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秘花
1971年 70分 日本 モノクロ(一部カラー)
監督:若松孝二 脚本:出口出( 足立正生 荒井晴彦 )
撮影:伊東英男 音楽:高橋宏之
出演:立原流海 矢島宏 伊井地倉司 脳丸目裸 真崎剣 足立正生 吉沢健 横山リエ
というか、女のアソコに噛み付いた貞操帯、私は映画で女の貞操帯を目にするのは二回目で、その初回がとても強烈だったので覚えているんだけれど……、その映画にも本作と同じように浜辺に打ち捨てられた大きな船が登場していたのだった。
天願監督の「世界で一番美しい夜」ひょっとして天願監督は、本作に対してオマージュをささげていたのだろうか。それとも単なる偶然か。
しかし女の貞操帯と、朽ちかけた船、というのは、母船、という言葉を思い浮かべるまでもなく、船には女の抱擁がイメージされていて、そのどちらもがこんな風に、女であることを否定され、まさに生きながら死んでいるというのが……後に喪服の女からその言葉が出るのを待たずしても、そんな感慨を持ってしまうのだった。
冒頭は、現在の時間軸より三年前。喪服の女が不倫相手の男と心中しようと、この朽ちかけた船の中で最後のセックスをしている場面から始まる。
いや……それは後にくつがえる。冒頭では彼女は、這い出る男の首に船の木切れを刺して絶命させた。
すわ痴話げんかの末の殺人かと思いきや、彼らが服用したと思われる大量の錠剤がかたわらにあって、苦しんで這い出ようとした男に女が止めをさしたのかと思った。いや……男は最後の最後で逃げ出そうとしたのか、そして女だけが生き残ったのか。
女が喪服姿で佇んでいるから、てっきり心中しそこなって彼女だけが生き残ってしまったのだとばかり、観客も、彼女と出会う若いカップルも思っているのだけれど、これが喪服の女のウソだったことが判る。
ウソ?彼女の心の中だけのことなのに?つまり彼女は……事実に直面できなかったのだ。愛していたから。男を愛していたから、一緒に死のうという自分を拒絶した男を許せなかったのだ。
いや、許せなかった……それも……どうだろうか。
物語自体は、この喪服の女で進んでいく訳ではないんだよね。今の時間軸では、若いカップルが海辺の安宿で怠惰にセックスを繰り返し、怠惰な会話を繰り返している。それはまるで実もなく、終わりもない。
青年は若い女と一緒に死のうとしてる。女もそれなりの覚悟を持って、ここまで一緒に来たのだと思っている。いや、思っていた。
女の方は、何の理由もないまま死ぬことに対して疑問を持ち始めていた。死ぬのを恐れている訳ではない、と言うのが強がりではないことぐらいは、見て知れた。むしろ、死にたがりながら実は死を恐れているのが男の方だということぐらい。
女は、何の理由もなく生きてきたから、死ぬ時は理由が必要なのだと言った。男はその女の“リクツ”に即座に返答できなかった。
女が憤然と部屋を出て行った後、まるで弱々しげに「バカだな。生きる理由がないから死ぬんじゃないか」とつぶやくぐらいしか出来なかった。
この二人の会話劇、あるいは男のモノローグ、喪服の女の回想とつぶやきによって進行していく物語は、心中が愛の形や否や、愛における死ぬ意味と生きる意味、といった、ひどくコアなテーマを息苦しくなるほどに追求していく。
常に体制や社会や、あるいは説明の出来ない何かと戦い続けてきた若松作品としては、愛そのものだけを描いた本作はひょっとしたら異色なのかもしれない。
いわゆる成人映画として、用意された商品として作られたからなのかもしれないけれど、しかしただ成人映画というには観念的で哲学的な美しさに満ち満ちている。
まるで世界の終わりのような情景。寄せては返す波はひどく荒々しく、モノクロだけに余計に絶望的に思える。
そこに打ち捨てられた、ぼろぼろの木造船。もう誰も必要としていないのに、3年たった今でも片付けられることもなくそのまま放置されているのが悲しく思える。片付けるだけの手間もかける価値がないというのか。
それは、生きているのに死んでいる、とつぶやく喪服の女のこの3年間に重なる。いや、3年前から、男との関係を続けてきた間、ずっとそうだったのかもしれない。
何度も奥さんと別れると言いながら、もう少し時間をくれという繰り返しだった。女はもう待てなかった。ここであなたと死ぬことしかないのだと。そして……それが彼女にとっての幸せだった。いや、幸せだった筈なのだ。
