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「め」


2015年鑑賞作品

メビウス/????
2013年 83分 韓国 カラー
監督:キム・ギドク  脚本:キム・ギドク
撮影:キム・ギドク 音楽:パク・イニョン
出演:チョ・ジェヒョン/ソ・ヨンジュ/イ・ウヌ/キム・ジェホン/キム・ミンソク/ユ・ジェヒョク/チャン・ウン/チャン・チョルミン/チェ・ジェヒョン/ユ・ドンフン/キム・ジェロク/イ・ジョンフン/イ・ウジン/キム・ギボム/ナ・チョル/キム・ボムジュン/チョン・スギョ/ホン・ソンミン


2015/1/7/水 劇場(シネマカリテ)
一切台詞のない映画というのは、きっと映画監督にとって一度は作りたい映画だろうと思ったし、ようやく遅すぎる頂点を獲った「嘆きのピエタ」が、それまでのギドク監督の衝撃からするとナー、などとナマイキなことを思っていたりもしたので、本作を観終った直後はちょっとナナメに考えていたかもしれない、と思う。
しかし、しかぁし、母と若い女、つまり妻とダンナの浮気相手、が同じ女優さんであるということに、オフィシャルサイトを覗くまで気づかなかった……疑いも、あれとも、ちらとも思わなかったことに衝撃を受け、一気に印象も考えも変わってしまうあたり、私も単純っつーか、アホっつーか、どーしよーもないんである。

うぅ、二役だということに気づかなかったのは、私だけなのかっ?そうかもしれない……ここでも何度も言っているように、私はほんっとに、役者さんの顔の見分けが出来ないヤツだから。
でも、やっぱり凄いと思う!それこそ、この敵対する女、妻と浮気相手の女の二役を演じ分けるなんて、女優にとって一度はやりたい芝居に違いないと思う!
二役っつーと、そらー大抵、双子とか、姉妹とか、ドッペルとかのホラーやミステリあたりだったりする……こんな、赤の他人の二役なんて、し、しんっじられない!
だって本当に、似ても似つかん!いや、ジキルとハイド的な、豹変するっていうんならまだ判る。でも、他人だもの、ホントに他人だもの!!

しかも私、無意識に”若い女”と書いたでしょう……年齢も全く違って見えた。高校生の息子を持つ母と、ダンナの浮気相手となるブリブリの若い女。
もともとベビーフェイスなんだろうなとは思ったし、それが小悪魔、魔性の女なんだろうなとも、後の展開を見ても思ったが、それにしてもあの狂った母親と同一人物とは、今思い返しても本当に信じられない!!

……このことばかりで続けるのもアレだけど、もう少し言わせてね。いや実は、おっぱいは、似てるなと思ってたのよ(爆)。すんごいね、整形臭かったの(爆爆)。シリコン臭いというか(爆爆爆)。
あるじゃない、ゴム風船のような張り方で、全然柔らかそうじゃなくて、立った時はおろか、寝てさえも、そのまんまの形を保ってる、プレイガール的なあのおっぱいよ。
メインキャストの二人の女が二人ともそんなシリコンおっぱいだということに、やっぱり韓国の女優、いや女文化には、そこまで徹底的に整形がはびこっているのかと思っていたら、まさかの同一人物、ショーック!!

……でまあ、ね、そのショックはおいといて、ですよ。やっぱりこの場合、女が同じ女優さんが演じているっていうのは、やっぱり意図を、感じるじゃないですか。
見事な演じ分けで、明らかに若い女と浮気しているダンナ(てか、彼女は実際若いのか、それともこの若い女の方が見事な役作りなのか??)は当然、妻にはない、若いセクシャルを求めているに違いないのだから。
そして嫉妬に狂う妻はつまり、ダンナを若い女にとられて、その嫉妬は感情だけでは決して、ない。感情だけなら、息子のムスコを切り取ったりしない。

うーむ、いきなりネタバレだが……しょうがない、ここがキモなんだもおん。そう、性欲が、いやこの場合は愛欲と言ってあげた方が心優しいかもしれない、それが絡む嫉妬。
でも、若い女にとられたその妻が、若い女も演じている、一人の女優さんだなんて、意味があるに違いないじゃないの!女なんて若くても年食ってても同じ、執着も嫉妬も同じ。同じく恐ろしいのだと!

