「う」

２０１６年鑑賞作品

ヴィレッジ・オン・ザ・ヴィレッジ　 VILLAGE ON THE VILLAGE
２０１６年　76分日本　カラー
監督：黒川幸則　脚本：山形育弘
撮影：渡邉寿岳　音楽：のっぽのグーニー
出演：田中淳一郎　鈴木卓爾　柴田千紘　佐伯美波　宮崎晋太朗　赤堀超太郎　只石博紀　園部貴一　ペトル・ホリー　瀬木俊　山形育弘　田中真琴　桒野有香　長宗我部陽子　飯島大介

２０１６／８／７／日　劇場（新宿Ｋ’ｓｃｉｎｅｍａ/レイト）
はっきり言って全然なんだか判んないんだけど、なんとも捨て置けない感じ。監督さんがピンクのお人だと知って思わずなるほどナァと思う。この、明確な自信に満ちた自由さはそういうことかと。
この劇場でちょいちょい出くわす、こぎれいにまとまって自己顕示欲が強いだけのワカモノ映画と、一見して似てるようでやはり全く違うのは、こなれ感があるからだろうと思う。訳の分からなさを不思議な魅力として昇華させるには、やはりそれ相応の腕が必要なのだろうなと思わせる。

登場人物たちの台詞はまるで、歌うようである。詩が（この場合、歌詞の詞ではない。やはり、詩だ）彼らの口からすらすらと述べられているようである。
例えば、「俺の店だから」と絶対に行かせようとしないリコなる店の冷めたマルゲリータ。それだけで何か一つの歌を歌っているようである。

だからといってこじゃれた雰囲気ではない。だらだらしてるし、暑そうだし、意味もなく集まって、始終酒ばかり飲んでごろごろしてるし。時間が止まっている。
そうだ、ここは時間が止まっているんだ……。ふと、子供の頃の永遠の夏休みの感覚が頭をよぎったが、そうではなくて、ホントに、パラレルワールドのように、現実の世界からひだを一枚よけた感じで、止まってる。だから幽霊もぞろぞろいる。

幽霊、なのだろうか？最初は判らなかった。何が起こっているのか。そもそも主人公のナカちゃんはツアー中のバンドマンだというが、それもなんだかアヤしいと思うのは間違っているのだろうか？
何が正解かだなんて、映画においては受け手の数だけそれがある、とは思うものの、あまりにも独特の展開で進んでいくので、かなり不安になる。これこそがすっごいセンスということなのだろうが……。

バンドマンといっても、多くのバンドをサポートメンバーとして渡り歩いている、という感じらしい。マネージャーだという電話の向こうの女性との会話でそれと知れる。
主演を任されている田中氏自身が、まさにそういうタイプのミュージシャンであるらしい。音楽も担当しているのに、劇中彼がバンドマンらしき風情を見せるシーンはほんの一瞬、近藤さんとの即興シーンだけであり、確かにそれはとても素敵なシーンではあるんだけれど、近藤さんのうららかな歌声の方に魅力を譲って、とても慎ましく伴奏に徹している。
この、ホントのバンドマンがやっているバンドマンの役なのに、なぜかウソくさいというか、頼りないという感覚が面白くて、それはすべての主人公についてまわる不思議さやうさん臭さにつながってくるんである。

そう、電話の向こうの女性との会話でだけ、なんだもの。もう一人、電話の向こうの相手との会話で、自身のアイデンティティを成り立たせているのがヒロインである。彼女、絢がこの地に来たのは、……判らない、ふと気づいたら、川に落ちそうになっていたところを、古賀さんに助けられたというんである。
そして彼女はこの地に残ってヒマそうなバーで働き、一緒にいた友人は電話の向こうにいる。

サキちゃんがここにいたらいいのに、って思うよ、と何度となく絢は電話の向こうの友人に言うのだ。この電話の向こう、あるいはこちら側が、あの世的な場所に思えて仕方ないんである。
パラレルワールドと考えれば、どちらもこの世なのかもしれないけれど、なんせこの場所にはこの世のものではないものがわんさかさまよっている。