事実とは違う、冒頭描かれていた妄想、お互いにクスリを飲みあい、一糸まとわぬ姿で求め合うその時、私は幸せだったと女はつぶやくのだ。
でもそれは、実際には行われなかったこと。
愛する人と死にゆくという最高の幸せを男がソデにした時、すべては終わってしまった。
そしてこの若いカップルである。後に明らかになることだけれど、彼は学生闘争から逃げてきたのだった。つまり脱落者。
なるほど、ここにか。若松作品だと確信する。あの時代に作られた若松作品に、あの時代の色がなければ、やはりウソだもの。
ほんのちょっと触れられるだけだけれど、結局はそれが、最重要な意味を占める。
喪服の女は彼に、あなたたち学生?と聞いた。そして彼がその事情を告白した。学生、しかもアノ頃の学生にとって、もうそれだけが彼らの生きる意味であり、死ぬ理由だったのだ。
なんて空虚な。
いや、逆かもしれない。生きる意味であり死ぬ理由が、今の私たちには見つからない。まさに、彼と一緒に連れてこられた若い女のように、何の意味もなく生き、今まさに何の意味もなく死のうとしている。
それが、女の強さかもしれないと思う。それでもかまわず生き、死ねること。いつの時代にも、こんな男さえも支えられる女の強さなのかもしれないと。
男は喪服の女に告白した。自分ひとりだけで死ぬのはカッコつけすぎている。女と心中という、ふやけた死に方をしたかったのだと。
そう、まさに彼は女の言う、死ぬ理由を最初から避けていた。それは……それを設定してしまえば逆に、怖くて死ねなくなるからだったのかもしれない。
若い女は、何日も海岸を行きつ戻りつしている喪服の女に、彼が最初から心を奪われているのに気づいていた。
あの人きっと年上よ。喪服ってロマンチックだわ。あんな女としたいんでしょう。やんなさいよ、とそそのかした。
執拗にけしかける女に逆ギレするような形で、男は喪服の女を押し倒した。すると……途中から急速に抗う気を失った喪服の女のめくれた裾から現れたのが、あの貞操帯だったのだ。
二人は一気にひるんでしまう。
サメの歯のようなギザギザが、前面の割れ目の部分だけ少し開いているのが妙にエロティックだった。そして、もうそれ以上開かないのだ。鎖につながれた南京錠を開ける鍵がなければ。
荒々しく打ち寄せる波。朽ちかけた大きな木造船。下半身をあらわにした喪服の女。そしてそこにがっちりとすえられた貞操帯……。
二人は逃げるようにしてその場から駆けていってしまう。
二人があの時の喪服の女と不倫相手がやっていたのと同じように、船の中で求め合っているのを目にして、喪服の女は錯乱するのだ。もうやめて、もう心中なんてやめてと。
心中は愛の形だと言い募りながらも、自分には出来なかったからなのか、ひどく錯乱して。
だったらこの男と心中してやればいい。死にたがっているからお似合いよ、と若い女がヤケ気味に押しつ7付けると、更に喪服の女は錯乱する。あなたたちに判るもんかと。あなたは若いから判らないんだと。
いや違う。だって喪服の女は、自分だって彼女たちのように若かった時の思いから、一歩も進んでいないんだから。
そして……そして!
若い女は、自分は妊娠していると言った。だから生きるのだと。それが生きる理由だと言った。
男は彼女の腹を踏みつけようとしたけれど、出来なかった。女は私は帰ると言い、もし死ねなかったら私の元に戻ってきて、と男の背中に言った。男はただ黙って部屋を出て行った。
喪服の女には、愛する男との別れの後、何人もの空虚な恋愛の真似事の末、いくつもの生まれることのない小さな命を殺してしまった過去があった。
若い女が妊娠したことを理由に心中をやめたと知って、喪服の女はそんな自分の過去を思い出す。そして、あなたたちは愛しているのね、とつぶやいた。もう貞操帯は脱ぎ捨てていた。
若い女が戻ってくる。なんで私は戻ってくるんだとつぶやきながら戻ってくる。
絡み合う男と喪服の女、の前に、彼らの周りが炎に包まれている。キャーと叫ぶ若い女。朽ちかけた船が炎に包まれている。もくもくと黒い煙を出して。
死なないで、死なないでと叫ぶ女に引きずられるように、船から這い出した二人。若い女は男に抱きつき、男も彼女を抱きしめた。
あの時から動いていなかった時間。この船がずっとここに変わらずにあったのと同じように、喪服の女の時間もずっと動いていなかった。
でも今……。
刹那的で観念的に思えたこの物語が、こうして見るとひどく希望に満ちた、未来に向かったそれだったように思えてしまう。
