「み」

２０１８年鑑賞作品

見栄を張る
２０１６年　93分　日本　カラー
監督：藤村明世　脚本：藤村明世
撮影：長田勇市　音楽：佐藤太樹　大石峰生　伊藤智恵
出演：久保陽香　岡田篤哉　似鳥美貴　辰寿広美　真弓　倉沢涼央　時光陸　小栁圭子

２０１８／４／２／月　劇場（渋谷ユーロスペース）
予告編を観た時から、あれあれ、この子、ついこないだ観たーっ！と心の中で叫ぶのである。「たまゆら」の彼女。こんなに続けて主演作が来るなんて、撮影時期はそら違うだろうがネクストブレイク必至に違いない。
たまゆらの一生懸命な女の子とは全く違い、タイトル通り、見栄を張ってぶーたれ顔のままの売れない女優、絵梨子役はほんっとうに印象が違って、これはしてやったりの主演作二本にいみじくもなったということよねと思う。

２８歳、売れない女優、実際はアルバイトで食いつないでいるのに、自分は女優、と言い続けている、見栄を張っている。女優、という言い回しがもう、見栄を張りまくりである。
男性なら男優、とは自分のことを言わないよね。役者、って言うと思う。女性はそこんところが別れると思う。自分のことを女優と言うか、役者と言うか。そして前者の場合は、誰もが認める大スターか、あるいは絵梨子のように売れないタレント（役者ですらないのだろう……）なのだろうと思う。

冒頭、オーディションの場面から始まる。絵梨子の前に芝居をした女の子は涙ボロボロの迫真の演技なのに、絵梨子は監督のみならずスクリーンのこちら側で見ている観客までもがため息をつきたくなるような、微妙な芝居である。監督が興味を示すのは絵梨子がかつて出ていたビールのＣＭのことだけである。

オーディションでボロ泣きしていた女の子も、ちょいとフライングするけど後に登場するインチキ泣き屋稼業の女の子も自信満々で、泣けることこそが女優よね、と言っている感がアリアリである。今時泣けるだけでさぁ、と思ったり。
一昔、いや、ふた昔前かな、演技で涙が出る女優さん（それこそ、女優さん、だ）て凄いなー、ぐらいに思っていたが、それこそオーディションで「手ごたえ感じた」なんてしれっと言っていた女の子にしてもインチキ泣き屋稼業の「映画とか、舞台とか出てるんです」とか言ってる女の子にしても、そんなの基本っしょ、ということなのだろう。
絵梨子は女優、と見栄を張ってはいるけれど、それすらできない。しかし、それこそが本作のキモになっているんである。涙を流すことすらできない“女優”。でも泣くって、涙を流すって、それで相手に感情を伝えるってどういうこと、っていうところなんである。

絵梨子の元に突然、姉の訃報が届く。その直前に、電話で口喧嘩をしてしまった姉である。いい年して東京でフラフラしてないで、と、もう両親が亡くなってしまっている姉妹二人、年の離れた姉の苦言に対し、親気取りしないでよ、と絵梨子は反発するんである。
しかし姉の言うとおりなのだ、まさに。フラフラしているだけ。女優なんて口だけ。売れない芸人（にすらなっていないだろう、これもまた）の恋人は完全にヒモ状態。同棲とは言っても食事はチューブの生姜をたっぷりといれたカップ焼きそばのみ。それを「絵梨子が作る焼きそばが一番うまい」と嬉しそうに平らげる恋人の台詞からして、もう未来はないって感じ（爆）。
カップ焼きそばに、そんな差異があるのか……いやあるのか、湯加減とか時間加減とか？？でもこの言葉は全然嬉しくないと思うんですけど……。

“フラフラしている”とあしざまに言っていた姉が、実は自分の仕事を陰ながら応援していて、スクラップブックやＣＭを撮ったＤＶＤを大切に保存している、なんていうのはちょっとありがちな気はしたかなぁ。
実際は、泣き屋として信頼を得ていた姉の方がよっぽど、女優気質があったのかもしれない。いやいや、それは違うか。姉を買っていた社長は、女優だから泣き屋ぐらい出来る、とナメてかかっていた絵梨子をたしなめていたんだし。
泣き屋の極意はただ泣けばいいのではない。亡くなった人の存在を参列者に知らしめ、あの世への引導を渡してあげることなのだと。だから社長はとても静かに泣くのだ。ただ、静かに涙を流すのだ。それが不思議に参列者へ伝わり、亡き人への想いを深く浸透させるんである。

泣き屋、というと韓国の文化のイメージがあって、そして絵梨子自身もヒモの彼氏も抱いていたような、騒々しく泣いて、いわばそれで盛り上げるみたいなね。絵梨子は姉の職業すら知らなかった。それどころか、親戚一同だって、知っていたかどうか、という雰囲気だった。
そもそも姉が育てていた一粒種の息子は、「誰の子かも判らない」と冷たく吐き捨てられるような、シングルマザーだったんである。絵梨子にとっては口うるさい母親のような姉だったけれど、姉もまた、地元で絵梨子以上に肩身の狭い思いをしていたのだ。

それを全く知らずに、突然の姉の死にぼうぜんとした状態で帰郷する絵梨子。甥とだって、初めてぐらいの対面に思える。引き取り手でモメている、当座のつなぎのようなことで、絵梨子が甥っ子の面倒を見ることになる。周囲は「女優の仕事があるんだから、早く東京に帰らなければいけないんじゃないの」と言うが、見栄を張っているだけなんだから、絵梨子を待っている現場なんて、ありはしないのだ。
てゆーか、この“周囲”も、そういうことは薄々、どころか重々承知で絵梨子に甥っ子の世話を持ち掛けている気がすんごく、するんである。どうせあんた、女優の仕事なんてないんでしょうと。だって聞かないもんね、と。いや、どうなんだろう。田舎だと、女優さんやってる、へー凄い！と信じちゃう？？いやいや今時、このネット社会でそれもないだろうしなぁ。

