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新・兵隊やくざ
1966年 86分 日本 モノクロ
監督:田中徳三 脚本:舟橋和郎
撮影:中川芳久 音楽:鏑木創
出演:勝新太郎 田村高廣 成田三樹夫 藤岡琢也 瑳峨三智子 北城寿太郎 玉川良一 見明凡太朗 遠藤辰雄 神田隆
あっ、あまりの面白さにのけぞるッ!
あーん、いきなり三作目から観てしまったことをちょっと後悔してしまったわ。うー、なんという面白さ。それに戦争懐古心どこじゃないよ、こんな軍隊、日本軍国主義をナメちゃっていいのかしらんというこの痛快さ!やっぱりこれは、憎めない勝新がやるからこそ痛快なのよねー。
それにこれが意外だったというか……このシリーズでの相棒、一等兵である彼の上官として一緒に脱走を続ける上等兵、有田役の田村高廣がね、彼がね……ステキなのッ!いやー、ビックリした。勝新は相変わらずまつげバチバチのチャーミングで(この人ってさ、これだけ男くさいイメージがありながら、若い頃は特に、メチャクチャカワイイんだよね。黒目がちのお目々なんて、おにんぎょさんみたいなんだもん)彼こそがスターのオーラばしばしの主人公を担っているのは勿論なんだけど、この彼と息があっているというのがフシギなぐらい対照的なこの有田上等兵の田村高廣がねー、何だろう、このステキさは……。
勝新演じる大宮は、もう彼のチャーミングさと若さを存分に発揮する破天荒なわけね。とにかくじっとしていられない。つまんないと思ったら、すぐにコトをおこしたくなる。上手く通り過ぎそうなところを黙ってられなくて引っかき回してのっぴきならない事態に引き込んじゃう。相棒の有田上等兵は彼と一心同体だからいつも巻き込まれちゃうんだけど、大宮を憎むことはどうしても出来ないのね。大宮の行動力がなければ、そもそも脱走も出来ないし、その後の生活?もままならないんだもん。
でもね、本当に対照的だし、有田の冷静さのまま進んでいれば上手くいく場面はいっぱいあるのに、そのたんびに大宮が目先のことに頭に血がのぼって引っかき回しちゃうでしょ。でも有田は決して怒らないし、怒る気もないし、彼がいないと寂しいし、やっぱり気が合ってるんだよね。大宮のような自由奔放な男が有田のような頭脳派で慎重な男を尊敬し、守りたいと思い、なついているということの方が、不思議なのかもしれないんだけど、そこは勝新のあの、従順な子犬のような可愛らしさがまるで矛盾なく見せてて、田村高廣の演技力と、勝新の天性のキャラクターの歯車が絶妙なんだわ。
だからね、なんで田村高廣がこんなにステキなのかってさ……なんか、繊細なんだよね。丸メガネがキラリと知的に似合ってるんだけど、ちょっと寂しげで。誰からも好かれる大宮がこの先輩を放っておけないのが判る気がするんだよなあ。あのね、大宮が女郎の色気に負けて忍んでいっちゃって、それは彼らがムリヤリ足抜けさせて彼女たちを雇って女郎屋を営んでいたもんだから、有田は、一人の女に手を出したんじゃ示しがつかないから、こうなった以上は結婚しろ、といって、めあわすわけよね。このあたりの潔癖さがいかにも有田らしいんだけど、でも「永久に誓う?一ヶ月とか一年とかいうわけにはいかないのかな」(笑)なんていう大宮をたしなめて強引に結婚させちゃう有田は、結構楽しげだったりする。