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それでも (ぐしょ濡れ人妻教師 制服で抱いて)
1999年 62分 日本 カラー
監督:今岡信治 脚本:今岡信治
撮影:鈴木一博 音楽:ガオウ
出演:諏訪光代 鈴木敦子 伊藤猛 佐藤幹雄
まあ、そんな理由でこの作品が好きだってわけじゃ無論ないよね。彼が女装して奥さんを慰める、そして、その姿に奥さんから彼の弱さこそを優しく指摘される。そんな夫婦の、弱い者同士が一緒にいて強くなる、切ない優しさがイイんであり、それを夫の女装で表現しちゃう今岡監督の異才ぶりが発揮されるところでもあるんだよなあ。
この前年、「デメキング」で怪物を出し、そして今日一緒に観た「愛する」でもなんだかムリヤリって感じで異世界のもの=人造人間、を出してきた監督が、ここでの異物はこの女装の夫で、そういう異物の存在が、世界を見直す別のカメラみたいに思える。俯瞰のカメラ。そうして人間の姿が改めて見えてくるっていうか。
「愛する」同様、ここでも子供のいない夫婦である。年恰好からすると、そろそろいてもおかしくない、というか、作るつもりならいないことに焦りを感じているはずの状態である。そのことは劇中では触れられないけど、奥さんの不安定な精神状態が、どことなくそれに関係しているような気はどうしてもしてしまう。
奥さんは朝、キャベツを大量に千切りにしている。これもまたおかしな情景ではある。毎朝毎朝、この情景が繰り返される。夫は朝食に、このキャベ千にマヨネーズをかけてひたすら食っているんである。毎朝毎朝である。
奥さんはとつぜんへたりこみ、「あなた……どうしよう。包丁を使っていたら手首を切りたくなっちゃった」と言うんである。しかし笑顔なんである。まるで楽しいことでも言っているみたいに。
驚いて彼女の手から包丁を放そうとするんだけど、ギッチリ握ってしまっていて全然放れないんである。そして本当に楽しいことを言っているみたいに、リストカットが楽しみで仕方ないみたいに、「ねえ、ちょっとだけ切ってみていい?ちょっとだけだから」とアメをほしがる子供のように、ひたすら笑顔なんである。
当然夫は、「いいわけないだろ!」と彼女の手から包丁を放そうとするも、どうしてもどうしても放れない。
ついには押し入れに閉じこもってしまう妻。根負けした夫は、「じゃあ、ちょっとだけ切ってみろよ」「いいの?」ひたすら嬉しそうな妻。
「でも、痛いぞ、凄く痛いぞ」手首に刃を当てた妻、躊躇し「やっぱ、やめとく。お尻のアナがムズムズしてきちゃった」えへへ、と笑顔。
その笑顔だけを見ていると、なんのことはない、幸せな夫婦に見えるのだが。
この状態は、ひたすらおかしいよな……。
でも、「お尻のアナがムズムズしてきた」と言ってやめているこの時点では、彼女はまだ正常を保っていたのだが……。
しかし後から思うけど、彼女は包丁を使っていると手首を切りたくなるというけど、包丁を使っているのは、このキャベツの千切りをしているシーンしかないんだよね。普通にごはんを作って教え子に食べさせる場面もあるのに、そこでの料理シーンは描かれない。
しかも、このキャベツの千切りのシーンはどんどんエスカレートし、家畜小屋の準備でもしているのかというぐらい、狭い台所に大量のキャベツがごろんごろんと積み重なって、彼女はひたすら、ただひたすら千切りし、そしてまた、「手首切りたくなっちゃった」と言うんである……。
ところで、教え子、というのがクセモノの女の子。妻が、あ、高校の美術教師らしいんだけど、この教え子の君子をスケッチしている。しかし君子、そのスケッチを覗き込むと、「愛がない!」と叫んでぐちゃぐちゃに踏み潰してしまう。
止めに入った妻……っていうとヘンだから、えーと彼女は直子ね、直子と取っ組み合いになる。バケツとモップを振り回してビショヌレになる。そして組み付した直子に君子が……そっとキスしているのが引いた画面で描かれる。
えっ、ええ?大体、愛がないなんて台詞でなんでやねん!と思ったけど……このコの唐突な言動に目が丸くなる。
チェックのミニスカートにルーズソックスという出始めの女子高生スタイルに、真っ黒な長い髪を振り乱した少女の造形は、無防備であるがゆえに触れてくる誰もを告発せんとする無敵さを持っていて、そのしたたかな少女性は後に充分に発揮されることになるんである。
ところで、あの夫、良男がね、「最近セックスがマンネリ気味だから……」と直子にコスプレを提案するんだよね。今度買ってくるから、とか言っといて、既にちゃっかりセーラー服を用意してある。呆れる直子だけど、着てみたらまんざらでもない。
しかし夫「似合ってるけど、何かが足りないんだよなあ……あ、そうだ!靴下!ルーズソックス!あれがあるとグッとくるんだよなあ」(笑)。
そこでカットが替わり、君子が「先生、どうしたの」とコンビニの前で声をかけるシーンにスイッチするんである。なんと直子はそのカッコのまま外に買いに出てしまったのだ!って、夫、止めろよ!ていうか、自分で気づけよ!