正直、絵梨子がなぜそこまで甥っ子に執着つーか、その行く先を心配したのかは、ピンとこないものがあったのだが。２８といえば、それこそ特に田舎だったらとうに子持ちで当たり前の年齢。実際、かつての恋人も結婚して来年には子供が産まれるという。スーパーでカップ焼きそばを買いだめしている時に遭遇した友人も、当たり前のように小さな子供を連れている。
東京にいれば、２８でフリーターなんて、特に気にせずにいられた。ぼんやりした焦りはするだろうけれど、ここまで直面することはなかっただろうと思う。お決まりだけれど、籠からはネギなんかが覗いていて、カップ焼きそばを大量買いしている絵梨子とは違うのだ……。

いや私はフェミニズム野郎だから、女が料理すべきなんてことは全然思わないし、泣き屋社長がわざわざやってきて甥っ子ちゃんに夕食を作ったげる描写なんかには若干イラッとするものを感じるんだけれど、ただ、確かに、幼い子供、成長過程の子供にカップ焼きそば連続は、やっぱりやっぱりダメ！と思うからさ……。
せめてコンビニ総菜にしてくれ……インスタントでも味噌汁つければ栄養満点よ！！

でもでもさ、そういうのは、やっぱり、あるのかもしれない。先述したけれど、男は気楽に役者稼業だから、なんていつまでも夢を追えるけれど、女は女優、と見栄を張って、どこかでそれが許されなくなる時が来るのに怯えているのかもしれない、なんてさ。結婚して、子供を産んで、きちんとした食事を食べさせるのが女の仕事、いまだにそういう風潮はある、あるんだもの。
絵梨子が甥っ子を自分が引き取ろうかと半ば真剣に思ったのは、思いがけず姉こそが、そうした世間の葛藤に苦しめられていたことを今更ながらに知ったからに違いない。

苦労した母親に育てられたこの賢い甥っ子ちゃんは、カップ焼きそばばかり食べさせる叔母に反発する風も見せず、それどころか自分一人で父親を探し当てて会いに行く。絵梨子が心配していた、あの子が一番望む相手、ってのは、彼女自身ではなかった、というのは若干の切なさを感じはするし、養育費をきちんと振り込んでは来ていても、ずっと会うこともなかった父親を冷静に彼が選択したっていうのは、そんなにうまいこといくかなあとも思うのだが。
いや、アレかな、母親の気持ちを汲んだということなのかな。彼なりに想像力を働かせて。だって凄いのよ、毎月振り込まれている額の総額、甥っ子ちゃんの名義で作られた通帳に手つかずで残されていて、一千万円近いんだもの！！

それを絵梨子が最初に目にするもんだから、なんかややこしいことになるんじゃないのかしらん……と勝手に心配していたが、杞憂であった。俗だね、私（爆）。
絵梨子は改めて甥っ子ちゃんと共に彼の実の父親の元に向かう。親戚の誰もが知らなかった存在。そしてその奥さんが、旦那を制するようにして、自分たちが引き取りたいという。

その前にね、どうせ絵梨子にはなんにもできないんだから、みたいな感じで、オバチャンがね、親切心なんだろうけれど、もう葬儀の最初から仕切りまくってて、甥っ子ちゃんのことも、子供が居なくて引き取りたい親戚がいるからって、チャキチャキ話を進めようとするのね。彼がどうしたいのかが一番大事なんだからと絵梨子は反発するけれども、自分こそがその筆頭だと思っていること自体がこのオバチャンが思うように観客も、いやいやそれはないでしょ、と思う訳で。
その後実の父親が現れて、すんなり甥っ子ちゃんもそこに行くことを希望し、絵梨子も納得、みたいなのが、うーむ、なんか出来すぎというかなんというか、という気がしちゃう。甥っ子ちゃんにとっては、自分の母親がたった一人の身内、そして可愛い妹として心配し、誇りにもしていたということが判っていた、ということなんだろうけれど、なかなか伝わりにくかったなあ。

この甥っ子ちゃんが、絵梨子の泣き屋の仕事を見たいという。お母さんは見せてくれなかったから、と。ここまでで絵梨子は全然、泣き屋の仕事が上手くいけてなくて、社長からも、女優とどっちがしたいのか、そもそも違いが判っているのか、判らないのね、もう今日は帰んなさい、とまで言われて。
それは、先述したインチキ泣き屋集団が騒々しく泣いてしめやかな葬儀の雰囲気をぶち壊し、絵梨子がキレて職場放棄してしまったことが最大の原因だったんだけれど。

その、最後の仕事で、絵梨子は社長に最初で最後の褒め言葉をもらう。それは姉指名で生前から申し込んでいたおばあさんの葬儀で、参列者は社長と絵梨子と、ついてきた甥っ子ちゃんだけだった。静かに涙を流して送った絵梨子を見て、社長は、エリちゃんがいい涙を流してくれたから、私は泣かなかった、と言ってくれた。そして「クビにしてあげる」
絵梨子は泣き屋ではなく、女優であること、それを、真の泣き屋の仕事をまっとうしたことで一段そこへ近づいたことを、判ってくれたからなのだ。
絵梨子は東京へ戻る。ヒモの恋人も捨てた。そのつつましい列車の中で、東京に近づくにつれ、絵梨子は静かに涙を流す。微笑みながら。冒頭のオーディションで、ボロ泣きした女の子が得意げに手ごたえあった、なんて言っているのを蹴散らす、真の涙。★★★☆☆

