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「ゆ」


2025年鑑賞作品

雪子 a.k.a.
2024年 98分 日本 カラー
監督:草場尚也 脚本:鈴木史子
撮影:寺本慎太朗 音楽:GuruConnect
出演:山下リオ 樋口日奈 占部房子 渡辺大知 石田たくみ 剛力彩芽 浅田芭路 猪股怜生 滋賀練斗 池尻稀春 中村映里子 池田良 ダースレイダー 立仙愛理 椿 カツヲ りゅうと 赤間麻里子 PONEY 石橋凌


2025/2/17/月 劇場(渋谷ユーロスペース)
相変わらず情報を入れずにだったので、全然イメージと違って嬉しい驚きだった。だってラップをする女性の話、ぐらいなことをポスタービジュアルから入れてただけなんだからそりゃそうだ。
これはアイディアだなぁ。ラップを物語に取り入れるのに、小学校の女性教師、しかもあくまでも普通の、おっとりと優しい教師、というのが、想像がつかなかったもの。

でもそこにこそ、偏見があったのだ。後半、雪子の彼氏、広大が本音を吐露する、雪子がラップをしている姿を見たくなかったと。彼は音楽が好きだと言っているのに、そしてこんなに年若いのに、そこにはひとつのフィルターがかけられていたんだろうと思うと……。
でも雪子は、きっと彼氏の頭の中にもあった、ラッパーのイメージじゃなくて、本質としてのラップが彼女の人生に深く共鳴していて、なんていうか、やっぱり普通の女性なのだ。

普通、という言い方は違うのかもしれない。ただ、雪子は小学校の先生という仕事に誇りは持っていると思うけれど、なんだかいつも自信なさげである。彼女の同僚たちはそれなりに先生としてのキャラが立っていて、ベテランの女性教師、大迫先生は神キャラ、ジャージ姿の男性教師は脳筋、若い後輩女子は早々と結婚を見据えていたり。
この神キャラとか脳筋というのは、子供たちがこっそりランキング付けした落書きで、その中に雪子は入っていない。雪子と同じ苗字の先生が、雪子先生じゃない方、と入れられている。雪子先生と呼ばれているのは、その同じ苗字の先生の方が、先に行っているのだと彼女は思っていたのかもしれない。じゃない方、生徒の印象に残らない先生、そんな風に。

ところでこの作品は、実際の教師たちへの取材を基にして作られたのだという。そして監督さんも教員免許を持っていて、小学校の先生になることを考えていたのだと。
そうか、だから、小学校の先生とラッパーという、外から見るとまじり合わないように見えるものが、普通に生きてる、懸命に生きてる、人間であることは変わりないということが、最初から見えていたからこそのこの物語なのだ。

仕事終わりにサークル活動的に参加しているラップ、巻き込まれる形で参加する中盤のラップバトル、そして後半の、自らの意志で参加するバトルともども、雪子は正直ヘタクソだ。スキルはとてもとても、見られたもんじゃない。
でも彼女は音楽を愛していて、ラップが大好きで、当たり前のことなのだ。でも世間的にはそう見えていないことは判っているから、雪子はそれを職場では言えずにいる。彼氏は知っているけれど、彼の前では披露していなかったんだろう。もし披露していたら、違う未来が待っていたかもしれないのに。

彼氏、広大を演じるのは渡辺大知氏。いつまで経ってもチャーミングな彼がそのまんまの魅力で演じる広大は雪子をちゃんと愛していたし、彼女との齟齬はほんの少しのすれ違いだっただけなのだと思うから、ラスト、雪子が彼との別れを選択し、そのことが人生を前に進んでいくことだとするのが切なくもある。
二人の齟齬は、お互い最後の最後の本音を言えずにいたこと、それが相手を慮ってのことだと思いこんでいたこと、それはお互いの思いやりから来ていること……だというのがあまりにも切なく、ここから話し合っても行けたんちゃう??と思いたくもなるけれど、でもやっぱりこういうのって、タイミングなんだよなぁ。

それにしてもいまだに29歳女性の結婚あれこれ問題って、あるの??いまだに??まぁ確かに、お子の授かりということを考えるとあれだけど、そういうことじゃないでしょ。いまだに行き遅れとか言われるのかなぁ。

