、これもフィクションかよ!と思った中盤のクライマックスで登場する。
それ以降は前半の、エキストラ稼業は辛いよ、的な描写とは打って変わって、宮松の失われた、つまり、宮松ではない、実は山下という男だった過去が明かされるんである。

だから、宮松と山下。だとしたら、彼のことをどっちで呼べばいいのかと、書き始め逡巡した。ただ……彼は、過去を思い出し、その上で宮松へと戻っていったのだから、宮松でいいのだと思った。哀しい、哀しいけれど……。
何年、行方知れずのままだと言っていただろうか。かなり長い、長い年月だった。12歳年下だという妹は、結婚している。宮松を、いや、彼にとっては山下を見つけ出したかつての同僚は、そう告げる。

この同僚の谷、演じるは尾美としのり氏。いい感じに白髪交じりのおちついた初老の男。宮松=山下を演じる香川氏が、自身が何者か判っていない不安さが、まるで昭和の大学生みたいな、チェックのシャツをスラックスにイン、みたいな風貌に見え隠れしてて。
実際は谷とは同年配ぐらいだろうに、見つけられた時も、その後も、谷に対しても妹に対しても敬語で、おどおどとしていて、いい年になっているのに産まれたてみたいに過去がないから、記憶がないから、どうしていいのか判らないのだ。

こういう、無垢の不安さ、みたいな繊細さが、もう香川氏が素晴らしく、心打たれまくってしまう。
展開上では、かつて吸っていたたばこから記憶がよみがえり、ということだったが、実際そうだったのかもしれないが、そもそも訪ねてきた谷の誘いに応じて妹夫婦に会ってみた時点で、彼の中にかすかに感じるものがあったとしか思えない。

妹との再会は、ロングショットの長回し。長回し大嫌い私だが、これはグッときた。後に彼らの過去、関係性を知るとさらに一段階引きあがって、震える思いだった。
妹、藍を演じる中越典子氏が素晴らしいのだ。香川氏演じる兄とはかなり年が離れている、早くに両親を亡くしている、腹違いの兄妹らしい……そうした情報が、控えめに、時に彼女の口から小出しにされる。
行方不明だった兄との久しぶりすぎる再会に、想いたっぷりのハグをしてきた妹のその想いが、ロングショット長回しでも、いや、それで薄めなければこの時点ではヤバいと思うほど、重く、濃いものだったということなのだろう。

実際二人の間に、実際の、そういう、……ことがあったのかどうかは判らない。でも、藍に恋し、後のダンナとなる健一郎はメチャクチャそれを感じ、嫌悪していた。
宮松が過去を失ったのは、彼が原因だった。糾弾され、激高した宮松、いやこの時には山下か……もみあいになり、頭を打った。気が付いたら京都駅にいて、それ以降、エキストラ人生を送った。
頭を打っただけでは、その外傷だけでは、そんなにもすっぽり記憶を失うことはないと、後に彼を診てくれたお医者さんは言った。つまり、トラウマだ。それが記憶を封じているのだと。

ハッキリ、明確には示されないから何とも言えないんだけど、腹違いの兄妹ということで、間違いない、んだよね?藍はお兄ちゃんの記憶を呼び覚まそうとしたのか、意味ありげに、お兄ちゃんのお母さんは……という言い回しをわざわざ使った。
記憶を失っている宮松にとっては、突然の妹、そして両親はすでになく、という時点で混乱しているせいもあって、この意味ありげな表現を追究するだけの余裕がなかった。

中越典子氏がさぁ……私の中では朝ドラさわやか女優さんで止まっちゃってたから、愛するお兄ちゃんを何年も待ち続けて、心はお兄ちゃんへの愛のままなのに、結婚もしてすっかり世慣れた女になっちゃったよ、みたいな悲哀が凄くてさ、素晴らしくてさ。
なんもないのよ、過去にはなんかあったのかもしれないけど、お兄ちゃん、と呼びかけることしかできないのに、想いたっぷり、なにかたっぷりの、この、さあ!!

結局宮松は、いやさお兄ちゃんは、彼女のもとを去る。藍のダンナ、宮松の記憶を失わせた元凶である健一郎は、思い出せないからやっぱり居づらかったんだな、と言う。それに対して静かに反論する藍。思い出したんだよと。

健一郎が……ダンナが、お兄ちゃんに、妹である自分のことを女として見ているだろと糾弾したことを、藍は当然知っていて、ダンナも判っていただろうという図式が、もう、どうしたらいいの。
ある意味では、そこから記憶をなくすことで抜け出せていた宮松がズルいというか、その苦悩から逃げられていたのだから。でも、でも!!藍と健一郎は結婚したものの、どのタイミングで結婚したのかは判らないけど、子供はいなくて、なにかよそよそしさもあって。

健一郎はきっとずっと、二人の関係を見ていたからこそ、そして藍を思っていたからこそ、たまらなかったんだろう。ふと、客観的に、第三者目線で思ったら、健一郎にシンクロする気持ちがあるかもと思う。
宮松と藍は、恐らく父親は共通している、兄妹ということは逃れられないのだから、やっぱり……禁断の関係。だからこそ切ないんだけれど、藍が、お兄ちゃんへの想いを残したまま、世間体的な形で健一郎と結婚したという形に見えるから、そうだとしたら……ツラすぎる!!

健一郎を演じるツダカンは、なんつーか、第三者、観客に対して与える印象は冷たいというか、端正な顔立ちと鋭い目つき、一方で如才なく愛想よく義兄に接するとか、ほんっと、絶妙にイラッとさせるのよ。
でも、彼こそが世間の目というか……そんなつもりはない、彼は藍を愛しているだけなんだけれど。

やっぱり宮松なんだよね。山下というのは、彼の本当の名前だけれど、でも、宮松なのだ。アイデンティティ、だよね、そうだ……。宮松が、山下を捨てた。記憶を取り戻し、妹への愛の記憶も取り戻したけれど。

宮松が、エキストラだけでは食えないからと、山間ロープウェイのスタッフに従事しているシークエンスが好きだった。待ち望んでいた、これがリアルな宮松、リアルな仕事、生活、ああ良かった、宮松にもリアル職業、リアル生活があるんだと、本当にほっとした。
几帳面な勤務態度を後輩から軽くイジられたり、この時点では穏やかだった、ハッピーだった。でも世間はそれじゃ許してもらえない。本当の名前で、生きなければならぬと責め立てる。

とにかく、本作が観れて良かった良かった。余計な事は言わんよ!!とても素晴らしかったと思う。これは言ってもいいでしょ!★★★★★


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