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「な」


2009年鑑賞作品

中川准教授の淫びな日々
2008年 分 日本 カラー
監督:松岡邦彦 脚本:今西守
撮影:村石直人 音楽:戎一郎
出演:平沢里菜子 藍山みなみ 酒井あずさ 伊庭圭介 世志男 那波隆史


2009/6/21/日 劇場(テアトル新宿/第21回ピンク大賞AN)
今回男優賞を取った那波隆史氏主演の、ブラックコメディとも、心理サスペンスとも言いたいような、重層的なエンタテインメント。
ピンクだからクレジットはヤハリ女優さんが上に来ているとは言うものの、なんたってタイトルロールだし、内容的にも彼主演と言って差し支えないよね。

まあ確かにクレジットトップの平沢里菜子嬢は、さすが昨年女優賞を圧倒的な力量でとったカンロクで、彼女主演だと言ってもいいぐらいの存在感とキャラの強さはあるんだけれど、でもやはり、那波氏である。
私、彼をピンク映画で観たこと、あったかなあ。でも名前も顔もどこかで観たことがあるような気がするのは、プロフィールを見る限りでは一般映画の方ではないかと思われる。なんかそういう意味でもちょっと新鮮な感じがした。

タイトルの雰囲気はそれこそ、一般映画にありそうな感じである、独特のインテリジェンス。本作にもそんなインテリジェンス、あるいはエリート意識へのプライドが絶妙に配置されてる。
それをかの女王様、里菜子嬢がぶっ壊す訳で、インテリ&エリートならではの繊細な、言ってしまえば脆弱な男が、しかし自分では自信満々で作り上げてきた成功世界がいとも簡単にガラガラと崩れ去るのは、事態は深刻なんだけど、妙にコメディめいて見えるのであった。
それに何たって准教授、なんだもん。それは彼の娘の恵美が奈々(里菜子嬢ね)に対して再三訂正する部分なんだけど、奈々は同じようなものだと思っていても、エリート社会に育った恵美にはそれが純然たる違いだってことが判ってる。助教授ですら、ないんだもんね。それがこの作品のシニカルな部分を実に支えているんである。

冒頭は、大学の講義のシーンから始まる。中川准教授は世界の文明における近親相姦の文化を研究している、らしい。
そのあたりにビミョーにピンクのエロがちらちらするものの、確かに人類学なり民俗学ではよく聞くテーマであることは事実だし、何より中川を演じる那波氏のインテリぶりは完璧なので、かなりリアリティがある。
その授業に出ている学生達の中に、目を引く美女&美少女。もう一発で違うなってな二人。

一人は無論、平沢里菜子嬢。そしてもうひとりは、藍山みなみ嬢。まさに超対照的な二人。
クールでSなスレンダー女王様の里菜子嬢(彼女自身はMらしいが)と、ロリなお顔立ちともちもちに肉のついた(決してムチムチではない)みなみ嬢、共に違うエロで主役を張れる二人が同じスクリーンで渡り合っている不思議さ。
しかも二人が異母姉妹だなんて!違い過ぎる!劇中、奈々は「あの子はパパの頭の良さを受け継いだのに、私はパパのエッチだけを受け継いだ。不公平よ」と言い放つ。
つまり、彼女の母親は中川に遊ばれた上に妊娠させられて捨てられた、という訳なんである。あの時の子供は堕ろしたと思っていた中川は激しくうろたえるのだが……。

この冒頭のシーン、奈々は講義を聞きながら挑発的にタバコを吸い出し、周囲の注目を集める。気だるげにタバコをくゆらす里菜子嬢はいかにも危険な予感をはらんだ女。
その奈々に最初から目を奪われていたのが、実は異母妹であったみなみ嬢扮する恵美。奈々が母子家庭で育ち、その母も死んで不遇な境遇だと知って同情し、積極的に彼女を家庭に引き入れるんである。
後に二人が姉妹だと判った時、恵美はショックを受けながらも、一目見た時から他人とは思えなかったと告白する。ホントかよ、と苦笑したくなるような台詞なんだけど、みなみ嬢のマジ加減もあいまって、なんかホントにマジな感じがしてしまう。
なんかこういう、カッコイイ女の子にちょいレズな友情を感じてしまうのってあるし、二人の雰囲気的にもなんか、「NANA」みたいとか思ってしまう。それこそ片一方は奈々だし!?なんてさ。

しかしこの奈々のたくらみは恐ろしく、この幸福な一家を確実に崩壊せしめていくんである。
まず手始めに、中川の助手の与田を難なく陥落する。中川にくっついて末は大学教授を目指しているらしいこの男(しかし、それこそ准教授の助手では、先は長そうだけれど……)、恵美曰く「パパにくっついて、いばりくさっている」男で(しかしそう言いつつ、彼女は彼をまんざらでもなく思っているらしいあたりは乙女心なのか……)確かに弱気な中川に替わって妙に高圧的な態度をとる男なんである。

タバコを吸っていた奈々を教室から追い出したのも彼だった。しかしどうやらアッチの方はサッパリの与田を(彼曰く、学問に邁進していたから)、奈々は赤子の手をひねるように落としてしまう。
この場面はさすが平沢里菜子といった感じで、背筋の凍るほどの残酷な薄ら笑いを浮かべながら、アッサリすぎるほどにアッサリ脱ぎ、手馴れた手つきで彼の股間をもてあそんで、ヤッちゃうワケなんだよね。ヤッちゃう、本当に。
どっからどう見ても、与田がヤラれてるとしか思えないのが凄くてさあ。だって与田ったら、まるで子羊のような声をあげて、弱々しく抵抗した上で、彼女にまたがれちゃうんだもん。噴き出しちゃうよ。

里菜子嬢はホント、アッサリって感じで、痩せすぎと思うぐらいのスレンダーで、胸も小さめで、一見して決してエロな体形じゃないんだけど、彼女はもうホント、あの軽く充血気味の(爆)大きな瞳一発、あの軽く鬼を思わせる八重歯の覗く口元一発、なんだよね。まさにザ・ファムファタルなんである。

その様子を、中川が驚愕しながら覗き見ている。自分をこの奔放な学生から守ってくれる筈の与田が。
与田が逃げ去った後更に驚愕な事実が明かされると……奈々は中卒で、つまりこの大学の学生ですらなく、中川の昔の女が産んだ子供だと聞かされるのだ。