生きる意味を見つけ、死ぬ理由を失った二人。
その二人を見送った喪服の女。
正直フィルムはズタズタでひどい状態なんだけど、そんなことも気にならない。ある意味それが、あの時代から生きてきた勲章のようにさえ思う。
モノクロフィルムの中でも、印象的に色調が変わり、そして船が黒煙を出して燃えさかる場面では、状態の悪い焼けた色ながらも、カラーを取り戻すのが、生きる意味を取り戻したと、ベタな手法をあえて使っているのも鮮烈。
何よりやはり、役者は、特に若い役者は、その全身こそが表現方法なのだと思い知る。
痛々しいスッピンに小さめのおっぱいが、生きる意味を失った女のやるせなさをかきたてる。それはメイクを塗りたくって服を着てばかりの役者には出来ないことなのだ。★★★
★☆
しかし、彼は日本語の台詞を喋っているという、そのニュアンスをそのつど監督に伝えて撮影が進行していた、という話が聞こえてきてえっ、と思った。
そうか、まあ、それならそれで。じゃあ彼は日本人の役なんだ、と思って本作に臨んだもんだから、始まってみて更にビックリする。
うっ、日本人の役じゃない……のか?いや、それを明確にさえしていないような。
役名は劇中で言っていたかなあ。役名がないことぐらいは、ギドク作品ではよくあることだしなあ。
情報を見ると、彼の名前はジンとされているけれど、これだって日本人の名前だと言えないこともないし、だけど彼の日本語と他の人たちの韓国語でフツーに話をしている。お互いに理解しているという前提らしい。こ、これは……。
むしろ、今まで役者に台詞がなかったことの方が多かったギドク作品だから、こんなことで驚くこと自体アレなのかもしれない。彼にとってはそこで意思疎通が出来ているという条件イッパツで、何語をしゃべっていようが問題ではないのだろう。
さすが天才は、イメージすることが違う……のだけど、こっちは天才じゃないので、この状況を飲み込むことにちょっと時間がかかってしまうんである。
しかも、ギドク作品にしては、かなり饒舌な方である。ただでさえ日本語と韓国語がフツーに通じ合っているという異常事態なのに、いつになくオシャベリなんである。だからこそ余計に惑わされた。
いや、もしかしたらそれこそ、監督の意図するところなのかもしれない。この戸惑いこそが。彼はそんな計算をきかせる映画作りはしない人だけど、今回ばかりはちょっとビックリしちゃったんだもの。
それともこれって、韓国の公開ではアテレコつけられてる訳じゃないよね……?
でも、日本と韓国以外の国の人が見れば、恐らくそんなことにはほとんど気づかないんじゃないかなあ。フツーに意思疎通が行われていると映るのだろう。そうか……そここそが前提なのかなあ。世界を見ている、世界に通じるギドク監督にとって、やはり言葉の違いなんて重要ではないということなのかもしれない。
そう考えると、このある意味実権的な手法に、オダジョーを迎えてくれたことはちょっと嬉しいかもしれない、などとも思う。
劇中、ジンは印章彫刻師である。タイトルの「悲夢」も、彼がガリガリと彫り込んだ印章がペタリと押されるんである。
そして、彼と奇妙な運命を共にする女、ランは、服飾デザイナーである。日々、美しいドレスをちくちくと縫っている。
この独特のキャラ設定は、いかにもギドク監督。どちらもやはり、美術系であるギドク監督のモティーフを思わせる。単純なサラリーマンや、デスクワークのOLなんぞではないんである。なんかね、もうそれだけで世界が開ける感じがするんだよね。
ジンは夢を見る。別れた恋人の夢。その元カノがどうして彼の元を離れていったかまでは明らかにされないんだけれど、少なくともジンは、今でも元カノのことを忘れられない。だからこそ夢に見る。そして夢の中で、新しい男と一緒にいる彼女に逆上して車で追いかけ、飛び出してきた人をはねてしまった。
それは夢だったけれど、やけに生々しい夢で、気になって彼がその現場に行って見ると、本当に事故が起きていたのだ。
その犯人だとされたのは、キズのついた車の持ち主の女、ランだった。彼女にはそんな記憶はない。私はその時寝ていたんだと主張し、抵抗しまくりながら連行されていった。
自分の夢が忠実に再現されていたジンは、ほっておけなかった。でも自分の夢のせいだ、などという彼の言い分など、当然、たわごととしか受け取ってもらえない。
ランが最近通い始めたという医者の元に行くと、彼と彼女の夢がリンクしている、それを直すには二人が愛し合うしかないと言われた。