一見、判らないんだよね。幽霊？なのか。めちゃくちゃ実体あるっぽいんだもの。
坂道の多いこの地は、それだけ山が身近にあるということで、緑深い山道で、ひょっとしたら何百年もさまよっているような幽霊さんたちが、まるで散歩してるみたいに出没するんである。
ベテランの古賀さんでさえ、時々怖気づく妖気を、彼らは放っているらしい。らしい、というのは、観客であるこちらには判らないから。そのあたりがイイ感じのオフビート感になるんである。

絢はふと気づいたらこの地にいた、と言ったけれど、だからといってここが見知らぬ土地という訳でもなく、彼女はまた旅に出たくなった、とこの地を出て行くし、ナカちゃんだってツアーから戻ってきたバンドにピックアップされてこの地を去るんだし。
でも、ナカちゃんをピックアップした連中の顔は見えないし、絢が出て行った先も判らない。なにかやはり……なんとはなしに、不気味さが漂う。不思議な明るさに満ちている、いわばコメディと言ってもいいのに。

そもそも古賀さんというのが何者なのか、なかなかつかめない。いや、結局最後までつかめなかったし（爆）、この村、というか、タムロってる彼らの状態？？というのも私には最後までナゾのままなんである。
とにかく幽霊のようなもの？がこの界隈には徘徊していて、ナカちゃんはその調査だか駆除だか判らないけど、ナゾのどピンクな液体の入ったペットボトルを自転車のかごにつっこんで、パトロールを命じられるんである。その間、話しかけられても誰とも喋っちゃいけないと言われて。

「大丈夫だよ、走り切ったから」と言ってナカちゃんと友達になった近藤さんは、やはり、“話しかけられても誰とも喋っちゃいけない”、まさにその相手だったのだろう。
だっておかしいもの、なんか妙に。昭和くさい小花の散ったワンピースで、ビールを飲みたいですねとか、おかしいもの。

彼女がナカちゃんを誘った先には、頭の良さそうな二人の青年がいて、あなたの力が借りたいとか言うんだけど、言ってることは頭良さそうなんだけど……なにかが、おかしい。それこそ、歌うようにピントのズレたことを言う。
川の中にずぼずぼ入って行って、調査めいたことをしているんだけど、子供のようなツクリモノを真剣に示したり、何かがおかしいんである。

この何かがおかしい、っていう感じがなんとも絶妙なんである。そう、まるで夢を見ているみたいだ……再三、この少女のような近藤さんが、断りたかったら断ってもいい、私もウンザリだけど、でも胡散臭い奴らではないから、とか、だんだんとおかしな方向に行き出し、３０年に一度溜まっているものをスッキリさせてもらってるの、とか言いだしてくると……これはヤバいぞ、と思い出す。
だってつまりあなたは……何年生きてるの、いや、生きてすら、ないんでしょ！
最終的にナカちゃんは、もうあなたはどうしようもない、手におえない、と、ベテラン女性に言われるぐらいになってしまっているのは、近藤さんが何よりのネックだったんだろうと思うが……もうなんか、不思議なまま展開していくから、判断できないんだもの！！

古賀さんよ、なんといっても、問題は。演じるのは鈴木卓爾。もうその時点で、なにもかもがあやふやになる感じがする。
一体彼は、何者なの。彼自身が実体があるかどうかさえ。特に何をする訳じゃない。
最初、取り残されたナカちゃんに、所有の部屋を無償提供してくれるところから始まって、タムロってる仲間たちのボス的な位置を保ちながら、だからと言って何をする訳でもない。
同じタムロって、ナカちゃんと絢の中をとりもとうとして、かつての相棒とテレビ電話で再会して涙し、もう一人のかつての相棒の仕掛けた幽霊バトルに仲間たちを巻き込み……。
自身は、どちらにしても何もしているようには見えず、アツくなっているのは仲間たちばかり、みたいな……。

鈴木卓爾ののらりくらりとした雰囲気がたまらなく古賀さん！！という感じ。
だって、そのかつての相棒が仕掛けた、恐らくなんつーか、嫉妬から仕掛けてきた「エロい」幽霊たちのワナに、ナカちゃんは古賀さんへの忠誠を理由に、半分以上は興味と欲望で（爆）ハマりまくってしまうんだものなあ。