ここで直子、「いけない、このカッコのまま来ちゃった……」いやいやいや、気づくだろ、普通!このあたりのシュールさが好きだなあ。
君子はいかにもシビれたように、「先生、やるう」と満足そうに見つめる。いや、君さあ……。
まあ、このあたりから君子が直子をそういう目で見ていることはなんとなく察しがついたけれど……君子は直子のためにルーズソックスを選んでやる。このコンビニのシーン、客たちが直子の異様さに目を向けるのに、店員はフツーにレジ打ちをしているのが、なんとも可笑しくて。
めでたくルーズソックスを手に入れた直子と良男が、「センセイ、いけないわ」とか言ってノリノリでコスプレセックスを楽しんでいるのがまた可笑しいんだけど(笑)。しかも良男、興奮しすぎて、ピストン運動に直子の頭が壁にドスドスぶつかってるのにも気づいてないし(笑笑)。
直子はキモチイイどころか、「痛い、痛い!」と頭を必死に避けようとして顔をしかめてるのが可笑しくてさー。ピンクといえど、こーゆーところで遊び心があるのがいいやね。
ところで、君子である。彼女が無断で学校を休んだので、直子は訪ねてみるのね。おっと、ということは、美術教師っつーか、彼女の担任なのか。
君子の家はところかまわず散乱してて、しかもそこには居候のボーイフレンド、時男がいかにもだらしなくマンガなんか読んでる。
なんでも君子は母子家庭で、しかもその母親は男を作って出て行ってしまったという。直子はこの状況を見かねて、君子を家に連れ帰る。ごはんを食べさせてやると、君子は転げ回るほどにその家庭の味に感激し、猛烈に食べまくるんである。なんか後から思えば、直子との×××のためにエネルギーを蓄えてたって気もするけど。
帰宅した夫に、「ホンモノのピチピチの女子高生よ。手を出さないでよ」なんて冗談を飛ばした直子は、まさか自分の身をこそ君子がネラっているなど思いもしない。
布団を並べて寝た君子は、寂しがるフリをして直子の布団にもぐりこみ、巧みに愛撫を仕掛け、ついには……っていうトコは声だけが示され、それをお尻丸出しの(オイ!)良男がふすまの間からのぞき見ている、というカットバックになる。まあ、そういうことになっちまったんだな。
そのことで直子に受け入れられたと思ったのか、君子は一緒に登校する朝も、直子にキスをせがむ。でも直子は、「こういうの、私ダメなの」と拒否すると、君子「そうだよね……」と足早に行ってしまうのね。
君子は真性レズというわけではない。何たってこの後良男と、そして居候のボーイフレンド時男との場面も出てくるし、そっちは描写もバッチリ、さっすが女子高生のエネルギーが爆発するセックスなんだもん。
直子に対するそれは、「愛がない!」と言った台詞に呼応する、まさに母親の愛情への飢えからくるものとしか思えない。
だって「指入れていい?」なんて台詞も出てくるけど、実際にその場面が克明に描写されることはないし(一般映画のソレみたいにワザとらしく布団かぶってる)、愛撫のシーンも赤ちゃんがおっぱいを吸っているみたいなアングルにしているのはもちろん意図的だろうしさ。
だから彼女がここを乗り越えない限り、愛のあるセックス、つまり愛のある関係は築けないし、それは今の直子もまたしかりなんだよなあ。
直子をどうしても手に入れるためにと、君子は強硬手段に出る。良男を自宅に誘い込み、パンツいっちょにして手足を縛り、監禁するんである。
まあ、その前にはお決まりの、二人のセックスの場面もあるのだが……君子がね、直子をどんな風に落としたかを、それが気になって仕方ない良男を挑発して赤裸々に言うわけよ。それに激昂した良男は君子を組み付して……まあ、ヤッちゃうわけ。
直子はまるでそれを見通しているかのように、また激しい情緒不安定に陥って押し入れに閉じこもってしまう。
見つけ出した良男に、「私を笑わせてみて」良男は思案した挙げ句、長い黒髪のウィッグに、てらてらと光るドレスを着て、あごひげの剃り跡を青々とさせてケバメイクして、彼女の前に現われるんである!「私、良子よ」と言って(笑)。
「ちゃんとひげを剃ってからファンデーションを塗ってよ」(いやあれは、剃って青々としているんだよな(笑))と、直子はどっちかというと苦笑気味なのだけど、良男は真剣に「良男さんは、あなたが一番大事なの。あなたとずっと一緒にいたいと思っているの。だから、長生きしてね」としみじみと囁く。
直子はうっすらと笑って、「そういうことを言う時、浮気してるでしょ」ホントにそう見抜いているかどうかは判んない、でも、良男の台詞に癒された様子の直子だったのだけど……。
で、そうそう、良男は君子に監禁されちゃうのね。後を時男に任せて、君子は直子の家に転がり込む。また直子をその手にしようとして、逃げ回る直子を追いまわす。キスだけでいいから、ちょっとだけでいいから、そう言って。もうだんなさんはきっと帰ってこないよ、そう直子に信じ込ませようとして。
一方の、監禁された良男を任された時男、の場面が可笑しいのよ。もう時男はひたすらやる気がないからさあ、ほったらかしなわけ。良男がトイレに行きたい、もう漏れそうだと懇願すると、目の前に出したのはヤクルトの空き容器!
