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「め」


2022年鑑賞作品

メタモルフォーゼの縁側
2022年 118分 日本 カラー
監督:狩山俊輔 脚本:岡田惠和
撮影:谷康生 音楽:T字路s
出演:芦田愛菜 宮本信子 高橋恭平 古川琴音 生田智子 光石研 汐谷友希 伊東妙子 菊池和澄 大岡周太朗


2022/6/29/水 劇場(TOHOシネマズ錦糸町オリナス)
あぁ、いいなあ。めっちゃ好きこれ。原作がコミックスだから様々なエピソードがあると思われ、それをどうチョイスするか、一本の映画にするためにすくいとる要素のあれこれなどあったんだろうと思わせるのは、やっぱりちょっと一本の流れのある映画として見れば、若干のつまんで寄せてる感があったにはあった。

でもそれ以上に……もうね、私は最近すっかり芦田愛菜嬢に参りっぱなしなの。彼女が幼い頃の活躍は、当方ドラマを観る習慣がないせいもあって、いくら話題になってても彼女の凄さが判ってなくて、一種のブームのようにさえ感じていた。
いやー、ぬかった。なんなの彼女の素晴らしさは。その年齢でしかない時の美しさを一秒一秒刻みつけている感じ。今、彼女の年、そのリアルな年でしかできない役に出会ってくれた時、それは「星の子」でも震えたもんだけど、かの作品はまさに女優、芦田愛菜の凄まじさを見せつけるものだったのに対し、本作はリアルJKの女の子、芦田愛菜の愛おしさをあまねく見せてくれる尊さなのだ。

ああ、尊さなんて言ったら本作のテーマみたいだけど、でもそういえば、腐女子の常套句、尊いという言葉を、芦田愛菜嬢演じるヒロイン、うららは一度も使わなかったっけ。腐女子だなんて言葉も、言わなかったっけ。
それこそザ・腐女子を自嘲したおして描いた「ヲタクに恋は難しい」(の割には腐女子のヒロインが可愛すぎたが)ではそうしたいわば教科書的な、解説的な、これぞオタクの腐女子のBL好きの同人生活どっぷりの、といった世界を描いていた訳だが、いわばあの世界はプロフェッショナルであり、同人誌を出しているヒロインの画力はプロ級であり、本作でうららが初めて漫画原稿なるものを描く、素人感たっぷりの漫画とは雲泥の差なのだ。

だからこそ愛おしい。普通の女の子としてBLが好きで、彼らを応援したいという気持ちに、元気をもらっている。
腐女子という言葉も今はひょっとしたら古臭いのかもしれない。BLはもはや確立されたジャンルであり、世界的な広がりも見せている。リアルな同性愛とは違った、ファンタジーの中に、美しさや救いを求める独自の世界観なのだ。

セックス描写がキツいというのがかつてのイメージだったが、うららが雪さんに紹介するようにBLの中に更に様々なジャンルがあるし、一口にBLとか腐女子とかくくれないほど成熟したマーケットになっていることがうかがえる。
若いエネルギーだけあってうららはオールラウンダーのようだが、人生の大先輩であり世間的にどう思われるかも慮って、過激な描写もあるので……と控えめに注意するのが可愛い。

うららが憧れてやまないコメダ優先生もまた、コミケで同人からのスタートだった。後半、うららの純朴な漫画が煮詰まっていたコメダ先生にパワーを与える、という奇跡が起こるのであって……おっとっと、ついつい先走りすぎた!!
てか、もう、雪さんの名前も出しちゃってるじゃんか。58歳差の新しい友達。雪さんを演じるのは宮本信子御大。もう、もうもうもう、芦田愛菜&宮本信子の組み合わせだけで涙が出ちゃう。今の時代に生きててよかったと思っちゃう。もーなんて素敵なの!!