ミスミソウ
２０１７年　114分　日本　カラー
監督：内藤瑛亮　脚本：唯野未歩子
撮影：四宮秀俊　音楽：有田尚史
出演：山田杏奈　清水尋也　大谷凜香　大塚れな　中田青渚　紺野彩夏　櫻愛里紗　遠藤健慎　大友一生　遠藤真人　玉寄世奈　森田亜紀　戸田昌宏　片岡礼子　寺田農

２０１８／４／11／水　劇場（新宿バルト９）
内藤監督の新作と聞いて、飛び上がって観に行く。もーもーもー、もうちょっと宣伝してくださいよ！情報が入ってこないじゃないですか！もう完全にたまたまって感じて見つけましたよ！！
狂気の監督、本当に狂ってる。この監督さんの作品を見るとまず真っ先にそう思うのだが、なぜこんなに心惹かれるのだろう。様々な殺し、様々な死に方、スプラッターのアイディアオンパレードに心を砕いているように見えるほどにそれはそれは凄いのだが、問題はそこじゃなくて、そこかもしれないけど（爆。ヤハリ人間は残酷なものを見たいという欲求があるのだ……）、その境地に飛び込んでいく若い役者たちのエネルギーにあるのだと思う。
内藤監督の作品に出たいと、きっと思って集まってきたと思う、あるいは、この若き監督は、なんと少年少女たちの狂気の芝居を引き出す手腕に長けているのだろう！

スプラッターは真っ先にそうなのだが、この監督さんの最大の素晴らしき才能、作風は、作品にびっちりと充満し続ける不穏な空気にこそあると思う。
どこと特定されている訳ではない、閉ざされた田舎町。それは冬になるとなお一層、豪雪によってその感を強くする。ショッピングモールもゲーセンもレンタルビデオ店もない町なんて、なかなかにお目にかかれないレベルのイナカである。

そこへ東京からやってくる転校生の野咲春花。なんと懐かしい感じの設定、マンガみたいと思ったら、本当に原作がマンガだった。結構毎回ビックリするのだ。そのしっかとした作風で、めちゃくちゃ監督オリジナルのように思えてしまうから。
そして脚本が唯野未歩子と言うのにも驚く。そりゃ彼女が脚本家だというのは知っていたけれど、こんな振り切れた狂気の監督作品に参加するとは！！ああ、心躍る。

脱線してしまった。そう、東京からの転校生。当然のように起こるイジメ。それもまた、それこそ田舎町からそんな単純なことないよ、と怒られてしまうような設定ではある。だから、これはいい意味でやはり漫画原作であり、ある意味でファンタジーであり、当たり前だけどめちゃくちゃフィクションなのだ。
それこそ今ではホントにお目にかかれなくなった王道のセーラー服と学ランの組み合わせが、更にその感を強くする。あんな上履き、いまでも中学生が使っているのかと思う。いや、その辺は独身女は判らないですけれども（爆）。

そうは思っても、やはりその壮絶なイジメ描写には身のすくむ思いがする。この小さな田舎町のこの中学校は、彼ら３年生が卒業したら廃校が決まっている。同級生が１０数人、それが全校生徒なんである。その全員が幼なじみのような状況に一人放り込まれる野咲がイジメに遭えば、もうそりゃあ、そりゃあ……。
いや、最初は確かにそういう説明だった。というか、野咲のモノローグだった。でも小さな小さなコミュニティの中にもしっかとヒエラルキーは存在していて、野咲の前に“標的”はいた。
いかにもいじめられそうなキャラの流美。今回の少年少女の中で、ヒロインよりもこの流美役の大塚れな嬢に最も衝撃を受けた。何度も口元がアップにされる。ふっくらした頬に厚い唇が独特のうざったらしさを醸し出し、実際は普通に可愛い女の子だろうに、監督、イジワルだな、と思う。当然、彼女自身もそれをきっちり判って芝居しているに違いないのだ。ああ、覚えておこう、彼女！！

そしてもう一人、ヒエラルキーからハズれている男子が一人いる。野咲のたった一人の味方、そして恋人となる相場である。彼もまた東京からの転校生、ということを後から聞かされると、転校生だからイジメられるという図式ではないんだよなと思い、そこは男女の差なのかなと思い……。
ただ、相場君にはヒミツがあり、いわばそのヒミツのオーラが、田舎の少年少女に手を出せなくさせていたのかもしれないという感はある。それが明かされた時は本当に衝撃を受けるのだが……。

一人、女王様のようにイジメグループを指揮するようなしないような、私関係ないけど勝手にやってみたいな、そんなスタンスで冷たく見守っている女子、妙子がいる。金髪に染めた髪にクールな態度からヤンキーな感じを想像させるが、ちらりと見せられる家庭はお嬢様そのものである。
ただちらりと見せられるだけだから……金髪に染めた娘に、気づいて恐る恐るなのか、セレブゆえの鈍感なのか、判りにくいところはあるんである。

彼女が指揮しているのは明らかなんだけれど、何かハッキリしない感じがずっと続いていたのは凄く気になってはいた。まさか、そんなことだったとは、という思いがした。
もういろんな山場すっ飛ばして言っちゃうけど、そもそも妙子と野咲は親友と言っていいほどの仲だったのだ。転校してきたばかりの野咲と一匹狼みたいな妙子の気があったのはどういうことだったのか……ただハッキリしているのは、妙子は野咲に恋していたということ。
妙子と相場が仲良くなっていったことで、妙子の取り巻きは「野咲が相場をとったから」という理由でイジメ抜くのだが、本当は、妙子の本当の気持ちは、相場に野咲をとられた、ということだったんである。