なんて語っていくと、どこまでもシリアスなんだけど、どうにもコメディめいた風味がある意味執拗に加味されるというか。
里菜子嬢のドライな雰囲気もそうなんだけど、ヤハリ浮き世離れしている中川准教授の風情が何よりそう思わせるんだよね。
奈々は決してぶっ飛んでる訳ではなくて、彼女の方が現実社会に即していて、中川は、アマちゃんなのだ。

中川が大切にしているナントカ大学のナントカ教授(なんか、アフリカ系の名前)からもらった民族的な置き物を奈々が「あ、手が滑っちゃった」とカラリと壊してしまうのを、狼狽して拾い集め、折れた頭をくっつけようとしては落とす様が情けなくも笑ってしまうあたりに、彼の“脆弱なエリートインテリ”っぷりが浮き彫りにされるんである。
もうそうなったら、奈々の思い通りに進行していくばかりである……「私はママの喘ぎ声を聞いて育ったの。ママとあの人の声を聞き比べてみたいな」と、今や彼女の手中にある与田を使って中川の妻を襲わせ、与田は将来に絶望して電車に飛び込んで死んでしまう。しかもその時飛び込んだ電車に恵美が乗っていたという壮絶さ。

壮絶、なハズなんだけど、やっぱり笑っちゃうんだよね。考えてみるとそれって、かなりブラックかもしれない。
そもそも与田の造形は中川よりもさらに情けなくて、奈々に犯された時も、奈々に指示されて中川の妻を襲った時も、股間を抑えて「ごめんなさいー!!」と脱兎のごとく逃げ出すんだもん。ご、ごめんなさいて(笑)。
中川の妻を襲った時なんて、彼の方が悲壮感タップリだった。自分の人生設計がガラガラと崩壊して「やっぱり俺は乾物屋の息子なんだ」(爆笑!)
精一杯努力してきたのにねえ、気の毒に……でもなんともはや、笑っちゃうのだ。困ったことに、恵美が乗っていた電車の人身事故の原因が彼だと知った時も、つい噴き出しちゃったものなあ。

そういやあ、奈々から秘密を明かされた中川も、彼女から「死ねば。死んであの世でママに謝りなよ」と言われて、ビックリするぐらいアッサリ死のうとする。屋上から飛び降りようとするのを与田に止められるんである。
この場面、本当にあまりにもアッサリなので、妙に笑っちゃうのだ……そういう意味では本作って結構、コワイのかもしれない。人の悲壮を、不幸を、笑っちゃうんだもん……ある意味人の深層心理をついているよね。

ラストは、恵美が奈々の客であるイカれた男にレイプされているビデオを、中川が講義で学生たちに見せる場面で終了する。この場面はみなみ嬢の驚異的に失われない処女性が発揮されて、エロながらも戦慄するほどの場面。
しかし、このイカレ男が自分の愛する妻と娘を殺されたと思い込んでて、その娘が生きていた、と恵美を見て信じ込んじゃうのね。で、娘のことを愛するあまり、その愛のカタチとして彼女とセックスしちゃうという……。
それはまさに中川が研究してきた人間の文化であり、それを彼は決して忌まわしきものとは思っていなかった訳であり、確かにそういう価値観で文化の中に存在していた訳であり……。
この男は他人で父親ではないけれど、もしかしたらそれが中川だったかもしれなくて、それをショックを受けながらも止めることも出来ずに見入っている父親の中川がカメラのこちら側にいて……ひどく、シンラツなのよね、これが。

とか言いつつも、やっぱりコメディっぽいのが本作のスゴイところなんだけどさ。そういうことも含めて、とにかく新鮮。
新鮮といえば、この監督さんも私多分初見で、なんでも瀬々監督の自主映画時代の同志だったというのだから、ピンク四天王でピンク初体験だった自分としては、なんとも感慨深いものがあるんだよなあ。★★★★☆


なくもんか
2009年 134分 日本 カラー
監督:水田伸生 脚本:宮藤官九郎
撮影:中山光一 音楽:岩代太郎
出演:阿部サダヲ 瑛太 竹内結子 塚本高史 皆川猿時 片桐はいり 鈴木砂羽 カンニング竹山 高橋ジョージ 陣内孝則 藤村俊二 小倉一郎 光石研 伊原剛志 いしだあゆみ

2009/11/27/金 劇場(錦糸町TOHOシネマズ)
いやー、びっくりしたびっくりした。何がびっくりしたって、めっちゃ泣いちゃったから(爆)。“泣ける喜劇か、笑える悲劇か”なんて宣伝してても、よもや泣くとは思わなかったのは……だってこれが「舞妓Haaaan!!!」の監督、脚本、主演チームの第二作という触れ込みがまずあったから。クドカンのやりたい放題で爆笑することしか頭になかった。それは彼のついこの間の監督作品「少年メリケンサック」のことももちろん印象に残っていたこともあるけれど……。
本作ってさ、ひょっとして要素としては、ちっとも喜劇の部分はないんじゃないか、笑わせるのはひたすら阿部サダヲの奇妙キテレツな演技にかかっているだけで、実はもう最初から、泣かせのドラマを作りにきているんじゃないか……そんな感じすら、したのね。

いやあ、なんかクドカンが本気出したのかしら、って感じだったなあ。彼って、過程を見せるストーリー作家というよりは、道程を見せる寄り道作家ってイメージだったからさ。だからこそ面白かったんだけれど……これは最初から最後までキッチリと家族ドラマを作ってるんだもん。
もちろん、そこをあの怪優、阿部サダヲが縦横無尽に走り回って充分に笑わせてくれるんだけどさ。

舞台は下町商店街。40年来の秘伝のソースの味を守っているハムカツが売りのお惣菜屋さん、山ちゃん。その2代目山ちゃんとして店を切り盛りしているのは、実は赤の他人の祐太(阿部サダヲ)。
その店のご主人、一代目の山ちゃんの友人だった祐太の父親が子連れで突然訪ねてきて、住み込みで働くと思いきや、子供だけを置いて売上金をかっさらって姿を消した。
“捨てる訳にも行かず、なんとなく”祐太を置いてくれた彼らに報いるために、それ以来彼は“八方美人”と化した。誰の頼みも断わらない。いつも笑顔で、お人よし過ぎるほどに。
そうして二代目山ちゃんを任された彼は、しかし頭の片隅にあったのは、会ったことのない血を分けた弟のこと。 父親が母親を捨てた時、そのお腹にいたはずの弟のこと。
まさかその弟が、大人気の兄弟漫才、金城ブラザーズの祐介とは露知らず……。