そこに行き当ってしまうと、本作のキモである、ネタ元?である、息子がムスコを切り取られ、父親のムスコを移植するという、なんかこう書くと言葉遊びみたいだけど、まさにその通りのことが、にわかに合点がいく気がするんである。
ムスコをペニスとそのまんまに考えていると、行き着かない合点であるけれど、……うーむ、映画ファンが陥りやすいロジックだと言われたら否定できないんだけど!
でもでも、妻は他の女に突っ込まれる夫のペニスを憎み、最初は夫のペニスを切り取ろうとし、しかし息子がオナっているのを見て激怒……しかもそのズリネタは親子して見ていたダンナと浮気相手のカーセックスだったんだから。
しかし浮気するならそんなお手軽で見つかりやすいところでヤらないでほしいが、そんなことを言ったら本作の展開は望めないんだから仕方ないか……うーむ!

で、ついつい脱線しちまったけれど、激怒した母、そうここでは妻ではなく母になる……息子のムスコをザックリ切り取っちまったんであった。
その猟奇的な描写にドギモを抜かれちゃって、思考停止に陥ってしまいそうになるのだけれど(爆)、後に、息子に父のムスコ(ややこしいな。ここはペニスでいいだろ)が移植されてからの展開は、あの一人二役に気づいていなくても、なるほどここがタイトルの意味するところなのかと思ったりするんである。

息子は移植されたペニスで上手く勃起できない……というのはそこまで明確に示される訳じゃないけど、手術後に、あれはきっと日本のAVだろうなあ、と思われる音声に、医者と親子が憮然とした感じでいる様が妙に可笑しい。
ここは笑っていいところなんじゃないかとも思うが、常に緊迫しているのでなかなか難しい……。

で、息子が勃起しちゃうのが、帰ってきた母が隣に寝ているだけ、それだけのことで!ダンナのペニスが既になく、息子に移植されているというダブルショック。
しかし割と即座に立ち直り、私の愛しているのはこのペニスなのヨとでも言いたげに、息子のムスコ、つまり元々はダンナのムスコ(ややこしいな)をしこしこやりだす母親。

その母親、いやさ妻を、ダンナは憎み、そう、憎まれていたのが、今度はダンナこそが妻を憎み……。
でもそれは、自分のムスコを愛している妻なのに、自分自身じゃなくて、ムスコ、セックスの相手としての、もっと言えば肉棒だけの嫉妬だったのかという、もうあられもない絶望で、いやこれは、絶望なのか、こうして書いてみると、まるで喜劇ではないの!!

……これが年始、しょっぱなの、2015年最初の映画ですよ……いつも以上に理性を忘れて、何が何だかさっぱり判らない展開になってしまった。
いやでも、つまりは、概要は、こーゆーことなのよ。映画だから、それなりにサブエピソードは用意されているけれど、今思うと、それは必要だったのかしらんと思うぐらいなのよ。

そりゃね、息子はムスコを切り取られたんだから、まだ学生、学校にも通っているんだから、タイヘンな訳よ。トイレの小用のマトが定まらないことであっという間に同級生にバレて、路地で羽交い絞めにされて、ぱんつ降ろされて嘲笑される、という、まあかなり判り易い展開。
正直、この状態でフツーにアサガオに用を足すかね、大のトイレに入ればいいじゃん……などと思うのはアサハカなんだろうか……??
まあ、この尺だとそうなるのかなあ……。すごく、ストイックな短尺なんだよね。こんなスゴい話なら、いくらでも長尺に出来そうだけど、ぎゅぎゅっと収めてる。

そういうところ、昨今の日本映画を思ってみたりする……。昨今の日本映画は、どんなジャンルでもとにかく泣かせどころがないと、みたいなところがあって、ちょっとそれに疲れてて、年始一発目に本作ともう一本も韓国映画、どちらもとても作家としての力量のある監督さんだってこともあったけど、ああ、いいな、素晴らしいな、と思ったのだもの。
ツッコミどころがあってもいいの。見せ切れる自信があるってことだもの。それが今の日本映画には、ない気がしたんだなあ……。