でも、結婚式(式というか……坊主上がりの兵隊さんを呼んで、仏教も神道もキリスト教もごっちゃになった儀式がやけに可笑しいんだけどさ)が終わって、それまでは大宮と一緒に寝ていた有田が、彼が嫁さんの部屋に行っちゃって、一人になって、「急に孤独がこみ上げてきた」とモノローグしたかと思うと(これ、全編彼のモノローグで進行していくのよ)大宮がバン!と入ってきて「さー、結婚式も終わった、終わった。大将、飲みましょう」と来るのよ!結婚したんだから嫁さんのところに行け、という有田に大宮は、大将が寂しそうでほっとけない、と言うわけ。なんか状況説明がやけに長くなっちゃったけど、そう、何というか、そういう感じなのよ。二人で色町に酒飲みに行っても「俺は悲しくなった。お前は悲しくないのか。俺たちは祖国から遠く離れたところで、こうして日本の歌を歌っている。祖国に帰れるあてもないのに」と一人落ち込んじゃったり、女郎屋を始めてからも「俺たち末端の兵隊でも死ねば靖国神社に祭ってもらえる(……うーむ)。でも彼女たちはここで死んだらロクな墓にさえ入れないんだ」と哀しむのね。大宮はその頃、店で評判の女の子のことで頭がいっぱいだというのに(笑)。なんというか、すごくしっかりしてるんだけど、そんな風に繊細で、ほっとけない感じなんだもん。あー、素敵。
彼以外のキャラが勝新もそうだけど、かなりコテコテなのが余計に田村高廣の素敵さを際立たせているのかなあ。ことに可笑しかったのが藤岡琢也。この人の調子のいい関西喋りは今も昔もほんっとに変わらないわね。彼は脱走した大宮と有田に利用できると目をつけられるへっぽこ一等兵なんだけど、案外抜け目がなくて、それ以降彼らと浅からぬ縁が出来るんである。そこは衛兵隊。ラクでイイもんが食えるから、とそこに志願したという彼演じる豊後は、上官たちの物資横流しを彼らにバラし、そんなら少しぐらい俺らも横取りしてもバレないだろう、と盗みを計画するわけね。その時大宮と有田は自らの隊、そしてその後見つかって編入された隊もともに脱走して、とにかく食うためのカネが必要だった。で、衛兵隊に浪花節を聞かせる芸人だとウソをついて(浪花節をうなる大宮はともかく、三味線を売ってしまったという設定を与えられた有田が、苦しまぎれにドスのきいた合いの手を入れるのが異様に可笑しいッ!)潜り込んで、豊後の手引きで物資を盗み出すのだ。しかし見つかっちゃって、それを逆に脅しつけて口止め料の分け前、を取り引きした大宮の言いっぷりが可笑しい。「ぬすっとみたいなヤツだな」いや、ぬすっとはあんたたちですってば(笑)。
分け前を渡してもソイツってば上官に告げ口しちゃって、そこにはふんづかまえられた豊後もいて、既にリンチ状態でタイヘンなことになってる。しかし大宮の口八丁手八丁と、何たって手の早さが効いて(ケンカ強すぎ!)そこにいたヤツらボコボコにして彼らはまんまと逃げおおせるわけ。ヒドい目に合わされちゃった豊後に上官たちの目を盗んで、すまんな、というように手を鼻のところに持ってくポーズをする勝新と、いやいや……と泣きそうな顔をフリフリする藤岡琢也(笑)。