阿部サダヲ演じる祐太が主人公とはいえ、ほぼ同時進行で描かれる祐介の方の事情も同じぐらいの重きをおかれるんだよね。祐介が先輩と組んでいる金城ブラザーズは、世間的にはホンモノの兄弟として売っている。つまりここに……二つのニセの家族の物語が進行している訳で。
いや、ニセ、と言ってしまっていいのだろうか。だってそんなことを言ってしまったらツラすぎる。そういう前提ならば、彼らの“ホンモノの”家族は最初から崩壊していた。どんなに憧れても、もうこの手にすることは出来ない。
たとえ血がつながっていなくても、世間様にウソをついていても、この手にした“ニセの家族”をホンモノにしたいと、彼らは強く願っていたに違いないし……きっとそう出来ると、私だって信じたい。
でもそれでも、お互いどこかで血を分けた“ホンモノの”兄弟がいるってことを忘れることは出来なかった訳で……その時点で、自分の中のニセモノとホンモノはどうしても分かち難かったに違いなくて。

そして、これだけじゃないんだよね。ホンモノじゃない家族は。祐太が二代目山ちゃんとして店を継がせてもらったのは、“作ることより食べることしか能がない”おでぶの娘、徹子を、父親である一代目の山ちゃんが早々に諦めてしまったから。
その徹子は成人するとあっさり家を出て行き、そして長らく音信不通だった末に、突然帰って来る。しかも昔の面影がちっともない、スタイルバツグンの超美人になって!
で、この徹子を演じているのが竹内結子。“おでぶが痩せて超美人”という設定にいささかうーむと思わなくもなかったけれど、彼女のサバサバとした魅力が全開で、そうそう竹内結子って実はこういう感じがステキなのよね、と思わせる。もうどつくわ、蹴り飛ばすわ、スパッとたんかきるわ、オットコマエなんだもの。
あ、まあそれはいいんだけど。でね、徹子は連れ子を伴なっているのよ。それも二人も。
しかもしかも、それは祐太が彼女にプロポーズした後に発覚する……それまで秘していた訳で、まあ彼女もしたたかっちゃ、したたかなんだけどさ。

しっかし祐太、いやさ阿部サダヲがプロポーズするこの場面は笑ったなあ。
実は子供の頃から好きだった彼女に再会できた喜びで、夢見ごこちのままついうっかりって感じて「ウン、結婚しよ」と言ってしまうのにも噴き出したけど、その後のうろたえ方も期待通り、予想通りのおかしさで、ケッコン、いや、ゲホゲホ、咳き込んだ、セキコンダ、セキイレタ、いやいや!とかさー。
しかも画面から見切れて、声もフェイドアウトしていくんだからおかしすぎる!この人のこういう演技スタイルって一体どうやって確立したのかしらんと思っちゃう。ホント独特なのよねー。

それでね、そうそう……徹子のお母さん、つまり一代目山ちゃんの奥さんなんだけど……夫に先立たれて以来すっかりボケてしまっているのね。祐太のことを夫だと思い込み、そしてご近所さんを村田英雄とスパイダーマンだと思い込み(笑)……。
しかし徹子が帰ってくると、それこそご近所さんたちだって「ホントにてっちゃんかい?」と疑ったぐらい別人28号だったのに、もう一発で「徹子、帰ってきたのかい!」と判っちゃう。すわ、ボケが直ったかと思えば「村田さん、蜘蛛男さん、おかげさまで娘が帰ってきました」と挨拶するんだからちっとも治ってないんだけど(笑)。
でもね、そうやって泣きながら抱き合う母と娘を見て、祐太はフクザツな顔でもするかと思いきや、うおおお、と泣いちゃうのね。しかも人様の家では泣けない!とダッシュして外で泣くのね。
二代目山ちゃんを任されても、彼は常に自分は他人なんだという気持ちを持ち続けていた。そのことを知った徹子は、そして彼女もまた昔から祐太のことが好きだったから、もう家族でしょと説き続けるのだが……。

そうそう、そういやね!祐太からプロポーズされた徹子が、連れ子と共に彼に“提出”する、男性遍歴をメンメンと書き連ねた書類(そうまさに書類よ)がサイコーなんだよね!しかもその説明の仕方も「このD氏との関係はこのページを参照に……」とかやったら事務的で、その書類も実に完璧なの!しかもしかも再生紙使用!(というのは後々、徹子がやたらエコに執着することが明らかになるのだが……)
彼女がなぜ、そんな書類やら事務的な説明能力やらそしてエコやらなのかというのは、おっとビックリな、このD氏の正体が明らかになって判るのだけれど。
でもそんな彼女を制して、祐太は彼女にムリヤリブチュー(!!)し、子供たちに「これからお母さんとこういうことするから!もっとすごいこともするから!」と宣言、晴れて二人は華燭の典となり、商店街中に祝福されてめでたく夫婦となるのだが……。

と言っている間にも、弟の祐介側のエピソードもどんどんと進んでいる。そもそももう物語の最初に二人は再会しているのだ。評判のハムカツを取材しに、祐介が祐太にインタビューしていたのだもの。
この祐介を演じる瑛太君が、ひたすらシリアスに演じてくれるのがイイんだよね。彼は決して器用なタイプの役者さんじゃないと思うんだけど、演者としての真摯さが作り手に信頼され、愛されるタイプの役者さんなのだと思う。
そして世間で言われてるようなイケメンでは決してないと思うのだが(爆。彼のいいところはその普通っぽさ、純粋っぽさだと思うのだけどなあ。イケメンかなあ?)、そここそがこの兄弟漫才師のボケ役にピタリとはまっているのよね。
そう、だって兄として彼をコンビを組む大介役の塚本高史は、確かにイケメンなのだもの。

そしてこの大人気コンビには実は亀裂が生じている。業界からも“実力がないのに人気だけ先行”と陰口を叩かれ、そして祐介の方にだけドラマの仕事などがくることに、大介は自分は切られるんじゃないかという危機感を感じていた。
そして祐介の知らない間に兄弟の自叙伝を発刊、そこにはもちろんウソだらけの兄弟の美談が書き連ねられ、祐介は戸惑いを隠せない。なぜ大介がそんなことをするのか……。