そんな具合にだんだんと、最初の内は大人版、永遠の夏休みのようなユルさだったのが、幽霊バトル（ま、やっぱりユルいけど）な様相を呈してくる。
てゆーか、やはりナカちゃんがとりつかれていっているのかなあ。「お前、死んだんじゃなかったっけ」という、かつての友人と思しき、スーツに革靴の、その革靴の足元だけしか見せない幽霊とのシーンは、そう、確かにこれは幽霊、すっごく幽霊らしい（というのもヘンな表現だが）、シークエンスだった。
ベタな言い方をすれば成仏できない、というあたりなのだろうが、ただ、このナカちゃんも一体どういう立ち位置にいるのだろうというのが見ている間もかなり不明なので……。

ふと気づくと、古賀さん曰く、ナカちゃん、大分ヤバいかも、な感じらしく、彼が尊敬する……だけど会いたくない先輩、小野寺女史ならなんとかなるかも、と絢に頼んで連れて行かせるんである。
なるほど、古賀さんの見立ては正しく、さしもの小野寺先輩も手の施しようがないという結論。ただ、ナカちゃんには全く自覚がない。小野寺先輩のおうちを物珍しそうに眺めまくって、マーブルチョコレートをぶちまける始末である（笑）。

ナカちゃんと絢は、夜通し飲む。ただ、同じ部屋じゃなくって、庭を隔てた部屋で。朝には大量のビールの空き缶が庭に転がっている。翌朝、小野寺先輩が、猫を抱いてその有様をしんねりと眺めている。
これがナカちゃんと絢の別れだったし、二人ともこのヴィレッジを抜け出す直前だったし。

特にナカちゃんは何か、手の施しようもない状態でこの村から出て行った筈なのだが、それが何だったのか。
それは、この村でこその、手の施しようのないことで、ひょっとしたら出て行くことには必要な何かだったのか。
それともそもそも、ナカちゃんはれっきとした？幽霊だったんじゃないかとか。

だって登場シーン、車から投げ出されたと思しき、ゴロゴロゴロ！とスクリーンに飛び込んできて、サッと立ち上がって、その車を追いかけるように走り出した。
でも、次のシーンでは、まったりと古賀さんとぬるい赤ワインで乾杯していたのよ。赤ワインだから常温でなんていうのはこだわりではなく、ただめんどくさいだけでぬるいまま飲んでいるような感じは、この最初からずっと続いてた。

不思議感覚も魅力なんだけど、幽霊＝怖さというよりもユーモラスな魅力がとにかく、イイのよね。
特に好きだったのは、「私は道に迷った薄着の女。ここを開けなさい！」と、どー聞いても野太い男の声でダンダンダン！と戸口を叩いてくる幽霊。
タムロってる彼らは誰一人として動じず、しつけーな、という感じで誰か一人が立ち上がって、なんかエサあげるみたいに、どピンクの液体をじょぼじょぼじょぼ、と。
するとほどなくして、ほどよく遠くなった声で同様の台詞が聞こえてくる。「隣に行ったみたいですね」爆笑！！それでいいのか！ゴキブリかネズミかを追い払うみたいに！！

ラスト、古賀さんお気に入りのリコの冷めたマルゲリータを、車の窓から顔を出してさっと奪って笑顔で去っていくナカちゃん。「ナイステイクアウト！」このラストの台詞！
本作のすべてを象徴している気がする、歌のような、脱力のような、優しくて洒落ていて、なんかよく判んない（笑）、展望も未来も全然ないんだけど（爆）悪意だけは絶対ない、ぬるま湯な優しさなの（いいことなのかしらん？）。★★★☆☆

海よりもまだ深く
２０１６年　117分　日本　カラー
監督：是枝裕和　脚本：是枝裕和
撮影：山崎裕　音楽：ハナレグミ
出演：阿部寛　真木よう子　小林聡美　リリー・フランキー　池松壮亮　吉澤太陽　橋爪功　樹木希林　中村ゆり　高橋和也　小澤征悦　峯村リエ　古舘寛治　葉山奨之　ミッキー・カーチス

２０１６／５／26／木　劇場（楽天地シネマズ錦糸町）
前作がキラキラの女優映画だったから、宣伝も客数も（爆）かなり地味目な印象だが（……うう、ホントにガラガラだったの……）、これぞ是枝作品の真骨頂だよなと思う。いや、それは狭めすぎか。めっちゃドシリアスも一方ではあるんだから。
でも、そうか、阿部寛と樹木希林のコンビが「歩いても　歩いても」以来だから、あの時のかすかに笑っちゃうような切なおかしい感じが思い出されて、是枝監督の一方の作品世界として強く印象に残ったから、そんな風に思ったのかもしれない。