おい、また脱線したじゃないの。だから何の話だっけ(爆)。で、そうそうそう、息子はそんな具合になったもんだから、もう大変な訳よ。登校拒否になるのも当然だよね。
そんでもって、こんなことの原因になった、そしてズリネタにしたぐらいだから当然、そーゆー意味でも気になっていた、父親の浮気相手が切り盛りしている雑貨店に行く。
そこで悪童どもにまた絡まれて、なぜかそれを助けてくれるチンピラたちがいて、そしてそのチンピラたちは、この、童顔だけどやたらコケティッシュな……てゆーか、高い棚の商品を、あんな超ミニスカで背伸びして整理している後姿を見せてること自体、誘ってるとしか思えないよなーっ、とゆー、この女に当然手を出し、どころか輪姦し、それに息子を誘い込む。

でも息子はムスコがないもんだから……でもそれが言えずに、チンピラたちに見せる形で後姿だけのピストン運動を見せる。それは、後にダンナのムスコがないと知って、息子のムスコをしこしこやった妻に激怒し、これまたむなしいピストン運動をするダンナの姿に重なっていくんである。
ああ、なんてなんて、哀しく、空しいのだろう……!!愛って何、何なの。性愛というものはある程度理解できる、信じたいと思っていたけれど……。

もう一つ、重要な要素があるんだよね。ペニスがない息子にあらゆる方策、解決策、生きていく術を息子のためにネットで必死に探している父親。
台詞がないっちゅーことは、ネット画面を字幕訳すらしないということまで徹底していて、世界共通語の英語のサイトで父親は探してて、英語ままならぬアホ日本人の私はかなーりツラい訳だが(韓国の人って、ホント語学素晴らしいよね……)……。
最終的にはペニスの移植手術の情報に行き着く訳だけど、その前に、セックスやオナニー出来なくてもオルガスムスを得られるか、ということに、息子のためにその情報を探した出した父親がまず溺れ、最初はそんなアホなと斬って捨てていた息子もまた、溺れるんである。

ところで、父親がまず溺れ、ってのは、息子のために移植用のペニスを早々に切り取っていたからなんだけど、ならばなぜ、チンピラのペニスを切り落としちまったのかしらね?だって、せっかく刑務所から出たのに(輪姦の罪の巻き添え食った訳)、明らかに傷害罪じゃん……。
てゆーか、息子のペニスを切り取った母親、という展開からしてどー考えても刑事事件なのだが、母親はそのまま失踪した形で、息子もあんなケガなら死んでもおかしくないと思うのに、処置されてすぐに病院から帰されちゃうし。

うん、やっぱり、これって、ファンタジー、なんだよね。思い出す、あらためて思い出す。キム・ギドクという人は、見た目はいつでも強烈で痛くて正視できないほどだけど、リアリスティックではない、ファンタジーの人なのだと。
社会派に見えそうだけど、でも実は、人間の夢の根源を叶えるような、そういう意味では赤裸々だけど、でもあくまで、ファンタジーなのだと。

そしてそのファンタジーがセックスという形を常にまとっているからこそ、ファンタジーであることが見えにくくなるけれど、でもやっぱり、ファンタジーなのだ……美しき。うん、こんなにも痛々しくても、やっぱり美しきファンタジー。
それまでも常にセックスはつきまとっているファンタジーだったけど、今までで一番、それがストレートだったかもしれない。ペニスという直截さ。それで言えば、あのシリコンバリバリなおっぱいも、シニカルに見せる計算のうち?いや……。

そう、台詞がない映画、という、ここまで来てようやく最初のネタに戻るけど(爆)、台詞がない映画、ということで即座に思い出したのは、「裸の島」だったんだよね。強烈さ、シビアさ、という点では全然負けないけれど、こうして思い返すと、ベクトルが全く違ったのだと改めて思う。
「裸の島」がリアリズムの究極だったのに対して、本作はファンタジーの究極、そう、きっとこれがファンタジーの究極なのだと思う。性欲の、性愛の、いや、もっと研ぎ澄まされた、欲の、愛の。

息子役の子がね、日本人の目から見るからなのかなあ、すんごく、いかにも韓国の男の子の顔、って感じで、それが凄くシンボリックに感じたんだよね。
この子が、自分の、もしかしたらまだ確立さえしていないアイデンティティの一番生々しい象徴を、それを産み落としてくれた母親にとって切除される、っていうのが、そして後に、父親によって再生されたそれを母親によって凌辱される、っていうのが、彼の顔立ちこそが、より残酷に、よりピュアに……言ってしまえば崇高なものに、してしまった、しまった、という言い方はおかしいかな……、とにかく、そんな気がした、んだよね。