芸人としての略歴や構成作家としての経験もあるクドカンだからこその、このリアリティは実に生々しい。だって実際、コンビで出てきて、片方が姿を消しているケースって多々あったりしちゃうんだもんなあ……その陰で繰り広げられているであろうこうしたソーゼツな状況、実際クドカンは目にしたりもしたんだろうし……。
でも何たって祐介は、自分を拾い上げてくれた大介兄さんを恩義に感じているから、それが痛くて……でね、この時点で、祐介が実は自分の弟だと捜し当てた祐太が押しかけてきたりしていたもんだから、更に彼は苦悩し、祐太の元を訪れる。自分の兄は大介兄さんなんだ、ジャマしないでくれないか、と。

この時の祐太、いや阿部サダヲの悲しそうな表情はもう……見てられなかったなあ。
いや、顔は笑ってるんだよ。彼はずーっと笑ってるの。でもね、そう……後に祐介が言うように、それはつまり笑ってないってことなのだ。もう笑顔が貼り付いて離れないその顔は笑ってない。そしてこの時の笑顔はもうはっきりと……泣いているようにしか見えないのだ。
勝手なことを言う祐介に怒った徹子が、笑えないのよ、なにが芸人よ。なら本物の兄さんをここで笑かしてみなさいよ!と吠える。祐介が、いや、もうこの人笑ってるけど……と思わず返すのには噴き出してしまうけど、そう、顔はずっと笑ってるけど、泣いてるんだ。そして祐介が披露するあまりにも寒い一発ギャグもまた哀しくて哀しくてさあ……。

しかもしかも、こんな下町でハムカツ揚げてる兄貴なんて……と祐介が言ったことに激昂した徹子が「山ちゃん、本気出していいよ」とハムカツを作らせるものの(なぜ“本気”かというと、エコな徹子はフライパンに少量の油で揚げ焼きのようにさせていたから(爆))、なんとあの秘伝のソースがカラッポ!子供たちが「腐ってる」と思い込み、捨ててしまったと言うのだ!!
激怒する徹子に子供たちも泣きながら反論する。「だって腐ってたもん!知ってる?弟はイジめられてるんだよ。ソースなんて普通のでいいじゃん!」と投げつけたのは給食で出されている小分けのソース。
「所詮こんなもんだよ。秘伝のソースって言ったって、子供に捨てられちゃおしまいだ……」と愕然とし、自嘲する祐太に、しかし「うまっ!」とハムカツにかぶりつく祐介。
ええ?だってそれ給食とかに出す普通のソース……と言いながら裕太も食べてみると……うまっ!更にご近所サンも皆、うまっ!
一体40年の秘伝のソースってなんだったんだ……そしてあっという間に山ちゃんの店は、秘伝のソースじゃなくて“ふつうのソース”の貼り紙が張られ(爆笑!)、その“ふつうのソース”の大盤振る舞いにお客さんが群がり更なる大繁盛!

ここもいわば、ホンモノとニセモノをシニカルな視線で見つめているのかもしれないなあ。秘伝のソースがホンモノならば、普通のソースはニセモノ、いや、決してニセモノじゃない、普通のソースなんだもん、ていうね。
確かにさ、煮詰めたソースを継ぎ足す訳じゃなく、ネクターやら野菜ジュースやらをそのまま継ぎ足す方式の“秘伝のソース”は子供たちの言うように確かに腐っていたのかも(爆)。だって、ここだけじゃなく、このハムカツがクサイっていう場面は既に提示されていたんだもん。

そして大事件が。思いがけず祐介から電話がきて喜ぶ祐太。しかしなんと「オヤジが来てるんだ……顔が判るの、兄貴だけだから」
そしてなんとも気まずい家族の食事会。何とか言いなさいよとこれまた突破口を開く徹子に、まずガマンの限界を超えた祐介が、とにかく兄貴に謝れよ、と言った。だけど、それを制したのが祐太だったのだ……謝るとか許すとか、そんな簡単にやっちゃだめだと。顔はいつものとおり笑顔だったけど、違ったのだ。
祐太はお母さんが死んでしまっていたことも、本当につい最近になって知った。お母さん……これまた演じる鈴木砂羽が少ない出演場面ながらステキで、もうガーッとエネルギーいっぱいで、元気一杯で、そのままトラックにガンとぶつかって死んじゃう。それも「あ、楳図かずお」とよそ見をしたのが、紅白しましまを着たおひょいさんだったって!

おっと話がそれてしまった。でね、そう、初めて、本当に初めて祐太は怒るのだ。お父さんに。お父さんなんて呼びたくもない人に、お前が死ねよ!って、祐太が言うなんて信じられない台詞を吐くのだ。
その時ポコン!とお盆で祐太の頭をはたいたのが、ボケている筈の徹子の母親だった。「親に向かってなんてこと言うの!」いや……確かにまだこの時点ではボケていたのかもしれない。この事件から急速に彼女は治っていくのだけれど、この時点では……。
だって、これまでの事情や祐太の気持ちを考えたら、それこそそんな“簡単”に言えることじゃないんだもの。でもね、そんな“簡単”なことが、彼ら兄弟にとっては喉から手が出るほど欲しいものだったことも違いなくて、だから祐太は、ここで血を吐くように本音を吐露したけど、でもそう叱られて、まるで子供のように廊下に飛び出してしまうのだ。

……ここは泣いたなあ……。

祐太はね、究極の八方美人の自分に限界がきてるんである。土曜日の夜になると悄然として出かけていき、朝になると別人のように明るくなって帰ってくる祐太に、徹子は、まさかウワキ……いや、弟のもとに行っているとか……とヤキモキするものの、なんとまあ、そのナゾは!
ゲイバーで女装して働いているのを、上の娘が目撃してしまうんである!!というのも彼女はちょっとこの義理のお父さんにシンパシイを抱くようになっててね、それは彼もまた自分と同じように家族に飢えているのが判るようになったからであって……。だから彼の後をつけてみたのだ。そうしたらこんなことに!
娘に発見されてあわてふためいた祐太が、女装姿を脱ぎ捨てながらブリーフいっちょになり(……これ、「舞妓Haaaan!!!」でもあったな……阿部サダヲをブリーフ姿にするのが好きなのだろうか……)、ユニクロにその姿のまま乱入し、あわてふためきながらタグやシールのついたままの服を着ていく、ってそれ、おーい、犯罪じゃないのっ、ちゃんとレジ通ったかー!?
かくしてこの事件で娘とはなんとなく距離を縮められた彼が請われたのは、家族旅行に連れて行ってほしい、というものだった。それも沖縄に。

