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王の男/
2005年 122分 韓国 カラー
監督:イ・ジュンイク 脚本:チェ・ソクファン
撮影:チ・ギルン 音楽:イ・ビョンウ
出演:カム・ウソン/チョン・ジニョン/イ・ジュンギ/カン・ソンヨン/チャン・ハンソン/ユ・ヘジン/チョン・ソギョン/イ・スンフン
そうなの、一応解説上、二人の信頼関係はあくまで信頼関係、コンギルはそんな風に女と見まごうような美しい男だから、スポンサーにお声がかかって一座のためにイヤイヤながら体を売っている。それをチャンセンは相棒としてどうしても許せなくて、必死に止める、という場面も出てくるんだけど、あのね、どうしてもね、チャンセンの中にそれ以上の感情を見ちゃうのよ。そしてコンギルの中にもよ。
チャンセンは潔癖で真っ直ぐな男だから、そんな感情は微塵も見せない。だからこそコンギルが、心の中で複雑に身もだえしているような気がして仕方がないのよ。
そしてそこに、時代の狂王、ヨンサングンが入り込んでくることで、そしてこの王がかき回す時代の波もあいまって、二人の感情はねじれ、高鳴り、そして一つになる時には……予想外の結末が待っているんである。
なーんて、相変わらず話を急ぎすぎてしまったけれど。韓国の歴史事情にはとんと疎いんだけれど、この作品の素晴らしいところはなんといっても、史実とフィクションの絶妙な融合である。私はイチ観客としてしか見ていないので、全てがフィクションみたいに見ているんだけど、この作品に横溢するある種の底力は、やはり史実が基盤になっているからだろうと思われる。
まず、このヨンサングンというとんでもない、子供のまま大人になったような、そしてその子供の欲望を残酷な手段に変えて世の中を思いのままにしているような狂王は、実在の王である。韓国民なら誰もが知っているような有名な人物なのだという。
その王を、確かにそんなとんでもない問題児なんだけど、そのとんでもなさがパワフルで、その強大な力をただただ孤独に振り回しているのがなんだか哀れで、憎みきれないチャームを持っている、という風に感じさせる、チョン・ジニョンのねじ伏せた演技が圧巻である。
もちろんメインはこの王に挑む芸人コンビ、チャンセンとコンギルなんだけれども、コンギルが彼のそんなチャームをただ一人、感じてしまうんである。それを、無理なく見せている。凄い。
このチャンセンとコンギルという二人はフィクションではあるけれど、実際、このヨンサングンが芸や文化に理解があり、それまで貶められてきた芸人の地位が上がったのは歴史的事実であるという。
その事実をより具体的なエピソードとし、ヨンサングンが民衆のクーデターによって倒れるまでを、時代の大きな波の中に揉まれる人間の感情として描く。
これぞエンタテインメントの醍醐味。エンタテインメントの強大な波に負けないぐらいの人間の感情の大波が見られる醍醐味。
それにしても、これがもともとは舞台劇で、チャンセンのキャラクターは存在しなかったというんだから驚く。うっそお……彼がいなくてどうやって物語が回っていくの?
いや、確かにチャンセンは客観的に見れば、コンギルを王へと導く狂言回しに過ぎないのかもしれない。でもチャンセンを書き加え、さらに二人の間に信頼関係を持たせたことで、それこそがこの物語の大きな核になった。
だって、だってさ。この二人の様子を一目見ただけで、二人が愛し合っているのが判るもの。そういう関係じゃないんだろう、芸以外では手を触れることもないんだろう、でも……そう思わずにはいられない。
最初はある一座に属していた二人、しかしコンギルが慰み者になるのがガマンならないチャンセンは、彼の手をとり、無謀な脱走を試みた。そこに愛がないわけがない。
うー、耽美的にしたがりすぎ?まあ、確かに女子はそういう傾向はアリだが……いや、信頼だってひとつの愛だよ。そうでしょ?
ま、確かにチャンセンにはそれだけじゃない理由もあった。大きな都市に行って芸を見せて、金をガンガン稼ぎたい。こんな、シケたアガリにカラダまで要求されるような田舎一座じゃなくて、自分たちの芸だけで勝負したい、そんな思いがあったのだ。
てなわけで、チャンセンはコンギルと共に、漢陽の都へと向かうんである。
そこは確かに大きな都市だったんだけど、時の王、ヨンサングンが売れっ子の妓生だったノクスを愛人に迎え、酒池肉林の日々を送っており、趣味の狩りのために狩場に住んでいた住人を追い出したりと、やりたい放題の悪政を強いていた。
それを聞いたチャンセンは、この王をオチョくるネタなら絶対にウケると確信、尻込みする地元の芸人たちを巻き込んで、小芝居を一発打つと、これが大当たり。
ノクスに扮するコンギルは見かけによらず機転が利いて、エロで大胆なアドリブをカマしてくるし、ヨンサングンの圧政にウンザリだった観衆には大ウケ。気前のよい投げ銭をたんまりもらって仲間たちもご満悦だったんだけど、それを王の側近の一人に見つかってしまい、捕らえられてしまう。
拷問を受けるチャンセンは苦し紛れにか、それとも最初からそこまでの野望があったのか、こう言い放つ。「王が笑えば、侮辱ではない!」
その言葉を、側近のチョソンは聞きとがめた。ならばやってみろと。その代わり、王が笑わなかったら、その時はおぬしらの首をはねてやると。
このチョソンも、正直、どこまでの意図があったんだろう。
後々判ることなんだけど、彼だけがヨンサングンを心から心配している側近だったんだよね。それ以外の取り巻きたちは、この王を恐れながらも心の中では蔑み、その影で汚職を働いて上手い汁を吸っているような輩ばかりだった。
彼だけは恐れながらもヨンサングンに意見し、その身を案じていた。ただ、これまで三代の王に仕えてきた彼の言葉にも、他の側近たちと同じように先王への敬いがまずあったから、ヨンサングンには彼の真心は……伝わっていなかったかもしれない。
チョソンは王をおちょくるネタを芸人にやらせることで、そういう目で取り巻き達にも見られていることを王に判らせるつもりだったのかもしれないんだけど、でも一方で、王がまるで笑わないことも、まず心配していたのかもしれない。
ヨンサングンは、孤独に生まれ、育ってきた。彼の母は父と祖母によって毒を飲まされ、死んだ。愛してくれる者のない環境の中で、長じたヨンサングンが女に溺れたのは、肉欲ではなく、母への思いだったのかもしれない。
実際、ヨンサングンの母親への執着は、恐ろしいほどに描写される。そしてそれが、チャンセンたちの運命も変えてしまうのだ。
チョソンが望んでいたかどうかは判らないけど、王はチャンセンたちのネタに大爆笑した。ひょっとしたらこんな娯楽に触れたこともなかったのかもしれない。彼らがスッカリ気に入った王は、芸人たちを宮廷に住まわせると即断する。眉をひそめる側近たち。
特に、王の寵愛を一心に受けていたノクスは気に入らない。自分をバカにしたネタで王がウケただけではなく、その自分の役をやっていた美しいコンギルに王が魅せられてしまったからだ。
とはいっても、今までのスポンサーたちのように、王はコンギルの体を欲しがったわけではなかった。
一人、王の部屋に呼ばれるコンギルに、チャンセンも他の芸人たちもそういう意味だと思っていただろうけれど、コンギルを部屋に呼び寄せた王は、「余と二人で遊ぼう」と嬉しそうに笑う。
虚をつかれてポカンと顔をあげるコンギルも、今までのように、てっきりソウイウ意味で呼び出されたと思っていたのだろう。それなのに王ったら、本当の意味で遊ぼうとしているんだもの。
女に対しては、セックスによって母親に甘えられなかった願いを叶えている王、そして子供として叶えられなかったもうひとつの、無邪気に友と遊ぶ願いを、コンギルと共に叶えようとしている。
そんな王に一瞬で共鳴したのか、人形劇や影絵に興じるコンギルも、本当に楽しんでいるように見える。影絵をしながらついたての陰からニッコリと微笑むコンギルのなんと妖艶なこと!
無邪気に遊ぶ王は、ひげもお似合いのマッチョな魅力がある男で、そんな彼がまるで邪気ナシにこんな美しい男と遊ぶもんだから、もうそりゃこっちはただただドキドキとするしか、ないんである。
ホントにこのヨンサングン、確かにとんでもない狂王なのだ。でもただヒドイ王だと断じきれないのは、彼の孤独があまりに子供のまま止まっているから。そしてその孤独を、コンギルは心の奥で共感してしまっているから。
そんなコンギルの気持ちの変化を、チャンセンは敏感に捉えている。だから二人の距離は微妙に離れていってしまう。
でもチャンセン、コンギルの本当の気持ちまでは恐らく、判ってない。なぜコンギルが王の心に共鳴したのか。
それはコンギルが、愛している人に愛してもらえない、と思ってるからじゃないの。ヨンサングンが愛する人に愛してもらえなかったように。
いや、もちろんチャンセンはコンギルのこと愛してるけど、そういう意味での愛するじゃなくてさ……相棒で幼なじみで男同士だから、なんだけど、でもヨンサングンが母親への愛を女たちへのセックスに替えたように、コンギルもそれを望んでいたと思うのは、またしても女子の考えの暴走しすぎだろうか?
ところでヨンサングンの死んでしまった母親、なんだけど……その事実がチャンセンたちの寸劇によって明らかにされる。
しかしこれもね、やらされるって感じなのよ。チャンセンたちはそんなお仕着せのネタなんかやりたくなかった。しかしなんか色々雲行きが怪しくなっちゃってね。やるんだけど……それがトンでもない内容なのだ。
祖母の進言によって、彼の父親も決心し、王の母親に毒を飲ませた。
事実を知って激怒するヨンサングン、しかしこの母親がなぜ殺されたのか、ということに関してはね、ここでは怯える祖母が「お前の母親は素行が悪かったから」と言うぐらいにしか表現されていないんだよね。
でも実際は、素行が悪いどころの話じゃなかったらしいのだ。
嫉妬心が強く、ほかの側室を殺害!なんてことまでしちゃうような女性だったという……なにか、ヨンサングンがその素質をダイレクトに受け継いでしまった気がして仕方がない。
でも、でもね、妻を殺す決断をした先王は、国民からも部下からも慕われていたというけれど、手をつけた女一人も守れなかった男としては、決して素晴らしい男とは言えなかったかもしれないじゃない。
少なくとも現王にとっては、父親、そして父親にそれを進言した祖母は、ただただ憎むべき相手だもの。
誰も彼もが今は亡き先王の言うことに従う。表面上はひれ伏しながら、誰も自分を敬う者などいない。幼稚な王だとさげすんで、その気まぐれな処罰に恐れているだけなんだもの。
チャンセンはチョソンからの助言で、汚職に溺れる側近たちをおちょくる芝居を王の前でブチかます。最初は笑って見ていた王だけれど、側近たちがその芝居に青くなり、ピクリとも動かないもんだから、このネタが事実であることを知り、怒りまくり、粛清に及ぶ。
チョソンがどこまでの意図でこれをチャンセンに促がしたのか……そのことで王が自分の愚かさこそを恥じることを願っていたのか。
王がコンギルに位を与えて召し上げたことで、側近たちの王への反発はより強まることになった。
狩りのゲームに王を誘う。その獲物を芸人たちに演じさせるというゲーム、しかしそれは、コンギルを狙い撃つ策略だった。
異変を察知したチャンセンと仲間たちは間一髪、彼を救うも、仲間の一人がそのことで命を落としてしまった。
王も駆けつけ、コンギルを殺そうとした側近の心臓に矢を放った。「自分が死ぬことで、あなたの悪政が裁かれればいい」幾つもの矢に貫かれて、側近はそう言い残して息絶える。
事態は段々と深刻になってくる。国民たちの間でも、王が芸人に厚い待遇を施し、遊び暮らしていることに不満が出てくる。
そしてノクスである。彼女はコンギルに嫉妬するあまり、コンギルが王への抗議文をバラまいたとデッチあげた。捕らえられるコンギル。
しかしチャンセンが名乗り出た。コンギルと同じ字体で文字を書き、掲げあげた。「彼は私から字を学んだ。だから同じ字体になった。この抗議文を書いたのは私だ。彼が書くはずがない」
殺されそうになるチャンセンは、しかし何も動じない。今さら失うものなど何もない、と。王は激昂する。
「失うものなど何もない、だと?その目を焼いてしまえ!」
悲痛な叫びをあげるコンギルの懇願も虚しく、チャンセンの両目に、無残にも焼きゴテが押し付けられた……。
うう、キビしい……。
でもね、包帯を巻いた両目から血を流しながら、チャンセンは笑ってるの。「盲目の芝居は何度もやったが、盲目になってからそれが出来なくなると思うと、それは惜しい」って。
チャンセンは旅の道中でも、コンギルと楽しそうに盲目の男女の寸劇をやってた。なんだか、遊んでいるみたいに楽しげだった。実際、楽しかったんだろう。
だって……思えば目の見えないフリをしてコンギルに触れ、抱き締められる、そんな芝居だったんだもの。
その繊細な外見とはウラハラに、したたかでたくましい女房を演じてきたコンギル。頼もしい相棒。愛する人。
チョソンはチャンセンをこっそり逃がしてくれた。しかしコンギルのことは諦めろ、と言った。充分、温情のある判断だと思う。王と芸人への反発から、今やクーデター直前の状態だったのだから。でも、チャンセンは再び宮殿内に入った。
目に包帯を巻いた姿で、高い綱渡りを始めた。その騒ぎに、久しぶりにノクスの腕に甘えていた王が顔を出し、そしてコンギルが駆け出してくる。王をおちょくるチャンセンに、王が矢を放つ。綱の上で鮮やかに飛び上がり、それを交わすチャンセン。予告編にも使われている素晴らしいショット!