うららと雪さんが出会ったのは、うららがバイトしていた本屋さん。亡き夫の三回忌をすませたある暑い日、涼をとるぐらいの気持ちで本屋さんに入ったのであろう雪さん。コメダ先生の一冊を手にしたのは、表紙の画がキレイ、それだけの理由。
その理由が後に、雪さんが幼い頃、貸本漫画の作家さんの大ファンで、それもまた表紙買いであったことが明かされると、ああ、今も昔も女子は変わらないし、何より二次元美青年にヨワいのも今も昔も変わらないからさ、その二次元美青年同士がカップルになって恋愛したったらもうさ、ヒロインに嫉妬することもない訳だしさ!そうか、女子が男子同士の世界にハマるのはそういうことなのかもしれない……。

自分が大好きな、しかしまさかのBL作品を見るからにおばあちゃんの雪さんがレジに持ってきたことでうららは驚く。しかも雪さんはその後も、続きが読みたい、在庫がないなら注文できるかしら、と通い詰めるんである。
もうそうなると二人が親しくなるのは時間の問題……いや、雪さんの方がそういう壁がなかったからだろうな。うららは、ああなんかもうシンパシィ感じちゃうのだが、学校でも地味な存在で、特段親しい友達もいなさそうで、キラキラ女子チームを別世界のようにながめてる。

そのキラキラ女子チームの一人、英莉と団地で生まれ育った幼なじみの紡が付き合っているという図式。英莉は、うらら側からすれば決して交わらないキラキラ女子なんだけど、紡にとってはただただラブラブな彼女であって、この不思議な糸のつながりが本作の魅力になってる。

英莉がBL漫画をクラスの女子と無邪気にキャッキャと楽しんでいるのをうららが「ずるい……」とつぶやいて眺めているシークエンスがあって、それはうらら自身がそんな気持ちに自己嫌悪になっていることで、よく判ってる訳で。
雪さんに対してのように、心を開ければ同じように友達になれたかもしれない、でも今のうららにはそれが出来なかった。判る判る。その時にはどうしても超えられないヒエラルキー、あるいはそう自分が思い込んで突破していけないそれがあるんだもの。
英莉とは友達になることはないものの、紡を通して、自分を形作ったかけがえのない存在になったのは事実じゃないかなあ。

雪さんとは友達になった、なれちゃった。なんだろうなあ。雪さん側のぐいぐいと、何より、この漫画について誰かと話したかった!!という強烈な欲求がばちーん!!と双方合致したということはあるだろうけれど。
リュックサックに手持ちのおススメ漫画をどっさり詰め込んで、風雅な日本家屋の雪さんちを訪ねるうらら。最初こそがその立派さにビビってたけど、縁側からの出入り、いきなり迎えるカレーの匂い、過激な描写のBLを恐る恐る差し出しても眉をひそめることなく、ムリなら読まないどくわ、オッケー!と(でも読んだんじゃないかなー)すっかり意気投合、なんである。

一度はコミケに一緒に行こう!なんて盛り上がるものの、雪さんの高齢、腰痛のさまを見て、受験勉強で行けなくなった……などとウソついて足しげく遊びに行っていたのが遠ざかったり。
雪さんに関しては、スウェーデン(だったかな、とにかく北欧だった)に住んでる娘さんが、一人暮らしの母親を心配して呼び寄せる算段をしているというのが中盤に描かれ、最終的には雪さんがそれを飲んで北欧へと旅立ち、遠距離恋愛ならぬ遠距離友情へとシフトしていくというちょっと切ないラストなんである。

私としてはさ、フェミニズム野郎&老人バカにすんなな気持ちの私としてはさ。なんで年を取ったら一人で暮らしちゃいけないの。一人で暮らすっていうのはこれ以上ないアイデンティティ、それを、お母さん年を取ったから、心配だから、一人で暮らすなんてダメだから、というのってさ。
まあ本作に関しては、途中それなりに尺を取って登場する酒飲み娘の印象は良い感じだから、まあ人それぞれ、家庭それぞれ、ケースバイケースではあるとは思うけど……。

私は、絶対に、こーゆーの、ヤなんだよね!!だって雪さんは書道の先生として身を立ててもいるし、何くれと心配してくれているご近所さん(書道の生徒親子)もいる。北欧に旅立って空き家になった家が荒れるのを心配して、風を入れに来てくれたりするぐらいの近い距離のご近所さんなのに。
それにこれからはひとりひとり福祉とつながって、自分の住み慣れた場所で最期を迎える時代だよ!そうでなきゃ私なんて、どうすりゃいいの……。

