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死に損なった男
2024年 109分 日本 カラー
監督:田中征爾 脚本:田中征爾
撮影:ふじもと光明 音楽:Moshimoss
出演:水川かたまり 正名僕蔵 唐田えりか 喜矢武豊 堀未央奈 森岡龍 別府貴之 津田康平 山井祥子 三浦マイルド バイク川崎バイク キクチウソツカナイ。 あべこうじ
それにしても芸人さんのお芝居の上手さというのはなんなんだろう。映画初主演だという水川かたまり氏がこんなに素晴らしい役者さんだというのをどう知って抜擢するのだろう。いや、私が知らないだけで、お芝居のお仕事もいろいろやってらっしゃるということだから……でも、驚いた。
お名前は知っているコンビ、空気階段。でももっぱらラジオばかり聞いているので、お顔さえ一致していなかった。ちょっと繊細で端正とさえ見えるお顔。まつ毛長い。まるでアイラインを入れているみたいなくっきりとした瞳といい、なんだか劇画チックな深い印象を与える。これは……なかなかに唯一無二のキャラクターだぞと思っていたら、そこに絡む幽霊役の正名僕蔵氏もまた!彼もちょっと、アイライン系のギャン!とした強烈なお顔立ちで、それなのに私は時々酒向芳氏と見分けがつかなくなる(爆)。とにかく、ちょっと思いつかない組み合わせ。
水川氏は芸人を抱える事務所で、構成作家という役柄。後輩の作家に売れっ子コンビをとられて(と、周囲には見えている)、仕事量の多さにも疲弊している。この設定。もちろん実際に芸人さんである水川氏をキャスティングしているのだから、不思議はないけれど、芸人事情、コンビ事情、コンテストやテレビの世界にのし上がっていく経過や、それに伴う事務所の移籍等々、実際にどうかは判らないけれど、とてもリアリティがあって生々しい。
お笑いはとても楽しくて、笑って楽しませてくれるけれど、その裏側は、というのはそりゃまぁあるだろうなとは思うけれど、やっぱりどこかで、その裏側でも笑って楽しくやってる妄想をしているものなのだ。
だから……水川氏演じる一平が無意識のうちにふらふらと駅のホームから飛び降りようとするほどの疲弊状態に置かれている様子が、冒頭のすさまじいワンカットからつながっているもんだから、あぁ、やっぱりこんなに厳しい世界なんだ。笑いを届けているのに、無意識に死のうと身体が反応するなんて、とちょっと冒頭でビビってしまう。
考えてみれば本作は最初から最後まで、このシビアな業界のことも、そして一平が思いがけず関わることになるDV野郎に怯える女性、綾の事情にしても、現代社会のひずみをヒリヒリする生々しさで描いている、んだけど、そこに幽霊が絡み、コントを作る才能があっちゃったりするし、一平はこの幽霊、綾の父親である友宏と、脅されているにもかかわらず、なんかバディみたくなっちゃう。
コメディとまでは言わないけれど、ところどころクスリとさせられる絶妙さがあって、それは先述した、水川氏のうっかり端正さ(上手い言い方が見つからないが……)、繊細なお芝居が、いわゆるギャグ場面を愛しさに変えてキュンとさせてしまう。
それは、友宏から脅迫めいて、綾の元夫を殺せと強要されて、その元夫と遭遇しちゃって、明らかにこの元夫は押し出しが強い、つまり自分勝手さが力の強さにも出てるから、ちょっと突き飛ばされただけで一平は腰を打って動けなくなっちゃう。
綾に家の中に招き入れられても、横倒し状態で動けなくて、その状態で綾と会話するシーンは、シュールというかなんというか、なんかもう、このシークエンスで、ちょっと好きになっちゃうんだよなぁ。
友宏の葬儀に、一平が訪れたところから話は転がっていったんであった。一平が踏みとどまったその電車が、前の駅で人身事故があったということで遅れた。一平は自分の命が救われた、とまで明確に思っていたかどうかは難しいところで、それが本作のテーマ性とも関わってくるんだけれど、なんだろう……今自分がここにいるのは何故なのか、生きてここにいる、とまで明確に意識はしていない、というか、それは怖かったのかもしれないと思う。
ただ……明らかに普通の精神状態ではなかったことは自覚していたと思う。人身事故のアナウンスがあって、我に返って、電車が来ないから家に帰れなくて、事務所の会議室でそのまま寝てしまった。
後から示されるんだけれど、この同じ時間軸の中にもう一人いて、彼もまた一平と同じ状況にいて、幽霊が見えるというのも一緒で、それがタイトルとなっている死に損なった男、という条件なのであった。
中盤は、シュールなバディムービーの趣もある。友宏が、自分のことが見えている一平に、娘の危機を救ってくれと、つまり娘の元夫を殺せと無茶な強要をしてくるっていうのが本作のメインになる。
一平のことを関谷一平よ、といちいちフルネームで呼びかける友宏とのくだりは、そのリズムが段々と観客側が欲してくるようになっちゃう。一平は当然、最初のうちは疎ましがり、殺すなんて出来ないと言い、困惑の末激高までもするけれど、綾が元夫にDVを受けていて、半年の接近禁止令を終えて、友宏の葬儀のタイミングで近寄ってきたことを、実際に目にして、揺れ動く。
