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「ふ」


2018年鑑賞作品

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2016年 30分 日本 カラー
監督:竹内里紗 脚本:竹内里紗 木村?
撮影:城田柾 音楽:
出演:金井浩人 飯島珠奈 カトウシンスケ 小田篤

2018/5/30/水 劇場(テアトル新宿/レイト 竹内里紗監督特集)
いい意味で単純というか。アクションというテーマがあって作られた短編、というのが、しっくりくるというか。でもそのある意味での単純さがまっすぐすぎる怖さ、不可思議さを生みだしているような気もする。
だって彼女がどうしてあの男を殺したのか判らない。殺したいほど憎んでいたのだろうということは推察される。いかにもお前なんて程度の女、という感じで力づくにしようとしていたもの。
でも彼らの関係がなんなのか、ホステスと客なのか、実はストレートに恋人同士だったのか、組の女とかなのか、判然としない。

そこに出くわした男の子は、思わず止めに入る。止めに入って、男を羽交い絞めにしたら、彼女は小刀で男をブスリと刺した。あぜんとする彼。
そのまますたすたと行ってしまうもんだから、慌てて追いかける。だってこのままじゃ、俺が共犯ってことになる。そんなのは困る。確かにそんな筈だったのだが。

この男の子。男の子だなんていうのは失礼か。でもいかにも下っ端チンピラという感じで、冒頭で既に、兄貴分であろう男たちに理不尽な殴る蹴るの暴行を加えられている。理不尽かどうかは、彼が何をしたのか、あるいはしなかったのか判らないから判らないが、そもそも暴力団というほどでもなさそうな小所帯の場所での殴る蹴る、なんである。
どうやら女を連れてこい、ということらしい。それまたシンプルである。でもそれが、この偶然出会った彼女とつながるんである。あれ?彼女はこの暴力団と関係があるという訳じゃないのだよね??とにかく口数少ないっていうか、設定がシンプル過ぎて逆に判らないっていうか、そんな感じなので……。

彼女の家までついてきて、押し問答をするも、結局彼は締め出されてしまう。しかし、朝まで外で居眠りしながら待っている。なんていうか、母性本能くすぐられる系である。という訳でもないのだろうが、彼女は彼の分まで朝食を作る。目玉焼きとか味噌汁とか、実にザ・朝食である。
どこか奇跡的に穏やかな時間が流れるけれど、背中を向けて台所仕事をしている彼女のその後ろ姿は、なんとなしに不穏が漂っている。彼が思わずその首筋に手を伸ばしたのは、欲情……という感じではなさそうだったけど。

テレビのニュースでその事件が流れる。あの男は死んでいなかった。重傷で、運び込まれた。彼女は黙って部屋を出て行く。不安を感じた彼は後をついていく。ていうか、その間に何か話し合いがもたれたようである。
やめろよ、やめろよと、彼は彼女を必死に止めている。あの時殺そうとしたのだから、充分に察しはついた。一人病院に乗り込んでいく彼女は、まるで簡単にコトを成し遂げて帰って来た。全身、返り血を浴びて……。

この時のふっとカメラを振り向いたような彼女の顔にビクリとした。化粧っ気のない血だらけの顔は、それまでの彼女とまるで違って見えた。本気で別人かと思って、そうなるとこの物語はどうなるの??と考え込んでしまったぐらい。
女としてそれなりに化粧を施していた“最初の殺し”が未遂になった後の、素の顔の彼女は、ベタだけど能面のような……能面のようだけど、ゆるぎない決意は決して翻らないような、底知れぬ恐ろしさを感じた。化粧で武装した女と、本気になったすっぴんの女。どちらも怖いけれど。

彼は、彼女を自分の部屋にかくまう。そこがまた、なんていうか、廃工場の空き部屋のような、何とも言えぬ殺伐さなんである。そしてこの事件のことを知ってか知らずか、あの兄貴分チンピラどもがどんどんとドアを叩き続ける。逃げんなよ、オラ、この野郎、という感じである。
この緊迫した状況に、それなりの年齢の男と女、だけれど、恋愛感情なんてものには一ミリもならない。そうじゃないのだ。アクションというテーマだけでつながっている彼らなのだもの。いや、アクションというよりは……なんかもっと違う気がするけれど。