阿部寛がこんなダメ男だなんて。いや、是枝監督にかかるとダメ男にされちゃうんだけど。いやいや、彼はこの風貌からは予測もつかないほど振り幅の広い役者さんではあるが、でも是枝監督にかかるとヤハリ、人間という皮をむかれてしまう感じがする。
一方で樹木希林氏はどこに行っても彼女自身。役作りなんてしない、そのまま現場に行く、という彼女の言葉をどこかで聞いた。その通り、彼女はどこに行っても樹木希林なのだが、なのに不思議に、阿部寛演じるダメ息子の確かにお母さんであり、孫や元嫁を愛しがる可愛いおばあちゃんなのだ。天才というのは、こういう人のことを言うのだと思う。

小林聡美が一方の娘役、つまり阿部寛の姉役というのも楽しい。一時期彼女は妙に口当たりのいい映画ばかりに出ていてつまんないなあと思っていたが、「紙の月」で久々にピリッとし、そして本作では、これまたどこに出ても小林聡美なのに、確かにダメ弟、良多のお姉ちゃんであるという、彼女もまたなんとも天才肌の人なのだなあと思う。
登場していなくても、「残念でした！」のメモの字から彼女の舌を出した表情が立ち上るような。ていうエピソードはだいぶ後になるのだけれど。

物語は、良多の父親が死んでほどなくした、彼の老母が暮らす小さな団地の一室から始まる。この母親と、小林聡美演じる娘の会話シーンから始まり、なんたって樹木希林と小林聡美だから、そののんびりのようなスピーディーのような真似のできない間のかけあいがすこぶる面白いんである。
アドリブなんじゃないのと疑いたくなるぐらいだが、そういやー是枝監督はもともとそうしたドキュ手法から注目された人なのだから、それは充分考えられるのだ。映画ファンとしては、この二人のそんな掛け合いはなんと贅沢な贈り物！ありそうでなかった！

阿部寛演じる良多は、過去文学賞をとった小説で一瞬注目されたが、その後は鳴かず飛ばずで今は小説のための取材と称して探偵……と言うのは周囲に対するカッコつけ、まあいわゆる興信所に勤めている。けれどもその金もギャンブルですっちまうようなクズ男。
しかも金が欲しくて学生を探偵ならではのネタでゆすって「あんたのような大人にだけはなりたくない！」と吐き捨てられるような男。しかもそんな少年に対して「誰もがなりたい大人になれるなんて思うなよ！！」と吠え返し、更に軽蔑のまなざしで射抜かれるような、クズクズ男。

不器用な男、だなんてキレイな言葉でくるむにはあまりに情けなさ過ぎるのだ。いわゆる、常識的に仕事をし、生活をしていればなんてことなく“それなりの大人”になれるのに、などと言いかけてちょっとボーゼンとする。
つまりそれなりの大人になることが勝ち組だと思っている大多数の大人たちの方が、すべてを諦めているのかもしれないと思ったりして。

いやいや、でもそれも、キレイすぎる。確かに良多は諦めてはいない。小説の夢は諦めてはいない。家族も、諦めてはいない。でもそれは……過去の栄光にすがっているだけにしか見えないから、見ていられない。
小説に対しては諦めきれないみたいなのだが、栄光に対する見栄の方が先行してしまって、人気漫画家の原作なんていうオイシイ話さえ、蹴ってしまう身の程知らずなのだ。しかも一度断ったのに未練たらたらで、みっともないったらなくて。

そう、家族だって、過去の栄光なのだよ。彼は愛という言葉に置き換えたいのかもしれないけれど、結局はその言葉を彼は口にすることはない。出来ないのだと思う。
物語の中盤、老母から「海よりも深い愛なんてそうそうない。それでも生きていけるもんなのよ」的なことを言われる。すいません、あまり正確な表現覚えてないけど（爆）。老母の言葉は「私、いいこと言ったわね」というように、確かにいいことっぽいけど、少し出来すぎているような、本に出てくるような感じもある。
諦めなければ得られないものがある、とかね。それが意図的だったのかどうか……。小説のネタを探しているという名目の息子に、メモしなさいよと言ったけれど、彼はそれをメモしたのか。結局は“いいこと”の中に真の人生はないのだという逆説的な意味だったのか。