で、なんで沖縄だったかっていうところで、クライマックスにいくのね。つまりはさー……ちょっと残酷なんだけど、この娘はホンモノのお父さんに会いたかった訳。で、そのホンモノのお父さんってのが、環境大臣な訳!
で、沖縄で開催されているエコイベントに家族旅行で行き、祐太は“D氏”の存在、そして徹子が彼の秘書をしていたこと、その不倫の末に出来たのがこの二人の子供だと言うことを知るんである。
ていうか、そのことには彼はそれほどショックを受けてないのね。その前にさ……そうそう、すっとばしちゃったけど(もういろいろ事件が多すぎてさ……)大介のあの本がウソだということを、こともあろうにあの腐れ親父が週刊誌にネタを売っちゃって、金城ブラザーズは危機に陥ってしまう。その復帰の舞台がこの沖縄のイベントだったんだけど、心にイチモツ抱えている大介は姿をくらましてしまっていた。

で、祐介からのSOSの電話に、思いがけず同じ沖縄にいることを知る二人。そして大介を探そうとするも……「エコジロウがエコ三十郎までいるなんて」……爆笑!イベントキャラクターの着ぐるみに紛れて、探しきれない。
祐太は祐介と共にステージに上がる決心をする。それというのも、子供たちから「お父さん」と初めて呼ばれたから!
というのも、ホンモノのお父さんとはもう一緒にいられないことを、子供たちが真に受け止めたからっていうのも切ないのだが。でも、そう、始まりはニセモノでも本物の家族になれるのだ!

そして、このステージが最大に泣かせるんである。
もう最初ね、祐介だけだとぜえんぜんウケなくて、彼はね、ここで一人でやってウケなかったら引退しようとまで考えていたんだよね。
でもそこに祐太がエコジロウのカッコで乱入してくる。すわ、大介兄さんが戻ってきた!と喜ぶ祐介だが、中から出てきたのは、あのオカマ姿の祐太!
でね、ここで二人で繰り広げる兄弟漫才は奇跡的に呼吸があって、下ネタ満載だからD氏は怒り心頭なんだけど、お客さんは超盛り上がって、でもね……次第に祐介の独白になるのだ。
そう、一人でダメなら引退しようと思ってたこと。大介兄さんがいなくなって、もう一人の兄さんがあらわれて、こうしてステージが成功してしまって混乱していること。それは……「僕は今まで人に優しくされたことがないから」だからどうしていいか判らない、と言うんだもの!

そして、どうして兄さんはそうやって笑っていられるんだ、ずっと離れていた自分のために出来るんだと、問い掛けて問い掛けて……その時はね、確かに笑顔の貼り付いた祐太なんだけど、でもやっぱり……泣いているように見えるのだ。逡巡しているようにも見える。でもね、答えは決まっているのだ。
「好きでやってるのよ!」そう祐太が叫んだ途端に、「ありがとうございました!」と声をそろえる二人の兄弟漫才は最後までメチャクチャ息が合ってて、肩を組み合ってステージを降りるスローモーションに、もう顔中ぐっちゃぐちゃになって泣いてしまう。
それを着ぐるみをとられたブリーフ姿で(今度はこっちか(笑))なんとも言えない表情で見上げている大介。
もちろん祐太はハムカツ屋の山ちゃんとして戻っていくんだし、このステージは一度きりのものだけれど。金城ブラザーズがこれからどうなっていくのか判らないけれど。

ニセモノが本物になり、ホンモノはやっぱりホンモノであり、いやあ、なんかすんごい濃厚な家族ドラマを見させてもらったなあ。
そしてあのハムカツがめっちゃ食べたい!★★★★☆


南極料理人
2009年 125分 日本 カラー
監督:沖田修一 脚本:沖田修一
撮影:芦澤明子 音楽:阿部義晴
出演:堺雅人 生瀬勝久 きたろう 高良健吾 豊原功補 西田尚美 古舘寛治 黒田大輔 小浜正寛 小野花梨 小出早織 宇梶剛士 嶋田久作

2009/8/25/火 劇場(銀座テアトルシネマ)
もともと食べ物系映画(何だそりゃ)にはヨワいのだが、うっ、久々にヤラれてしまった。このヤラレ方は「かもめ食堂」以来かも??
そういやあ、なんとなく雰囲気似てる気がする(と思ったら、フードコーディネーターは同じ人!)。日本から遠く離れていること、友達同士とはまた違う、同性の同志が集っていること。一つの目標という訳ではないんだけれど、何となく共有する絆を持っていること……そして、なんだかほのぼのと可愛いこと!

でもねでもね、「かもめ食堂」は、見た目的にはとってもノンキな旅に見えながら、それぞれの女たちの内面はきっと凄くシビアなものを抱えている、って感じだったんだよね。で不思議なことに、本作はそれが全くの逆方向なの。
環境的にはもんのすごく苛酷。でもその内面は……まるで大学サークルの合宿みたいなノリなんだもん。
いや、大学サークルですらない。中学とか高校とかの、男の子なノリさえある。それぞれにプロフェッショナルたちが集まって、大いなる使命を果たしに来ているのに、なんか、ころころじゃれまくっている男の子たちみたいなんだもん!

と、いうのは、もう冒頭で示されるんである。冒頭はね、騙されるというか、ちょっとしたギャグをかましてくるのよ。
吹きすさぶ雪原の中必死に逃げる一人、それを追う数人。
「逃げるところなんて、どこにもないんだ!」「お前が強くなるしかないんだよ!」
そう言われて抱きしめられたその逃げた一人は、胸の中で頷く。ここは南極。逃げるところなんてない。厳しい環境と孤独に耐えかねて、彼は逃げ出したのかと思いきや……。
「さあ、帰ってマージャンやるぞ」!!??
彼が逃げ出したのはマージャンからなのであった。壁に掲げられているのは「中国文化同好会」……恐らくマージャンしかやらないのだろうが。
そしてテーブルのこっち側では、時々砂嵐が横切るテレビを慣れた手つきで叩きつつ、缶ビール片手にスナックをつまみながらだらだらテレビ鑑賞している数人。総じて思いっきりリラックスしたスウェット姿。とてもここが南極の、しかも標高が富士山より高い過酷な場所とは思えない。