ややこしいのは、この妙子が先述のようにクールビューティーなもんだから、野咲の前に標的になっていた流美が妙子に恋していたという図式もある、ってことなんである。流美がいじめられていたのはどうしてだろう。ただウザキャラというだけではないような気がする。だってそもそも妙子が野咲をイジメだしたのはそーゆー理由があった訳だけど、流美はそうじゃないもの。
やはり妙子が流美の自分への気持ちに気づいていたからなのだろうか。それを自分の、野咲への気持ちに反転させる形で標的になったんだろうか。先述のように流美を演じるれな嬢がホントに達者にウザい女の子を演じるもんだからさぁ……。

壮絶ないじめに耐え切れず、学校に訴えに行った両親までも標的にされて、もう学校には行かなくていいよ、と両親は言う。しかしそれで流美が標的になる、という流れから、急激に恐ろしい展開になる。
掃除用具入れに閉じ込められてガンガンぶっ叩かれるその中の流美の、あの表情！「殺したい、ぶっ殺す！」と言ったあの台詞は、言わされた感があり、野咲に向けたものだったけれど、どうしてもどうしても、理不尽なイジメを繰り出すクラスメイトに向けてのものに思われた。いや、それ以上に、妙子に対するものに思われた。
完全に支配者、指示を出しているのは、というか、指示を出しているように思わせているのは妙子、そして、自分の気持ちを判ってくれないのは妙子……。攻撃されないようにするためなのか、常に笑うように努めている流美のその笑みが不気味で痛ましくて、もう、見てられない！！

そして……信じられない事態になる。流美は周囲からあおられる形とはいえ、自分から奮い立たせるように、石油タンクを持って、野咲の家に向かった。冗談ぐらいに思っている周囲は、半ば煽り立てるように同行した。しかし、ホントにホントに、やっちゃうのだ！！
野咲は相場とデートに出かけていて留守にしていた。いじめられているお姉ちゃんのことも知っていて心配している可愛い妹、優しい両親、火に包まれた。
デートから帰って来た野咲は業火に包まれる家にもショックを受けたが、妹を助け出してくれた相場の、その手に抱かれた焼けただれた小さな身体に……いやこれは、観客の方が大きなショックを受けるのだ。まだ息があるぞ！そう言って救急車で運ばれていくけれど、でもあんな黒焦げの身体で生き延びてもどうなるの、つい、つい、そう考えてしまった自分に戦慄するのだ。そしてそれが……返ってきてしまう！！

野咲が豹変したのは、むしろこの事態で腰が引けてしまった女子二人がいたということがキッカケだったかもしれないと思うと、なんと皮肉なんだろうと思う。
殺人ということに腰が引けた彼女たちを叱咤するように、これは妙子からは何の指示も受けてないのに、野咲に「自殺してくんないかな」と傲慢に言い放つ。そこから糸が切れたように、野咲は復讐の鬼となるのだ。

時に、そんなちょうどよくそこに凶器があるとか、いや、あるけど、それを把握してるとか、上手くいきすぎだろ！！ぐらいに、１０数人のいじめっ子チームを次々とえげつないやり方で倒していく。
うーん、ここにその手法をひとつひとつあげるべきだろーか。そこが確かに本作の大きな魅力の要素であることは間違いないのだが、なんか、悪趣味のような気もするんでヤメとく。くぎ、エアガン、矢？ナイフ、まー、見事にいろんなものを駆使して目をぶっ刺し、頭を貫き、アキレス腱をぱっくり切り裂き、指を切り飛ばし、結局言ってるけど私（爆）、まぁ素晴らしいバラエティに飛びっぷりなんである。

一人、言っておかなきゃいけない人物がいる。担任の女教師である。廃校を間近にした、十数人の三年生のひとつのクラスだから、先生はたった一人、ということなんである。
ある意味いじめの標的はこの先生にも向けられている。授業を聞いていないなんて言うのは当然、野咲の机に死んだカラスが突っ込まれていても、それを進言されても、当然どうすることも出来ないことが判っててヤツらはそれを言ってくるんだから、ただただ硬い背中を見せて板書するしかないんである。そして耐え切れずに廊下に出て、吐く。これが通例らしく、生徒たちからはゲロ京と呼ばれているんである。

野咲の父親が訴えても、もう廃校なんですから、事を荒立てないでもらえますかと能面のような顔で言い、野咲の代わりに標的になった流美に対してもあからさまに迷惑顔で、「私は妙子ちゃんの友達だから」うわー、何それ、すっごい気持ち悪い！！……と思ったら、後に親たちから糾弾されるに至る彼女の過去は……この忌まわしき中学でいじめられぬいたのであった。
もう一度やり直したい、友達を作って、卒業したい。なんと、なんと……病んでいて、なんと、痛ましいのか。

ヒエラルキーのトップにいる生徒を友達だと言い、彼女のジャマになる生徒には目をつぶる。魂が抜けたようなこの担任を演じる森田氏の芝居に背筋が凍る。
そして彼女は、次々に教え子が行方不明（野咲に殺されて）になって、親たちから責められて、最後はなんだか納得したような顔で、除雪車に巻き込まれる！！のだ！！もう……なんなの、この死に方バラエティ何なの！！吹き上げる雪が真っ赤に染まるとか、もうやめてやめて、やめてほしい……。

ただ一人の味方だと思っていた相場君も、カッとなると相手が死ぬぐらいにまで殴り倒すというトンでもない危険人物で、おばあちゃんの元にひとり身を寄せたというのは、つまり、……両親ともども殴り殺した、んだろうなあ……。
彼の説明によれば、父が母に暴力をふるっていたから止めるため、そこまではまぁ判る、ただ、母は誰かに殴ってもらいたかったから、という理由を、同じトーンで喋るのには戦慄！！その時、そのおばあちゃんは、彼に殴り倒されて、もう虫の息、なんである。