つまり、ジンの元カノはランの元カレとつきあっている。ランは元カレのことを憎んでいると、こんなことに巻き込まれてイイ迷惑だと言ってはばからないんだけど、少なくとも忘れられないことは、そのことはジンと同じなのだ。
でも、明らかに不利なのはランの方。ジンが夢を見て元カノに仕掛けたことを、実際に夢遊病状態でやっちゃうのはランの方で、しかもその相手は彼女の元カレなのだ。
このねじれた夢と現実の因果関係に、二人は翻弄される。なんたってジンの方は、夢であるとはいえ未練のある元カノに会えるのが嬉しいなどと言うのだから、元カレなんぞ忘れたいランはイライラするばかりなんである。
……このあたりに、別れた恋人に対する男と女の対処の違いも見え隠れする。
誰だっけかね、男は過去の恋を別フォルダでとっておいて、女は上書き保存をして消してしまうんだ、なんてこと言ったの。
うまいこと言うなと思ったけど、そんなにカンタンは言えないところもあるけど、ことに女に関して言えば、それこそ表面上は上書き保存しちゃうところは、確かにあると思う。
過去の恋人に美しい思い出など持たせられない。それは女の意地なのだ。
実際はこんな風に忘れられなくて、夢遊病で元カレとセックスしちゃったとしても。
それがジンの夢のせいだとしたって、それにリンクしてしまう自分が、自分の正直な気持ちを見透かされたようで、ランは心底イヤだったに違いない。
これまでギドク作品は、とても痛くて辛い男と女の関係を描き出していたけれど、でもその突拍子もない設定がファンタジックと言ってしまえばそうで、痛くて辛いのに、なんだかお伽噺みたいに美しくて、だから彼の作品にのめり込んでしまうのだった。彼の美術的才能も作品にふんだんに生かされていたし。
それはまさに、夢の世界と言ってしまえばそうだったんだと、今回、まっすぐにその世界に挑んだことで思い至る。
そうだ、夢に見る世界は、夢という甘い口当たりの雰囲気とは違って、欲望や嫉妬や本能がハッキリとにじみ出るのだと。
夢とは思えないほどにナマナマしく触れ合う感覚に、目覚めてしばらく呆然とすることが、大人になってから多くなったように思う。つまり、内面に色々とドロドロとしたものを抱え込むようになってから。自分のイヤな部分に、ハズかしい部分に、自己嫌悪に、直面させられるのが、本来甘やかなものであるはずの、夢の世界なのだ。
ああ、だからこそ、オダジョーが日本語を喋っても、大して問題じゃないのかな、などと思う。
だって夢の中では、外国人スターとセキララに恋に落ちる夢とか、フツーに見るもんね(爆)。
逃げ道がいっぱい用意されている気がして、なんかズルイな、と思いつつ。そこがギドク作品のワナなのだ。
今回、なんかね、結構クスリと笑わせられちゃったんだよね。それは、ジンが夢さえ見なければ、つまり眠らなければ、こんなことは起こらない、という条件が与えられちゃうもんだからさ。
最初はランが、ジンが夢を見た時自分が夢遊病で動かないように、必死に起きているという場面。彼女は自分の目を指でビッカリ開いたままの形相で目覚めたジンを迎え、寝起きの彼はその顔に心底ビックリするんである。
この時点でふと噴き出しちゃったんだけど、色気俳優であるオダジョーもこのヘン顔を当然のようにクリアする。
しかもそれだけじゃなくて、目を閉じないように上下にテープをバリバリに張って、まばたきもするかという状態でブルブル震えているのには、彼自身がどうやら相当真剣に、シリアスに演じているらしいというのを感じとると、笑うのはどうも……とか思いつつ、どうにもこうにも笑ってしまうんである。
まあ、それが進んでいって、最後には頭を縫い針でチクチク刺したり、足の甲を木槌でぶん殴ったり(い、痛い……)彫刻刀でブスブス刺したり(死ぬっての!)して耐え続ける、なんて狂気に至っていき、もうそうなるとさすがに笑えなくなるんだけど……でもその時点ではさ、ランが夢遊病になったとしたって、絶対外には出られない状況だからなあ……。
そう、ランは、監獄に入れられてしまったのだ。というのも、ついにジンの夢の導きによって、ランが元カレを殺してしまったから。夢の中ではジンが元カノを殺したのだけれど……。
そんなことにはならない筈だった。ジンとランは絶対に相容れない相手である筈が、やむにやまれぬこんな状況なもんだから、少しずつ距離を縮めていった。