それは……友宏に言われなくても、自分がそもそも死のうと思っていたこと、それを友宏によって助けられたこと、つまり友宏がいわば身代わりになったこと……への、複雑な思いもあるし。それを、自分が生きていく場所で、構成作家として芸人たちのあがきを見守りながらの一平が、自分の仕事を、人生を、友宏に手伝ってもらいながら、謙虚に見つめ直す姿になっているのが、イイのだ。
これはね、同僚の気の強い女性、竹下さんに言わせれば、人が良すぎる、押しが弱い、貧乏くじを引いてばかり(言い過ぎかな)ということなのかもしれない。でも入院している一平を見舞いに来た彼女に言った言葉は、強がりじゃなく、本当に本心だったと思う。すっかり売れっ子になったコンビに、裏切られたなんて思ってない。売れる手助けを出来たと、嬉しく思っているんだと。
本作は、メインの展開は、幽霊に無茶な強要をさせられて右往左往する男、という、シュールなコメディなんだろうと思う。一平はなんつーか、弱気というかオクテというか優しすぎるというか、それが、同僚の竹下さんにとってはキィーッ!!と思うようなところなのかもしれないけれど、それが水川氏の、先述したような端正な風貌によって、納得させられちゃうのよね。
中盤はちょっと綾といい感じになったように思っちゃったのは、昭和的オバチャンの下衆の勘繰りだったのかしらん。元夫のつきまといから救い出し、お笑いが好きだという綾を自身が作家として関わっているライブに招待する。これは恋愛の展開かと思いきや、すみませんすみません、ヤボでした、そんなヤボな展開はないんだった。
でも、このライブ、一平が書いた、というか、友宏のアイディアをブラッシュアップしたネタは、つまり友宏が亡き妻の葬儀での挨拶をもとにしたものだったのだ。だから綾は笑いながらも涙を流し、お父さんからそんな話を聞いていたのかと問う。
結局本作には恋愛めいた展開はないし、観客側の下衆の勘繰りはいちいち不発に終わるんだから、結果的には、これがイイ、同僚とのちょっと淡い予感は感じさせるものの、これが凄く良かったと思う。
友宏の娘の元夫に対する強い憎しみと殺意といい、実際クライマックスの、双方殺す気マンマンの取っ組み合いといい、バイオレンスは本気全開で、マットな質感がマジモードを掻き立てるもんだから、ちょっと、怖さも感じたのは事実。
元夫は押し出しが強く、元妻の綾に対する執着心は、根拠のない彼女への愛情の自信を物語っていて、本当に見ていて怖かったし、いかにも文系で弱々しい一平が、この元夫と取っ組み合って勝てる筈がないと思った。
なのに……まさかの、一平が自分自身の腹部を刺した。信じられないリスクヘッジを負って、すべてが大団円。そんなことある??
辛い映画はもうこの年になるとキツいから、なるべく人にやさしい、性善説のオチを望んではいる。本作はほぼ100%満足なのだけれど、元DVの夫の改心まで入れちゃうのかぁというのは正直なところ。
でも、でもそうね、誰もが慈悲の心を持たねば。悔悟の気持ちを持った人を突き放すことはやめねば。でも、そうね、綾にしても、綾の元夫にしても、当然疑っていた、一平が見えているという友宏の幽霊の存在を受け入れたから、というのはあるのよね。
もう一人、いわば部外者である、一平の後輩で、売れっ子作家として一平を追い抜いて駆け抜けていった沢本、彼が、友宏が見えているんである。友宏も一平も、それに驚きながらも、ことさらに追究することはしない、しないけれど……友宏が、気づいたのだ。
一平がそうだったように、死に損なった、死の淵をまたぎかけたのではないのかと。あの時の、友宏が、そう明かされるのだけれど、自殺なんかじゃなかった。緩んだ靴ひもを踏んでしまって、たたらを踏む状態でホームに飛び込んでしまった。
沢本は、それを肯定しないんだよね。否定するんじゃない、肯定しない、というやんわりさは、自分の弱さを他人に開示しない、出来ないってことなのか、あるいは、こっちの方がよっぽど厄介なのだが、そもそもそんなキツい精神状態に自分がいることに気付いていないのか。
ちょっと、そこへの含みは残したような気がする。演じる森岡龍氏は、見た目は自信ありげ、マッチョなオーラがあり、一平のことも心底心配している趣である。決してそれが、ウソじゃないけれど、一平も、自分が見えていることで彼の状態に気づいた友宏も、彼のやばさに気づいちゃったから……。
この問題は回収されはしない。一平が、今は自分より売れっ子になった後輩に対して、いつでも話聞くから、ということしか言えないし、その時の状態は、一平が痴話げんかで殺し合いになって入院中なんだから、説得力には問題がある。
でも……このくだりはさ、ファンタジーな設定だけれど、何か、リアルな社会においての、誰かを救えるヒントを、提示してくれていたようにも思う。
ラストシークエンスもメチャ愛しい。まだとどまってる幽霊の友宏、ザ・町中華でラーメンを食べながら、店主や他の客には見えない友宏と、次の新作コントのアイディアを話し合う。これは……なかなかに斬新な終わり方。幽霊が悩みを解消して成仏するんじゃないとは!!もうこれからは、幽霊とも友達になる時代かも??それは言い過ぎかもしれんが、とにかく、素晴らしくスリリングで、予想外で、良かった、面白かった!!★★★★★