コンギルは、泣き顔でチャンセンを見つめる。声をかける。テンポ良く返すチャンセン。いつしかいつもの彼らの出し物の調子になってゆく。
「生まれ変わったら、貴族になって豪勢な暮らしがしたい?」
「いや、また芸人になりたい」
「あんたはバカだ。芸人になったせいで、死ぬ運命にあるのに」
「じゃあ、お前は?」
「もちろん、芸人に生まれ変わりたい!」
まるで見えているように、そのふらつく様子も演技みたいに、巧みに綱を渡ってゆくチャンセンを追って、コンギルも綱を渡る。
いつしか王は見入っている。こんな時でも、二人の芸を見て、王は笑っているのだ。無邪気に。それとも……今度こそ本当に、誰からも見放されて悲しく狂ってしまったのか。
群集が、なだれ込んでくる。
縄の上で空高く飛び跳ねる二人、その一瞬のストップモーションは、あまりにも映画的で、思わず時が止まった錯覚を起こして、見とれる。でも、このストップモーションの暗示は、やっぱり……本当に二人は死んでしまったの?
ラストシーンの芸人たちの楽しげな行進は、向こうの世界なの?
そしてやはり死んでしまったヨンサングンに、彼らはまた芸を見せに行く途中なのだろうか……。
コンギルを演じるイ・ジュンギの中性的魅力は、ホント、ドキドキしてしまう。男臭く、野性的なチャンセンと対比されるから余計に。
日本映画「ホテル ビーナス」で役者デビューしたというんだけど、うう、観てない……。
色白の肌と切れ長の一重の瞳は及川ミッチーのようでもあるのだけれど、そのふっくりとした唇がにっこりと引き上げられると、本当に動悸が激しくなってしまう。彼の魅力が、この作品の魅力を決定づけているのは間違いない。★★★★☆
子供映画というのはことに私はヨワい方なんだけど、それにしてもこの子供たちはイイ。このてらいのない演技が何よりいい。まっすぐで、心に届く。
しかも、ちりばめられたギャグ、というかユーモアがまた素晴らしいの。かなりのコメディリリーフで出てくる、主人公、明の友人のマサシ君には釘づけ。ボンズ頭でひたすら明君のことが好きな彼が実に最高である。
いやいや、それはともかく順を追って話そう。とにかくこの物語の素敵なことといったらないんだから。
昭和と呼ばれた時代、とだけの前置きで始まる。昭和何年、という言い方はされず、ことさらに古いモティーフが使われるわけではないんだけど、子供たちが地底人を信じていたり、外でタコ上げをしていたり、わっかりやすいガキ大将がいたり、というのは、残念ながら確かに現代の子供たちにはないことなのかもしれない。
ふうわりと包み込む曇り空が、何かが起こりそうな予感を思わせる。私はこの、日本の曇り空の優しさが好きなの。でもここでは、そんな不穏な空気もまた、感じさせる。
その予感が当たったかのように、明のクラスに転校生、留美子がやってくる。彼女は教室で紹介される前、校門のところで、ガキ大将率いるいじめっ子三人組にナンクセつけられてる明を、「そういうの、ボッタクリっていうのよ!」と助けてくれていた。「ボッタクリってなんだ?」とキョトンとする彼らが可笑しいんだけど(笑)、さっそうとして、オシャレで、美少女の彼女に彼らはとにかく釘づけ。
あ、ところでこの明がナンクセつけられたのっていうのは、その前日、ガキ大将たちのタコを壊した、ってことだったんだよね。墜落しただけだったんだけど。しかしそこで、明を置いて一目散に逃げてしまっているマサシ君が(笑)。おいおい、友達を見捨てるなよ!いやあ、最初から彼は最高なの。
まあ、ともかく。一見して田舎の子供たちとは全然違う雰囲気の留美子は、さっそく女子たちの憧れとなってとりまかれ、男子たちも今まで見たことないハイレベルの美少女にドキドキなんである。そしてこのクラスにはそんな留美子とは対照的な女の子がいた。髪の毛ボサボサで顔もなんか汚れてて、新聞配達のバイトや弟妹たちの世話で遅刻がちの秀子である。
なんか、見るからにつまはじきにされそうないでたちで、こりゃまた随分と作りこんでるなと思っちゃったりもするんだけど、見ていくうちにね……それは留美子との対照ということ以上に、彼女自身に思うところがあったのかなって。
タイトルである狼少女、というのは、今神社に来ている見世物小屋の目玉で、不思議なことに興味津々の明は見たくてたまらないんである。でもその見世物小屋が開かれているのは夜で、危ないからと小学生にはかたく禁止されているのね。
というか、学校帰りだって寄り道を禁止されているくらいだし……あったなー、寄り道禁止令。私らの学校では道草禁止令だったけど。それこそ今じゃリアルに危ないから判るけど、あの頃寄り道っていうのは、子供たちがしなければいけないもの、学校で教わる勉強にはない、沢山の学ぶものがあったと思うんだよね。
まっ、禁止されるからする価値があるんだけど(言っちゃっていいのかね、そんなこと)。
んで、寄り道していたことをクラスの女の子によって先生に告げ口された明は(ていうか、それを見つけたあんたはどーいうことなのだ)廊下に立たされちゃうなんてこともある。でもその時私も一緒にいたから、と留美子は自ら手を上げて一緒に立つ。何かくすぐったい顔してる明、なんだかこの留美子はクラスの女の子と全然勝手が違うのだもの。
留美子は、クラスからハブにされている秀子を、一目見た時からどうしてまた興味を持ったのか、話しかける。ドッジボールの男女対抗戦で、味方のはずの女子たちが秀子から逃げ回るのと、この秀子ばかりを狙うガキ大将にカチンと来た彼女は外野から入り込んで、一人ボールを真正面から受け取って敢然と立ち向かうところがステキである。留美子に次々にヤラれる男子たち、彼女を目の敵にするガキ大将もついにそのボールにやられ、外野から見守っていた明とマサシ君がひかえめに、音が出ないように、パチパチと拍手するその可笑しさっ!
留美子は明に「二人で秀子ちゃんを守ってあげよう」と提案する。明は「ええー……」とばかりに困惑するんだけど、とにかく留美子は有無を言わさずである。三人で映画に行ったりもした。ある時、ガキ大将たちからいじめられてドロだらけになっている秀子を見つけた留美子は、明におぶってやるように指示、クラスの誰より大柄な秀子を小柄な明がフラフラになりながらおぶって歩くその可笑しさっ!
留美子は彼が好きなのに、大切な友達を優先したいという思いが強くて、つまり強がりでこんなことさせちゃうの。
更に可笑しいのは、秀子がいじめられたことに留美子は怒り心頭なのに、明君はなぜ怒ってないの、だから男子は……みたいに言うのに対して、「怒ってるよ。手塚さんが先に怒っちゃったから、ちょっと怒ってないみたいに見えるけど、本当に怒ってるよ」と返すのには、その言いっぷりに、もう本当に爆笑!カワイイったらないんだもん、もう。
でもこの三人の間にも微妙な空気が流れてくる。明は留美子のことが気になっているし、留美子は明のことが好きで、多分秀子もそうで……でもあの時、映画を観に行った帰り、留美子が、秀子ちゃんを送ってってあげてね、とばかりに先に姿を消し、二人でいるところをあのガキ大将たちに見られてから、秀子と明はソウイウ仲だと、クラスみんなから囃したてられるようになる。その時から、あのストレートに行動していた留美子が少し、揺らいできたのだ。
明を無視して秀子に話しかける留美子に、明がことさらの大声で、「今日はマサシ君のうちで宿題やろう!!」と叫び、びっくりしたマサシ君が「……聞こえてるよ」とつぶやくのには、もおー、吹き出しちゃう。マサシ君、最高っ。それにマサシ君、急に女子たち(という言い方がカワイイな)とばかり遊ぶようになった明にちょっと嫉妬してたりしたしねー。
しかも留美子、この頃突然、穴を掘り始めるのだ。明を伴ってスコップ担いで、ドロだらけになりながら。どんなに掘ってもやめようとしない留美子に、「地底人がいるかもしれないね」などとノンキなことを言ってる明。
このことが、三人の関係に影を落とすことになる。
留美子の目的は、秀子をいじめたガキ大将をここに落とすことだった。まんまと成功して、しかもその上から土まで落としちゃって、「生き埋めになるよー!」と泣き声をあげるガキ大将たち。秀子や明にもそうするようにうながす留美子は、まるで何かに憑かれたようで、ちょっとコワかった。でも彼女がここまで秀子がいじめられることに抵抗を示すことには、それだけの理由があったのだ。
ガキ大将たちが足をケガしちゃったこともあって、明は母親が学校に呼ばれて、説教されちゃう。すれ違う留美子とは気まずそうに目を合わせるばかりである。そういえば、留美子の親というのが登場していない、とここに至って気づく。秀子の親は、二人で彼女を送っていった時に、いかにも貧乏長屋といったところで暮らしていて、地味なカッコながらもキレイで優しそうなお母さんを二人は見ていた。
留美子には、秘密があったのだ。誰にも言っていない秘密。
パッと見、苦労している秀子の方が難しいキャラクターに見えるんだけど、実は留美子の方がずっとずっと複雑なものを抱えている。かなり、この役は難しいと思う。一見華やかなだけに。
もう、オチバレしても、いいよね。これが彼らの関係の前提になることだから……。そもそもこのタイトルの狼少女、というのが、メインの女の子二人の留美子と秀子にきっちりと焦点が合わせられていて、そこがまた秀逸なところなのね。
明が見たくて仕方のなかったこの狼少女、チラシに書かれた頭ボサボサの風体がいかにも秀子にソックリだったりしたし、みすぼらしい秀子をいじめる格好の材料として、クラスメイトたちは秀子が狼少女をやっているんだと囃したてる。
明は、両親の仲がどうやら上手くいってないらしいと思ってる。しかも彼がガキ大将たちにケガさせて両親がケンカしちゃって気まずく隅っこで黙ってる。だけど父親から留美子にそそのかされたんだろうなんて言われて、明はキレちゃって、家を飛び出してしまう。
ちょっと話がズレるんだけど、この明の両親、というのも興味深いところなんだよね。