さっきから、話の前後がメチャクチャだけど(笑)。とにかくそんなわけでカネを手に入れた二人、大宮が「久しぶりにコレ行きましょう」と小指を立て、そして妓楼に行くわけよ。そこでひとしきり呑んで騒いだ後、よーし、誰にしようか、お前か?お前か?とはしゃぎ、私にしてー!と一人の妓が彼に抱きつくと、おーし、お前にしようか、と顔をじっとのぞきこんで、ヤメた!とぶっ飛ばしちゃうのには爆笑!オイオイ!しかしその時店に来た憲兵たちに女の子をみんなとられちゃって、しかも店の主人の策略で賭博場で大宮はせっかく手に入れた大金を全部スッてしまい(こういうあたりが大宮なんだよな……止める有田の言うこと聞いてればそうはならないのに、というような場面がぞくぞく出てくるのよ)、やむなくその妓楼で働くことになるも、ダマされたと知り、しかも女の子たちが無慈悲な条件下でこき使われているのを知った大宮は、自分たちと共に女の子たちをこっそり夜逃げさせることを計画するわけ。
そこで、「それは面白そうだな」とマジメな顔してノッちゃうあたり、有田が意外に大宮と気が合う部分とも言えるのかもしれない。かくして女郎屋を始めることになった二人、このことにも有田は強硬に反対してたんだけどね……なぜ彼がそんなに拒絶したのか、何か理由がありそうな気もしたんだけど、特にそのことにはその後触れられないし、ただ単に彼が潔癖だったということなのかな。だけど始めてしまえば経理はシッカリモノの有田が握り、女の子たちを身内のように可愛く思えるようになる、ってあたりがいかにも有田らしくて素敵で好きッ!だってそんなことを語っている頃大宮は、桃子がスゴいモノの持ち主だと知って胸を高鳴らせて夜這いし、「確かにスゴイ……参った……ホレた」などと言ってるんだもの(ヤラれてんじゃないの(笑))。寝返りをうったら、寝たと思っていた有田と目が合う場面は最高に可笑しくって大好き!じっと睨まれた大宮、布団を鼻のところまで引き上げて、気まずげにそのカワイイお目目をパチパチ。もー、勝新、カワイイっつーの。
そんな中、豊後が殺されてしまう。どうやら彼が秘密を握っていた冷徹な憲兵、青柳にやられたらしい。青柳を演じるのは成田三樹夫。すいません……私彼も好きですの。こんなハッキリした悪役の彼は初めて見るけど、冷たい美しさがそれに実に似合っているのだわー。しかも足が長くて軍服がよく似合うこと……(ウットリ)。彼が有田と取り引きをするために二人相対する場面は、双方イイ男なので、もう私は呼吸困難で息切れしそう(笑)。
んで、相変わらずの大宮、せっかく有田が冷静に話し合いでカタをつけようとしたこの場面にも乗り込んで拳銃振り回しちゃうもんだから、憲兵につかまってリンチされちゃうのね。牢に放り込まれ、あわや殺される!というところで大宮が格子越しに青柳をブン殴り、日本刀を振り下ろして殺そうとしたところを有田に止められる。そう、大宮はとにかくケンカが強いし、彼を殴った相手はその岩のような固さにその手が逆にケガしちゃうぐらいなんだけど、決して人を殺すことはしないんだよね。大宮は何度となく「殺しちまおうか」とまあギャグ的に言うんだけど、有田によっていつもたしなめられる。それは、状況的にマズいから、と言って確かにそうなんだけど、やっぱりそのあたり、有田は人格者なんだよなあ。あー、田村高廣にピッタリで素敵(もうこればっかり)。
そしてそこから逃げ出すラストシーンもこれまた痛快きわまりないッ!手榴弾を投げまくって多勢の敵を蹴散らし、置いてあった(なんでこんなの置いてんの!)サイドカーつきのオートバイに乗って(サイドカーに乗るのが先輩の有田だっていうのが、カワイイッ!)コブをジャンプするわ、暴走して群れに突っ込むわの大暴れをして、そして二人はさっそうとそこから走り去って行く……で「完」!うううー、なあんという、完璧に爽快なラスト!