まあそのことは、私はこれからも声高に言っていくから!!いい場面をすっ飛ばしてこんなこと言ってんじゃないってーの。
うららが、コミケに連れていくのはキビしいならば、自分たちが出店してしまおう、それなら長蛇の列に並ぶとかないし!!という決断は、そんなことはうららだけで思いつく訳もなかった。
雪さんが、うららさんは描きたいと思わないの?才能がなければ(とはうららが言った台詞)描いちゃダメってことはないでしょ?と言ったからだった。

無論それだけじゃない。紡とその彼女の英莉のことを見ていたりして、英莉がただキラキラ女子なだけじゃなくて留学の夢をかなえるために奮闘していたり、そのために別離を余儀なくされることに打ちひしがれる幼なじみの紡の様子がうららになにがしかの気持ちの変化を与えるのが判る。

紡がいいんだよな。あっけらかんと、うららのBL好きや、コミケ参加をすげーじゃん!!と言ってくれる。うららが漫画を描く決心をしたのも、彼自身は自覚なく、えーいいじゃん、俺は可愛いと思うけどな、みたいなぐらいで後押ししてくれたのも大きかった。
雪さんの腰痛でたった一人でのコミケ参戦に怖気づいたうららの元にこれまたあっけらかんと現れて一冊買ってくれたり、なんかもう、自覚なくこんなことされたらさ、フツーに恋しちゃうわ!!と思っちゃうが、長年の幼なじみである、きょうだいみたいな信頼関係であるっていうのがイイんだろうな。

うらら自身はまだ、自身の恋までには行けてない。それどころか、進路にさえもやもやしているからこそ、英莉の留学に、キラキラ女子だから自分とは無関係と、蔑視とは言わないまでも、すべてがウハウハなんでしょとぐらいにちょっと思っていたかもしれない彼女の頑張りに、立ち返る感じ。
なんて素直な、なんてイイ子!!うららの感じが普通だよ。そんな、17やそこらで、ハッキリこうしたいなんて判ってる人なんていないって!いたとしたってまあ大抵、その後改めて見返せば、思った通りになって行ってないって!!(爆)

ああ、ホントに、そういう意味で言えば、まだまだ結末の見えない、青春物語の一ページなんだなあ、と思う。だからこそ、未来を信じたいからこそ、雪さんが娘と暮らすために自身の生活を手放すなんてラストにはしてくれるなと思ったけどね。

でも、クライマックスの、コメダ先生のサイン会のシークエンスはめちゃくちゃじーんとしたから、まぁいっか!
雪さんが腰痛でコミケに出かけられなくなるも、印刷屋親子のバンでなんとか間に合わないかと向かっている、もううららはすっかり雰囲気に怖気づいて、出店スペースを放り投げて、一人、屋外のベンチでぼぉっとしている。
そこにかけつけてくれたのが紡で、彼がまず一冊、雪さんが紹介してくれた印刷屋さんできちんと作った、オフセット印刷の同人誌を買ってくれるんである。

雪さんを乗せたバンは途中でエンコ、ぼんやり道端で休んでいた彼女に心配して声をかけてきたのが、お忍びでコミケに行っていたコメダ先生。
事情を聞いて雪さんからうららが描いた同人誌を買ってくれる。先述した、煮詰まっていたコメダ先生が元気をもらった、可愛い宇宙人の男の子の話、なんである。

後に雪さんと合流したうららは、自分のふがいなさに声をあげて泣き(雪さんが作ったサンドイッチをほおばりながら、というのが見てるこっちまで泣いちゃう!)もうこれは黒歴史ぐらいなことだとうららは思っていたのだろうが……。

二人を結びつけたコメダ先生の連載がついに終了、最後のサイン会に二人で行こうと約束、その時に時間差になった奇跡である。紡が留学に行く英莉を見送りに行く勇気がどうしても出ない、その途中までの付き添いを買って出て、雪さんとの待ち合わせが遅れた。
雪さんが最初に、コメダ先生と相対した。あの時出会った雪さんを、コメダ先生はすぐに気づいて、そして……。その原稿を描いたのは私じゃなくて私の友達、コメダ先生のこの作品で、私たちは友達になったんです、というこの場面こそがクライマックスだったと思う。