母親は編みものの腕を見込まれて手芸店の社長にスカウトされ、カルチャー教室の講師をはじめて家をあけがちになる。でも、週に二日程度だし、自分の腕を見込まれたことにはしゃいでいる母親に、明は文句を言うことなど出来ないの。
ちなみに、この時、お手本として沢山作ったから、と新聞配達をしていた秀子にあげた黄色いマフラーが、息子の明にも巻かれていて、下駄箱で二人、同じマフラー巻いて顔を見合わせ、マサシ君がえっという顔をしている場面なんてサイコーなんだよね(笑)。
この手芸店の社長を演じるのが西岡徳馬なせいか、ちょっとエロっぽくて、いや、全然そういう描写はないんだけど、彼女を送ってきて、なごやかに二人話しているのを明が見て……危機感を覚えたらしいんだよね。
そして、この事件。両親の口げんかは、明のことを原因にしながら、お互いの不満をぶつけあう形になる。
父親は仕事に没頭し、母親は家庭を一切まかされる。それこそが理想なんだという、こういう価値観がまだまかり通ってた時代で、でもその事に母親=女が疑問を持ち始めた頃なんだろうな。
だったらあなたはなんのために父親なのと。
女のする仕事はシュミか暇つぶし程度だと思ってる。
ここではそういう趣はあるんだけど、確かに。でも彼女が講師としてスカウトされて心底嬉しそうだったのは、家庭に押し込められている自分が外で通用するんだって思ったからでしょ、きっと。
最終的に彼女は子供を苦しめたことを自覚して家庭に帰ってくることで決着し、この時代はまだそれで良かったんだろうけど(講師のバイトじゃひとり立ちは出来ないし)今じゃそうもいかないだろうな……などと思う。
その点、仕事で外に行っているのか、どういう事情なんだか知らないけど、今はいない父親のかわりに、子供たちを必死に育て守っている秀子の母親を彼の母親が見たら、どう思うんだろうとも考えてしまう。しかも長女がそんな母親を、新聞配達や弟妹たちの世話もして手助けして。
で。話ずれちゃったけど、とにかく、飛び出した明、あの見世物小屋を見に行くのね。
そこで彼が見た狼少女、当然秀子ではなかった。
いや、それよりももっともっと意外な事実だった。それは……留美子だったのだ。
ショックを受けた明は、探しに来てくれたマサシ君にうっかりそれをもらしてしまう。
マサシ君たら、あまり考えもせずに、それを留美子を目の敵にするようになった女の子たちにバラしてしまうのだ……。
そう、いつしか留美子は女の子たちにつまはじきされるようになってた。
この女の子たちっていうのが、まーいかにもでねー。みんなで一緒にトイレ行くようなさ。んで、そこで四人ぐらい固まって鏡の前で髪の毛とかしてるの。そして、秀子と仲良くしている留美子に対して「気持ち悪ーい」と。「明君のこと好きなんでしょ」と明と秀子の仲を揶揄している彼女たちはことさらにイジワルそうに言う。留美子は毅然と、「二人とも好きよ。あんたたちよりずっと大好き。」そう言い捨てて出て行く。
実は留美子にはこの地とも別れが近づいていた。
そう、みんなには言ってなかった、言えなかったけど、見世物小屋の狼少女だから、ここでの興行が見込めなくなると、他の土地に行かなければいけない。今まではそれでもいいと思ってた。でも友達が出来たから……。
「もう、転校したくないの。私は一人でも大丈夫、ここに残る」座長にそう訴える留美子。
「お前はまだ、子供なんだ」
事実なだけに、そんなくだらない事実が、大人に連れまわされなければ生きていけない哀しい事実が、たまらない。
大人って、なんでも自由に出来る。大人になってラクだなーと思うのはそこんとこなんだけど、でもそのやっと自由になれた、ということが、こんな風に子供を苦しめているんだ。
留美子には両親がいない。どういう事情か知らないけど。だから彼女は優しい母親のいる明や秀子がうらやましかった。
そうなんだよね、秀子の母親も、明の母親も、タイプは違うけど子供を愛してる「ザ・母親」で、両親がいなくて見世物小屋で育った留美子にとって、それがどれだけうらやましかったか。
秀子はね、この時点ではそんな事実は知らない。第二次性徴期、この頃、女の子は男の子より背が高いし、そして胸もふくらんでくる。クラスで頭一つ大きく、ただ一人胸が目立ってきた秀子は、同じ女子たちからでさえ、嘲笑をあびる。
体育の時間、そのことに気づいた先生、「お母さんに相談してみよっか」と。つまりブラジャーをつけることをね。「新しいのを買わなくてもいいのよ。お母さんのを借りたっていいんだから」いい先生ではあるんだけどね。それだけが救いだな。そうだよね、これだけクラスメイトたちにいじめられてて、先生まで理解がなかったら、あんまりだもん。
でも、秀子はそれをお母さんに言えない。そりゃそうだよな……これだけ身を寄せ合って暮らしてるんだもん。
そんな秀子に留美子は、「お姉さんにもらったの。私、要らないから」と秀子にブラジャーをプレゼントしてくれる。それをつけずに、宝箱にしまう秀子。
宝箱って、あったなー、自分の大切なものをしまう箱。
その中に、三人で映画を見た時に食べたポップコーンの包装紙まで丁寧にしまわれてるのが泣ける。
でもね、それを見つけた母親に、「こんなもの、人様にもらうものじゃないのよ!」と叱られてしまうのね。つまり、施しを受けるなんて恥ずかしいことだってこと。判るんだけど……判るんだけど……「ごめんなさい、ごめんなさいお母さん……」そう言って泣き出す娘を優しく抱きしめる母親は、いいお母さんなんだけど、まだ本当のところは判ってない。
秀子はこの時点では留美子がお金持ちのお嬢様だってまだ、思ってるし。だからいろんなものをくれる留美子に最初は本当に感謝してたんだけど、こんなこともあってだんだん……懐疑的になっちゃうのね。
新聞配達を手伝おうとした留美子に、こんな言葉を浴びせてしまう。
「私がかわいそうだから、優しくしてくれたり」
「違う!」悲痛に叫ぶ留美子。
「キライ!クラスで一番、手塚さんがキライ!」
そう言って走り去ってしまう。あまりに哀しく見送る留美子……。
そう、こうして、狼少女だとウワサされた秀子から、本当にそうだった留美子にスライドしてゆく。留美子は一見、洗練された転校生として皆の目を釘づけにする一方、それはコンプレックスの固まりである自分を見かけで武装する、まさに、狼少年ならぬ狼少女だったのだ。
だからこそ、ありのままの姿をさらけだして闘っている秀子を尊敬したんだ。
別れる前、最後のプレゼント、と、赤いランドセルとともに秀子に当てた手紙に留美子は精一杯の思いを書き連ねた。
「私は秀子ちゃんのことを一度もかわいそうだと思ったことはありません。本当に大好きでした」小学生らしい、飾り立てない言い訳のない言葉だからこそ、彼女の気持ちがじんじん伝わってくる。
秀子はあまりにも判りやすい姿でみすぼらしいのがアレなんだよな、と思ってたんだけど……だって確かにビンボーだけどお母さんは身奇麗にしてるし、頭ボサボサだったり顔が汚れているのは弟妹たちの中でも彼女だけじゃん、なんて。
髪の毛をとかすぐらい出来るだろう……と思ったんだけど、この期に及んで、いや、違ったのかもしれない、と思う。彼女の抵抗だったのかな、って。私は一人で大丈夫、誰に嫌われたって、という。
だから、突然の留美子の接触に戸惑った。でも嬉しかったんだよね。そんな強がることないんだ。判ってくれる友達は、大事にしなきゃ。どんな思いがそこに隠されていても。
クラスで、留美子が見世物小屋の狼少女だということが女子によって暴露され、マサシ君は「ゴメン、明君、まさかこうなるなんて、思わなかったんだ!」と自分の浅はかさにうなだれ、女の子たちは、「私たち、そんな子と一緒のクラスでいたくありません!」とザンコクなことを言う。
一方で、ガキ大将に気に入られたいばかりに、自分は秀子が狼少女をやっているのを見たという男の子がいて、ガキ大将にお前見たって言ったじゃないか!と責められ、自ら耳を叩きながら「アー、アー、アー」とやっているのには吹き出しちゃう!もう、いちいちギャグが秀逸なんだもん。
明は叫ぶのね。見たんだろとみんなに責められて。確かに観に行った、だけど、「僕が観たのは手塚さんでも小室さんでもなかった!」って。
それは、確かにウソなんだけど、でも、彼はそう、思いたかったのかもしれない、とも思い……。
その横で、直角にうなだれるマサシ君!!いいなー、あの直角っぷり!
先生は優しく明を座らせ、留美子が今日この地を去ることになったことを告げる。そしてみんなに、「みんなと仲良くなれてすごく嬉しかったって言っていました。なのにみんなは手塚さんにそんな言葉を言うんですか?」と。留美子はね、ずっと待っていたのだ。校門前で。あれから明は風邪を引いて寝込んで学校を休んでいた。秀子も来なかった。留美子は二人に会いたかったのだ。どうしても。
秀子ははじかれたように立ち上がり、留美子を追いかける。明をうながして。そしてマサシ君も。
なぜかガキ大将たち三人も走り出す。
留美子が荷台に乗ったトラックを見つける。全力疾走の彼ら!秀子は必死に、「ごめんね、ごめんね!留美子ちゃん!」と叫ぶ。留美子はトラックに「止めて!」と言うんだけど、止まってくれない。あーん、せっかくの感動のシーンなのに、止めてくれないならこの台詞を言わせることないじゃないの!
ホント、せっかくのシーンなのに……。
秀子は叫び続ける。「ごめんね、ごめんさい、留美子ちゃん!」留美子は顔をクシャクシャにして、「ありがとう、ありがとう!」って繰り返す。二つとも、なんて美しい言葉なんだろ……。
ああ、でも本当に、ぼろぼろ泣いちゃう。こういう素直なシーンで泣けるこの気持ち良さ。
明は走ってくる群れの中にはいなかった。待ち構えるように、トンネルの上に立っている。トラックが通り過ぎるのを狙ってドスンと投げられたのは、秀子にあげたはずの赤いランドセル。まだ必要だろ、って……そしてその中に入っていたのは、寄せ書きされた留美子のうわばき。更に泣きじゃくる留美子。一緒に号泣しながらも、あれ?いつそんな寄せ書き書く時間あったんだろう……などと思ったりして。突っ込んじゃ、いけない?