でも本作の本質はそこじゃない。雪子が奔走する、奔走する、という言葉は上手く当てはまらないな、彼女は、自分では先生としての自信が持ててないみたいなんだけれど、とても素敵な先生、言っちゃえば、こういう先生がいたら良かったと思っちゃうほどの先生。
人気者で明るくて、クラスのスター生徒たちとわちゃわちゃ盛り上がるような先生がフューチャーされがちなのが、学校という閉じた空間でのピラミッド構造だけれど、そこに入り込めない、それこそ普通の、普通と言いたい。

自分では底辺と思って落ち込んでる子たちに目が行き届ている、いや、気づいている、アンテナが察知しているこういう先生が、最高の理想なのよ。なかなかいない、てか、いない。私の学生生活の中ではいなかった。
だから、神キャラと呼ばれる厳しい女性教師、大迫先生が、雪子先生はきちんと気付けていると言ってくれたのが、そうだよ、そうだよ!!と嬉しかったのだ。

体育の授業で元気のない女子が生理だと察知したり、給食が食べられなかったりテストの問題を解かずに影絵をしている女子にも叱責せずに、彼女にだけ聞こえる音量でコミュニケーションをとったり。
女の子に対しては同性同士だから気づきやすいかもなとも思ったが、雪子がその、普通さゆえの地力を発揮したのは、不登校になっている男の子への粘り強い訪問だった。

いや、雪子自身は粘り強いとかは思っていないだろう。むしろ、ただ訪ねて声をかけるしか出来なくて、それこそ彼の父親から後に言われるように、気の利いたことも言えなくて、ちょっとイヤミにも聞こえる、訪問することは義務なんですか?と言う父親に、返す言葉もなかった。
でも雪子は、生理の女子や給食が食べられない女子へと同じように、苦しんでいることを気づいてしまったから、そうしたら見てみぬふりは出来ないのだろう。それは、正義感というより、彼女自身の、なんて言うのかな……教師的本能というか、そう、こういう感覚を持っている先生を望んでいたように思う。

不登校の男の子の父親は在宅ワークで、母親は外に働きに出ているのか、会話の内容からはそんな感じである。これまでの凡百の作品では、こういう図式が描かれると離婚して、父親が子供を持て余しているとかいう風になるのが、そうじゃない。
一見、雪子に対して冷たそうに見えるこの父親だけれど、不登校となった息子だけれどピアノに夢中になって、そしてオンラインゲームやチャットで学校の友達とつながっていることも把握していて、それを雪子に教えてくれるんである。
教えてくれるという優しい感じじゃなく、そういうつながりも今の子はあるんじゃないんですか。学校に行かなければいけないのかという問題提起を、一見皮肉っぽく、でも確かにそうだよなと思わせる温度感で伝えてくれる。

この男の子、類君とのシークエンスはかなりの尺を使って、丁寧に描かれる。類君は自分自身でも、なぜ学校に行けなくなったのか明確な答えが得られていない。歯の矯正をからかわれたことかなと吐露するけれども、今もオンラインで友達とつながっている彼が、彼自身、正直判らない、自分の気持ちが判らないんだというのが、凄くリアルだなと思って……。
父親が、登場はしないけれど彼の奥さんである類君の母親と、沢山本を読んで、正解を探したけれど、と語り始める。雪子に対して、あなたは何も気の利いたことを言わない、と、そしてこの日、雪子が勇気を振り絞って類君に問いかけた、自分自身の弱さをさらけ出したことも、腹を割って話せば出てくると思いましたか、だなんて、めっちゃ皮肉めいたこと言う。

でもそりゃそうだ、彼と奥さんは、本だけじゃなくいろんな方面に助けを求めて、でも答えが見つからなくて、今は息子を信じて見守ることだけだったのだろう。
でもね、類君が部屋から出てきた。何よりいいのは、この時父親が、演じる池田良氏がめちゃくちゃイイ男なんだけど(爆)おやおや、あの言葉が刺さったかな、なんてことをなんのしがらみもなく、さらりと言ってくれて、で、夜の学校に息子と雪子先生を送り届ける、運転席でひっそりと目頭を押さえるのが、めちゃくちゃグッとくるの!!

