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「る」


2000年鑑賞作品

ルナ・パパLUNA PAPA
1999年 107分 ドイツ=オーストリア=日本 カラー
監督:バフティヤル・フドイナザーロフ 脚本:イラークリ・ナザーロフ
撮影:Martin Gschacht/Dusan Joksimovic/Rostislav Pirumov 音楽:ダーレル・ナザーロフ
出演:チュルパン・ハマートヴァ/モーリッツ・ブライプトロイ/アト・ムハメドシャノフ/Mareb Ninidze


2000/8/3/木 劇場(シネスイッチ銀座)
このフドイナザーロフ監督の作品は初見。デビュー作である「少年、機関車に乗る」は気になっていながらも見逃してしまっていた。本作品、美しい藤色のチラシが印象的で(まるで関係もないし似ても似つかないのに、チラシの色デザインが同時期公開の「ハネムーン・キラーズ」に妙に似ている……)、ふわっとしたファンタジーを予測していたのだが、そのイメージとは裏腹に砂ぼこりの上がる、しかし非常にポジティブで躍動感に満ち溢れたカラフルな世界で、ヒロインはまるでチャキチャキの江戸っ娘のようで、いろんな意味でステキに裏切られた。

舞台はタジキスタンの湖を望む小さな村。ヒロインのマムラカットは女優を夢見る17歳の少女。戦争の後遺症で“アホウ”になってしまった兄、ナスレディンを守るために日々駆け回る日々。飼育したウサギを売って生計を立てている父親とこの兄との三人暮らし。ある日、芝居を観に行った(観そこねたのだが)彼女は俳優を名乗る、声だけしか聞こえない男に草むらで抱かれ、妊娠してしまう。

中絶しようと、医者のもとを訪ね、診察台の乗り方も判らずに、足を置く台に両腕を乗せてスーパーマンのように待機しているマムラカットは可笑しいけれど、それが彼女のうぶさをも伝えて哀しいのである。結局医者は流れ弾に当たって死んでしまい(……厳しい社会現実!)中絶をすることが出来なくなった。おそらく初めての、たった一度の間違いで子を宿してしまったマムラカット。村人からは売女呼ばわりされ、害虫のように避けられ、深く傷つく日々。こういう時ほど、女ってソンだ、と感じずにはいられない。

しかし、この子の父親探しの家族の奮闘が、彼らの愛を強めていく。方々の芝居小屋に乗り込んで、芝居をめちゃくちゃにしてまで一人一人の俳優を訪ね歩く彼ら、その中で、マムラカットは運命の人、赤十字のドクター、アリクと出会う。彼女を愛し、誰の子とも判らないお腹の赤ちゃんの父親になると言ってくれたアリク。幸せな“プロポーズ未遂”と結婚式……いや結婚式も未遂に終わってしまうのだ。なんと空から牛が降ってくる(!)という珍事によって。このアリクと愛する父親を同時に失ってしまうマムラカットとナスレディン。

この事件の犯人は物資を運ぶ飛行機の操縦士、そして俳優と偽ってマムラカットを抱いたお腹の子の父親その人だった。しかし彼女にとっての運命の人はもはやアリク以外にはおらず、父親の命をも奪ったコイツは敵でしかないのである。混乱しながら銃をぶっ放すマムラカットと加勢するナスレディン。弾丸は目標を外れるものの、この男は恐怖から昏睡状態に陥ってしまう。

お腹の子の父親だからと、強引にマムラカットとこの男を結婚させようとするヒステリックな村人たちの追手を逃れ逃れ、目を見開いて驚いてしまうラストシーンは、“アホウ”の筈だったナスレディンの奇想天外な機転によってもたらされる。小さな小屋の屋根に登ったマムラカットを確認し、ナスレディンはこの小屋の電気を細工し、小屋の天井のファンをフル稼動、屋根は小屋からベリリとはがれ、マムラカットを乗せて空を飛んでゆくのだ!驚いてナスレディンに向かって手を差し伸べるマムラカットを、優しく見送るナスレディンは、奇行を繰り返していたあの人物とはとても思えない。

いつもマムラカットが兄を守ってきたと思っていたのが、この場面でその考えが改まってしまうのだ。兄の、周りの目を気にすることのない、素直で奔放な自由な翼とまっすぐな愛情は(父親やマムラカットに対してはもちろん、初対面のアリクを、その人間性を見抜いたかのように一目で気に入り、嬉しそうに抱きつくところなど)マムラカットが強くいられる何よりの支えではなかったのか。実は守られていたのは彼女の方だったのだ。そして彼女をこの因習に縛られた土地から解放してやることが彼のできる最後の愛情。もはや彼女はこの子のたった一人の親なのだから、本当の意味で守る立場にならなければならないのだ。しかしこの希望に満ちたラストシーンの美しさはどうだろう!

マムラカットを演じるチュルパン・ハマートヴァのなんという可愛らしさ!小柄な身体を全身バネのように躍動させ、ひとときもじっとしていない。妊娠が判ってからもそれは変わらず、見ていて本当にハラハラしてしまうのだが、この彼女の子なのだから大丈夫なのだろう。その小作りでキレイな顔立ちといい、元気いっぱいなところといい、この年頃の頃(10代)の宮沢りえをほうふつとさせる。

いわばこの子に具体的な父親などはいないということなのだろう。月に見守られて彼女の子宮に着床したこの子の父親は、その象徴的なタイトルそのままに月なのかもしれず……月は何の象徴だろう。いつかはその終焉が予測される、燃えさかる太陽ではなく、一見冷たそうに見えながらもしかも昼間(現実)には見えにくくも変わらない愛情を穏やかに注ぎ続ける、目に見えない大きな優しい神の力なのかもしれない。一生懸命生きる人間には、そうしたパワーを享受できる資格をもらえるのだ、きっと。

実はかなり奥深いキャラクター、ナスレディンを演じるのは「ラン・ローラ・ラン」「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」と、初見から短期間にずいぶんと見る機会のあるモーリッツ・ブライプトロイ。その中でも本作のナスレディンは、まぁ得な役でもあったけれど、非常に好感の持てる役作り。ハリウッドに呼ばれているそうだけれど、出来ればそうした大味の世界に染まることなくこうした個性的な監督、作品で魅力を発揮して欲しい。

それにしても、見たことのない色、空気の手触り、アクセサリーや服の個性的な魅力、などなど、この舞台であるタジキスタンの、(現実の厳しさとは裏腹なのだが)童話の中のような美しさには心惹かれた。思えば映画は(特に、何度も言いたかないけどハリウッド映画は)同じような場所の同じような風景を撮りすぎているのではないか。世界にはもっともっと無数の美しい場所があるのだから。★★★☆☆


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