「見せ物小屋」、そして「昭和」っていうのは、イルミナシオン映画祭の顔である(映画祭担当ディレクター)あがた森魚氏が実に好きそうなテーマではあるんだけど、確かに、昭和のある程度までは、こういう世界を信じられた。怖さや恐れが、子供たちに、そして大人にも人生を教えてくれた。
外から来た謎めいた少女が抱えた秘密が、恐怖ではなく寂しさであったことも、そんな神秘を一度通り抜けるから、深く彼らの心に刻まれる。
何かそんな、記憶の持つ優しさが、スクリーン中に立ち込めているんだ。★★★★★
この撮影自体、「キャラクター設定と台詞を別々に渡し、撮影現場でひとつの物語にした」のだという。最初のうちはだから、なんとなくドキュメントな趣。んでもって、途中途中に二人がお互いをどう思っているかがインタビュー形式で差し挟まれたりして、なんか「2/デュオ」みたいだな、などと思いながら観ている。
しかしぎこちなさがいつもの親密度を取り戻していくと、最初に感じていたドキュメントっぽいぎこちなさからどんどん劇映画のなめらかさを取り戻し、つまりフィクションを取り戻していくと、逆にスリリングになっていくというのが不思議である。つまり、役者の仕事に戻っていくっていう感じなのかなあ。
そのインタビューが解説の役割を果たし、二人の関係がだんだん観客に判ってくる。
最初は、飲み会で知り合った。なんとなくの話の流れで、一緒に映画に行くことになった。というのも彼女、小春を気に入ったナベを、友人がお膳立てする形でそうなったらしい。
その日、飲んだ勢いで二人は関係を持った。ナベはすっかり小春を好きになっちゃって、それから電話攻勢を始めた。でも小春はつれない。
小春はナベに、散歩ならいいよ、と言う。休みの日に、二人で近所を歩く、まあそれだけならいっかな、と。それ以来、二人は休みとなると近所を散策して歩く仲になったんだという。
という時点ではね、二人が今なぜ「2週間ぶり」であり、妙にぎこちないのかは判らない。それまでお散歩仲間としてイイ関係を続けていたらしいし、じゃあなぜ2週間もあいたのか、なぜこんな探り探りなのか。インタビューが進んでいくうちに、明らかにされるんである。
お散歩で会話を重ねているうちに、焼き肉食べたいね、なんていう話になった。じゃあウチでやろうよ、と小春は提案した。ほんの、ノリのつもりだった。
小春はナベのことを恋人だとは思ってない。一方、ナベは小春が大好きだけど、彼女の気持ちは判ってるから、今度はオイタをしないつもりだった。
でも……彼女の肩に触れてしまった。その時小春は「やめようよ」と言った。……それから今日、久しぶりに会うまで、時間があいてしまった。
このあたりから、二人の言い分がズレはじめる。いや、最初からずっとズレてはいたのかもしれない。それはひょっとしたら小春が本心を言ってなかったか、自分の気持ちに気づいていなかったのか。
まあそれだと、ナベの言い分を全面的に信用することになるんだけどさ。そういうもんでもないとは思う、男と女の気持ちや言い分が、違ってくるのは当然だし。
でも最終的にそう思わされてしまうのは、ナベがあまりに単純で素直な男そのものだからであり、小春が演技や駆け引きをする女そのものであることが、あぶりだされてくるからなのかもしれない。
ナベが小春を、スタイルがいいとか色が白いとかベタ褒めするのに対して、小春の方はナベのことを、いつもぼろぼろのカッコをしてそれがカッコイイと思ってるとか、私より稼いでいるはずなのにわざとビンボーな生活をしたがってるとか、子供のように落ち着きがなくて私の周りをはしゃいで回ってるとか、なんかもう、弟を注意している姉のような雰囲気なんである。
で、実際ナベは小春が形容する雰囲気満点で、小春がまあまあカワイイ感じの女の子であるのに比しても、彼は顔もファッションもまあイマイチっつーか……ひいて歩いている自転車もガタガタだし、彼女がそんな風にたしなめる感じになるのは、さもありなんだよなあと思ったりもする。
でも、雲行きが変わり始めたのはどこからだっただろう……ナベが、小春が自分のことを馬鹿、というのが時々とても傷つくとインタビューで答えていたあたりからか。ナベがそんな風に言っていたなんて、この時点での小春は知る由もないんだけど。
もともとこのお散歩は、2週間ぶりなんである。あのオイタ未遂事件の後、それまでナベの方から必ずあった連絡がぴたりとやんだ。そして小春は自分から連絡した。
彼女曰く、「心配だったから」。その響きもやはり、弟を心配する姉の口調だけど、でもこの時はことさらに、そうした口調を装っているようにも思えた。
それまではね、小春のナベに対する気持ちは彼女の言うように、恋人としては見られないというモンなんだろうなと思ったのだ。
小春がナベをピシャリと断じる言葉は、確かにことごとく当たっているし、彼女は「彼氏はいるけど、思うように会えない」などとも言っていたし……でも今となるとその台詞も、本当だったのかなと思えてくる。
ナベは恋する男の単純さで、小春には彼氏はいない、と言い切った。それは恋の盲目さからくる希望的思い込みだと、観客はついつい思ってしまったんだけど、実は恋する男の直感は正しかったのかもしれない。
お互いに言い分の違ったオイタ未遂事件も、彼は「目と目が合った。それで判るんスよ、男と女は」と理由を説明する。小春の目はそう語っていたというんである。
だから「やめようよ」と小春に言われたことが、ナベは多分……ショックだった。
小春がナベに、今ひとつ心を開かない理由はそのあたりにあったようにも思う。
この素直で単純な、子供のような男は、自分の心の中に難なく入り込んでくる、もしかしたら全てを見透かされていると。
なんて思ったのは、いきなり形勢逆転する、クライマックスとも言えるシーンでである。
雰囲気のある小道に入ってみたり、井戸を見つけてはしゃいで水をかけあってみたり、それまで二人は、ちょっとイイ感じになっていたのだ。
ナベが捨ててあるベッドを拾って帰ろうとして、小春が断固としてイヤがり、ちょっと雲行きがアヤしくなったりもしたけれど、そこはそれ、二人の価値観の違いとぶつかり合いを示すぐらいのエピソードだったし、多分今までナベが、あんなにこだわってなかなか引き下がろうとしないこともなかったんじゃないかと思えた。つまり、それまではナベが小春に追従する形だった関係性に、なんとなく亀裂が生じたかなという暗示である。
そもそもこの久しぶりの再会は、小春から声をかけたのだ。そして彼女は、いつものように明るく応じたナベにちょっとムカついた。せっかく心配してこっちから連絡してあげたのに。
いつもは、ナベから連絡が来るのが当たり前だったから。それが来なくなって寂しく思ったなんてことを、小春は認めようとしなかった、ってことなのかもしれない。
よさげな神社に着いた。ナベが飲み物を買ってくる間に、小春の姿が見えなくなっていた。いや、ほんの死角にいただけなのだ。小春は探し回るナベから、なんとなく姿を隠してしまった。焦ったナベが小春を何度も何度も呼んでも、探る目をして隠れ続けた……なぜそんなこと、したんだろう。
実は自分が会いたくて連絡したのに、いつもと変わらない応じ方をしたナベ、この久しぶりの再会は、最初からナベがリードしていたのかもしれない。そんなナベをちょっと困らせてやりたいなんて、イタズラ心が出たのかもしれない。
でもナベはホントに焦って、彼女の家まで自転車を走らせる。当然いない。そして焦ってまた自転車をガシガシとこいで戻ってくる。何食わぬ顔で小春は彼を迎える。「もう、どこまで行ってたの。ずっと待ってたのに」
そしていよいよ問題のシーン。ナベが意を決して小春に、馬鹿、と言うのだけはやめてほしいと告げるシーンだ。
まあ、今ひとつハッキリと言い渡せないナベも悪かったけど、いつもの小春ならこんな過剰反応はしなかったように思う。小春はたちまち表情を硬くするのね。
何を言いたいのか判んない。馬鹿なんてそんなに言ってないし、言ってたとしても本気じゃない、と。なぜ今、突然そんなこと言うの、そんな説教するの、と。
決して説教している雰囲気じゃなく、口ごもる彼を彼女が先制攻撃している感じだったんだけど、この言葉でナベはいきなり勢いづく。それまでの口ごもる口調も一変する。そうじゃないだろ、聞けよと。今までの子供みたいだったナベじゃないみたいに、急に男の人になったみたいに。
彼女は、泣き出してしまうのね。これも、普段冷静な小春からは考えにくい反応だ。これじゃまるで、聞き分けのない女の子そのものだもの。
いや、小春だって女の子で、ナベもちゃんと男の子で、今まで二人、恋人になれなかったから、ずっと自分をガードするためにそれを出さずにいた。だってとても無防備な部分なんだもの。
小春の涙にちょっと驚いたようになって、ナベは一転、ゴメンゴメン!と謝る。悪かった、俺が馬鹿だったと。そのオチめいたナベの言葉に、小春は意地になっていたのが、ふっとほころんで笑ってしまう。
ナベのそのリアクションは、今までの彼女への追従型に似ていそうで似ていない。彼女の気持ちをこっちに引き寄せた瞬間だった。
ラストシーン、俯瞰で二人が歩いて行くのをとらえる。声だけが聞こえる。「左に行けば駅と駅の真ん中あたり。右はオレの家の方向。どっちに行こうか」小春は迷わず答える。「右」
ドキュメント風に始まり、最後は正しきドラマのハッピーエンディング。最初は二人同様探りながら引いて観ていたのに、どんどん引き寄せられてしまった感じ。★★★☆☆
!!!予想以上!というか、予測不可能!今岡監督の頭の中は一体どうなってるの!いっぺん覗いてみたい!
まず、“おじさん”っていうのは下元史郎である。わーい、下元氏、大好き。ああ、相変わらず素敵、とかノンキに構えて見ていると、これがとんでもない“おじさん”。
住所不定、無職らしいおじさんは、甥のハルオの家に転がり込み、怖い夢を見るから寝るわけにはいかないといって、オロナミンCを大量に買い込んでいる。オロナミンC……??何か違うような……。
寝入りそうになったおじさんがハルオに助けを求める、とハルオ、「リポビタンDを飲みゃいいだろ」「オロナミンCや!」(爆笑!)そ、そうか!そうだよね!普通はこの場合、リポDだよなあ!
大阪弁を操る、このケッタイなおじさんは、困ったことに女好きでもある。大体が悪夢というのも、「目を開いて死んでいる女とセックスしている」夢なんである。
この女は、現実の暗闇の中にもおじさんを追って現われる。電柱の影から覗いてたり、コンビニへ出かけるおじさんの後をつけていったりする描写は、ちょっとしたホラー映画さながらのコワさである。
最初のうちはカメラが引いているので、この女を誰がやっているのかちょっと判らなかったんだけど、映画のラスト、バスに乗るおじさんの隣に座ってる白塗りで額に銃創のある女、ゆ、ユメカ姐さん!
ちょっとお!怖すぎるって!何そのオバケメイク!いやいやいや、後にご登場のエンマ大王にはかなわないのだが……。
という前に。このハルオっていうのもねー、このおじさんにしてこの甥っ子ってわけでもないのだが、ちょいと変わっている。
イカ釣りが趣味。まあそれはいい。でもデートはいつも、彼女をイカ釣りにつき合わせるというのは……なもんでエッチはいつも狭い車の中。
で、彼はいつかダイオウイカを釣り上げるのが夢なんである。……まあ、それもいいか。しかしね、釣ったイカをそのまんま冷蔵庫の中に並べるというのはイカンだろ!いやシャレじゃないけど!なんとゆー、恐ろしいことをするんだ!それともあれは……陰干し?いやいやいや!
そんな風にいつでもイカを釣っているので、彼のお弁当はいつもイカが入っているんである……ちゃんとお弁当を作ってるあたりがイイ。
しかし、イカ、なぜイカなのだ!ハルオの趣味だというだけでなく、もうずーっと、どこまでもイカなのだ!イカ鍋を唇を真っ黒にしながらつつき、夜道にはイカがぽつんと落っこってるし、イカスミで真っ黒になった、イカの浮かんだお風呂に入るなんて!
そして巨大イカの足だけに襲われる、って何なの!しかもこの描写、どう考えても自らそのイカの足を持って自分の首に巻きつけてんだけど……このあたりはお約束だよなあ(笑)。
ハルオが付き合っているリカは同僚の岩田とも付き合っていて、トラブルが絶えないんである。ハルオはそれも承知でリカと付き合っている様子なのだが、そうしてまで彼女と付き合うほどの情熱的な感じも全然ないってあたりがねー。イカに夢中だもんね。
しかしこのリカを演じる藍山みなみ嬢は、もおー、とてつもなく可愛いのだが!あれっ?私、彼女何度も見ているはずなのに。こんなに全部さらしてガッツリ、を見たことなかったからかなあ。
まるで桜餅のようなピンク色のもちもちしたお身体の、ああ素晴らしいこと。ふんわりとおわん型に形のよいおっぱいも桜色。そのむっちりとした二の腕。ああ、こんな歯科衛生士に歯石をとられたい。
ことに彼女のカラダの素晴らしさは、その赤ちゃんのような手である。指先にいくに従って、これまたほんのりと桜色にそまっていく、マシュマロのように柔らかそうなお手てが、たまらなくロリな魅力なのよねー。
しかもこんな、ピンクに不可欠の素晴らしい肢体を持っている一方で、この今岡作品の静謐さにしっくりと解け込む自然体。彼女、こんなに演技上手かったっけ、とそっちの方でも驚くんである。あ、でも何度も見てきているのに、ひっかかりがなかった、違和感がなかったということは、そうだ、上手いからなのよね。
ことにこの作品は、彼女をはじめ、すべての人たちの、アフレコの違和感がまるでないのが凄い。ピンクはアフレコだから、どうしてもそこの画とのズレっていうか、空気の違いっていうか、ちょっと違和感を感じるのは避けようがないんだよね。それが、なかったんだよなあ、本作では。
ところで彼女、ハルオのことをまーくんと呼ぶのよね。なんで?高山のま、なのかなあ。そして岩田のことはこーちゃんである。……なんでだろう。やっぱりヘン。そのあたりも微妙にシュールである。細かい。
しっかしさ!本作の中ではやたらと人が死ぬのよ!いや、最後には皆して生き返るんだけどね!?