何より、ここからのクライマックスである。雪子のラップは、あ、そうそう、言い忘れていた訳じゃないんだけれど、彼女は帰郷した長崎で、ラップバトルに挑戦したんであった。それは、サークルのように楽しんでいたラップが、思いがけずイベント的なバトルに巻き込まれた時、相手の手練れラッパーが、テクニックだけじゃなく、本当に人生を本音を骨身を削ってぶち当たってきて、雪子はこてんぱんにやられてしまったのであった。
ディするというラップ文化に臆していた雪子だったけれど、それは自分自身の生き方に責任をもって挑んでいくという姿勢であって、雪子はその覚悟が出来ていないことに直面してしまう。

長崎に帰郷し、特に明確に語られてはいなかったけれどどうやら母親が早くに亡くなっていて、今は父親が一人で暮らしている。
父親の手料理を、お母さんの味だ……と驚く雪子に、土井善晴先生のレシピ本を差し出すのはちょっと笑っちゃうけれど、奥さんが土井先生を好きだったというのはもちろんそうだけれど、こういう部分にもね、そんなに深刻に考えるなよと、案外シンプルなんだよと、言っているような気がする。

雪子が挑戦した長崎でのラップバトル、彼女のせいいっぱいのファッションとメイクで挑んで、正直とてもとてもつたない、ハラハラするものだったけれど、それまでの、いわば腰が引けた、言い訳みたいなものではなく、今の自分を、必死に分析して、客観的な視点も努力で獲得して、凄く胸を打たれた。
相手は地元ラッパー、めちゃくちゃスキルがあるし、前半はきっちりと雪子をコテンパンにしてきたけれど、彼女の言葉に耳を傾け、煽って鼓舞して、本当の言葉を引き出し、雪子にとってのパーフェクトなパフォーマンスになった、このクライマックスは、とっても良かった。こっそりお父ちゃんが観に行っている可愛さも良かったし。

不登校のピアノ男子、類君も素敵だったが、彼と友達だという、最初に雪子が直面する男子の母親もなかなかに強烈で、でもこれもね、一見モンスターペアレントに見えるんだけれど、そうじゃない、話し合いたいんだと、そしてその結果をしっかり出しているのが凄い、いいんだよね。
まだ前半のシークエンス、一見して圧の強い母親、音読の宿題の感想を親に書いてもらう、きょうだいが多く、親が共働きの状況では、たとえ10分でも難しいのだと。

雪子にこの状況を、学校への電話が通じなくなるからと、仕事終わりに乗り込んでくる母親に、まさに乗り込んでくる、という感覚でビビリまくっている雪子に、話し合いたいんだと言った、責めたいんじゃなくて、というこのくだりが、めちゃくちゃ重要で、そしてそれがまさに、物語全般に行き渡ってくるんだもんなぁ。

個人的に好きだったのは、年代が違う三人の同僚女子先生が、お互いのプライベートをさらけだす、いわば女子会を楽し気に開催するシークエンス。ちょっとね、甘いかなとも思うんだけれど、お互いの本当の苦しみを、におわす程度なのがね。でもそれが、女子の強さなのかもしれないと思う。
ちょっと、ちょっとだけ、聞いてもらうけれど、本当に解決できるのは自分だけ。夜の音楽室に招いた類君と魂のセッションをして、めっちゃ観客も心動かされ涙し、でもその直後、雪子が広大にさっぱりと別れを告げたのは驚いたし、もったいない!と思ったけど、でもこれこそが、女子の強さなのかもしれんなぁ。

そう、もういろいろ書き足りないことを思い出しちゃってやっとだけど、本作のクライマックスはなんたって、類君のピアノと雪子先生のラップのセッション。最高オブ最高。まじで魂のぶつかり合いで、涙が止まらんかった。
その後、児童たちの発表会に類君がビデオ参加して、ピアノを披露したところも泣いたなぁ。思いがけずいい映画に出会えたことに感謝。★★★★★


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