そんな単純じゃなくて。単純だけど。殺し、いや違う、恨み、それとも違う。もどかしさ?あぁ、でも、そのもどかしさが、二人の抱え持つもどかしさが、最後に兄貴分チンピラたちを、まるでそれこそベタなアクション映画みたいに、それまでは全然弱腰だったのに、急に空手マスターにでもなったかのように、バッタバッタと殴り倒していく様は、確かに確かに、アクション、だったのかもしれない。
人間というものは、時に気力に押されるもので、反発するとは思ってなかった相手に歯向かわれると、怖気づくものなのか。あるいはハッキリとした殺意を持たれると、それだけで相手が上になってしまうものなのか。

そうかもしれない。暴力というものが愚かなのは、殺意という決意まで持ってないからあさましいのかもしれない。その決意を持った途端、彼らは勝つのだ。しかし裁かれるのは暴力よりも殺意そして殺人である。当然のことだけれど。★★★☆☆


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2017年 70分 日本 カラー
監督:齊藤工 脚本:西条みつとし
撮影:早坂伸 音楽:金子ノブアキ
出演:高橋一生 松岡茉優 斎藤工 神野三鈴 大西利空 北藤遼 織本順吉 村上淳 神戸浩 伊藤沙莉 川瀬陽太 岡田将孝 くっきー 大水洋介 昼メシくん 永野 ミラクルひかる 曇天三男坊 豪起 福士誠治 大竹浩一 細田香菜 小築舞衣 田中千空 蛭子能収 杉作J太郎 波岡一喜 森田哲矢 榊英雄 金子ノブアキ 村中玲子 佐藤二朗 リリー・フランキー

2018/3/11/日 劇場(楽天地シネマズ錦糸町)
えっ……なんか予告編超えない……というのが正直な感想。これ予告編全部見せすぎだと思うなあ。“事実に基づく物語”とかしんねりと出してくるから、“ブランク13”後に大きなうねりが待っているのかと期待したら、特になかった。
こーゆー言い方をするのはアレだが、こんな話はよくあるよねと思っちゃう。いや、そんな言い方はよくない。どんなに平凡に見えても一人一人の人生は違う。その違いこそを描き出すのが映画だと思う。思うからこそ……なんか拍子抜けしちゃって。

ギャンブルに溺れた父親は、借金取りが厳しい取り立てに来たある夜、タバコを買ってくる、と言ったまま戻らなかった。そして13年後、その行方が知れた時には、もう余命いくばくもなかった。
幼い兄弟二人の13年前と現在を、タイトルの“ブランク13”が遮っていく。それは13年前と現在は寸断されているという印象も受ける。実際はそうじゃない。特に次男はそうじゃない。

母親の苦労を目の前で見て、その苦労を引き受けることもした兄の方は当時もう思春期に入っていたから、そんな目に遭わせた父親のことは許せない。見舞いも行かず、葬式の日を迎えた。
だけど次男は、父親のことを憎みきれない。作文が賞を獲ったといったらマージャンをしている父親の元に真っ先に見せに行った。キャッチボールをして、野球選手のモノマネを教えてもらった。ギャンブルをしているところを見ているのは、家族の中では彼一人。つまり次男はその時から、父親が仲間たちに信頼されているのを、肌身で感じ取っていたということなのかもしれない。

主演である次男に高橋一生氏を迎えるというのは、勿論人脈に違いないのだろうが、もう思いっきり動員狙ってるよねー、という気がする。別にいいけど(爆)。
次男の彼女さんにも、ど真ん中旬の女優さん、松岡茉優嬢。結婚している訳ではないのに、思いっきり家族席で、予告編の時から三きょうだいなのだとばかり思っていた。
ちょっとここにも違和感が残る。受付に座るぐらいならいいけど、常識的に彼女は参列者側に座るべきなんじゃないかなーなどと、心の狭いことを思っちゃう(爆)。

それは、次男君が、彼女が妊娠したということに対して、困惑はしないまでも、そうか……と言うにとどめていたことが、引っかかっているのかもしれない。彼女がそんな彼氏の反応に対して特に問題視していないのも女としては気になるところ。
「お父さんのお見舞い、行った方がいいと思う」と、彼女は一体何を根拠にそう言うのか??彼氏からその複雑な状況を聞いているのかいないのかというところも判然としない。
彼女自身に、家族に対して思うところがあるのかとか、そういうところもなく、てゆーか、彼女自身のそうしたアイデンティティの部分は全く、見えてこない。なんか、添え物なのだ。死にゆく彼氏のお父さんに対しても、生まれ来る赤ちゃんに対しても、ただ付与された設定にしか見えてこない。