大宮が隠し持った拳銃が股のところまで落ちてきちゃって、身体検査をした兵隊さんがギュッとつかみ、「スゴいものをもってるな……異常ナシ!(異常ありありだよ!)」と言ったり、訓練に参加したくない大宮が「バア、バア、バア〜」と頭がおかしくなったフリをしたり(勝新、面白すぎ……)、大宮のギャグシーンはネタといいタイミングといい全てが秀逸で、もう大笑いの連続なんだもん。それと大宮と有田のツーショットカットが実に鮮烈なんだよね。二人の信頼と友情が強烈に感じられてさあ。同等の立場じゃなくて、大宮が有田をいつでも尊敬してて、有田はその立場でどうしても譲れない時は、命令だ!と強硬に言ったりするんだけど、でも有田を守りたいと思ってる大宮はそう言われても言うこと聞かないあたりが可愛かったり、有田はそんな大宮の、自分を慕ってるがための行動にいつも折れてしまったりっていう……その上下関係がすっごくもう、うらやましいぐらいの信頼関係でね。彼らが重要な会話をする時、顔をすっごい近くに寄せ合ってのどアップが何度となくあるんだけど、こういう関係を常に感じさせてくれるから、これが実にイイんだよなあ。いやつまり、田村高廣がステキってことなんだけど(笑)。
それにそれ以外でもカットの切り取り方のセンスの良さにはああー、とため息ついちゃうようなところがいっぱいある。豊後から桃子の武器の良さを聞かされて、豊後の後ろ頭をピントぼかしで手前において、右側に大宮、左側に有田、大宮が「そんなに……」と同意を求めるかのように有田に顔を向けると、有田はなんとも言いようのない顔をして下を向き、左側のスクリーンの外に見切れてしまうという、これがね、豊後の後ろ頭が手前にあるからこそ、なんかミョーに可笑しいのよ。ツーショットではなくスリーショット、豊後に見られながらの、二人のビミョーなリアクションというのがね。こういうあたりはやはりカットのセンスの良さって感じなんだよなあ。見切れる田村高廣がね、素敵なのよ(しつこい……)。
確かにこれはオトウサンたちじゃなくても、ボックスセットで揃えたくなっちゃうかも……。★★★★★
兵隊やくざ 強奪
1968年 80分 日本 モノクロ
監督:田中徳三 脚本:舟橋和郎 吉田哲郎
撮影:森田富士郎 音楽:鏑木創
出演:勝新太郎 田村高廣 佐藤友美 夏八木勲 江守徹 千波丈太郎 金内吉男 須賀不二男 伊達三郎 平田守 川崎裕之 堀北幸夫 木村玄 籔内武司 西岡弘善 小林直美 毛利郁子 勝村淳 山岡鋭二郎 解伴勇太郎 黒木現 森内一夫
あーっと、またしても先走りすぎてしまった(笑)。だからどういう状況かっていうとね。あ、そうそう今回は結構シンラツだったりするんだよなあ。もう戦争中じゃない。終戦を迎えてる。戦争が終わったんなら、とばかりに早速隊から逃げ出す二人がそこここで目の当たりにしたのは、日本軍の侵略に恨みを抱える地元ゲリラたちによる襲撃で虐殺された兵隊たちのてんこもりなんである。それは本当に……白黒でもその生々しいべっとりとした流血が砂ぼこりにまじっている凄まじさがありありと伝わるんである。大宮は「戦争が終わったっていうのに死んじまうとはやりきれねえな」とぽつりという。決して地元民を非難するようなことは言わない。まあ現代ならそれも当然の認識なんだけど、当時、あるいは劇中の当時としてはこれはなかなかいさぎのよい戦争批判のように思う。
大宮は、いや有田もそうだけど、軍人という立場でありながらその立場を嫌ってるし、いつだって逃げ出しちゃうし、結構地元民とも仲良くなっちゃって、だから仲間たちが戦死ではなく、恨まれて殺されてしまう、それも日本という国の恨みを個人に負わされて死んでしまうことに、地元民たちの気持ちも充分に判るだけに、何ともいえない気分になっちゃうんだと思うのね。
しかもこの物語は最終的に、虐殺された部下たちを見殺しにして一人だけさっさと逃げ出し、甘い汁を吸っている上官をやっつける話だったりするんだから、余計に、なんである。
しかもこの上官というのが中国人のフリして中国人たちを信頼させて使い、最終的には自分だけがすべての利を奪ってこの中国人たちでさえ皆殺しにしてしまうというヤツだっていうんだから、いい加減な様に見えて正義感の強い大宮が怒りまくるのは当然。
ちなみにその時有田は無実の罪を着せられて、解放軍につかまっちゃってるもんだから出番が少ないんだけど……おっとっと、またしても話を急ぎすぎたよ!