まずこの岩田が死ぬのだが……何、この死に方!ハルオと机を並べて事務仕事をしている姿をカメラが引いて映してる……って、えっ?岩田の顔に斑点が無数にあるんですけど!
ハルオ、気付いてないんだけど、岩田が突然、「痛い……」と言い出したんで、隣の彼を見て飛びすさってビックリする。
痛い、痛い!と叫びのたうつ岩田の背中は朱に染まり、巨大なクモがはりついている!いやいやいや!っていうか、そのクモ、どー見たってぬいぐるみだろ!っていうか、どっからそんなクモが出てくるの!しかもクモに刺されて死ぬって、まああるにしても、そういうんじゃないだろ!しかも顔中に斑点って、何!
一方、おじさんは、夢の女に会う恐怖を逃れようとしてなのか、単に女好きなのか、職場の“先輩”、そしてリカとまでヤッちゃうんである。
あ、そうそうおじさん、ピザ屋のデリバリーのバイトを始めるのよ。面接で、「どこから見ても35歳」(!!!)と胸を叩いて。まあ、始めたとたんに居眠り運転で駐車中の車に突っ込んでクビになっちゃうんだけどさ。
しかしこの先輩とはそーゆー、関係になる。っつーか、夢にコワイコワイ言って、ムリヤリ抱きついて唇奪っちゃって、そーゆーことになっちゃうの。あー、うらやましい、じゃなくて!いやいや!なんか私も壊れてきてるな……。
しかしこの先輩、平沢里菜子は先輩と呼ばれるにふさわしい凛としたカッコ良さ。やっぱ彼女はイイよねー。イカ鍋で唇真っ黒にしてもさ!?
しかもおじさん、困ったことに、セックスした女の背中に赤マジックで自分の名前を書くクセがあるんである。どーゆークセだよ……しかもあれ、油性マジックだろ!
そんなわけで、リカとヤッたことがハルオにバレることとなる。「まーくん、超怒ってた」という割には、そのことに対してのハルオとおじさんの対決は別にないってあたりがやりっぱなしだけど(笑)、一緒にイカ釣りに行って、おじさん居眠り船こいで海に落ちそうになってるノンキさだしさ。
しかしおじさんに突然、悲劇が襲う。小道でいきなりエッチな気分をもよおしちゃって、自分でしごきまくっちゃって、そのままなぜか神社に吸い込まれるように入っていく(意味が判んなすぎるだろー)。
もだえながら続けてんだけど、そこにヘビがにょろにょろっと現われ、おじさんはそのヘビに射精しちゃって(!!あのヘビはホンモノだよね……なんてことをするのだ!)そしてそのヘビに……そこを……食いつかれちゃうのだ!
ええッ!?まあ、食いついている時点のヘビは明らかにゴムのヤツだけど!(笑)そしておじさんは……死んでしまうのである!
ハルオは警察に呼ばれて、身元確認に急いで向かっている。風来坊のおじさん、身元確認して、それからどうすればいいんだろうと悩むハルオに、同乗していたリカは両親に電話をかけてみたら?と提案する。
車を路肩に寄せて電話をかけてみるも、つながらない。しかも道にはイカが落ちており? 導かれていったラブホの受け付けにはエンマ大王がいて?? そこはつまり地獄!?
このエンマ大王というのが、先に話の出ていた伊藤猛氏である。しかも最初、その受付に置かれた三角柱には「お待ちください」と書かれててる。顔を赤く塗った(だけ!)の伊藤氏が帰ってきて、くるっとそれをひっくり返すと、「エンマ大王」!!!そ、それだけでエンマ大王!?作業服着てるじゃん!
一方ハルオはおじさんを助け出すために、中へと入っていく。そこはまさに……地獄絵図、……一応。血にまみれたおじさんが、血にまみれた女たちにヤラれている。
いや待てよ、あれ、血……?なんか微妙にイカスミ混ざってない?しかも一人、小デブなオッサンもいるんですけど……で、その小デブなオッサンにハルオ、ヤラれてるんですけど……。
ミイラ取りがミイラになって、おじさんとハルオ、血?まみれでヤラれまくってこのままじゃ死んじゃう!
ハルオ、フラフラになりながらふと思いついたように、おじさんのマネして女の背中に赤いマジックで書いてみる。女も血?まみれだから、全然書けないんだけど、でも女、苦しみ悶えまくる。ハルオ、おじさんをヤッてるもう一人の女、そして小デブなオッサンにも書いてみると効果バツグン、無事九死に一生を得るんである。
うーむ、究極の訳の判らなさだ。シュールってだけじゃ言い切れん!
一方、中に入ったハルオを助けようと、リカがエンマ大王と駆け引きをする場面もアホらしくてイイのよねー。
「フェラチオしたら(部屋を)教えてやる」と言うエンマ大王に「……イヤです」とリカ、ならばジャンケンして勝ったら教えてやるけど、負けたらここでずーっとフェラチオだ、とエンマ大王(なんてアホらしい取り引き……)。
リカ、ちょっと逡巡するも、そのカケに乗って見事勝利!エンマ大王、トイレットペーパーにギッシリ書いた台帳(ナイスだわー)を繰って捜してくれる。
リカ、「ついでにもう一人いいですか」ここにはあの岩田もいるのだ。「キスしてくれたらいいよ」(……笑)かなりハードル下げたな。それぐらいはね、リカはしてあげるのね。しかも結構しんねりと。
ハルオが目覚める。あれは夢だったのかとあたりを見渡す。テーブルの上にはオロナミンCとおじさんのお礼の置き手紙。ハルオは草野球をしているおじさんに会いに行く。ケンカになってる。カメラも手持ちで追っかけてるらしく、画面がグラグラと揺れる。止めに入るハルオ。いきなりの開放感。このあたりがなんか今岡監督っぽい。
そしておじさん、バス停でバスを待ってる。ハルオの元を去ることにしたのかな。その隣には、夢の中に出てきてた「目をあいたまま死んでいる女」!
おじさんはでもこの女のこと、可愛くてセックスの相性もバッチリで、大好きなんだとリカに語ってた。そしてその女は、そう、ユメカ姐さんなんである。
白塗りで、無表情に目を見開き、赤い唇で、おでこにでっかい穴があいて、ぼんやりとおじさんの隣に立ってるんである!バスでも隣
に座ってるんである!あうー!
そしてリカといつものように、イカ釣りしているハルオ。凄い大物が引っかかる。憧れのダイオウイカ!?激しく弓なりになる釣竿、しかしイカは大量の墨を二人にぶっかけて、逃げてしまう。でっかい足だけが飛んでくる。
なぜイカなんだ、二人が勤めている久米水産って、微妙に聞いたことあるような。しかも主題歌(社歌?)まで作って皆に歌わせてるし!ああ、もう、こんな映画、作ろうと思ったって作れないよ!★★★☆☆
すっごく、やりたいことは判る。これって野心的なPVを映画の世界に持ち込んで衝撃与えたろう!って感じで、予告編見た時には素直にビビッときたんだけど、それは予告編の長さだったからなんだよね。
破天荒やハチャメチャは大歓迎。でもそれを握る演出や編集まで破天荒やハチャメチャで投げ出すと、これがタイクツや怠惰に変わってしまうのよ。素材がハチャメチャなら、それだけ手綱はしっかりと握ってもらわないと、だんだん遠くから見ている感覚に陥ってしまう。
それにこのやり方ってね、やってなさそうで今では結構やられてるよね。確かにここまで徹底はしてないかもしれないけど、こういう手法でうまく手綱を握って秀作に仕立て上げているものはあるから、それだけに破綻っぷりが目についてしまう。
例えばこの間の「ラブ★コン」だってそうだもの。あれは核となるストーリーがベタなぐらいにベーシックだったから、素材でハチャメチャしても破綻しなかったのだ。それに編集に一定のリズムがあって、それがスピード感となってうまくまとめる結果につながっていた。
本作は、素材が面白いだけに、それが放射状に投げ出されてしまっているのがすごくもったいないんだよなあ。
現代の寅さんが竹中直人というのはすごく面白いアイディア。おいちゃんとおばちゃんにベンガルと清水ミチコもピタリ。
何たって素晴らしくピッタリすぎて感心してしまったのは高橋幸宏の御前様。もー、笠智衆と並べてみたいぐらい、イメージがピッタリである。
そしてマドンナとなるのが鈴木京香。これもまた、寅さんの歴代マドンナといって今の女優なら誰かと、つまり平均的要素をむらなくムリなく持っている女優として、まさしくピッタリなんである。
もはやこれはマドンナとしての絶対性。もういい年の、イイ女であることは間違いないのに、「不潔よ、不潔!」という台詞がワザとらしくない、楚さ、潔癖があるのだ。そんな台詞久しぶりに聞いたわ、と言われた方は目を丸くするんだけどね。
例えばその彼女と対照的なのが、おばちゃんを演じる清水のミッちゃんであり、この下北の、そして女や男の欲望である。
鈴木京香だけは欲望ではない。男たちのマドンナという存在は女神であり、最後に下北の町を不潔さから救うのが彼女の菩薩さながらの癒しソングであるというのは、これまでの寅さんのマドンナを充分に表わしてあまりあるんである。
それにしてもやはり清水ミチコの不可思議な面白さは素晴らしい。台詞をコミックスの吹き出しのように仕立てる場面が一番可笑しくなるのが、彼女なんである。
誰とのコラボレーションでもなく、清水ミチコは活字とのコラボレーションが一番面白い!?ホント、説明の仕様がない可笑しさなんだよなあ、ミッちゃんは!