予告編ではね、幼ききょうだいが必死に生きている13年前をシリアスに描き、その13年後のお葬式の場面は、個性豊かなお父さんの友人たちが兄弟と次男の彼女を面食らわせる“笑撃”のエピソードを次々に暴露する、といった感じに描いているのだ。つまり、ブランク後はがらりと趣が変わる、と示唆しているんだけど、そういうウソはついちゃだめよねー。
全く趣は変わらない。確かに個性豊かなメンメンは登場するし、三人は困惑するが、それが前半のカラーとがらりと変わるという訳じゃない、というか、変わらない。正直、この参列者たちのエピソードトークは、もっと面白く出来たんじゃないかと思う。てゆーか、予告編では普通に面白い(爆)。編集の妙ということなのかなあ。

隣の大きなお寺で、同じ苗字の方のお葬式が営まれている。冒頭、間違って入ってくる弔問客が数人いて、次男君の彼女は「すみません、どちらのお葬式の……」と聞く始末なんである。あまりにも規模が違う。
大会社の大物といった感じなのか、続々と弔問客が集まる隣のお葬式に比べて、結局弔問客は数人、しかもマトモに喪服を着ているのも数人、誤解を恐れずに言えば……何かフリークス的な雰囲気。

これはネラってたと思うなあ。小人症の男性、芸人の昼メシくん、ゲイバーのママの川瀬陽太、小児マヒの残るかんべちゃん、あの佐藤二朗氏がフツーの常識人に見えちゃう恐ろしさである。
てか、彼は仕切り役。弔問客が少ないからってお坊さんが「では故人の思い出話を……」なんて言うかなあ、と正直思ったが、そこまで突っ込んだら話にならない(爆)。

お坊さんが読経をしている時には、弔問客が数人、しかも壮絶に個性的なメンメンということに、「隣の葬式、見たか。人の大きさの違いってのを、感じたよ」などと長男が次男に自嘲気味に嘆息する。しかしこの台詞は結果的には説明過多であったように思う。
隣の葬式には泣き屋が来ている。頃合いを見計らって退出する三人組は、「ちょっと泣きすぎだよ」「ついクセで」「次はどこだっけ」などと急ぎ足で去るんである。

嫌いぬいていた筈の父親が、友人たちのあたたかな弔辞で明らかになるその姿。今まで、そう、この13年間知らなかった、13年前のことは忘れようとしていたその父親がお人好しで、人に信頼されて、だから損ばかりしていた、ということを知って動揺して飛び出してきた長男が、しゃがみ込んでタバコを吸っている横を、泣き屋三人組が通り過ぎる、という寸法なんである。

ここまで説明的にしなくて良かったんじゃないかと思う。もったいなかったと思う。思い出話を語るだけで、今まで知らなかった父親の姿を知るには十分であって、人の器の大きさを隣の葬式と比較させたり、わざわざ泣き屋を登場させて、大きな器に見えた人物を貶めるなんて、わっかりやすいベタなことしなくて良かったんじゃないかと思う。
大きな葬式を比較させる面白さは確かにあったけど、泣き屋はないかなぁ。うわっ、そんな判りやすい対比させんの、それぐらい観客は判るよ、と思っちゃう。

次男君は、見舞いに行った父親が電話で金の工面をしているのを聞いて失望する。いまだになのか、と思う。兄が大手に勤めたのを「どうしてか判る?父さんのようになりたくなかったからだよ」とまで言い放つ。しかし彼自身の仕事のことを、「それは、本当にやりたい仕事なのか?」と問われると、うつむくしかない。
結果的に、この電話は友人のためであったことが葬式で明らかになる。つまりイイ人だった、お人好しだった、自分も金がないのにさ、ということなんである。でもどうなのかなぁ、結局それって、13年前からそうだったということじゃないの。明確にされないだけで、父親がお金に困っていたのは、ギャンブルに溺れていた訳ではなかったんじゃないの。

とゆー当然の観客の疑問が解決されないことも、少々のいら立ちが残る。だってそれって、結局は父親は本当にどういう人物だったの、最初からそうだったの、それとも逃げてからそうだったの、っていうのって、凄く、重要じゃない。
失踪して、自分たちが知らないところでイイ人だったって、何の意味もないと思う。そういう甘さは、必要ないんだよ。