だからそーでなくってね。あー、順序どおり話せる才能が欲しいー。だからそーでなくって。逃げ出した二人のところに話を戻しますと……その死屍累々たる仲間たちの中に、まだ息のある五人を見つけて二人は助けてやるのね。なけなしの食料も与えて。んでまたぞろ歩いてゆくと、いまだ竹やり訓練なんかしとる部隊に二人は行き会う。何してんだあ、と呆れる二人。戦争が終わったことを知らないのか、と近づいてゆくと、この二人に頭ごなしに命令する上官にトサカに来て、また暴れまくっちゃう。戦争は終わったんだから、もう上下関係なんてないんだ!と言う二人に、戦争が終わったなんてデマだ、とイッちゃってるこの上官は言い、二人を倉庫に監禁してしまう。
……こんな風に信じなかった人たちは実際、いたんだろうなあ、などと想像してしまう。竹やり訓練だなんて、あまりにもアナクロなことを、戦争が終わっても延々と繰り返し、そんなことにつき合わされている部下たちも実に気の毒である。
この倉庫に、あの五人組が盗みに入り込んでくるんである。あ、あの時の!こりゃ助けてもらえると思いきや、しこたま運び出した挙げ句、ニヤリと笑っただけで五人は二人を置き去りに行ってしまう。なんてヤツラだ!と二人は怒り心頭。しかしさあ、この二人を助け出したのがネズミ君だっていうんだから!つまりこの倉庫にちょろちょろ走り回ってるヤツね。ドンカンな大宮は寝ている時にネズミに顔まで這いまわられてそれこそチューされても(ヘタなシャレだがホントにそうなんだから)全然気づかなくて、有田も呆れ顔なんである。しかし五人が去った後、急に大宮がアヘアヘ言い出すから(爆笑!)何かと思ったら、ネズミ君が大宮の手首を縛ってる縄をかじってるのね。で、二人は首尾よく逃げ出すことが出来るわけ。
逃げ出した二人が目にしたのは、美女があわや銃殺されるという場面。どうやら女性ゲリラらしいんだけど、黙って見てられない二人はまたも暴れまくり、この美女とともに逃走、廃屋に逃げ込む。もう大宮は女に飢えまくっちゃってるからこの美女に鼻の下をのばしまくりで、「横になった方がいい」とかいって、寝かしつけるかと思いきや……そのまま一緒にのしかかっちゃう、っておいお前ー!いやさすが天衣無縫な勝新だよ……これでもカワイイと思っちゃうもん。まあそんな大宮のケツをバシッと叩く有田上等兵がいてこそだけど。ああ素敵、有田上等兵……。
どうも落ち着かないこの美女に、「そうだ、きっとたまってるんだな」と大宮は「シーシー?ションション?」なんて、それお前別に中国語でもなんでもないから!彼女はうなづき、外へと出て行く。一緒に行こうとする大宮(笑)「いや俺も……」真顔で止める有田上等兵が素敵ッ(これしか言ってないな私……)。
でも案の定逃げられちゃうの。そしてどこからともなく赤ん坊の泣き声が。まるで女の替わりに、とでも言うように、赤ん坊が置き去りにされていた。勝新はこの時もう子供がいたのかな、抱き上げ方も実に手馴れてて、無類の子供好きというキャラが板についている。一方有田は難色を示すのね。彼は冷静な現実主義者だから、こんな赤ん坊を連れていたら共倒れだし、自分たちと一緒にいたらこの赤ん坊だってかえって危ない、と。それは正論なんだけど、このままここに置いておいたらすぐに死んでしまうという大宮の主張も確かに正しい。それでも上等兵の命令だから、と(戦争は終わった、と言いながら、この有田上等兵に対しては徹頭徹尾下につく大宮がカワイイんだよなー)がうものの、赤ん坊は泣き叫び……大宮の視線にもついに負けて、有田はいっしょに連れてくることを許可する。