医者の言うように、二人が愛し合っちゃえれば事態はカンタンだったけれど、正直、さっさとセックスでもなんでもして、打開すればイイ!と見てるこっちは思ったりもするんだけど、ジンはもとよりランもそれを強硬に拒否したのは……やはり彼女は口では元カレを毛嫌いしていたけれど、まだ心が残っていたのだと思う。
でもね、それでも……運命共同体の二人ではあるけど、突然ドライブデートみたいに出かけていくのは、なんか唐突のような感じはしたんだけど。
手錠をして隣で寝ることで、ジンが夢を見てランが起き出しても止められる、それまではお互いに順番に見張って交代で眠ることで解決を見い出していたけれど、もうそれもムリがきて、それ以上の進展を試みる。
それを許したのは、二人に愛が芽生えたといっても良かったと思うのに。だって何よりランは、ジンが元カノの写真を後生大事にとっておいていることに苛立ちを感じていたんだしさ。
まあ、だからあんな夢を見るんだという風に、ランは彼を責めてた訳だけど……。
そう、唐突にね、二人がドライブデートに出かける感じで、寺院で手を合わせたり、鐘をついたり、石を積み上げたりして、なんだかラブラブな雰囲気なのだ。
しかし、その石を積み上げてジンが手を合わせて祈っている間、ふとランは姿を消してしまう。探し回るジン。
どこに行ってもランの姿は見当たらない。携帯もつながらない。夜になって、車の中で悄然としている彼、車の窓がコンコンと叩かれた。ランだった。
「どこに行っていたんだ」「蝶を追いかけていた」
……蝶っていうのはね、ラスト彼女がそれになるのよ。そう、それになっちゃうのよ……。
そこが本当に、リアリスティックで痛い恋愛の苦しみを活写しているのに、フシギにファンタジックで癒される、ギドクワールドでさ。
ジンとランは思いを、今度こそかわしあった。何も言わずに唇を重ねた。彼女の手と自分の手を手錠でつないで、安心して眠っていいよ、と彼は声をかけた。
でも……夢に入ったジンにランが夢遊状態で起きた時、ちょっとだけ引っ張られた彼は目を覚まさなかった。ランは自ら運転し、ジンの元カノとランの元カレがセックスしている場面に乗り込んでいって……ジンの夢の中では彼が元カノを撲殺していたのに、実際はランが元カレを……。その時点でようやく目が覚めたジンは、その惨状を目の当たりにする。
当然のように、ランは逮捕された。今度こそはジンがいくら自分の夢のせいだ、自分がやったんだと言っても通用しない。
ランは獄中の人となった。もうすっかり壊れてしまった。ジンは、もう今度こそ眠らない、と誓った。で、足の甲を木槌で叩き、頭を彫刻刀でぶっ刺して、睡魔と闘い続けるのだ。
それがね……狂気には違いないんだけど、あまりになんというか……バカバカしくて、それを彼が真剣にやってるから、なんかあまりにも……やるせないのだ。
だって彼女はもう、自由に外に出ることもできない、彼がそんな努力をしたって、ムダなのに。
血だらけでヘロヘロのジンは、ランに会いに行く。そして……ああ、もう、遅い、遅い、遅すぎるよ!ランは格子越しに差し出した彼の手を握って、サランヘヨ、と言ったのだ。
あの言葉、ジンには聞こえていたのかなあ……だってさ、彼は、自分が死ねば、もう夢を見ることもない、ランを苦しめることもない、と言って、まあ……相当心身ともにマイッていたこともあるけれど、その後、高い橋の上から凍った川面に身を投げちゃうから。で、ランがそれを、まるで察知したかのように、冷静に首吊りの準備をして、命を断つんだよね。
彼女と同室の、同じく異常をきたした女が凄く、印象的でさあ。元カノを演っていたのも、同じだよね?ギドク作品の数少ない常連女優、パク・チア。「ブレス」の主演女優だ。
恐らく彼女は、ランが自分の仲間だって、本能的に思ってるんだよね。死にたい気持ちも判ってて、ランが首吊りひもを編みこんで作り出すのをじっと笑みをたたえて見てて。
で、ランが部屋の小さな格子窓に向かうと、判ってる、とばかりに四つん這いになって、自ら踏み台になるのだ。
真っ白な、それこそ夢のような現実味のない四角い部屋、その、かすかに外界に通じる明りとりの格子窓の、その鉄棒にひもを結びつけ、ランは首を吊った。
でも、空中から、するりとランの着ていた囚人服が落ちてきた。
それを手にした同室の女は、ふと天を仰ぐ。季節外れの蝶が格子窓の空間から出て行くのを見て、ニコリと笑う。
蝶は、ぐんぐん外へと飛んで行く。
固く凍った川面で、頭から流した血もまた凍っているジンの元へと飛んでいく。
ひらりと止まった蝶、でも次の瞬間、彼の手をランの暖かな手が握っていた。