葬式に母親は現れない。突然姿を消して苦労をかけたんだから、きょうだいにとっては当然と思われるが、どうやら離婚はしなかったらしいんである。それは、送られてきた離婚届と指輪をぼんやりと眺める現在の奥さんの姿で知れるんである。
甘い、甘いなー。つまり奥さんはずっとダンナを愛してて、だから籍が抜けなかったということだろう。今の彼女の指にもしっかりと結婚指輪がはめられたまま。見舞いには行かなかった。行けなかった、というのが本当ではないだろうか。

父親のことを許せない息子二人の前で、今でも愛しているとか、見舞いに行きたいとか、そら言えないだろう。でも、離婚していないことは、彼らは知っていたんだろうか。いや、指輪をしたままなんだから、それはさすがに知っていたとは思うけど……判んないなー、なんかここまでもベタな割には突っ込んだ感じがないもんだから。
でもさ正直言うと、あんまりこの描写は好きじゃないな。失踪した夫を結局待ち続け、息子たちのためだけに自分を犠牲にして働き続けた、母親であり妻であり女。

いや、ね、これを美しい物語にしている訳ではないことは判ってるさ。でももし彼女が、送られてきた離婚届に判を押して提出していたら、同じく女手一つで働いて息子たちを苦労して育てたというのが同じでも、やっぱりやっぱり、何かが違っていた筈。
何より息子の心持がね。勝手なこと言っちゃうけど……覚悟がなかったと、思っちゃうのだ。そういう母親像をいつまでも描いてほしくないのだ。きっと母親にはそうであってほしい、お父さんを裏切ってほしくない、女になってほしくないと、きっと息子である男たちは思うのだろうが……。

ところで父親はリリー・フランキー。ガンで余命三ヶ月なんだから、やせ細っていく様を見せるかと思ったら、次男君が彼女に促されて二度目のお見舞いに行った時には、シーツにくるまれた身体がかすかに動くのを見せるだけだった。
勿論それが、もういまわの際を思わせる印象的な演出だというのは判るし、充分それは伝わるのだが、余命三ヶ月として現れ、次男君が最初にお見舞いに来た時のリリー氏と、13年前の、借金取りに追われて憔悴しているにしても、まだまだ若く逃げるだけの体力もある(爆)彼が、おんなじ印象、体躯もそうだが、ハッキリ言って年をとった印象もないぐらいおんなじ印象というのは、どうなのかしらんと思ったりする。
せめて、13年前と余命三ヶ月での違いはあって良かったんじゃないか。それぐらいリリー氏なら出来る気がするが……。★★☆☆☆


プレイルーム
2018年 86分 日本 カラー
監督:ナリオ 松蔭浩之 中村真夕 佐々木誠 福島拓哉 脚本:荒井元郎 ナリオ 松蔭浩之 中村真夕 福島拓哉
撮影:木村和行 松蔭浩之 佐々木誠 音楽:仲村千秋 ヤマユウキ Complesso Plastico 松蔭浩之 Youki Yamamoto 帯谷有理 トルコ石 河原弘幸
出演:若林美保 渋川清彦 イギリス人 間庭裕基 佐伯日菜子 草野康太 須森隆文 園部貴一 高橋卓郎 稲村梓

2018/12/16/日 劇場(シネマート新宿/レイト)
やべっ、ショートフィルム集だということを知らずに足を運んじゃった。渋川清彦の名前だけで飛んでっちゃった。いけないけない(?)いやー、それぞれ書くのがめんどくさいものだから(爆)、普段は絶対避けちゃうのだが、頑張って書こう(爆爆)。
5本の映画はすべて一人の女優さんが主演。若林美保。ストリッパーで女優だという彼女のことを私は知らなかった。この5本は監督も全て違って、共通のテーマがある訳でもなく、彼女は5本5様の顔を見せてくれるんである。

「などわ」
これが渋川清彦が相手役の一本目。最終的にはこれが一番好きだったかもしれない。いよいよ売れる、客が増え続けている、次の新曲が売れて、武道館だと景気のいいことを言っているが、どーしてもそうは思えないパンクバンドのドラマーが渋川清彦。
キーという愛称は、渋川氏まんまだから、当て書きかも知れない。その恋人が若林氏演じるリコ。OLなのか、後で解説読んで知るが、そうは見えないけど(爆)。彼と同じように革のボンテージファッションに、両肩には派手にタトゥーも入ってたりして。

俺が売れる前に結婚しといた方がいいだろ、と「それってプロポーズ?」と嬉しそうに笑うリコ。
銭湯、商店街の二人乗り、小さな部屋のひとつきりの布団、蛍光灯からたらされた紐にネクタイをくくり付けて消したりつけたりしてイチャイチャする。もうすべてがまるで昭和、まるで神田川。