でさ、またしても私、こんなフシアナはくりぬいて銀紙でもはっとけ!……と、それこそ以前も言った覚えがあるけれど、もう一人、二役の女優さん以上に、気づいていなかったこの人。
ギドク監督の分身といってもいい、彼、だということを知って、本当に衝撃を受けた。あの、全身、ザ・キム・ギドクというぐらいの、キム・ギドクを100%、いやそれ以上、完全無欠に体現していた彼、なの?ホンットに!?
父親役のチェ・ジェヒョン。本作では穏やかで、狂気の妻に翻弄され、若い愛人とノンキに浮気し、何より息子を愛し、こんな悲劇に遭った息子の悲劇をなんとかしたいと、信じられないことまでする、そんな優しくて穏やかで、戸惑っている父親が、あの「悪い男」なの!?ホンットに!!??信っじられない。もうそれだけで、日本の役者は、総じて負けてしまう!!

で、なんかまたしてもちょいと脱線したが(爆)、他の方法でのオルガスムス、自傷によるオルガスムス、つまりはマゾヒズムに通じるところなんだけど、本作がファンタジーであるという視点で考えると、この描写は少し、弱かった気がする、などと思うのは、まーそりゃー、日本のアダルト文化、サディズム、マゾヒズム、色々と、百花繚乱、ですからね!!
イタさ描写で衝撃ネラいという感じがしたけど、日本人はあまり……てのが、自慢できることなのか?ふと今立ち返ってみたら、そらおかしいだろ、と思ってしまった……。

でももっともっと、それ以上に、明確に、ファンタジー、あるいはコミカル要素と言っていいぐらいのことは、あると思う。一番明確なのは、やたらそばに武器があること。仏頭の下にナイフがあって、妻と夫が双方それを手にする。まるでいつでも、お互いを殺せるように用意しているみたいに。
その他に、夫は書斎のデスクの引き出しに、銀色に光る拳銃を隠し持ってる。日本ならヤクザかチンピラじゃなけりゃこのシチュエイションはありえないけど、韓国はどうなんだろう?それもまた、ファンタジーなんだろうか……お隣の国だけに、ちょっと気になるところである。
それにこの拳銃は、即戦力として振り回されるナイフと違って、かなりタメにタメて思わせぶりに登場させたあげく、最後の最後にはあっさりと、心中の道具にされるんだもんなあ。息子、この後どうやって生きてくの……。

でさ、ナイフが隠されてる仏頭よ。仏教文化、仏頭という、いわば偶像崇拝が、それこそドッペル的に本作を締めくくる(前半部分で母親が見た、ホームレス的男が、ラスト、息子の姿として現れる)訳でさ。
韓国って、キリスト教が凄い多いって聞いてるけど、でもギドク監督の作品では常に、仏教、なんだよね。そういう相違って、やっぱり自国民じゃなきゃ判んないんだろうなあ……と思って、ちょっと悔しく思ったりする。

最初のうちは、この映画は女優のぱんつを見せたいのかしらん、と思ってた(爆)。後から思えば、"女優"はたった一人、だった。衝撃受けた。
とにかくぱんつ、ぱんつぱんつ。やたらドーンとひっくりかえって、足広げてぱんつぱんつ。それは不思議と、ペニスを切り取られた男子高校生がぱんつおろされる場面よりも、フレアスカートのまんま乱闘、強姦、その他もろもろ(爆)される、このたったひとりの女優の、妙に表面積がある生々しい、ぱんつ。
まさにぱんつ、とひらがなで言いたい、肉感的な、隠されてる面積が多いからこそ、あらわにされると生々しいぱんつ丸見え。

宣材的には、嫉妬にかられて狂ってダンナと息子に襲いかかる、涙と鼻水ダラダラ垂らして、口紅をべったり塗った唇を魔女のようにゆがめた、”妻”の狂気の顔が前面に出ているんだけれど、意外に”彼女”は中盤ばっつり出ない。
同一人物!である浮気相手の若い……いやベビーフェイス女こそが活躍しまくり、予想外まくり、なのよね!!
そう、判ってたのに。宣伝、チラシ、ポスター、予告編に騙されてはいけないのだ!

と、最後まで書いて……。
撮影がキム・ギドク。しかもオンリー!えーっ!今までは違ったよね?役者にとってはプレッシャーなのか、信頼できるのか……。でも監督が脚本、撮影するのって理想だとは思う。そう、塚本晋也みたいに!★★★★☆


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