物語はキチンと寅さんを踏襲して、DJタイガーがこの下北に帰ってくるところから始まる。
つーか、オープニングは竜飛岬かよ、ってな日本海チックな灯台で、フランス美女と涙の別れをするモノクロシーン。
しかも画面にバーンと現われるクレジットも往年のフランス映画さながらで、コテコテの竹中直人とのギャップで、ちょっと笑わせてくれる。
しかもいつの時代だよ……肩にバカでかいラジカセかついで、ヨウ、ヨウ、と言ってはいないけど、そんな感じで練り歩いているなんて。しかも原色が目にまぶしいまっ黄色の寅さん、いやDJタイガー、ちなみに本名は服部大河。ナルホド……。
彼が帰ってくるのは、下北沢で饅頭屋を営む実家のうさや。まるで飛んでくるボールをひょいとかわすように、絶妙にネーミングをズラしているセンスはオモロイ。
そして妹は「さくら」ならぬ「ちえり」。タイガーによってチェリーと命名。なるほど「さくら」なんである。
演じる小池栄子は実際に下北出身なんだそうで。へえー。
そして鈴木京香演じるマドンナのさつきである。
彼女は離婚し、「下北に戻ってきちゃった」(この台詞も実に寅さんぽい)とタイガーにニッコリ。大山茶苑という和風喫茶を営んでいる。この店、どうみても引き戸なのに、開きドアっつーのが軽いジャブだよな。
タイガーはこの喫茶店にすっかり入り浸り。もうさつきにメロメロなんである。
さつきにメロメロなのは、タイガーのみならず彼の仲間たちもそうなのだ。
ゾクゾクと登場してくる珍妙な仲間達。まずハゲ仲間として出てくるカレー屋のオヤジ、那須おやじは温水洋一。
彼が登場するシーンはしかしキツい……帰ってきたタイガーが、うさやの饅頭を食べるとハゲになる、などと家族と丁々発止し、そこに見るからにハゲの彼がいたもんだから気まずくなり、「そんなこと言ったらハゲの人に失礼だ、皆で謝ろう、ハゲの人ごめんなさい」なんて画面に向かって頭を下げるのね。
これがもう、寒いったらないの。もう破綻に向けた不穏な空気が既に見えちゃった。せっかくの竹中直人の完璧な造形を、ヤボなギャグで分断させちゃう。こういう寒さが、この後ところどころに現われて、のめりこめなくなっちゃって、だんだんと遠くから見るような感覚に陥っていくんである。
あ、で、珍妙な仲間達、ね。キャラは皆、凄く可笑しくてステキなのよ。
ことに意外にもこの世界の住人にピタリとハマって珍妙ぶりを発揮してくれたのが、ビリヤード屋で働いている、赤パンを演じるアンガールズの田中君。
現実世界では浮きまくっている彼も(!)この中では彼こそが正規の住人であるかのように、イキイキと魅力的である。いや、そのキモチワルさがあるからこそなんだけど。
そして、この中にマトモな人間というのは数えるほどしかいないのだが……とりあえず外見上はマトモなのは、古書店ビビビに勤める大森南朋。ぼさぼさの髪に平凡なTシャツ、平凡なメガネ、後ろからおどおどとした風情の彼は、やけにカワイイ。
最近は割と人でなし系の役が多い彼が、初期の頃の母性本能かきまわしまくりの彼をほうふつとさせて、キュートなんである。
んで、大森南朋がこの古書店を訪れた竹中直人とのやりとりがまたイイ。
「エロ本はないのかよ。こう、ピーっときて、パッとめくったら、ズコーンとくるようなさ」(ゴメン、全然正しくない。竹中氏、絶対アドリブで言ってるんだもん)
「擬音ばっかりで全然判んないです」(笑)。「じゃあこれはどうですか。官能小説」(大笑)
中身まで本当にマトモな人ってのは、マドンナのさつき(鈴木京香)の他にはたった一人。
劇中ではさらりと匂わせる程度だけど、いずれはさつきとイイ仲になるんであろう、達也。
演じるはそりゃー、この人だけにはシャレは通じないであろうと思わせる、寡黙なザ・男、中村達也である。
やはりこの人とくれば、「バレット・バレエ」を思い出さないわけには行かないよねー。
あ、それにバレット・バレエでは鈴木京香も出てて素晴らしい演技を披露していたじゃないの。そーか、そーか。
ま、ところでこの下北に持ち上がってきた問題は何かというと、閑古鳥のジャズ喫茶の跡地にソープランドを建設しようという話が持ち上がったことなんである。
で、この場面で土地を売り渡すジャズ喫茶が出てくるんだけど、タイガーが「イイ子見つけたじゃないか」と言う、気だるげなジャズシンガーの少女がちょっと聞かせる。
しかし秀逸なのは、ここでさつきが放つ、この言葉なのね。
「この場所がなくなっても困らないけど、ソープランドが出来るのは困るわ!」
本人は正しく素直に言っているんだろうけど、リアクションに困った周囲はアゼン。
こういう、彼女が思わず知らず毒を吐く場面はそここにあって、鈴木京香という菩薩マドンナがあの柔らかな声で、しかも匂やかな和服姿で言うもんだから、絶妙なのよ。
例えば、ソープの体験会から股をぬらして(!)急いで帰ってきたチャーリー(高橋克実)に向かって、
「チャーリーさん、なんか気持ち悪い……」タイミングも完璧で、劇場中の観客吹き出す!
更に、体験会のあまりの気持ちよさに、ソープ建設賛成と思わず言ってしまったタイガーと仲たがいしていたさつき。妹のチェリーが心配して取り持ってくれて、謝りに来たさつきが言い放ったこの台詞!
「タイガーさんハメ撮りされたんですって!?」
タイガー思わず無数のコマに分裂して「ハメ撮り!!!」
こ、これは、ハメられたとか、そういう言葉と間違ったってことなのかなあ。
つまり、男たちは、ソープランド建設にすっかり鼻の下をのばしきってて、でも街のマドンナのさつきには皆して岡惚れしているから、彼女の手前、そんなことはとても言えない。
で、絶対この計画を阻止すべく!と説明会に出かけるも、体験説明会という名目で肉欲のワナにはまってしまうんである。
そんな男たちにはまかせておけない!とさつき、おばちゃん、チェリー、ひとえのメンメンが乗り込んでいくも、今度はホストクラブ攻撃でヤラれて結果はご同様。正気を保っているのは達也とさつきだけなんである。
しかしこの場面、イケメンのホストたちがどんどん紹介されるんだけど、どんどんアヤシイタイプになっていき、最後には麻原彰晃もどきまで出てくる。ちょっと、笑えない。
しかもこの建設計画のドン、金閣寺が、おばちゃんの中学校時代の同級生、しかもほんのり甘い恋を奏でた相手と知り、おばちゃんはすっかりメロメロになってしまうのだ!
で、ノリノリで「夏ざかりほの字組」をデュエット。何だよ、この選曲は……しかしよーく聞いてみるとこの歌詞、モノ凄いのね。
人間の本能を突かれて、どうやってここから脱するのかなあ……と思っていたら、オチというか解決策は、彼ら黒幕は実は天狗だった!……正直ガクッと落ちる。
いや、そもそもそのアイディアから始まったとは言うんだけど……下北沢には天狗が祀られてて、天狗祭りというのもあって、という……そうなんだ。
で。「天狗になってる」という言葉とカケたっていうアイディア。でもねえ……。
なんか、一気に冷めちゃうんだよね。これまでの展開としっくり合ってこないっていうか、唐突に落とされるというか。
いつの間にやら街中天狗になってる。正気なのは立ち直ったタイガーと、何にも動じないさつきと達也だけ。
街のみんなを説得するために、住職の元に駆け込んだ三人、住職の説得で、じゃあ行ってみるだけ行ってみようということになる。
そして、この黒幕が天狗になった瞬間をみんなそろって目撃!
では、勝負をつけるために歌合戦だ!ってなんだその展開!?
と叫んではみたものの、ここまでくるとこの不条理な展開も、あまりに用意した不条理で、つまらなく思えちゃうのね。
おばちゃんはしっかり金閣寺側に入ってデュエットしてるし(笑)。
お互い一歩も譲らぬ攻防で歌いまくる……面白い場面のはずなんだけど、この頃には何だかすっかり遠くから見ているんである。
で、悪をほろぼすのが、菩薩、さつきの神聖な歌声。
って、おいおい、「マクロス」じゃないんだからさ……このオチはさ。
ていうか、完全にそのパロとしかいいようがない。寅さんのパロディじゃなかったの?
最後はすっかり大団円。DJと言えばこの人、のテイトウワまで現われる。
タイガーは寅さん同様、この街を後にすることを決意する。
というのも、テイトウワを弟子だと豪語していたウソがバレただけの話なんだけど。
しかし話はここでは終わらず、ラストシーンは数年後の下北沢。
金閣寺=天狗はまだ生きていて、「テング・ネバー・ダイ!」もういいっちゅうの。
男はソレを我慢できない=エロな本能。
女はソレを我慢できない=男のエロな本能への怒り。
この対照は上手くて、なるほどなと思っちゃう。物語のそこここに、ソレを提示するモダンなグラフィックス画面がバーンと挿入されてくる。
それがかろうじて破綻と崩壊を食い止めている。いや、破綻してるけどね。
これは、竹中直人が監督したら面白かったかもなあ……。
それにこれ、下北で上映すればよかったのに。劇中、おばちゃんと金閣寺がデートする場面で、シネアートンが出てくるけど、あの映し方じゃ、シネアートンのいとしい狭さが判らん。★★★☆☆
まあやっぱりさあ、私がリアルタイムで観ていたのは最晩年の寅さんなわけで、既に寅さんは見守る形で引っ込んじゃってて、メインは満男だったわけじゃない。
でも当然、この一番初めの寅さんには、満男はひとっかけらも出てこない。いや、正確に言うと、物語の最後にさくらが出産してるから、ひとかけらは出てくるのだけど。
あ、そうそう、この時さくらでもなく、博でもなく、寅ちゃんに似ている、と皆が納得するこの赤ちゃんが後の吉岡秀隆だっていうのが、さもありなん、とおかしいのよね(あ、でも最初っから彼じゃないんだ……今更驚く)。だってとりあえずこの時点で、倍賞千恵子はおにんぎょさんみたいなべっぴんさんだし(いや!今だってべっぴんさんですよ、もちろん!)驚くべきは前田吟もまた、まつ毛ばしばしの美青年だってことで、その二人の子供がこともあろうに寅さんに似ていて、だから後の吉岡秀隆になるんだなあ、と思ったら凄く可笑しいんだもん!
まあ、だから、寅さんがまったくのメインである「男はつらいよ」の面白さがこれほどまでのものなのかと驚いちゃうわけよね。その人がそこにいるだけで可笑しい、本当にまさにそのとおりなんだもん!まさに不世出の人。
寅さんがこんなにヤクザっぽいなんて、全然想像してなかったよ!地元の有力筋を回っては、高倉健さながらの軒下お借りいたしやすみたいな挨拶するしさあ。
でもそうか、寅さんが何度となく口にするように、香具師は渡世人であり、渡世人っつーことはヤクザってことなんだよなあ、つまり。
とにかく血気盛んなのよ。私の寅さんのイメージは、ケンカ相手のタコ社長あたりとはケンカや小突きあいの一つや二つは起こすけど、それはあくまでお約束の儀式みたいなもんだったもの。
こんなに寅さんが人をぶん殴っているの、見たことなかった。ツッコミじゃなく、マジなぶん殴りでよ。妹のさくらまでぶん殴るんだもん。それもあまりに理不尽な理由でだから、さくらも逆ギレしてつっかかるぐらい。
まあそのリアクションがあるから、シリアスには決してならずに救われるんだけど、それにしても寅さんがこんなに人をぶん殴るんだ……それも寅さんが形成された最初の映画で!ホントに最初は、まだまだカオスの塊で、若さも手伝って、とにかく爆発させていたんだなあ。
それに、もうインネンつけまくりだし。人の言葉尻を捕らえては、「なんだ?そりゃどういう意味だ?」と突っかかる。
でもそれが寅さんだから、人のボケに敏感に気づいてツッコむように見えるんだから凄い。コンマ何秒の間で入れる凄く攻撃的なツッコミで、絶品なのだ。それが一歩間違えればインネンになるってことなんだなあ。
具体的にはこういう場面……ホレてる女性に会いに行こうと、カッコつけて出かけようとする寅さん、「ご苦労さん」とか「ごゆっくり」という言葉にいちいちきびすを返して、突っかかるわけ。
だからおいちゃんの「ああ、行っといで」の台詞がシメとして何度も繰り返される。もうこの繰り返しとボケツッコミが完璧にキマってるんだよなあ。ホント、お手本だよ。笑いながら感心しちゃうもん。
寅さんはその形が決まっていくに従って、因縁からボケツッコミに、そして寅さんとしてのシンボルへと穏やかさを増していく。誰が思い浮かべてもイメージにそれほどの差がない寅さんに出来上がっていった。
今から思えばそうやってエネルギーが失われていったことは、ちょっともったいなかったような気もなんとなくしちゃう。だってこの血気盛んな寅さん、メッチャ面白いんだもの!
この後、渥美清がこの運命の役、寅さんだけに生きることを決意したっていうのが凄く判るというか……本当に運命のハマリ具合で、まるで一生モノのスーツにめぐり合ったかのような、ピタッとした感じを、観客だけでなく彼本人も感じたんじゃないかなあ、っていう気がするわけ。
それに山田監督、年を重ねるに従ってなんかだんだん説教くさくなって、最近の山田作品は私、いまひとつ好きになれないんだけど、この頃は、違ったんだなあ。
きっちりとしたプロットの中で最大限に詰め込んで、それをはみ出さんばかりに暴れまくる、この味が今はないのがもったいない気がする、やっぱり。
まず、たっぷりと寅さんの香具師の口上が聞けるのが嬉しいのよねー。私の見てたリアルタイムの寅さんは、そんなことほとんどやってくれなかったんだもの。
この洪水のようにあふれ出す口上は、とても字面では再現できない!(というか、覚え切れない!)でもね、その口上自体ももちろん素晴らしいんだけど、アドリブのように付け足される、「買わない?帰れババア」なんてさらっとつけたされるまさにこれもツッコミだよね、これがもうツボつかれて噴出しちゃうのよ!しかもその時画は引いていて、寅さんの声も少々オフられた感じに引いている。これがまた絶妙でね。こういうあたりは、山田監督の上手さなんだろうなあ。
物語は寅さんが20年ぶりに故郷に帰ってくるところから始まる。お祭りにまぎれてワッショイワッショイやっているところをおばちゃんが見つける。「あれえ、寅ちゃんじゃないかい!」そして御前様も、もっのすごいスローペースながら寅さんに気づく。
この御前様のあまりのスローペースと寅さんのスピードまくりのギャップが、特に後半、寅さんが御前様の娘に恋をするくだりで対照的になるんだけど、これがまためっぽう面白くってさあ。笠智衆のボケっぷりは素じゃないかと思うぐらいののんびりした間で、寅さんじゃなくったってツッコミたくなるわ!