一歩外に出ればね、そりゃあもう死の世界と言っていいぐらいなのよ。なのにこのドームふじ基地の中は、不思議なぐらいのお茶の間世界。
そりゃあそうした環境が整っていなければ、南極で1年以上も駐留して仕事など出来っこないけれども……。
それにノンキに見えながらも常に水不足に悩まされているし(“原料”は無限にあるから、ひたすら“水作り”に励むんである)、それぞれが就寝だけに使っている個室は息がつまるほど狭いし。
電話は1分数百円もかかって、電話の向こうの家族や恋人は総じて彼らのテンションに比べて温度差があるしで、決してノンキな訳じゃないんだけど、なんかね、ノンキに見えちゃうのよね。

……なんて思うと、観てる時には決して思わなかったことだけど、ひょっとしてひょっとしたら彼らは、意識的にノンキさを心がけていたのかもしれない、かも?いやいやいや、そこはやはり男子の本能的ノンキさだとは思うけど。

ところでこれは、彼らの中でも調理担当としてこのチームに参加した、海上自衛隊員の目から見た物語ではあるけれど、そんな具合に、そこに集っている男たちそれぞれの物語が展開するんである。
んんー、でもやっぱり語り部である“南極料理人”、西村を演じる堺雅人の魅力に尽きるんだけど。そもそもこの映画は、彼目当てで足を運んだんだもんね。それが思いがけず、めっちゃ当たってもうけもんって感じ!
彼はね、いや彼に限らず皆そうなんだけど、凄くカワイイんだよね。この長い南極生活で最後の方になると、もうメンドくさくなるのか髪の毛も伸び放題で髭もろくろく剃らないような感じになるんだけど、髪の毛の伸びた堺雅人は、なんか女の子みたいでカワイイんだよなあ。って、それは物語の本筋には全然関係ないんだけど。

でもね、西村は南極にいる間に確実に変わるのだ。一見、帰ってきて、髪を切ってひげを剃ったらあっという間に元の日常に戻って、本当に自分は南極に行っていたのかと思うぐらいな感じなんだけど、でも彼は、変わった。
それまで、海上自衛隊でずっと調理担当として、つまり調理人のプロとしての矜持を持っていた西村は、奥さんの作る料理に平気で文句タラタラだったりしたのだ。
自分は子供たちとゴロゴロしながらテレビ見て、屁なんてこいてたのに。
「この唐揚げ、べちゃべちゃする。温度が低かったでしょ。180度で二度揚げだよ」なんて言われたら、まだ離乳食の赤ちゃんを抱えた奥さんがブチ切れるのも当然。
そんなん言ってゴロゴロしてるんなら、あなたが作りなさいよ、という台詞までは出なかったけど、西村が南極に行った最初の頃は「パパがいなくて楽しくやってる」なんてイヤミっぽい手紙を送ってくるぐらいんだったんである。

でもね……日本に帰ってきた西村は、遊園地で買ったソースでベチャベチャのテリヤキバーガーに一度は顔をしかめるものの、頬張ってみて、「うまっ!」と思わず発してしまうぐらい、変わった。
以前の彼ならひょっとしたら口さえつけなかったかも。プライドが高そうだったもの。
でもね、南極で、西村がちょっとスネて調理を放棄して、仲間が四苦八苦して作り上げたから揚げが奥さんの作ったのとソックリのベチャベチャでさ、それを口にした時……彼は泣いたのだ。あの時と同じように「胸焼けするよ!」と言いながら……泣いたのだ。あの時、料理は技術じゃないんだと、彼は悟ったんだと思う。

……てな感じで、また思いっきり先走っちゃったけど(爆)。うー、でもどこから書けばいいのやら。可愛くて大好きなエピソードが満載なんだもん!
そもそも西村は南極に来る筈じゃなくって、前々から南極に行きたくてたまらなかった上司が長年の夢を叶えてハシャぎすぎたのか、事故っちゃって、それで彼にオハチが回ってきたのだ。
「家族と相談させてください」と必死に懇願する西村に構わず「おめでとう」とまるで栄転のようにムリヤリ握手する上官。そりゃあ、行く筈だった上司にとっては栄転だっただろうけれど……。
幼い子供二人を抱えていることもあって妻は反対するかと思いきや、上の娘と地球儀を指差して「こんなに離れているの!」と大爆笑。下の息子はまだ小さいし、妻と娘という女チームでかかられちゃ、家ではゴロゴロして屁をこくぐらいのパパなんていてもいなくても同じ、むしろジャマ、ぐらいの感じで追い出されちゃった、のだ。

ここに集まってくるメンバーは、大なり小なり家庭環境は似たり寄ったりである。西村とは違ってこの南極での仕事こそがやりたいことだと、駐留し続けているモトさん(生瀬勝久)は、これ以上家族をほったらかしにしたら覚悟するようにと奥さんに脅されていて、メンバーが彼の誕生日のサプライズで家族に電話をかけても、奥さんは「話したくない」と出ないのだ……。
でもね、それも、帰国した空港で、モトさんの胸に顔をうずめる奥さんの姿があってさ!つまりはそんな風に意思を伝えているぐらい、奥さんは彼にラブラブなんだというのが判って、ジーンとするんだよね……。

メンバーの中で一番若くて、まだ家族を持っていないにいやん(高良健吾)のエピソードも良かったなあ。まあベタに、恋人にアイソをつかされるのね。何たって1分数百円の通話料だから、砂時計が落ちる間しか喋れない、その密度がかけるたびにどんどん薄まっていく、会話が途切れて、彼女がメンドくさそうになっていって、そしてついには……「私、好きな人出来た」のひと言でアッサリ終焉を迎えるわけで。
他のメンバーはね、大抵子供アリの家族持ちで、ベタだけどまあつまりは、子はかすがいでさ、でも20代の恋人同士で1年以上の空白は確かに……キツイ、のかもしれないなあ。

にいやんがその後、仲間たちに慰めれらて「声しか知らないんだけど気になっているコがいる」と打ち明けたのがなんと、日本へ電話をつなぐ電話会社のオペレーターの女の子。ううう、出来過ぎのような気はするけど、でもこの、男ばっかの世界で、唯一電話が外の世界との接点で、恋人以外では唯一いつも聞いている異性の声であるという“奇蹟”は彼にとって確かに“運命”だったのかもしれないなあ。