手が使えない、と訴えると、時男はめんどくせーなー、って感じで自らゴム手袋をしてきて(!!!)手伝ってやる。しかし、ヤクルトのだからさあ!「溢れちゃうよ!」と良男が泣きそうな声で訴えるも、「大丈夫だよ」とめんどくさそうな時男。いや、大丈夫じゃないって!「あ、溢れるー!」と必死の良男。うう、情けなくも可笑しすぎる!
一方、直子はね、良男が帰ってこないもんだから、呆然自失状態に陥っちゃう。玄関で彼を待ち続ける姿勢のまま、うつろな目をして君子が何を言っても反応がない。激しく揺さぶっても、そのまま虚空を見つめている。
諦めた君子が、良男を解放する。フラフラになって帰ってきた良男、玄関の直子を見つける。「ただいま」「おかえり」
まるで何事もなかったようだけれど、あまりにも何ごともありすぎて、言葉が出ない。
この言葉のやりとりは、やはり「愛する」を受けてるんだよなあ。ヒロインも同じだし、夫婦としての位置も共通してる。でも、ここでのただいまとおかえりは、もっと何か……ディープなのよね。ラストへとつながって行く深み。
一方の君子は、時男と激しく絡み合っている。彼女にとって一番欲しかった言葉、「ずっと一緒にいよう」を誓い合って。
妖艶な、小悪魔みたいな彼女だけど、やっぱり欲しているのは一緒にいてくれる人。家族なのだよね。彼はまだ恋人にすらなってないけど、その先の家族を見据えて、まるでかじりつくようにセックスしてるっていうのが、子供なのか大人なのか、少女は本当に気まぐれで……だから魅力的なんだよね。
でも、セックスの時の言葉ほど、当てにならないものはないんだけれどね……。
良男は直子にささやいている。またあの言葉を、またあの女装姿で。言い聞かせるように。
「良男さんは、あなたが一番大事なの。あなたとずっと一緒にいたいと思っているの。だから、長生きしてね」って。可笑しいはずなのに、本人が真剣な顔して良子として良男を代弁しているものだから……。
直子はまた「浮気したの?」と微笑み返す。良男も、いや良子も(笑)微笑む。これで関係は修復したと思ったのだけれど……。
朝になる。いつものようにキャベツを切っている。「あなた……」妻の声にふりむく良男はその光景に呆然とする。手から真っ赤な血を流して、やはり楽しそうな笑い顔で、いや、どこか泣きそうな調子も含んで直子は言う。「手首、切っちゃった……血がいっぱい出ちゃった」
彼女の中に何の闇があるのか、まだ判らない。
良男は直子を背負って飛び出す。あれ?さっきまでの良男は普通の出勤前のスタイルだった(ような気がする。睡魔と闘っているので怪しい)のに、またあの女装姿で彼女をおぶってる!そのカッコで、ガニマタで、ドレスを蹴散らして、彼は往来に駆け込んでいく。
思えばセーラー服姿で外に出てしまった直子は、このラストで夫が応えるという意味での伏線だったのか。こうして二人は“長生き”していくのだろうか、ずっと。
閉塞感からの解放のようにも思えるラストだけど、この二人がどう年を取っていくのか想像もつかなくて、なんだか、苦しい。
タイトルの「それでも」は、それでも二人で生きていく、ってことなのかなあ。★★★☆☆