脱線して話が進まない（爆）。良多は離婚していて、愛する息子と会えないのが悩み。いや、会うためにはその時養育費を用意していかなければいけないからなのだ。てか、振り込みできなくてケンツク言われてはや２ヶ月分たまっている。
元嫁は真木よう子。彼女もまた、是枝組常連の道を歩み始めている。この元クズ夫とはもはや会いたくはない、のかもしれない。かもしれない、というあたりのニュアンスが微妙である。一人息子がこのクズ父親を慕っているのを、彼女だって判っているに違いないからである。

ミズノのグローブを買ってやるつもりが、競輪で増やすもくろみがそりゃースるに決まってて、後輩からカネを借りたり、もう情けない限りで。その間に元嫁に現れた新しい恋人に、いかにもカイショアリアリな恋人にミズノのグローブ、先越されてしまう。
てことが判るのは、息子の練習試合を盗み見ているからである。一緒してくれた後輩に「先越されましたね」と指摘されて苦々しげな良多。ちなみにこの後輩は池松君。そらー彼は是枝作品に出たかったろうなあ。メイン級は次へのお楽しみか。

んでもって、カイショアリアリな恋人は小澤征悦。結果的には結構ワキ役で、もったいない感じもする。彼もまた、次の機会のお楽しみだろうか。
エリート然としていて、良多とはあまりにも違う。ちょっと、打算的な意味合いで付き合っているんじゃないかと思っちゃうぐらいである。いやいやしっかりイイ男だし、ホレるのは判るのだが、なんたって元夫がこのクズだからさあ。
子供のためにも次は失敗する訳にはいかない、というような気合を感じるというか……。でもその子供が、そのクズ元夫を慕っているのも判っているからというジレンマというか……。

この、練習試合観戦のシーン、新恋人のエリートはフォアボール狙いの見逃しをした真悟に「ヒーローになりたくないのか」とカツを入れた。でもそれを観ていた良多は、「フォアボールを狙ったんだよな」と息子の思いを正確に言い当てていた。
作文の成績が良かったり、思いっきり父親の血を引いている息子に、嫁がちょっと不安になっているかもしれない気持ちは判る気がする。ただ……大好きなお父さんが、でもクズなことだってこの息子はきっと判ってるし（爆）、お母さんの彼氏のことを「イヤだってハッキリ言えよ」というこのお父さんに無言で返すのは、そういう含みをメッチャ感じるのだ。
イヤなのは、新しいお父さんが出来ることではなく、お母さんに彼氏が出来ることでもなく、っていう……。

息子と一緒にいたくて、良多はかなりコソクな手段をとる。真悟がおばあちゃんのことも大好きなことを利用して、「どうしてもおばあちゃんに会いたいっていうからさ……」とウソをついて嫁を迎えに来させるんである。無論、台風で帰れなくなるのも計算済、だっただろう。
んでもって、そこに天敵の姉が先にきている、ってあたりもサイコーである。お互いを母親に「気を付けた方がいい、何かたくらんでいるから」と吹き込み合うこのきょうだいは似た者同士かもしれないけれど、金にセコいというところも似ているかもしれないけれど（爆）、姉が金の価値をちゃんと判っているからこそセコいのに対し、良多は判ってないのだよね。それが男だからなのか、長男だからなのか、小説家という見栄だからなのか、単にバカだからなのか……（爆）。

父親の死後、金目の物をあさりにしらじらしく実家の小さな団地の隅々を物色して回るセコさときたら、見ていられない。雪舟の掛け軸があった筈だ、といじましく問いかけ、お父さんのものは全部捨てたわよ、だってジャマだもの、と言われて落胆の色を隠しきれない。
しかもそれは後に印刷でハコしかホンモノじゃなかったと明らかになるというオチまでついている。でもそのオチにはちょっと素敵な大オチがついていたんだけれども。

で、そう、元ヨメよ。なんたって真木よう子だから。「そして父になる」で是枝組にしっかり名を刻んだ彼女は、本作でも見事な芝居を見せる。このクズ夫のことは失敗した、という思いをあらわにしながらも、息子の父親への思いや、元姑に対しては息子のおばあちゃんということもあるし、それ以上に自分に対して良くしてくれたという思いがあるから、拒絶しきれない。
夫婦は結局は所詮他人だから別れることはある程度簡単だけれども、元姑は自分の息子のおばあちゃんであり、息子を通じて血がつながっているとも言え、夫とは違う人間として尊敬もし、好感を抱いていたなら……こういう場合、どうしたらいいもんなのだろう？？