うららはコメダ先生にサインをもらうだけでいっぱいいっぱいで、その事実を確かめることは出来なかったけれど、充分だ、充分だ!!
コメダ先生にとっては、あの純朴な漫画を誰が描いたかが問題じゃなくって、自分の作品で見知らぬ二人が(こんなに年が離れているとは……まあ予想は出来てるだろうが)友達になったということこそが、嬉しかったに違いないんだもの。
そしてうららに関しては、彼女が言うように、そんな事実を目の当たりにしたって、先生が目の前にいるだけでいっぱいいっぱいだったんだから、ムリムリ!その話だけで幸せ!!というのは、まごうことなき真情であろうしさ。

宮本信子氏と、芦田愛菜嬢が友達という設定で、その初恋のようなドキドキを見ることができるだけで、宝石のような時間だよ。ありがとうございます。もうそれだけ、言いたい。★★★★★


memo
2008年 106分 日本 カラー
監督:佐藤二朗 脚本:佐藤二朗
撮影:三本木久城 音楽:遠藤浩二
出演:韓英恵 佐藤二朗 宅間孝行 岡田義徳 池内博之 白石美帆 高岡早紀 矢部裕貴子 山本剛史 ノゾエ征爾

2022/4/29/金 録画(日本映画専門チャンネル)
「はるヲうるひと」より前にも、監督作品があったとは知らなかった。てか、結構前。韓英恵嬢が高校生役ということは、結構前。確かに出演もしている佐藤二朗氏も、韓英恵嬢扮する繭子の両親、宅間氏と高岡氏も若い!

佐藤氏の書いた脚本、という感じがいかにもする、しゃべくりまくりのナンセンスな面白さが際立つから、うっかりコメディ映画として見てしまいそうになる。生徒たちとお約束のコントみたいなキャッチボールをする、ヅラ疑惑の男性教諭なんていかにもである。
その同じベクトルにいると錯覚しそうになるから。佐藤氏演じる繭子の叔父が、まさにまさにザ・佐藤二朗、というか、ザ・佐藤二朗の書いた脚本をキャラ全開に演じるから、あの男性教諭のコミカルさに引きずられて、コメディかと思いそうになるのだけれど、激しく違うのだった。

後から知るのだけれど、これは佐藤氏自身の体験からくるものなのだという。驚いた。強迫性障害に、彼自身が悩まされていた過去があったということを、知らなかったから。
繭子の持つ、メモばかりを書かずにはいられない症状なのか、繭子の叔父、純平の持つ、ずっと手を洗ってなければいられない症状なのか。純平の症状は、潔癖症とは明らかにちがう、なんだろう……自身が汚れているんじゃないかとどうしても思ってしまうのか、その手に常に汚れを見てしまうのか、それは……自身を否定してしまうことなのだろうか。

結果的に純平は自ら命を絶ってしまうという結末に至るのだから、これは本当に……重たいテーマには違いない。繭子にしたって、学校生活、日常生活に支障をきたすほどであるのだから。
テスト中にどうしてもメモが書きたくなる、体育の授業中にも、寝る間際にもなんどもなんどもスタンドの電気をつけて、枕元のメモ紙に書きまくる。別段内容のあるものではなくて、思いついた単語を書きなぐるといった風である。

街角の文房具屋で大量のルーズリーフやらジャポニカ学習帳やら便箋やらをまとめ買いする。世の中には、結局はただの切った紙なのは同じなのに、用途が違うという名目で、こんなにもあらゆる書くための紙が存在するんだ、と思う。
彼女にとってはどれもこれも同じことである。しかしそれを、路上に水撒くおばあちゃんに、ばっしゃーん!と水かけられて台無しになってしまう悲劇。

これも、単なるコミカル場面だけだと、思っていたが、実はそうじゃなかったことを、ラストに至って知って感動するんである。まだ全然物語の中に入ってないのにラストの話をするのもアレなんだけど、まあ行きがかり上(爆)。
メモを書くことをやめられないのは継続中だけれど、水撒きおばあちゃんから無事守ったノートやらルーズリーフを、バスの中で眠りこけているサラリーマンの枕代わりにしいてやるんである。
もう、真横に倒れるほどに、もはや居眠りではないほどに眠りこけているサラリーマン。このサラリーマンにも語りつくせぬ事情があるんだろう。