あぁ、あぁ、野咲の本当の味方は、味方は、どこにいるの？？いや、おじいちゃんがいた。おじいちゃんは孫に何かが起こっていると気づいていただろうに、彼女がそれを言える時をずっと待っていたのだ。
でも、それじゃだめだったのだ。それには危険すぎる人物がうじゃうじゃいたのだ。まず流美が集中治療室にいる妹を焼き殺そうと来た。それをなんとか止めた野咲だけど、そこにおじいちゃんが救急車で運ばれてきた。同時に現れた相場が「会いたかったから」というのにゾッとする。彼はおじいちゃんを殴り倒して、野咲が病院にいるのを知って、ここにきたのだ。

妙子に恋していた流美、この二人のバトルが最も心に残る。ウザキャラだし、このバトルに際しても妙子からキモいんだよ！！と絶叫されるのが判る、と言っちゃなんだが、つまりそういう女の子なんだけど、なんか……身につまされるんだもの。
そして流美は妙子を倒した！！と狂喜乱舞、今度は野咲と対決し、結果的には相場にぐってぐてに殺される。そしてその相場は、野咲に最後の最後、一発逆転で殺される。そして野咲も……。

最後、残されるのが妙子一人というのが、凄く意外で、だって主人公じゃないし！だけど……終盤から妙子と野咲が実は心通わせた親友だったこと、妙子が野咲に恋をしていたことが明かされ、まるでフツーの（爆）青春映画みたいに、揺れるカーテンに隠れてアイスを食べたり、美容師志望の妙子が野咲の髪の毛を愛おし気に切ったり、もうめちゃめちゃキュンキュンくる、柔らかな日差しの中での回想シーンが描かれるもんだから、あれ、私一体何の映画観てたんだろうと思うぐらいで。
何人も歯抜けみたいに椅子がカラになってる卒業式で、妙子は右手に痛々しく包帯を巻きながらも、まっすぐに前を向いて卒業証書を受け取る。そして教室で、野咲との甘やかな時間を思い出す。どうしてこうなっちゃったんだろう、久しぶりに二人で話すことになった時、どちらからともなく、そう言った。どうして？だなんて……。嫉妬、というにも残酷すぎる。

閉ざされた地方と東京、というのは単純そうでいて、結局いまだ通用しちゃう設定。東京、なんて一つのシンボル、言っちゃえばハリボテに過ぎないのに。
本作の描写が極端だとしても、心の中だけでも小さく、大きく、ずっとずっと発生し続けているのだ。それは……東京を外から見ていた時間がその逆より短くなった時、大人になってしまった時、取り返しがつかなくなった時、より生々しく感じる。★★★★☆

みつこと宇宙こぶ
２０１７年　40分　日本　カラー
監督：竹内里紗　脚本：竹内里紗
撮影：松島翔平　音楽：金光佑実
出演：小松未来　金田悠希　島野颯太　宮野叶愛　篠崎夕夏　根矢涼香　坂井昌三　永山由里恵　百合原舞　伊原聖羅

２０１８／５／30／水　劇場（テアトル新宿/レイト　竹内里紗監督特集）
「みちていく」ですっかり惚れ込んだ才能あふれる若き女子監督の新作は、なんとまぁ不思議ワールド。
この日は本作含めて30～40分という中編（いや、短編だろうか）の三本で、他二つはバイオレンスやらシリアスやらホラーめいた怖さやらといった闇の世界だったので、このみつこちゃんの物語がぽっかりと浮いてますます不思議。

大体タイトルからして不思議たっぷりだ。宇宙こぶって、一体、なんだ。そもそもはみつこが気になって仕方ないのはクラスメイトの男の子の首にあるぽっこりとしたこぶであり、その観察日記をつけているほどなんだけれど、「こぶは宇宙で、実は私たちはその中にいるのかもしれない」などという哲学めいた妄想はだいぶ後になってから出るものであって、正直な印象としてはそのイメージが作品を支配しているという感じはしない。
彼女が気になっているのはあくまで、ちょいとイケメン君のこぶであり、それを宇宙とすり替えてしまうのは、やはりあくまであくまで、恋心のすり替えなのか。

いやいや、なんたって初潮を迎える前後の揺れ動く女子の頭の中なんだから、そう簡単にはいかんいかん。この場合ついつい子宮の中、などと言い換えてしまいそうになるが、そーゆーことを言うのはつまらぬマッチョな考え方である。
みつこちゃんちはどうやら、父子家庭なのかなあ。それを殊更に言う訳じゃないんだけれど、みつこちゃんが初潮を迎えた時、父親がオメデトウ、とぶっきらぼうに言って目の前に置くのは、その前にチーン、とレンジで温められたパックの赤飯。そのまんま。照れ隠しなのか、ただ慣習をなぞっているのか、ほほえましいのか、殺伐としているのか、なかなかに判りづらい、この三人家族である。

そう、お姉ちゃんがいる。彼氏付き。部屋に引き入れてキッスなんぞしてるところを目撃して、みつこはハッと戸を閉める。
姉妹の部屋の仕切りが妙に甘くてお互いの情報がダダ漏れだったり、仲いいのか悪いのか判んないつっけんどんなやり取りだったり、中学生と高校生のこの年の差の、遠くて近い感じが、なんか何とも判る判る！！とか思っちゃって。

みつこちゃんはクラスで孤立している。てゆーか、いかにもな女子グループが一組クローズアップされ、それが象徴されているといった感じである。これは、私の時代にはもう確立された世界であり、どこかのグループに属せないと孤立してしまうという図式が、３０年（！）経っても変わってないということに戦慄を覚えたりする。
別に、ハッキリとしたイジメがある訳じゃない。でもこの象徴されている女子グループ、クラスのトップグループ、ピンクのリップクリーム塗ってカワイーッとかはしゃぐ感じ、クラスの調和を保つためという名目で、マスの権威を、なぜかクラス代表、いや学校代表ぐらいな感じで、しかし慇懃無礼に進言してくる感じ。
……孤立女子であったワタクシなんぞは、まー、覚えがある覚えがある、「ねぇ、みつこちゃん」っていうあの言い方にぞわっとする覚えがある！とか思って。