なんかね、男性は、てゆーか、こーゆー場合の“元夫”はここまで考えていないと思う。母親から容赦なく糾弾されるように、こうすれば良かった、ああすれば良かったという、過去ばかりを悔いて生きているのだ。いや、あの時は良かった、こんな筈じゃなかった、という方向だろうか。
そう考えると、この作り手が男性、是枝監督だということを考えると、これは自己嫌悪？女性賛美？どちらにしてもなかなか皮肉が効いているんだけれども。

別れがあって、新しい出会いがあった時に、男は別名保存、女は上書き保存、というのはこうしたパソコンデータ社会になってから言われるようになって、上手いこと言うなと思ったし、実際その通りだと思ってきたんだけれど、そのことに対して良多がちょっと気にして職場の後輩女性に問いかけるシーンがある。
その女の子は優しくて、そんなことはないと。例えて言えば油絵だと。塗り込めて見えなくなるけど心の中にはあるんだと言う。この台詞は、ヤハリこれは、男性の作り手だから採用したように思う。思いっきり優しく言えば、だもの。
やっぱり上書き保存だよ。そうでなければ、元嫁も、老母も、こんなに強くはいられない。勿論ないことにまではならないまでも、しっかり残る存在としての別名保存ではないよ。

元嫁は「あの人は、家庭には向かない人だと思います」と申し訳なさそうにながらも、元姑に向かってきっぱりと言った。それを、元姑も「父親に似ちゃったから……」と申し訳なさげながらも納得して受け止めた。
だってこのおばあちゃんだって、今は団地内の音楽の先生に夢中なんだもの。ホント、まるでアイドルに対するがごとく。扮するのが橋爪功ってあたりが妙にリアリティ。ループタイとかが（爆）。しかも妻に先立たれてるし（爆爆）。
ちょっと引きこもりかも知れない娘の姿がちらりとだけ示してオワリなあたりは、社会派あざとさを感じなくもなかったけど……。

でもまあ、こういうキャラやエピソードが凄く上手いんだよね。わざわざＣＤ買って予習しちゃうあたりとかさ、そんでもって、それを知った息子がなけなしの一万円をおこずかいとして渡して、ＣＤでも買いなよ、とかいう流れとかさ。
単に点数稼ぎだと思ったに過ぎなくて、女がいくつになってもそんな華やいだ気持ちを持っているってことが、それこそ別名保存できていることが真に判っている訳じゃないくせにさ。

稼ぎが悪く、ギャンブル好きで、カイショ無し。思いっきり父親を受け継いじゃった良多。
受け継いじゃったのに、小説には興味を示さなかった父親とは折り合いが悪かった。数少ない取り柄は、字のきれいさ。それだけは似ていた。それが最後に、最後の最後に。

という前に、台風の夜のエピソードがあるのだが、なんかもう疲れちゃった（爆）。つまりは、父と子の絆を確かめ合う、っていうトコだからさ。
宝くじが夢を買う、っていうことを息子に伝えて、もしかしたら永の別れになるかもしれないラストシーンは……永の別れだなんて言い過ぎかもしれないけど……。

良多が質屋に持ち込んだ、父親が愛用していた硯こそが印刷雪舟よりずっといいもので、でもきっと良多はそれを売らなかった。だって、その質屋に、質屋のみならず町中に、団地中に、自分の受賞作を配って回っていたことを、それから十何年もたって、父親が死んだ後で、小説なんて読まないと思ってた、実際読んではなかったんだろうが、バカにしていたと思っていた父親がそんなことをしていたと知って、だから……。
だから、世代がひとつ新しい親子の別れが、大げさだけど永の別れのように見えて、でも決して、不幸じゃないと思ったのだ。

言い忘れたけど、お姉ちゃんのメモの意味は、お母さんがかつて米櫃の中に隠していた印鑑と通帳のありかの移動先を良多があさって騙されたもの。
もーう、このきょうだいの、いやさ小林聡美のしてやったりの顔がホント浮かんで、笑っちゃったよ！★★★☆☆

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