話を戻す。そう、繭子の叔父さん、純平である。驚くべきことにその登場は、いきなり繭子のベッドの中で眠りこけているんである。しかもパンツいっちょで。
目覚めた繭子がパニックになり、純平はさらにパニックになり、まるで舞台を見ているような……実際、佐藤氏はそもそも舞台人なのだから、こーゆーところにはどうしても舞台臭(言い方(爆))を感じてしまうのだが……しかし、見事である。このシュールなやり取りを見せ切っちゃう。
フツーに考えれば、どう考えても不法侵入の、見た目完全に変質者であるオッサンと、パニックになりながらもその言い分をそれなりに聞き分ける女子高生、だなんて成立しないんだから。それこそ舞台臭であるんだけれど、見せ切っちゃう。

そしてそれは、本作のあちこちに、というか、全編に感じられる。繭子の学校生活は、彼女だけがリアルな感覚を持っているように感じる。
掃除をしない男子を諫める女子やら、ヤリマン女子(とウワサされているだけで根拠はない)をイジメというよりからかう楽しみにウキウキしている男子やら、その空虚な口調や、子供のようなはしゃぎっぷりがね、確かにこうしたイジメが介在するティーンエイジャーの映画を見る時、あるんだよね、こういう感じ。

でもちょっと違うのだ。ちょっと違う……なんだろう、芝居じみた彼らの台詞回し、掃除したまえよ、だなんていう女子の言い様が判りやすいところなんだけれど、イジメるにしてはやけに丁寧にヤリマンのイラスト描いてくれてたりとか、プレゼントだといって薬屋の息子が大量にコンドームをくすねて仕込んだりとか、ヘンな矛盾がそこにはあって。
それは昨今作られる、シリアスなイジメ描写とはなんか違うというか、その仕打ちに遭う女子が、どう思っているのか、そもそもその根拠は当たっているのか、だなんて、イジメを描写する作品で、そんなこと、考える訳ないよね。ヒドいことする、可哀想、助けてあげなきゃ、と思うよね。

繭子がコンドームをひとつ取り上げて教室を出ていき、水でふくらませて、薬局男子にブチかましたのは爽快だったし、その後、彼女からありがとう、という言葉はもらうけれど、その後に続いた台詞は意外ながらも、妙に納得してしまった。
でもウザい。ゴム一個弁償してね、と。さっそうと彼女は教室を出ていくんである。

繭子にしたって、別に義憤にかられて、イジめられている彼女を救おうとして、じゃなかったのかもしれないと、その台詞をぶつけられた時の表情を見て、思うんである。ただ単に、つまんないことではしゃいでる輩にイラッとしただけじゃないかと。ちょっと黙っとけよ、と思っただけじゃないかと。
本作で描かれる、ある一つのクラスの高校生たちは、繭子と、ヤリマンと呼ばれる女子以外は、顔が見えないというか、見えてるんだけど、なんていうのかな……繭子や、ヤリマン女子にとってはどうでもいいというか、カキワリのような感じに見える。

学校生活の中でいい出会いが出来ればそれに越したことはないけれど、それが出来ない子たちもいる、のは、まあ私も、そういう時期もなくもなかったから、なんだか妙に、納得しちゃう。
カキワリのようなクラスメイト、そして教師。このコミカルな教師は生徒たちには好かれてるんだろうけれど、繭子やヤリマン女子にとってはまさにカキワリのような存在だろうと思われる。

でも、不思議と救いがある。佐藤氏が描きたかったのは、そこんところじゃないかと思っちゃう。繭子の強迫障害は、両親と語られることはないんだけれど、恐らく承知しているんだろうなと思われる、のは、べたべた仲良い訳じゃないんだけれど、なんていうかフツーに、フラットに、両親との生活が、日常が見えているから。
そして、突然の叔父さんの出現に、お父さーん!!と助けを求めるっていうのが、もうその一発で家族の良好な関係が判るってなもんである。繭子はカウンセリングにも通っていて、ていうことは、まだ学生なんだからこのことを両親が認識していない筈もないことを考えると、きちんと理解し、見守っている両親の元でなんとか折り合いをつけながら、模索しながら生活していることが判るんである。