一番好きだったエピソードは、……ああ!二つある!まず、一つ目。
いつもクールで厳しいモトさん。彼の誕生日を祝おうとコッソリ他の仲間で画策して、じゃあ西村はごちそうを作ってね、なんて言われて。
西村はモトさんの食べたいものをこっそりリサーチしようとする訳よ。何気ないフリして「今晩何食べたいですか」なんてね。
「何でもいいよ」と言われるともうどうしようもない訳でさ。食い下がると「別にここにメシ食いに来てる訳じゃないから」と言われちゃう……。
この台詞ってかなりキビしくてさ。だってそれって、西村に対して、お前の役割なんかいらない、って言っているようなもんじゃない。

それはね、確かに冒頭端的に示されてるのよね。西村が皿に飛んだ汁までキレイに拭いて美しい美しい盛り付けまで気を使って出しているのに、食卓に集まった男たちはただガツガツと食いまくるだけなんだよね。しかもデリカシーのないことに、煮魚に醤油かけたり、キライな食材をイヤそうによけたり。それを眺める西村がなんとも言えない表情だったのが、すんごく印象的だった。
まあ確かに、こんなキビしいところに、人間の叡智も届かないところに、未知のことを探りに来ているんだからそりゃ彼がそう言ってしまうのも判るんだけど……。
いや、判る、なんて言ってはいけない。つまりはこれってね、専業主婦に向かって夫が、誰がメシを食わせていると思ってるんだ、と暴言を吐くのと同じなんだもの。夫は食い扶持を稼いでいると言いたいんだろうけれど……そこに“料理人”がいなければ、“メシ”は食えない。
しかもここは南極。ナレーションされるように近くのコンビニに気楽に買いに行ける筈もない、のだ。

それでもね、どうやら自分の誕生日を祝ってくれるつもりらしい、と察したんだろうなあ。モトさん、「肉じゃないか」とぽつりと言い、どんな肉かと食い下がられて「分厚い肉」ってぐらいしかボキャブラリーがない(笑)。肉はある、んだけど……調理場は出来ることが限られてて、デカい肉のかたまりを焼けるような火力のあるコンロじゃないし、フライパンもちっちゃいんだもの。
しかしそこで諦めない西村。外に出て、肉に、あれは何をかけたの?油?ブランデー?そして火をつけて!手伝っていたドクター(豊原功補)、最初はビックリしてたけど「なんか楽しくなってきた!」つって、火のついた肉をさした串を持って、うわーって走って西村を追い掛け回すんだもん!
んで、西村は当然、うわーって逃げて、それがのどかな雪原で、音も吸収されるような静かな雪の中で、火の勢いさえ御伽噺みたいでさ。
そして火柱を掲げた防寒着モコモコの二人が走ってくるのを、車の中でサボタージュしていた車両担当の主任(古館寛治)が見つけて、うわあ、なんだよ!と車から慌てて飛び出して、逃げ出して、つまりは三人が雪原でうわーって走ってるのが、たまらなく可愛くてさあ!

んでもって、結果的には見事なミディアムレアに焼きあがった肉のかたまりを皆の前で切り分けるシーンの、料理人西村の誇らしさ!
モトさんが、「ここは南極なんだよね?」と思わずもらしてしまう微笑ましさ。そして、寡黙で厳しいけど頼れるモトさんの誕生日をデタラメな歌の、テキトーなサビの繰り返しで騒がしく祝福する、本人にとってはテレくさくも、涙が出るほどあたたかくて微笑ましいひととき。
ああ、ここは南極の筈なのに。
なんでこんなにあったかいの。

気象学者のタイチョー(きたろう)がさー、ラーメン中毒でさ、もう勝手に夜な夜なラーメン食べちゃうのよ。しかしここは南極、85度で沸騰しちゃうしちゃうから「西村君、芯が残るんだよ……」と訴え顔で言うのよ。
しかしそうして夜な夜なラーメン食べるもんだからついに底をついちゃって、朝からカニが食卓にのぼっちゃう。
「カニならありますから」となかばヤケクソに、バチバチはさみでカニを切りながら西村が言うのも可笑しいが、そんな台詞も耳に入ってなくて、ただただラーメンがないことにこの世の終わりかってぐらいな大ショックを受けるタイチョー、いやさ、きたろうのあのなさけなさそーな顔が(爆笑!)
そしてついには、深夜に西村の部屋をノックし「眠れないんだよ……僕、身体がラーメンで出来ているんだよ……」と涙を流しながら訴えるのには、テメーのせいだろ!とか思いながらも、なんとも切なくて可愛くて大爆笑!

しかもさ、そんな仲間の窮地にモトさんが手を差し伸べるのがいいんだよね。きっと必死に調べたんだろう、小麦粉に玉子はあるけど、かんすいがない、と言った西村に「かんすいってのは、炭酸ガスなんだ。ベーキングパウダーがあるだろう。そう、ふくらし粉だ。水に溶かすと炭酸ガスが出来る。あくまで元素上の話だが……」と、彼と卓球のラリーを続けながらなにげなーく言うんだよね。
もちろんそこは料理人、彼の言わんとするところを飲み込んで、ラリーを途中でほっぽって、調理場にダッシュ!
小麦粉にふくらし粉に水を加えてこね、、本格的にもビニール袋に包んだタネを足で踏んで、丁寧にハシから刻んだ麺を沸騰した湯に入れる。もう、見てるだけでドキドキしちゃう。

そして食堂に皆が集結する。メンバーがなかなか揃わなくて「西村君、もう待てないよ」と既に泣きそうなぐらいにラーメンを穴のあくほど見つめているタイチョー。
「じゃ、のびちゃうし、頂きますか」と西村の合図で、スープをすすり、麺を食んだタイチョー「……ラーメンだ!」もう、もう、なんという、幸福な笑顔!
そしてその台詞を聞いた時の西村の、いやさ堺雅人のこんな100パーセント、いや、200パーセント、いやいや1000パーセントの笑顔、見たことないってぐらいの、そうでしょ、ラーメンでしょ!って笑顔!!
「見たことのないオーロラが出てますよ!」と興奮した若手が外から呼びに来ても、「オーロラ?そんなもん、知るか!」とすすり続けるのはタイチョーだけじゃなく、メンバー全員。
冷めますよ、とタイチョーから促がされて、そうですよね、と席につき、結局は全員がラーメンに没頭する。オーロラよりラーメン。なんとなくリズムは似てるけど、ぜんぜん違う。でも、オーロラよりラーメン。もう、たまらなく幸福なのだ。