でも、みつこちゃんは、一人じゃないのだ。幼なじみということなんだろう、メガネでチビの男の子と仲がいい。仲がいいというか……当たり前みたいに一緒にいる。
年頃の女子グループたちは、それこそそれを“仲がいい”というひと言で片付けて、好き同士なんじゃないの、ぐらいに決めつけて、校外学習のコンビを組めばいいじゃない、と前述の、学校代表して物申す！みたいな感じで言い募るが、そんなんじゃないのだ。

彼はキレイな担任先生に恋していて、自転車のサドルにスリスリするために朝早く学校に来ているという思春期バリバリ男子であり、彼はみつこちゃんがこぶ男子に恋していることも知っているし……そんな直截なことは言わないけどね。
あー、こういう友達男子、欲しかったな。なんつーか、同志よね、と思う。商店街を八百屋の商品やらでしりとりしていくのが可愛くて凄く好き。

本当にね、このメガネ君が可愛くて素敵なのよ。なんたって、みつこさん、つって、敬語なんだもの。これまでどーゆー友達関係を築いてきたんだろうと思っちゃう。
そして、彼こそがみつこちゃんの女になった日……そーゆー言い方がマッチョだというんだ……つまり、初潮を迎えたその場面に遭遇しているんである。イケメン男子のこぶが気になって仕方なくて、まぁつまり付け回しているみつこちゃんを心配しているのか気になっているのか、とにかくぴったりとついている彼は、お腹を押さえてうずくまったみつこちゃんを心配してのぞき込み……「みつこさん、血……！！」

なんかねなんかね、これは、すごく赤裸々っつーか、生々しいっつーか、こぶ男子を追っていたことが生々しいのか、女になった瞬間を見られてしまったことが生々しいのか。
いやだから、女になった訳じゃないっつーの。でもね、子犬同士みたいにコロコロ遊んでいたような幼なじみの彼に、まぁ、女になったと言っちゃえばさ、一番弱い部分を見られた訳じゃない。そう思っちゃうのはヤハリ私、フェミニズム野郎かなあ。

でもこの幼なじみ君は、とってもイイ奴なの。なんとなーくな感じではあるけれど、自分の彼氏をやたら見てるでしょ！！みたいな、トップグループトップ女子のリップクリームを、スティックのりにすり替える場面は最高！
なんて可愛い仕返しなのと思っちゃう。なんつーか、子分だよね、みつこちゃんの。恋愛じゃないし、友情さえも越えた絆を感じるんだよなあ。

こぶって、凄くエロティックな気がするんだよね。肉塊、なんだもの。性的な気がするんだよね。あるいはソッチじゃなくて（ソッチ？）女性側の肉塊、かなぁ。つまり子宮的な。
みつこちゃんが、こぶは宇宙で、私たちはその中にいる、と言った言葉が、さらりと語られはしたけれど、凄く意味があったようにも、思えるんである。

イケメン君のこぶがだんだんとすぼまってきて、ついにきれいさっぱりなくなった時、みつこちゃんは凄くうろたえて、それまでただ眺めるだけだったのが、いきなり詰問した。
彼は、付き合ってるトップ女子の名を口に出し、彼女が嫌がるからさ、とこともなげに言った。みつこちゃんがその言葉に凄くショックを受けたように、はじかれたように教室を飛び出すのが、ひどく心に残って。

みつこちゃんが、通学途中で出会う、言葉を交わすことさえなかった、窓際の老人も、印象的なひとりである。ただ手をあげたり振ったりして、コミュニケーションはとれてるけれど、それだけ。
ほどなくして亡くなったのだろう、窓にはカーテンが引かれ、嫁さんと思しき女性がせわしなく出入りし、来客に頭を下げている。それこそ大人の世界で、みつこちゃんはぼうっとそれを眺めるばかりなんである。

子宮のふくらみを思わせるこぶへのこだわり、それが失われたタイミングでみつこちゃんに訪れる初潮、老人との間で彼女にもたらされる生と死、それはこぶ……あるいは子宮が生み出す新しい命とは遠く離れたところにあるものであり。
でもそれこそ、遠い昔、こぶ、いやさ子宮から産まれて来た彼らたちなのだから。あぁとにかく、みつこちゃんは大人になったばかり。新鮮な人生を生きているのだっ。★★★☆☆

ミッドナイト・バス
２０１７年　157分　日本　カラー
監督：竹下昌男　脚本：加藤正人
撮影：丸池納　音楽：川井郁子
出演：原田泰造　山本未來　小西真奈美　遠藤雄弥　渡辺真起子　遠山俊也　佐藤恒治　マギー　舞川みやこ　長谷川玲奈　葵わかな　七瀬公　長塚京三

２０１８／２／12／月　劇場（有楽町スバル座）
ちょっとちょっとー、まだ２月なのにさ、これ今年のマイベストワンになるかもしれん！こーゆー予感は当たるのよ。予感というか、だってめちゃくちゃ良かったんだもん。
最初はその長尺にびびったが、親子を、元夫婦を、恋人を、丁寧に描いていくために必要だった。腰が引けず、どっしりと作り込んでくれたことに感謝したいぐらい。