その折り合いを、決して学校生活に求めないところが、いいのだ。繭子のこの現状を教師もクラスメイトも理解してない。それでいいのだ。わざわざ周知する必要のないところにまで周知して、心を砕く必要はない。カキワリのように存在する生徒や教師たちに、繭子の現状をわざわざ説いて回る徒労は必要がない。
その中に、ヤリマン女子のように、ひょっとしたら触れ合えるかも、という存在をかすめながらも、そうじゃなかったかと思うだけで、高校生活やら、青春を謳歌する必要は、ないのだ。

繭子が純平叔父さんと、かみ合わない会話をひたすらぶつけ合う中で、妙にかみ合っちゃうまでに至るというのは、見てる時には佐藤二朗劇場のように見えもしたけれど、違う、そうじゃない、んだよね。
繭子にとって、最初こそはさ、出会いはサイアクだったし、訳の分からない人だし、やだー、というのはそのとおりだったけれど、でも、かみ合わない会話なのに、続いちゃうってことが、かみ合ってるってことだったのかしらんと。
そして、両親が、ことに、突然現れた夫の弟に不審げな母親の方こそが、叔父さんの様子を見に行きなさいと促したのは、この親たちが、娘のことをよく理解してて、20数年ぶりに現れた純平に対していぶかしげに感じてても、きっと繭子なら純平と判りあえる、いい関係を築ける、と思ったんじゃないかって。

何かね……ひょうひょうとした作品スタイルだし、佐藤二朗劇場と言いたい、ナンセンスなしゃべくりまくりの中にふと深淵が見えるような会話劇で、ホントに騙されそうになるんだよね。

そうだそうだ、カウンセラーの先生とのやり取りでも、そうだった。すんごく、どーでもいい会話をしてるの。その日は体育の授業中、バスケの試合中にどーしてもメモを書きたくなって、当然手持ちがなくて、先生にくってかかるも持ってなくて、たまらず飛び出した繭子。
カウンセラー先生は、体育の時間は難しいね、先生も書けるもの持ってろって話だよね。これからは体育の授業はそれを理由にサボりなさい。いや、冗談よ、とかもう、かるーく、ナンセンスに、世間話みたいに続けて、その延長線上で、かるーく、闘おうと思わないでね。闘わないでね、と繭子に言ったのだった。

それがどれだけ、難しいことなのか、あらゆるシチュエイションで闘わないということは、その手段もやり方も変わってくるから。だから繭子はそれを言われても、今ひとつピンとこない表情をしていた。
それにこの台詞ってさ、こうしたシリアステーマにおいての、こういうキャラはそれこそ、言いがちな台詞であり、それしか言わない、みたいな。対象者を救うために、力になるわよ、みたいな。

でも実際はさ、実際寄り添う存在、カウンセラーにしても親兄弟にしても友人にしても、そんな決定的な台詞を言う場面なんて現実的にはほぼない訳で。
大切なのは、本作で描かれるように、両親にしても、カウンセラー先生にしても、純平叔父さんにしても、他愛のない会話の尊さ、なのだ。

純平叔父さんが死んでしまったというのが、自殺というのが、コミカルな装いの本作なだけに、重く重くのしかかる。
凄く印象的なシークエンスがある。繭子が通りかかる道、後に純平叔父さんも通りかかっているところを見かける道。幻想なのか目の錯覚なのか、明らかに絵の具でぬったっくった、そこだけフィクションの、緑の地面、緑の木。その場所を守るように座っているおじいさん。

繭子が両親とまったり昔話をしている時に、遠くに見えている時だって、ぬりたくった緑だったのだ。繭子も純平も木登りをしていたんだと、繭子の父は言ったのだった。
なのに、次に通りかかると、そこはフツーに駐車場になってる。繭子の両親にも見えていた筈だったのに。そしてもう、その記憶の片棒を担いでいる純平叔父さんはいないし……。

軽く見てしまった後で、いろいろ情報が入ってしまったことがどうだったのか判らないけれど、でも、自分の学生時代を思い返すと、繭子の見ている感覚が、なんかメチャクチャ、判るような気がしてしまった。
学生時代は、すべてとは言わないけれど、ちょいちょい暗黒時代だった。きっと、大抵の人は大なり小なりそうだろうと思う。今、その事実にきちんと目を向けてほしい。★★★☆☆


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