リコのお父さんに挨拶に行こうということになる。そのシュミレーションに、金八のコスプレしてにっかり笑う渋川清彦の切り返しショットに思わず噴き出す。リコは笑わない。「なんで金八?」「いやだから、金髪よりは金八」しかもこのくだり繰り返し。
……でもね、リコのお父さんは死んでいるのだ。それは、観客には薄々察せられる。あっちじゃラジオは聞けない、とかね。聞けない、あっち、って刑務所かもとか思ったりしてたんだけど(爆)。

でもさ、リコが、「娘さんを下さいなんていったら、ブッ飛ばされるよ。ものじゃないんだから」と丁寧にレクチャーするもんだから、薄々察せられていたが自信がなくなる。でもやっぱり、電車に揺られて着いた先は、お墓の前なんである。
リコの言葉の端々に、理解しあえないまま別れてしまった父親への後悔の念がにじんでいたから、きっとキー君はそれを慮ったんだろうと思う。葉巻を吸うようなお父ちゃんだったら、古くてカタい、といってても充分にファンキーだと思うけれど。火をつけて墓前においた葉巻が、まるで二人の結婚を了承したようにじゅうっと吸い込まれたかのように赤くともる。

渋川清彦は、「ルームロンダリング」でもパンクなミュージシャンの役だったし、そういうイメージがちょっと、あるのかなぁ。でもちょっとトウがたってて(そしてそれは、リコも同じなのよね)、少し哀感があるような。
「新曲が売れて、ラジオから流れて、リコのお父さんに聞いてもらえたら」とトランジスタラジオを持参するなんて泣けるけど、ぜぇったい、売れないだろ、って確信持てちゃうんだけどね(笑)。そこらへんも、いかにも渋川清彦、なんだなぁ!

「LION」
後で解説読んで、そんなお話だとは全く受け止められませんでした、頭悪くてゴメン、という気持ち(爆)。なんていうか、ちょっとしたパラレルワールド的な感覚もある。とても、アヴァンギャルドである。マジックミラーの向こうの自分を見ているような、ゆらゆら揺れてゆがんだ鏡面の向こう側。
猫が、人間みたいにセックスを仕掛けてくるんだという。でもその相手は、完全に西欧系のイケメン男子である。

口元は黒く隠してある。最初から観客側には人間としてしか見えていないから、猫云々はよく判らない。そもそも「人造人間テロリストとして街に放たれた彼女」とゆーのが、えぇ、そういうことなの?全然判んなかったんですけど!!
なんか80年代風近未来系(?)なコスチュームではあったけど、とかよく判らない反応。もうその時点で、私は脱落。そういや全編詩のようなモノローグで構成されていたから、それをじっくり聞いていれば判ったのかもしれない。めっちゃ聞き流した(爆)。ショートフィルムって、難しいな……。

「クローンハート」
今回足を運んだもう一つの理由は、佐伯日菜子嬢の名前もあったから。女優としての彼女を見るのは本当に久しぶりな気がする。
そのまんま、大人の女になった。大きな目と、印象的な目元のふっくらとしたほくろと、笑った時に出来る頬のくぼみまで、あぁ、そのまんまだ。

ちょっと、この物語は怖い、というか、興味深い。監督の中村真夕氏自身が体験したエピソードだというのだから、ますます興味を惹かれる。
ありていに言ってしまえば日菜子嬢扮するみゆきは、付き合い始めの男に騙されてしまった訳なのだが、結婚の約束をしていた訳でもないし、だからお金をだまし取られた訳でもない。
かつての同級生の女の子に助けを求められて、相談に乗ってくるんだと、そのやりとりも逐一みゆきに伝えてくる彼は誠実と言ってもいいぐらいだったのに、その話自体がウソで、身分も詐称していた。

みゆきが相談をもちかけていたのが若林氏扮するミホである。ミホ、彼女のイメージを監督さんが投影しているのかもしれない。実際、独特のアヒル口で不敵な笑みを刻み付けるミホは、最終的にネタが割れると、なるほどそういう感じ、と思わせる不自然さ。
そしてひどく、怖いのだ。ミホは心理カウンセラーらしく、彼の相手の女性は人格障害があるのかもしれない、とか言っていたんだけれど、最終的にみゆきが騙されたと知るや、「そうかもしれないと、思ってたわ」ニッコリし、「彼はクローンなの。心を持たないから、人の心を奪うのよ。あなたは彼に心を奪われた。それが彼の目的なの」「なぜそんなことが判るの」