ふわりと目を開けるジン。
こんなの、あまりにもありえない、ズルイハッピーエンドだ。
でも最初から、夢で、ファンタジーで、日本語も全然通じてて、だから……全部が成立してしまう。
うう、ズルイ、ズルイよ。ギドク作品にはいつも、そう思いながら参っちゃうんだけど。
様々に描写される中でも、果てしなく続く枯れ草の海の中、ジンとラン、元カノと元カレが勢ぞろいする場面が強く心に残った。四人が揃うのはその場面だけ。ジンとランはケンカしている元カノと元カレを最初はじっと見守り続け、時に止め立てに入り、そして追いかける。ジンはランの元カレを、ランはジンの元カノを。その組み合わせもこの場面だけ。いや、逆だったかなあ……今、映画を観てから時間が経ってから、ふとこの場面が印象的だったのを思い出したから。取り乱した元カノ、元カレの脱げた片方の靴をそれぞれ差し出す。片方の靴。それは、夢の世界に置き忘れていったシンデレラみたい。
イ・ナヨンて名前が聞いたことあるなあ……と思っていたら、「英二」の彼女だったんだね!うわー、もう10年近く前……。映画自体はアレだったけど、彼女の印象は凄く強く残ってる。
正直、オダジョーだけが浮いていた気もするんだけど……まあでもそれは、彼だけが日本語を喋っていたせいもあるかなあ。★★★★☆
うーむ。しかししかししかし……。言葉を濁しつつも、しかし今回は、いつものような小林作品への拒絶反応とは違ってた。
ていうか、この作品の傾向が、かなり意外な気がした……一見してオシャレな会話劇。ひっきりなしにバックに流れている癒し風ボサミュージックも、やけに意外だった。
なんか、らしくないなあという気さえし……しかもどうにも見てられない気がしてならなかったのは……ね。
この二人のキャスト、だよなあ……。本作は見事なまでにこのたった二人に徹底させている。真木大輔と吉瀬美智子のみが登場人物。脇役も何も存在しない。
彼らの脇を通り過ぎる通行人や、ホテルで彼女に鍵を渡したり彼が預けていた荷物を渡したりする現地の人たちも、ひとことだって発しないんだからホント、徹底している。
異国の橋の上で偶然出会った日本人の男女二人の10時間を、その二人の会話だけで進行させていく、しかもバックにはオシャレな音楽が常に流れている、という趣向は、こういうモノを作りたい、という完成形が非常に判りやすいだけに、これって……この二人の役者の演技力にかかっててさ、言っちゃ悪いけど二人ともどもが壊滅的なんだもん。
彼らが群像ドラマの中の一役であったならば、いや、そこまで言わなくても、彼らに絡む“脇役”さえ存在してくれていたならば、壊滅的、とまでは思わなかっただろうし、何せ見目麗しい二人なんだから、それなりに切ないラブストーリーも描けたと思う。
彼らは決して、演技力ありきの役者じゃないんだもん。でもなんせ美男美女だし、キャラとしてのチャームはあるから、結局は使いようだと思うんだよなあ。それが……この設定は一番、彼らに振っちゃいけないでしょ、というものなんだもん。
二人のやりとりだけに、その親密で緊密な関係性だけに映画が支配されるとなると……これは、やっぱりそれだけの力量のある役者が必要だと思う。
なんかね、彼らは確かに見目麗しいけど、用意された台詞をカッコ良く言うことに腐心している、っていう風に見えちゃうんだもの。彼らをサポートするベテランの役者がいないから、彼らだけで台詞の上っ面をなぞっているようにしか見えない。
彼らが抱えている、こんな異国の橋の上で出会うまでのバックグラウンドが全然見えてこない。せいぜいがとこ、オシャレなMTVぐらいにしか見えないのだ。
彼女は、不倫相手の海外赴任先であるリヨンに、全てを捨ててやってきた。家族にも職場にも何も言わなかった。ただその行動を起こすまで完璧に準備を重ねて、片道切符だけを握りしめて、この地に降り立ったのだ。
相手には、この日の午後からずっと赤い橋の上で待っています、とだけ伝えた。というか、それ以上のことが伝えられなかった。
だって、相手は全然彼女に対して答えをくれなくて、この伝言だって、会社に電話したら出張していると言われて、しかたなく言伝を残しただけだったのだ。
そんな彼女と橋の上で出会った青年。彼はもう、明日にはこの土地を離れる予定だった。
「君、日本人?」と声をかけてきた彼はいかにもカルそう。冷たくかわす彼女に「みんなそうなんだよな。日本人ですよ、だから何?みたいな態度でさ。ただ俺は異国で日本人にあ会えて嬉しいだけなのに」と更にカラんできて、ほっといてほしい彼女を解放してくれる気配がないんである。