まあ、それは後の話。前半は20年ぶりに会ったさくらの縁談話と、博との結婚話が描かれる。
それにしても何度も言っちゃうけど、おにんぎょさんのような倍賞千恵子の美しさといったら、寅さんが、ちょっとやそっとの男にはやれない、大卒出のエリートサラリーマンに嫁がせるんだ、と息巻くのも無理からぬところである。だって、その会社の制服のスカートも絶妙なひざ上で、清楚さとさわやかなキュートさですんごい目がいっちゃうんだもん!
大企業のキーパンチャーをやっていると聞かされても、寅さん、キーパン??とうろたえ顔で、とにかく妹は自分などは及びもつかない立派な人間になったんだと、お兄ちゃんとして嬉しくもあり、複雑な気持ちもありといった雰囲気がにじみ出る。
さくらは会社で有望株だから、イチオシの縁談が持ち上がるのね。で見合いの日、おじちゃんは二日酔いでとても付き添える状況じゃなく、寅さんが替わりに行くことになる。
ホテルと聞かされて「そんな横文字でホテルなんていっておじけづくんじゃねえぞ。昨今は連れ込み宿だってホテルというぐらいだからな」と寅さん、おじけづいてるのアリアリ(笑)。
しかもそのホテルは連れ込み宿どころじゃないすっごい大ホテル!もう寅さん、目をひんむいちゃうんである。
で、ここでの食事場面がもう最高で。何が最高って、寅さんのオチ満載のマシンガントークに相手方の妹が、というか妹役の少女が素でこらえ切れなくなって、噴き出しているのが判るんだもん!
他の人たちはね、そこはまあさすが役者というか、この傍若無人なヤクザ者に眉をひそめる、という形を崩さないんだけど、この少女だけはもうどうにもこうにもこらえ切れなくて、飲みかけたジュースを噴き出して本気で慌てているのが判るわけ。もう、カワイイんだな。
それが判ってて寅さんも、いや渥美清も、あ、面白いかい?お嬢さん、なんてまた水を向けるもんだから、もうその子笑っちゃって笑っちゃって大弱りなの。
こういうライブ感は、ホント、最後の方の寅さんには見られなかったものだからさあ……。
この場面で、寅さんとさくらは異母兄妹だということが判明する(知らなかった)。寅さんいわく、父親がへべれけになって芸者に生ませた子なんだという。
寅さん自身もへべれけ状態になって、グチっぽくこの生い立ちを語りだす。さくらは困惑顔になりながらも……多分、初めて聞く話なんだろう、でもその表情は複雑で。
美しく賢く成長した妹を誇りに思いながらも、だからこそ自分のぶかっこうさ、いい加減さに自分自身でヤになっているんだろう……なんかね、その後は寅さんが、こんな風に酔っ払って自嘲してグチるなんての、なかったと思うのよ。まあ、全作観てもないのにそんなこと言っちゃっちゃあ、ダメだけど。
でも、寅さんは風のように現れて、失恋して、また去ってゆく、そんな旅人なんだって、思ってた。彼自身の根っこの部分にある悲しみや苦しみなんて、正直、思いもよらなかったんだよね。
で、つまりこの見合いは寅さんがブチ壊した形で断られてしまう。そのことでおいちゃん、おばちゃんと大喧嘩になるんだけど、一方で浮上したのが隣の印刷工場に勤めている博の存在だった。
この工場連中にとってマドンナであるさくら、大事な妹を近づけさせまいと寅さんが勝手にけしかけた大ゲンカで、工場員たちは大反発。さくらとまんざらでもない雰囲気になっている博と寅さん、ここで相対することになるんである。
ああ、ここであの有名な名台詞、「お前と俺とは違う人間なんだよ。早い話が俺がイモ食って、お前の尻からプーッて屁が出るか?」が披露されるのかあ!
しかし博の「寅さんに好きな女性ができて、そのお兄さんが「妹はエリートサラリーマンに嫁がせる」と言ったら諦められるんですか?」というたとえ話は決して難しいモンじゃなく、それだけで頭真っ白になって目を白黒させるあたりがいかにも寅さんなのよねー。
んで、この場面では博の一途さに押し切られた形になった寅さん、女を口説く流し目なんぞを教授したりして(当然、大爆笑!)彼に協力することになる。
しかし、やっぱり妹をやりたくない!という気持ちが勝っちゃったのか、さくらにはアイマイに問いかけるだけで彼女がワケも判らず首を傾げるばかりの間に、やっぱりダメだよな、なぞと勝手に判断して、博に妹は諦めるよう説き伏せるんである。
博は絶望し、さくらに「3年間、あなたを支えに生きてきた」と熱い思いをブチまけ、工場を辞めて出て行ってしまう。驚愕の表情のさくら。
でね、改めて言うけど、当時のまつ毛バチバチの前田吟には大いに驚くんである。いやあ……彼ってこんな美青年系だったのね。いや今と顔立ちは変わってないんだけど、イメージが変わったのか、なんかここではやたらと美青年。美女の倍賞千恵子とまさしく美男美女カップルなのである。
寅さんが勝手に博を自分から遠ざけたことを知ったさくら、そのことで自分の気持ちにもハッキリと気づき、猛然と博を追いかける。
駅でようやく彼に追いつく。まさに今汽車が到着し、ドアが開く。見つめる二人、そして……この時ね、さくらがドアの方に博を押したように見えたんだけど……違った?んで、その後カメラはパッと引いて、汽車が去ったホームには誰もいなかったような……。
これって、これって……どういうことなのかしらん。ただ単に私の見間違え&カン違いかしらん。さくらと博はその後、その夜のうちにちゃんと帰ってきて、さくらは、「私、博さんと結婚する。もう決めちゃったの。いいでしょ」と上気した顔で寅さんに言うんだよね。
上気した顔で……何かが、あったのか!?汽車に乗っていった先で、何かがあったのか!?考えすぎかなー!?
でね、二人のささやかな結婚披露宴が凄く感動的なのだよ。博は故郷を飛び出して以来、8年も両親と絶縁状態にあった。その両親が披露宴に来てくれることさえ想定外だった。
でも、両親はじっと黙り込んで座っている。博もいたたまれなくなってるもんだから、気の短くて血の気の多い寅さんは、お上品な自分たちにはメイワクだと馬鹿にしてるんだとかなんとか、またしても勝手に怒り出し、あんな奴らにスピーチなんかさせるのか、俺にさせろ!と息巻くのだ。
でもね、静かに挨拶に立った両親、父親が語りだした言葉がね……これをやるのが志村喬なもんだから、もう、そりゃあもう、じーんと感動的なわけ。
自分たちはここにいるのが恥ずかしい。博に何もしてやれなかった。この8年間、つらかった。親としての資格はない。しかし親として息子がこんな暖かい仲間に支えられ、こんないいお嫁さんをもらって、こんなに嬉しいことはない、これからも博を頼みますと、言葉を振り絞るように、あの大きな瞳にみるみる涙をためながら語るわけさあ。
これに寅さんがカンドーしないわけはなく、あんなに息巻いていたのに、もうすっかりウルウルさあ。当然博も、そしてさくらも涙を流してて、寅さん、この父親の手をぎゅっと握り締め、そして新郎新婦のひな壇に駆け寄って、よかったなあ、よかったなあ、ってテーブルクロスで涙を拭いて……。
ってもう、ハラハラしたよ!そのままそのテーブルクロスを引き倒しちゃうんじゃないかって!でもさすがにそこまではなかった。幸福な雰囲気に包まれ、披露宴は無事終わるんである。
それにしても、やたらムズかしい漢字を使ったこのお父さんの名前を最後まで誰も読めなくて「んん〜〜一郎さん」などとゴマかしているのが、やたらと可笑しかった。
さて、その後は寅さんの恋物語に移るのだが……もうここまでで十分すぎるほどで疲れたな(笑)。
まあでも、これが記念すべき寅さんの初失恋。そういやあ博に何度となく、「兄さんは女の人を本気で好きになったことがないんですか?」とツッコまれていたし、本当に、初恋の、初失恋かもしれない。
それは、寅さんがさくらの縁談をブチ壊していたたまれなくなり、また旅の空に出た先でのこと。御前様と、病気療養をしていた娘の冬子に奈良で行き会う。その時寅さんは外国人旅行者を案内しており、とても英語が喋れるとは思えないんだけど、メンドくさそうに、そうビューティフルよ、ビューティフルね、なんぞと言っているのもやけに可笑しい。
この美しい冬子を見た寅さん、最初は驚いて、「御前様も隅におけませんな」などと言うもんだから、御前様に「バカ者!娘の冬子じゃ!」と怒られる。冬子、大笑いして、「寅ちゃんでしょう?昔とおんなじ顔!」
この時すかさずカットバックされる寅さんのきょとんとした顔が、昔とおんなじだったんだろうなーと想像されて、思わず噴出しちゃう。
この冬子の美しさにつられて、寅さんは二人と一緒にあっさり柴又に舞い戻っちゃうのね。このあたりの単純さは寅さんそのもので、実に愛しい。
んでその後、先述の博とさくらのすったもんだがあって二人が結婚し、その新婚旅行の間に寅さんと冬子は急接近。
いや、急接近していたと思ったのは、どうやら寅さんだけだったらしい。冬子はあくまで、妹が結婚して寂しい思いをしているであろう寅さんを、幼なじみの好意で誘っただけだった。
二人でボート遊びをしたり、場末の焼き鳥屋でゴキゲンに酔っ払ったりしたけれど、そしてそれが寅さんの目にはやけにまぶしく映ったのだけれど、和服をあでやかに着こなした深層の令嬢の冬子は、やはり寅さんとはあまりにつりあわない……高嶺の花だったのだ。
冬子にべったりの寅さんが街で噂になる一方、冬子の婚約者の存在も明らかになる。そのかなうわけのないライヴァルを寅さんは、彼女を虫取りに誘いに行ったその目で見てしまう。
冬子は寅さんと約束をしておいてわざと、婚約者を呼んだんじゃないのかなあ。だって、寅さんが自分にホレていることぐらい、いくらなんでも気づくだろうしさ。
彼女が思わせぶりな態度を示したのも悪いんじゃないか、とおいちゃんおばちゃんはじめ、周囲のメンメンがケンケンガクガクしたりもするんだけど、それは冬子ちゃんの優しいところだからという意見で落ち着く。でもそれこそが、ザンコクなところなんだもんね。
そんな話を、慌てて隠れた押入れの中で寅さんは聞いているのね。バカだバカだと言われている自分のことを。
さくらがおいちゃんの枕を取るために押入れを開けたら、そこにお兄ちゃんがうづくまってウイスキーを飲んでるもんだから、彼女、ビックリしちゃうわけ。ここもギャグなんだけど、みんなが寅さんのことをバカだと思いながらも心配して、それを寅さん自身も判っているという、なんだか切ないシーンなんである。
自分なんかが冬子に岡惚れしていることは、迷惑をかけることになる、と寅さんはまた、旅の空に出ることを決意する。
寅さんを慕っている舎弟を、お前も俺みたいになりたくないなら国に帰れ!と冷たく追い払うんだけど、次のシーンではどうやらこの舎弟の故郷に逆にくっついていく形になったのか、北の空の下であの軽快な口上を聞かせている。
そして、いつものように(というのは後の「男はつらいよ」の歴史を考えればってことだけど、ってトコが凄いよね)、寅さんからつたない字でのハガキが届くのだ。「風の便りにさくらが出産したと聞きました。兄としてこれ以上の喜びはなく……」
そういえばさ、冒頭も寅さん、風の便りに両親の死を知ったとバックで語りながら出てくるでしょ。風の便りって、どう風の便りに聞くんだろう……いやあ、それこそが寅さんだよね。
おいちゃんに、二言目には、あいつはホントバカだな、って言われるのが、最後には愛情に思えてくる。この前提があるからこそ、寅さんはみんなに愛されるんだよね。★★★★☆