ああもう、そんなぐあいに、とにかくとにかく、あったかいんだよね。
ああ、こんなエピソードも好きだったなあ。昭和基地に食べないまま残されたイセエビが手に入ることになる。イセエビの“エビ”のとこだけしか彼らにはインプットされてなくて、エビといえばエビフライ、もう全員がそう言って、「みんな、エビフライって気分だからね」とモトさんが念を押す。
最初のうちは西村も、イセエビでエビフライは大きすぎるでしょ、刺し身でしょ、と反論していたんだけれど、あまりにも皆がエビフライと言うもんだから、しかもモトさんにまでクギを刺されたら……もう従うしかなくて。
イセエビがエビフライにするには大きすぎる、ということは、本格的な調理人でなければ判りえないこと、なんだよね。

ムダに立派な足と頭をこれ見よがしに飾りとして皿に突き立てたのは、自分の言い分を聞いてもらえなかったことへの意地かもしれないけど……これが実に八人分並んでいるのはやけに可笑しい。
しかもイセエビをまんまエビフライにしたその巨大さ、それを次の皿も、次の皿も、ってぐあいに見せていくのはまさにギャグそのもので、可笑しいどころではない爆笑モンで、もうもう……“イセエビをエビフライにする”ってだけで、こんなに笑わせるって、スゴイと思う!
でもね、呆然としたメンメンが、それでも箸をとり、いつもの勢いもなく呆然としたままかぶりつき「……やっぱり刺し身だったな」と呟きを聞いた時、してやったりと西村が思ったかどうかは……微妙な訳で。
これもね、ある意味彼は、食事当番をさせられる妻の理不尽な思いを思い知らされた一場面だと思うわけよ。

それとかね、テキトーなお医者さんの豊原氏もかなり良かったしね。
あの、「楽しいかも!」と火のついた肉を持って雪原を走り出した彼よ。このテキトーなメンバーの中でも一番テキトーでさ、多分酒が一番好きなのも彼だしさ。
それが証拠に、医療室がいつのまにやらバーになっちまって、カウンターの中で彼がシェイカーなんぞ振って、カクテルまで作っちゃう。
つーか、その原料になる種々の酒を持ち込んだのは、たぶんきっと彼だろうなあ、っつーさ。恐らくシェイカーもさ(笑)。
でもさ、こういう場面もいかにも男子、なんだよなあ。部室がどんどん彼らにとって気持ちのいい場所になっていくっていう(笑)。

あー、もう、いっぱい言い足りないコトがあると思うんだけど!とにかく愛しかったんだよね、男子な彼らが。
皆に黙って“25センチ”もの水を使って夜シャンプーしてしまうヤツも、ピーナツしかないのに、節分の豆まきをしようとするのも。
あ、そうそう、こんな季節もないような……ていうか、季節の半分は太陽が出っ放し、後の半分は沈みっぱなしってな極端なところにいると、逆にイベントがなくちゃいられないんだろうなあ、それこそ人の誕生日にも敏感だしさ。
ことに、南極独自のイベントのお祭りで、皆してスーツ着て紅白の幕張って(笑)テリーヌやらフォアグラやらの本格的なコースをかしこまっていただく場面も可愛かったなあ。
ドクターが思いっきりマナー間違ってて、フォークの背に料理を乗せて、ボトッと膝に落としちゃって、バレないように急いで口に放り込むも、思いっきり隣りの席のヤツに見られちゃっててさ!もー、もー、ホンット、思いっきり男子、合宿なんだもん!

でもでもやはり、彼らは家族に支えられているから、なんだよね。ホントだから……そこが「かもめ食堂」と違うんだよなあ……。
ホント、幸福なの。西村なんてね、中盤、南極基地でがんばってるお兄さんたちに質問してみよう!なんて水族館だかなんだかのイベントで生中継に駆りだされるのね。
北極も南極も、南極にしても彼らのいる位置関係など知る由もない子供たちから、当然のようにペンギンやアザラシはいるのかと問い掛けられ、いないと言えばあからさまに失望されて……。
そこに西村の娘が、素性を明かさずコッソリ登場するの、良かったなあ。この時のユカって、まさしく私だったんだよなんて、後々種明かしする場面すらなく、ただただ彼は娘と同じ名前の女の子の質問に返すばかりだったんだけど、「お父さんが単身赴任で、お母さんが寂しくて不機嫌なんです」と娘が暴露するのに、奥さんが慌てて手を振るのが可愛かったなあ。だって、電話口では話すこともないなんてさ、冷たい態度とってたのにさ!

南極生活も長くなるにしたがって、なんかもうおかしくなっちゃって、バターを盗み食いする男。それを追いかけた西村、唯一の心の支えだった娘の抜けた乳歯を、氷柱を抜き出した果てしない穴に落としちゃって。もうそれも含めてなんだかんだキレちゃって、西村は、調理を放棄して、閉じこもってしまったのだ。
んで、そう、ここよ。仲間たちが何とか自分たちで作ろうと慣れない手つきで作ったのが、あのベチャベチャの唐揚げ、なのよ。
その途中で、西村は、思い直して調理場へくる。すると、あのタイチョーが「西村君、お腹すいたよ」と言う。それがなんとも、なんとも素直な言いようで、全然イヤミじゃなくて、なんか涙が出るのだ。
結局そうはいうものの時間もなく、なんとか食卓にのぼった唐揚げを頬張って……西村は涙を流しながら、「胃がもたれる」と言葉をふりしぼった。

ああ、幸せだったなあ。
なんかね、悔しいぐらい、完璧だったと思う。ベチャベチャのテリヤキバーガーをほおばって「……うまっ!」てつぶやくラストまで。
それはまさしく、奥さんのベチャベチャのから揚げを批判したのに、仲間がそれにソックリな唐揚げを作って、それを頬張った時に、美味しさっていうのは技術的な完璧さじゃないって、理解したからに違いないんだよね。
それがカラダに染み付いたからこそ、理屈ぬきに「……うまっ!」て出たに違いなくて。
なんかね、結婚って、結婚相手って、こうじゃなくちゃと思ったんだけど、そのためには、南極に行かなきゃいけないのかしらん??

しっかし、ホントに南極で撮ってるのかと思っちゃったぐらいにリアル。いや、そりゃ、南極なんて知るわきゃないんだけど。
今回初めて名前を知った監督さん。長編デビューということで、お気に入りのクリエイターがまた増えて、これからが楽しみな限り!★★★★★


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