……もうこの出会いの場面だけでかなりのサムさ。いや、実際吐く息も白くて「このままだと凍え死んでしまう」という台詞を待たなくとも、相当に寒そうだけど、そーゆー意味ではないんである。
……なんだろうなあ、これは彼ら演者だけの責任じゃないような気もするんだよな。
なんかね、言い回しがいちいち古くさい感じがするんだもん。そういう言い方、今時する?みたいなね。ただでさえこの状況を彼ら二人に任せきるのがキビしいのにさ、消化し切れてない台詞を喋らされている、みたいなさ……。
「さっき会ったばかりで、私のこと知らないのに、なんで判るのよ」
「ゴメン……ただ日本語に飢えてて、お前、オレのシュミだし、帰るまでの間、喋って、ちょっと怒られたりなんかしてさ……」(詳しい台詞、忘れた(爆))うぅぅ、なんかとにかく、クサいんだもおん。
そこにはね、これから不倫相手との決戦の時を迎える女と、この異国で結局は何も成し遂げられずに、こんな風に祖国の面影を追い求めて帰国する今日まで来てしまった男、というこれ以上ないギャップを持った二人という関係性があるんだけど、そんなことを感じさせないぐらい……クサい台詞の応酬でもう、どうしようもなくってさあ。
ちっとも現われない不倫相手に、ヨシ、じゃあオレが聞いてきてやる!と彼女の握り占めていた電話番号を奪い取って走り出す彼。名前も聞かないでどうするのよ、と呆れる彼女。
結局、その不倫相手は出張が長引いていてこの日の夜にならなければ戻ってこないことが判り、ようやく橋の上から二人の行動が離れるんである。
まあ、橋の見える喫茶店でマズいサンドウィッチを食べたりするシーンもあるんだけど(しかもそこでのやりとりがまた、クサくて見てられないのだ)。
今日一杯使える電車の切符を持っている彼は、最終電車まで間がある、と彼女のツアーガイドを提案する。表面上は拒否しつつも、まんざらでもない彼女は「じゃあ一時間後」と言って、ドレスアップして現われるんである。
靴までキラキラが入ったドレッシーな赤いハイヒールである。そんなものまで持って来てたんだ、と驚く彼に「女はちゃんと準備してるの。私、女よ」と得意げに鼻をうごめかす。
まあ、その不倫相手のために用意していたものだろうけれど、そういううら悲しさを感じさせるというよりは、「私、女よ」と声高らかに宣言する彼女に対してのハズかしさの方が先に立っちゃうのが困っちゃうんだよなあ。
んでもって、よーい、ドン!と彼と二人、スタートラインよろしく橋の真ん中でクラウチングスタートから走り出す。ご丁寧にスローモーション使って、彼女がオチャメにフライングする様子まで描く。うッ、ううううう、いつの時代のトレンディドラマだよお。
その“ツアー”の様子は、特に描かれることもなく何となく過ぎていっちゃうんだよね。で、日本料理屋でディナーをとってさ、「リヨンに来て、乾いたバゲットのサンドイッチと、スシだなんて、ガッカリだろ」と言う彼に彼女は首を振って、美味しそうに巻き物を頬張る。
彼はずっと和食が恋しかったと言い、だけど一人では日本料理屋に入れなくて、もう明日には日本に帰るのに、この機会にと彼女とこのお店に入ったのだ。
彼には彼女以上のバックグラウンドがあった。ずっと病気の母親を一人で看病していた。しかしある時、限界に達して、外国に飛んでしまった。
母親がもう余命いくばくもないことは判っていたけれど、異国で母親と同じような年の女性を見ると、母親に見えて、日本に置いてきた母親が死んでいないような気がしていた。
でも……もちろんそんなことはなくて、1年後、電話してみたら、半年前に母親は死んでいた。兄は怒って、すぐに帰って来い、と言った。しかも、お前が母親を殺したんだとさえ言った。ずっと看病してきたのは自分なのに……。
しかし、このエピソードはどうなんだろ。特に「ずっと看病してきたのは自分なのに」という結論、いや言い訳に至るのはどうなんだろ。
だからこそなのに。彼がずっと看病してきたからこそ、突然いなくなったことで母親が受けたショックがいかほどだったかってことには、全然言及しないんだよね。
そりゃ、それこそ単純な考えであり、彼の苦労に報いないことではあるけど、でもそんな単純なことに触れないことこそが、不自然な気がしてさあ。
それがネライなのかなあ、そんなことは彼も判っている、だけど傷ついて、見ないフリをしている、みたいな?