監督さん、デビューが「ジャンプ」だって、うわー！私が役者、原田泰造に初めて出会ってその素晴らしさに衝撃を受けた作品であり、で、どうやらこれが二作目なの？？何年前だよー、撮らなすぎ、撮らなすぎ！！
そこにまた、「泰造が出ているものでいいと思ったものが一つもない」というほどに彼の可能性を高く評価して二度目のタッグで、この素晴らしい出来！
これはね、運命の二人だね。泰造も（もはや呼び捨て（爆）凄く監督さんのことを信頼しているみたいだし、監督さんがさ、ジャン・ピエール・レオーになってもらおうかと語っているのには鳥肌がたった。ぜひ、ぜひぜひぜひ。そしてもっと間を置かずに撮ってもらわなきゃね！！

そうなのー泰造がイイ役者だというのは判っていたが、ドラマとか観ないとそれこそ「ジャンプ」以来、あまり観る機会もなくってさ、このがっつり主演に、彼ならばと思って足を運んだ。そして、もうびっくり仰天なのであった。
彼は芸人さんである時と役者さんである時と、全然違うんだけど、そのスライドがとてもスムーズで、ニュートラルで、照れもなくて、なんていうのかな……きっと、どちらも同じ“表現”として大事に考えてて、そこに差がないんだと思う。

凄く、素敵だった。この役は、難しいよ。バツイチで息子と娘を引き取った男、長距離深夜バスの運転手で、東京には小料理屋を営む年若い恋人がいる。地元の新潟に帰ってくると、屈託を抱えた息子と娘の父親となる。
「トンネルを抜けると男で、戻ると父親」という惹句はなんと言い得て妙であろう。トンネルを抜けると……雪国だものね、そこもまた！！ホント、素敵なんだよなあ。

何が素敵って、多分、普通の男であること。なんたって泰造だから（爆）、凄くイイ男という訳でもないが、極めて普通の男。
バツイチだとか若い恋人がいるだとかも、特に珍しいことではないだろう。その中で悩み苦しむ普通の男っぷりが、素敵なんである。ああ！はーらーだたいぞうです！！じゃないんである！！

年若い恋人は小西真奈美。ちょっとハラハラするぐらいの少女っぽい声と喋り方に、ああ、こにたんだなぁ、と思う。いや、一人で料理屋を切り盛りするとてもしっかりした女性なのだけれど、でも、物語も後半に、いろいろ思い悩んだ末に別れを切り出した利一（泰造ね）が、「重いんだよ！！」と切り離すためとはいえ口にした言葉が、ちょっと彼女のそういった部分をあぶりだしてもいる。
彼女もバツイチ。その元夫から言われた言葉を、利一が言ってしまったのは、それは、良くないことだったのだが……。

と、興奮するあまり、思いっきり先走ってしまったが。利一はね、不器用な男なんだよね。監督さんが最初に高倉健を思い浮かべたというのは判る気がするのだ。子供たちから「お父さんは大切なことは全然喋ってくれない」というのは、確かにそうなのだ。
大好きなお父さんとお母さんが別れてしまった、お母さんが出て行く形になった、つまり、自分たちはお母さんに捨てられたんだ、どうしてそうなってしまったのかの理由を、お父さんは全然話してくれない、と。もう息子も娘も成人しているのに、そこで立ち止まって大人になり切れないでいる。

息子、怜司（七瀬公）は、東京の勤め先を辞めて突然帰ってくる。利一が恋人の志穂を連れ帰った時だったから、気まずい雰囲気になる。怜司は背中から首からひどくかぶれていて、シーツまで汚れるほどで利一を驚かせる。
後に１６年ぶりに再会した元妻は即座に、それは心療内科をうけるべきケースだと推察する。つまり彼女もそれだけ、傷ついてきたということである。なかなか子供たちには判ってもらえないんだけれど……。

そして娘、彩菜（葵わかな）は、怜司よりもハッキリと、母親への憎悪と父親へのいら立ちを口にする。結婚を目前にしながらも自分のやりたいこととの間で迷っている。それは、コスプレアイドルとそのグッズ販売で、仲間たちと立ち上げたその企画力も完成度も、見事なものなんである。
「質問は、受け付けません！シルブプレ♪」と、シャラーンと魔法ステッキを振りかざして駆けていくハツラツとした彼女は、でもその一方でお母さんに捨てられたことを深いトラウマとして持ち続けているんである。

その、捨てたお母さん（ヒドい言い方だが）、美雪を演じる山本未來の素晴らしさにこれまたビックリ仰天なんである。いやその、正直、彼女が女優としてそんな評価されてきた感じではなかったし（爆）。
でも思えば、なんかピンチヒッター的な感じで「不夜城」に出た時、私は凄くイイと思ったのに、出る筈だった女優さんのイメージがあったのか、あんまり評判が良くなかったことを思い出したりした。私は凄くイイと思ったのに、というところが、結局は他人の評価ですっ飛んでいたことに、心から恥ずかしく思い、反省する。

本当に彼女、素晴らしかった。お姑さんとどうしても上手くいかなくて、それだけじゃなかったのかもしれないけど、でもとにかく利一と別れて、愛する子供たちと別れて、後に家庭を持って娘をもうけるのだけれど、でも、どうやら、幸せじゃない。その娘が声だけでスクリーンに出てこないのが、ひどく象徴しているように思えるんである。
なぜ再婚したのか、そしてしなかったのか……美雪は「寂しかったから」と言い、それを受けて利一は「寂しくなかったから」と返した。それはまんま、子供の存在ではないかとも思い、でもその子供たちは、何が起きたのか判らない両親の離婚にまるで納得できないままここまで来ているのだ。

美雪は体調を崩している。更年期と思われる。そして夫や父親の心配も重なっての疲労が蓄積しているんだろうと思われる。一人暮らしの父親が入院してしまって、地元の新潟にちょくちょく帰ってくることになった美雪は、偶然利一の運転するバスに乗り、具合を悪くして座り込んでいるところを利一が介抱しようとする。
……というか、バスに乗ってきた時から彼女だと判っていただろうに、まるで他人のような会話をお互い続けて、１６年ぶりの再会は、お互いがくたびれ果てている時で。