それまでも、この台詞はみゆきから再三放たれていた。それぐらい、ミホはまるで透視術みたいに、なんでも見えているように見えた。でも、予想外の返答が。
「私も、クローンだから」目をむくみゆきにキスをし(日菜子嬢はお目めが大きいから、むしろそっちの方がホラー的でコワイ)、「心を奪われた人間は、他の誰かから奪うしかないのよ」と言って、嫣然と去っていく。その後、みゆきは誰か見知らぬ男を清楚なファッションで引っ掛けている。心を奪うために……。

「熱海の路地の子」
ものすっごい、強烈なイメージを残す作品。そもそもの原作が“伝説的テクスト”と呼ばれているのだというのが、未読だけれど、なんか納得しちゃう。
なんとも挑戦的な歌詞が乗った、流しのような歌声が響き渡る。変にしらじらとした街中の閑散とした路地を抜けていくカメラワークは、ドアから覗いた投げ出された足を映しだしたりしてドキッとする。あれは、私の見間違いじゃなかったと思うんだけど……眠くはなかったと思うんだけど(爆)。

若林氏演じる女は、一体どういう存在なんだろう。それを言ったら、彼女と相まみえないのに、作品冒頭で彼女と二人、全くの全裸でぼうっと窓際にもたれかかっているのは、なんなんだろう。
彼、「ぼくらの亡命」でもう一生、忘れられない印象を残した須森氏。最後にはその毛深すぎる獰猛な全裸、拘束器具、だらりとぶら下がった男性性器までスクリーンにさらけ出してドギモを抜かせまくる。

若林氏は、どこかAVかイメージビデオ的なのよね。煽情的なデニムのショートパンツをじらしながら脱いだりしてさ。これがストリッパー的見せ場なのかしらん。
女が誰かに撮られているテイでハダカになるのはなんら問題がない?のに、これが男子がやると、途端に事件性というか(爆)、異様な感じがしちゃうのは、どうしたことなんだろう……。須森氏の異形の風貌がそれを必要以上に(爆)後押ししているのは間違いないところなのだけれど。

「Floating」
この監督さんの「モダン・ラブ」をくさしまくった記憶が新しいので、どうも書きにくい(爆)。この5本の中ではよく言えば一番まともな、言ってしまえば平凡な(爆)一作という感じ。
一組の夫婦。特に問題はなさそう。ただ、二人が戻ってくる憩いの場である筈の家は、まるでモデルルームみたいに殺風景で、そして……やたらと幼い女の子の写真ばかりが飾られている。

すぐに、ピンとくる。てゆーか、まず冒頭で彼女の方は恋人の部屋を辞するところだしね。もう慣れた雰囲気で。
ダンナの方は普通に仕事をして帰ってくる。二人には明日、用事がある。法事である。明確にはしなかったが、その娘の、ということだろう。なぜか、奥さんの方の両親は来れなかった、という後エピソードが入る。気になる。なぜなのか。

解説では語られている“不慮の事故”というのも、劇中では言ってなかった気がするんだよなあ。私、寝てないよね(爆)。ダンナと仕事の打ち合わせをしている若い女性の部下を妻は見とがめて、「あの子と寝てるの?いいのよ、寝てても」と不自然なぐらい朗らかに言うが、彼が憤然と否定するように、そういう雰囲気派感じられなかった。
恐らく娘が死んだ10年前からセックスレスなのだろうということは察せられたが、そのはけ口を奥さんの方だけが得ているというのは、珍しい気がした。逆は散々見た記憶があるから。

まぁ、だからといって、その斬新さが上手い作用をする訳ではない。正直に言えば、男性の方が操を守っているのに、みたいに言いたいようにも思えちゃう。フェミニズム野郎だから(爆)。
彼女がLINEで、それまでの日常会話からぶった切ったように「別れよう」と言ってくる。しばらくしてダンナが、「判った、また明日」と返す。すぐそばに寝ているのに、LINEで会話するのは今風だ……いやそうでもない。かつてはメールで、それ以前は置き手紙。変わってない、変わってない。
そして朝が来る。「どうして離婚しようって言わなかったの」「君だって、言わなかったじゃないか」肩を抱き、抱かれる二人の後ろ姿。彼らは別れないだろう。娘の死が夫婦の愛の美しさにだけ作用され、全くリアリティがないのは、残念だったけど。★★★☆☆


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