しかも今回は、それを差し引いてもやけにしっとりな雰囲気である。寅さんは世間を悟ったような考えにハマっちゃってるし、マドンナは離婚問題を抱えてとらやに持ち込んでくるから、とらやのメンメンもどこか重苦しい雰囲気にのまれているような感じで、これまた珍しい雰囲気の寅さんなのだ。
マドンナを演じている大原麗子のその雰囲気だけで、気ぜわしい寅さんの世界がゆっくりと落ち着かせられる感もある。この人はたとえ演者としてそこにいても、そうした周りを脱力させるような空気感を決して失わない人なのね。
今回この作品をチョイスして足を運んだのは、以前やはり彼女がマドンナだった「寅次郎真実一路」が凄く面白かった記憶があったからなんだけど……でもあれはこの作品よりも随分後になるんだわね。
さて、作中がそんな風にしっとりムードだから、冒頭でかき回してバランスをとろうとした……わけでもなかろうが、いきなり「日本むかしばなし」的な小芝居が展開されるので意表を突かれる。
まあこれは寅さんの見ている夢かなんかだろうと推測され、実際そうなんだけど、それにしても結構長いんで、まさか今回はこのコスプレ寅さんで行くんじゃないでしょうねとハラハラするぐらい。
寅さんにソックリのお地蔵さんに欠かさずおまいりしていた貧乏なさくらの一家の前に、法衣の寅さん(お釈迦様っぽい)が神々しく現われ、その信心があっぱれと金銀財宝を与えられるという、寅さんのありがたいお姿と生真面目な顔がミョーに可笑しい一編。
た、頼むからこの不自然さから早く解放してくれー!と願っているとようやくパチリと寅さんが目を覚ます。そこは軒下を借りていたお寺さん。
でも思えば、この妙に抹香くさい(失礼!)雰囲気も、この作品全体を支配しているといえばそうである。まず寅さんが旅の僧に、女難の相が出てると言われるしさ。
それも、煙った橋のあちらとこちらから、笠をかぶった陰気な僧と寅さんが行き会い、それを引きの画でとらえるという、妙に思わせぶりな、これもまた時代劇のような構図をとるもんだから、何とはなしに可笑しくてしょうがないのよね。
あるいは、寅さんが旅先で偶然、博のお父さんに出会い、その教えにすっかり諭されちゃう「今昔物語」にしてもそうよ。まあ、寅さんは最後までコンニャク物語と言っているあたりはお約束だけど。諸行無常の諦念にハマっちゃった寅さん、「修行の旅」に出るなんて言うんだもんなあ。
らしくない、とちょっと思ったりするけど、意外にそれは寅さんそのものを言い当てているのかも……とも思う。永遠に成就することのない寅さんの恋心や、とらやという帰る所はあっても、そこは自分が終の棲家と出来るところではなく、帰っては旅に出るを繰り返す、永遠のループがそこにはあるんだもの。
寅さんの存在そのものが、諸行無常の諦念だと考えることも出来る、だなんて、こんな“らしくない”寅さんを見せられなきゃ、思ってもみないことだったけれど。
帰ってきた寅さん、ご先祖の墓を隣と間違えてお参りしている。そこにさくらとおいちゃん、おばちゃん、御前様が行き合って久しぶりの再会、間違いに気づいてみんなで大笑いになる。
思えば寅さんがお墓参りなんてあまり見た覚えがないし、このあたりも本作の抹香くささを如実にあらわしてる感じがする。
んで、旅先で博のお父さんにご教授いただいた今昔物語の一説を、とらやのメンメンに語って聞かせる場面がまた秀逸なんだよな。今昔物語の本を失敬してきた寅さんだけど、絶対読んでないよ。お父さんから聞いた話をそのまま、いやかなりの脚色も交えて話すあたり、さすが香具師のワザなのね。
大筋はこういう話……美人の奥さんを亡くした男が妻のことを忘れられず、ついに墓を掘り返すと、そこには見るも無残な肉の固まり、男は無常を感じて出家する。
寅さんが語ると、その腐乱死体のウジが沸いてるさまをリアルに描写したり、はてはこの妻が子宮外妊娠で死んだんだ、なんて言うし(そんなことお父さん言ってないよね!?)、パンチの効いたアドリブをカマしてくるんで、神妙に聞いているとらやのメンツの中でも、前田吟あたりが笑いをビミョウにかみ殺しているのが察せられたりするのが可笑しくてさ!
ホンチャンのマドンナである大原麗子が登場する前に、まずジャブとばかりにカラむ泉ピン子である。ピン子さん、最高だなー。若くて弾けるばかりにカワイイんだけど、でももう、すっかり泉ピン子であるのが素晴らしいんだな。
男に捨てられて、マスカラ真っ黒に流れ落ちるまで号泣しているところを、寅さんに声をかけてもらった彼女、話を聞いてもらってすっかり元気を取り戻す。
この時ね、甘味どころに彼女を連れていった寅さん、「ちょっと休もうか」なんて聞きようによっちゃあアレってな台詞を口にしたりするわけね。
それは「甘いものでも食べて」という意味合いではあるんだけど、でもいくら女にホレっぽい寅さんでもそれは絶対ない!という雰囲気を、ピン子氏はそのたぐい稀なるキャラクターで醸し出しているのよね。
全体的にしっとりと、どこか重苦しい雰囲気になっている本作の中で、ホッと息をつける場所になっている。いやそれは、決してピン子さんに女としての魅力がないとか色っぽくないとか言ってるんじゃないのよ(焦)。
ヤケ食いしてグチをバーッとこぼしてガーッと泣けば、もうすっかり元気になってガハハハと大笑いするような、そういうタフな女の子が、後に登場するマドンナと非常に対照的で、うん、ここでこそバランスをとっているんだよな。
確かに、ちゃんと対になっているのよ。「手近なところで手を打ったってワケ」と幼なじみと結婚したのもそうだしね。アッケラカンと、そして思いっきり幸せそうに新婚旅行に出かける彼女の姿に、小樽に行ってしまったマドンナの幸せも信じられるってなワケなのよ。
単にコメディリリーフ、バランスというだけじゃなくて、この重いヒロインを下支えする役割をキッチリ担ってるわけだ。
おっと、かなり先走ってしまったが。んで大原麗子演じる荒川早苗は、人手が足りないとらやが募集した、職安の斡旋によってやってくるんである。
こんな小さな店にはとてもそぐわない美人が現われたもんだから、タコ社長をも巻き込んでとらやは大騒ぎ。
しかしどうもワケアリな彼女、寅さんの明るさや周囲の人たちの優しさに少しずつ心を開き、ある日寅さんに打ち明ける。「前は荒川じゃなかったんです」と話す彼女に、「あ、そう。なんでまた名前変えちゃったの?」と寅さん、そのボケは!!判るだろう!「ヤダ、寅さん、結婚したのよ」でも今は別居中なんだという。
長いことゴタゴタしていたらしい。ある日彼女はとらやに遅刻すると電話し、とある喫茶店に入る。とらや、そして柴又から離れて、しかもその場面に寅さんがいないと、まるで「男はつらいよ」じゃないような、まるで違った雰囲気になるのには驚く。大原麗子の重苦しい雰囲気が更にそれを後押しする。
喫茶店でじっとうつむいて人を待つ彼女。やってきたのは思っていた人物とは違ったらしい。「お兄さん」と呼びかけるその男は、後に仲の良い従兄弟だと明かされる添田である。早苗の元夫とは同僚らしく、彼の替わりに離婚届を持ってきたのである。
この時の二人の距離感は実に微妙絶妙で、こういうことを託せるほどの気の置けない仲なんだろうということ、お兄さんと呼んでいるけどどこか他人行儀な敬語使いであったり、でも彼の方は早苗ちゃんと呼んでいたりと……この二人の関係は一体なんなの!?
そんでもって彼の早苗に対する心配は、一般的なそれを越えた感情がもう見え隠れしている。一対一で話しているのに、そこには今別れたばかりの夫という第三者がはさまっていることもあって、どうにも歯がゆいやりとりで、なんともはやじりじりと胸をかきむしられるんである。
これも、寅さんから想起される雰囲気とはちょっと違うよね。そりゃいろんな恋人同士が寅さんの周囲には登場してるけど、違うんだよなあ。やはり大原麗子のしっとり雰囲気のせいだろうか。
遅れてとらやに現われた早苗、「たった今、別れてきたんです」と言いながらも、いつもどおり振る舞おうとする。でも、「良かったじゃないか」と声をかける寅さんにウルウル目で振り向き、「寅さん、私、泣きそう……」と二階に駆け上がってしまう。
そっとお茶を持ってあがってきたさくらに、早苗は「別れたらスッキリすると思っていたのに、今まで支えにしていたものが何にもなくなっちゃって、どうしたらいいのか判らない。こんな感情になるなんて思ってもみなかった」と声をあげて泣くんである。どう言うことも出来ないさくら。
うー、なんか、判る気がする。こんな経験はそりゃないけどさ。
そこを乗り越えれば幸せとはいわないまでも、枷が外れて未来が開けるような気がしていたのが、そのために何とか一人頑張ってきたのが、その頑張っているしんばり棒がいきなり外されて、呆然とするような気持ち、なんでそんな女心が山田監督は判っちゃうのかしら。
とらやの、そして寅さんの明るさに触れて元気を取り戻した(このあたりも実は泉ピン子と同じなんだけど、演者が変わるだけでこうも違う雰囲気になるのよね)早苗、「私、寅さん好きよ!」と言って、帰っていった。
固まる寅さん(笑)。背後で息をのむとらやのメンメン。こりゃあひと波乱ありそうだと思っていると、その波乱は意外なところからやってくる。
あの添田である。寅さんとは早苗の引っ越しの時に顔を合わせていた。
彼が早苗を訪ねてとらやに来た。早苗は配達に出かけて留守、寅さんは彼の雰囲気をひと目見たとたん、早苗にホレていると見抜く。それは自分自身もそうだから判ったのか……。
添田は小樽に帰るという。預金通帳と早苗への伝言を残して店を出ようとする。そこに早苗が帰ってくる。思いもよらない人の来訪に驚く早苗、立ち尽くし見つめ合う二人。もうこの一瞬で判っちゃうんだよな。お互いが思いあっていることが、誰しもに。
彼は何も言わず立ち去ってしまう。早苗に寅さんは言う。あいつはアンタにホレてんだよと。ホレてんのは寅さんだってそうなのにさ……。
早苗は、あの人の気持ちは判ってた、と言うのね。それは言外に、私もそうだから、という言葉を飲み込んでたんじゃないの?
彼を追いかけなきゃいけないよ、と寅さんは早苗の背中を押し出した。その時が、寅さんの失恋の時。明日また会おうと早苗と約束したけれど、もうこれが旅に出る時、それが寅さんには判ってたから。
なんか、いつもより、ずっと湿っぽい旅立ち。こんな夕暮れの、ただでさえ湿っぽくなる時間帯に、目の前で寅さんの失恋を見てしまった直後に、出て行くって言うんだもん。
とらやのメンメンや、タコ社長も皆、涙っぽくなっちゃって、見てる私もうっかり涙っぽくなっちゃって。寅さんの旅立ちはそりゃいつでもどこか切ないけど、なんかこんなに涙っぽい旅立ちは、なかったような気がするなあ。
でも、ラストシーンで救ってくれたのが、あのピン子ちゃんだったのね。
列車で偶然、寅さんの向かいに座った彼女、すっかりおめかししちゃって、新婚旅行なんだとウキウキなんである。寄り添うように隣に座っている男性は、テレ気味に頭をかいている。
なんかね、その明るい雰囲気が、あの切ない涙を振り払ってくれたような気がしてね。時は正月、寅さんはとらやに帰ってこずに、早苗にあてた年賀状を送ってきてる。「これ、小樽に転送しとこうかねえ」そう、早苗はそのまま添田と共に小樽に帰ったのだった。
寅さんが失恋を飲み込めば、周囲はみんな幸せになるという、寅さんの犠牲の元に成り立っているのかと考えると、冒頭の神様みたいな寅さんは、あながちギャグでもなかったのかなって気がしてくる。★★★☆☆