美雪の父、つまり利一にとっての元舅は、長塚京三。突然の入院生活で、若干認知症のような症状が出始め、彼自身もそれを自覚して、もう一人暮らしの生活には戻れない、つまり地元の新潟では暮らせないな、と覚悟し始めている。
それも判っているから、一人抱えてしまう美雪は苦しんで、更に体調を悪くしてしまっているんである。

利一の恋人の志穂を演じるこにたんもとっても魅力的なんだけれど、ついつい美雪の方にシンクロしてしまうのは、ヤハリ彼女の方に年齢が近いのもあるだろうけれど、それだけじゃない。
恋人という心が通じ合う存在ではなく、単身赴任して若い愛人がいる夫を遠くに眺めている孤独な女、というのが、いや、結婚もしてないし単身赴任している夫もいないけど（爆）、なんていうのかな……もう、一人で生きていくしか、抱えていくしかないじゃない！！という悲壮な４０過ぎの女の生き様がどうしようもなく響いちゃうからなのだ。

志穂だって勿論、大変な人生よ。しかも「君は若いからこれから結婚も出産も可能性がある」とか自分勝手なこと言われて突然捨てられて、「一人にしないで！！」と泣いてすがる彼女には胸が痛む。それは本当。
でも、もう、そんな赤裸々なことは言えないんだなあ、美雪は……。甘えちゃうから、それじゃダメだからと言い募って、心配する利一の差し出す手をひたすら遠ざけようとする。

でも、最後に抱いてくれないか、と決死の本音が出ちゃって、利一から叱責されちゃって、そんなのって、あまりに可哀想だよ。だったらそんなに優しくしないでよ、ってことじゃないよ！
山本未來、本当に素晴らしかったなあ。なんかもう、心が震えた。弱り切ってて、頼りたいのに頼れなくて、利一の差し伸べる手を握りたいのに握れなくて……そして子供たちのことだってさ！！

息子と娘とは、凄く葛藤があって、もうなんか、泣いちゃうの。子供側にしてみれば、捨てられた思いというのも理解できるし、むしろお兄ちゃんの怜司が妙に理解があるのが不思議なぐらい。
彩菜がとにかく徹頭徹尾、お母さんのことは許せない！！というのは、つまりそれだけ、“捨てられた”ことがショックなだけ、大好きだったということに、彼女はなかなか気づけない。

ああ、そうか、怜司がそれを判っちゃうのは、一度出て行って戻ってきて彩菜の寝顔に泣きながら謝っていた母親の姿が忘れられないからだ。「彩菜を連れて行けばきっと良かったんだ。僕があの時、一人で出て行けと言ったから」と怜司が父親に言う台詞は、あまりにも痛ましいのだ。
だって、だってだってだって、それはつまり、自分はいらないと思われていると思っているってことだもの！！
そして利一の方もまた、「子供たちは、美雪が引き取った方がきっと良かった」と言うのだ。彼もまた、息子とおんなじだ。たらればなんてどうしようもないことを思って、自分を責めて。子供たちが母親を慕っていることを痛感していたからか、あるいは「寂しくなかった」ことを後ろめたく思っていたのか。

年若い志穂がそうした、恋人の関わる親子や元妻や元妻の父親の入院や……などという大きな問題にいわば太刀打ちできず、役に立ちたいのに、嫉妬もあるし、外側でぐるぐるしている感じに凄く傷ついているのが伝わってきて、とても切ない。
彼女はきちんと自立した女性だし、見事な料理の腕前を持っていて、怜司が「総菜さん」と言うのはきちっとしたイイ意味でだし。だから、家族のごたごたもあって彼女と別れる決心をした利一にすがらなければいけないような女子じゃないのだ。

美雪が言うように、利一が「好きでいてくれることに怖くなったんじゃなくて、いつか捨てられることに怖くなったのよ」（ちょっと言い回し違ったと思うけど、意味合いはこんな感じ）と言うことに違いないのだ。
利一は言い訳をしている。自分の方が彼女より大分年上だと。自分が彼女の可能性を狭めていると。ケッてなもんだ。だから、利一自身が志穂がいなければダメだということに気づいて、改めて足を運ぶラストにハッピーエンドを期待したいのだ。

美雪との再びの別れは、切ないんである。１６年ぶりの元夫婦は、明らかに再び惹かれ合ってる。最後にぎゅっとぎゅっと、抱きしめてと彼女は言い、利一はそれを優しく受け止める。
子供たちとの葛藤、特に彩菜とのぶつかり合いと和解は、涙が止まらない。意地を張りっぱなしだった彩菜が、美雪が結婚祝いにと送った（それは結局、壊れてしまうんだけれど）、祖母からつながった着物を着て現れるシーンには、単純だけど涙腺結界、そして船の上で船客に頼んで映してもらう“家族写真”もう、崩壊しているけれど、元家族だけれど、でもやっぱり家族！の写真に、ラストクレジットの後にも出てくる写真に涙が止まらないのだ。

ああ、これがあったから、利一は踏ん切りをつけられた。息子は新天地を求めてインドに行くという。娘は結婚という逃げ道を断って、「腹くくって」会社を立ち上げて、元気よくコスプレアイドルとしてイベントに飛び出していった。
家族は家族であるけれど、彼は一人の男に立ち戻った。ようやく、志穂の元に向かう。原田泰造、なんというイイ男であり、イイ役者なの。もう、もう、これは、賞レース騒がせてくれなきゃウソでしょ、本当に素晴らしかった。川井郁子の切ないバイオリンも心締め付ける。泰造ーーー！！！！★★★★★

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