でも、そんな伏線も前フリも示唆する何かも全く、ないんだよね。本当に、彼がそんなことにさえ気づいていないのかって思うぐらい、何も、ないんだよね。
あるいはそれは当然あるのに、真木氏がそんな含みも持たせない演技しか出来なかったからなのか?いやいやいや!(……ちょっとそうかも……)
この刹那の時間、彼女の方はというと、うーむ、どうなのかなあ、もう彼女はネタを出し切っちゃっている感じもあるし(爆)。
でもね、だからこそ彼の提案する「パリに行って、一緒に暮らそう。大丈夫、二人なら出来るさ」などとゆー青臭い提案に、ウッカリほだされちゃうんである。あまりにもあまりにも、青臭くて上手くいくなんてだれも思わないようなコトなのに。
もうここらあたりに来ると、なんとなく結末は見えていて……ていうか、この物語の始まり自体がさ、この時間軸から数年後、思い出を振り返りに来たぜ、的にいかにも思わせぶりに思い出の橋の上に現われた真木氏から始まるわけでさ、その手にはバラの花が数本携えられていたりなんかしてさ。
まあ最初から結末は決まっていて、予測も出来ていて、だからある意味、このクサさは許容範囲内だったのかなあ?
でもね、一度は彼との逃避行を了承した彼女、ロマンチックな白夜を夢見ていた彼女に、いつ寝たらいいのか判らないだけだよ、と牽制しながらも、一緒に見に行こう、と愛の言葉を囁いた彼。
お母さんのお墓にお参りしなきゃいけないんじゃないの、と更に牽制をかける彼女に、もうお袋は死んでいるんだ、と彼は説き伏せた。そう、彼の方が彼女を説き伏せた形だったのに、彼女がチェックアウトを済ませるまでここにいてね、と念押ししたのに、その間に彼は、姿を消してしまったのだ。
そこに至るまでにもね、数度使われていた手法だったんだけど、突如モノクロになるカットが現われてね、それと通常のカラーが思わせぶりに、それこそ思わせぶりに考査される訳さ。
それは彼女の迷いなのか、それとも彼の?結局彼の方が立ち去るんだけど、それも正直解せないんだよなあ。
彼女を待っていたのに「俺の旅は終わった」とかワケわかんないこと言い残して、勝手に立ち去っちゃう。おめーが彼女をそそのかしたんだろーがよー。
何かを察知したのか、窓から通りを見下ろして彼がいなくなったことを確認した彼女は、焦って外へ飛び出す。もう見つかる筈もない。
彼と出会った橋の上に佇む彼女。いるわけがない。と、「来てる、来てる!!」
そこに彼女は、来る筈のない不倫相手を見たのだろうか……。
スゴイ顔のアップ。唇がやたら赤くて分厚くて。セクシャルな魅力のあるハズの吉瀬さんがが恐ろしくブサイク。まああの……すんごく鬼気迫ってはいるんだけど。なんか、この場面だけ、小林作品、って気がした。
カメラがパンすると、そこに彼女の姿はなく、欄干のそばに落とされたクロスの十字架だけがぽつりと映し出されていた。
そしてそれを、冒頭の時間軸に戻った彼が、手にしているんである。
そうなのよね、もう冒頭で、思い出をたどりに来た彼が、あの時と同じ赤い橋の上に立っている、という趣向なんだよね。
そしてその手には赤いバラが携えられていて、ラストには彼がそのバラを川の中に投げ込む。つまり彼女は、その川に飛び込んで死んでしまった、のだろう。
……そうなるとどー考えても彼のせいとしか思われないのだが。
「なんで笑うんだよ」と言う台詞がやたら多い、と感じるのは、それが不自然だからだろうな……。ケンカをしてて急にウフフと笑う、んで「何で笑うんだよ」とか「何が可笑しいのよ」とかさ。うぅ、なんか昔少女マンガで見たような気がしてならない……。
んでね、そういう風に会話が切り替わるごとに、改めて音楽が鳴り出すんだけど、これがまたうるさいんだよなあ。台詞が聞こえないほどにさ。メッチャ意図的なものを感じるんだけど、一体どういう効果があったんだろうか……。
それに、これも意図的としか思えないんだけど、すんごいカメラがブレブレなのよ。手持ち、なんだろうけれどそれにしても尋常じゃないブレ。びゅんびゅん走る車越しに二人を映し出すトコなんて揺れすぎて気持ち悪くなっちゃったよ……うーん。
なんか、吉瀬さんはちょっと「バッシング」のヒロイン、占部房子の雰囲気に似てる気がする。いや、吉瀬さんの方がずっと色っぽいけど(爆)、頬のふっくらした感じとか、何ともいえず雰囲気が似てるんだよね……これってやっぱり、監督のシュミ? ★★☆☆☆