しかしその後は大宮と赤ん坊の取り合いになるぐらい、有田もメロメロになっちゃうのがカワイイのだ。赤ん坊と一緒に昼寝をしているところなんか、もう本当に親子みたいで、ああキューンとくるのだわ。でもそんなところを解放軍に襲われて、有田は連れ去られてしまうのね。あの五人組が解放軍の資金の5万ドルを盗んだことで、その嫌疑をかけられたわけ。その時大宮は赤ん坊にあげるミルクをゲットするために、こともあろうにヤギごと盗み出しているところ。イヤがってメーメー泣くヤギを乱暴に引っ張っていく大宮がすこぶる可笑しい。で、ついてみると、赤ん坊だけが置き去りで有田の姿がない。もうヤギの存在なんかどーでもいい感じで引っぱりまわすもんだから、ほとんどくび吊り状態で引っ張られるヤギ君が可哀想で(笑)。そうして大宮と有田は離れ離れになってしまうのね。
有田を探しまわっている最中、あの五人組、じゃない、その時はもう二人死んじゃってて三人になってたけど、大宮は出会い、彼らが解放軍の資金を盗んだことを知る。ただその資金は、上官の松川という男が独り占めにして持ち出したらしく、三人はその行方を追っている。そんな話をしている時に解放軍が通りかかったもんだから、赤ん坊の泣き声を止めようと、大宮と赤ん坊の上に三人がのしかかってきて、ぴくりとも動かなくなってしまった赤ん坊に、死んでしまった!と取り乱した大宮は三人に殴りかかる!。でも三人がボッコボコにされたところで赤ん坊がフギャー!と泣き出す(笑)。大宮は金を見つけたらきっと分け前をやるから、という彼らの言い分などには耳を貸さず、ちゃっかりカツアゲしてその場を去るんである。
そんな大宮に声をかけてきた中国人。彼の腕を見込んで自分たちのボスの用心棒にならないか、と言う。「女も酒もいっぱいアルよ」の言葉だけで陥落してしまう大宮……らしすぎるってば、勝新……。で、着いたとたんに美女が部屋に入ってくるもんだから、早速押し倒す大宮、泣いている赤ん坊を、女を押し倒しながらその足でよしよしてな具合にあやしているのが可笑しすぎるー!
ボスに呼ばれた大宮、賭場を荒らしている三人組を追い出してほしい、との要望に見事応えるんだけど、その三人はかの解放軍だった。んで大宮は捕まっちゃって拷問を受ける。あ、ちなみにこの時には有田はもう首尾よく逃げ出してるのよ。捕まっている時には「こんな時に大宮がいたらなあ」なんてつぶやいて、そーよ、そーよ、二人コンビなのに離れすぎだよ!とそんな寂しそうな姿にキューンとしながらも思ってたんだけどさ、でも大宮流に看守をだまくらかして逃げ出してるのよ。つまり二人は徹底的にすれ違ってるんだよね。有田が逃げ出したと思ったら大宮が捕まって、みたいなさ。大宮は目隠しをされ、あわや殺されそうになる!ところを助けてくれたのはあの美人ゲリラ。彼女はここのリーダーで、彼女自身は日本の学校を出ているし日本人が好きなんだけれども、資金を日本人に奪われたことで、日本人たちを祖国に帰す運動も出来ないでいると言う。で、大宮はこの美女にメロメロなもんだから、資金を取り返す約束をするのね。しかも黒幕が、自分が雇われたあのボス、しかも中国人のフリしてる松川だと知って彼は激怒、隠していた資金を独り占めにしようとしていた松川とその場で一対一の対決、もみあっているうちに銃弾が松川を貫いてしまう……。
資金を解放軍に返した大宮、「俺はウソはつかない。俺は日本男児だ!」と叫ぶのはいいんだけど、その後、約束だとばかりにあの美人に口を突き出してチューを迫るのは(笑)。らしいからいいけど。いやあれはチューだけでは済んどらんな……彼女もすっかり受けの体制でカーテンの向こう側に消えていくんだから。いやー、色っぽいな、佐藤友美。
大宮と有田がやっと再会するのは、解放軍が内地の日本人を帰すトラックが出発してしまった後。もうコレに乗り遅れたら日本に帰れないっていうのに、大宮は有田を探し続けて、結局乗らずじまい……すると砂ぼこりの向こうから足を引きずった男が……もう遠目で上等兵殿だ!と判っちゃう大宮がカワイすぎるんだよなー!駆け寄った二人は再会を喜び合い、赤ん坊が無事なのにも喜び、また「三人で暮らそう!」のラブラブトーク……もおー、お前ら夫婦かいー!(とヤキモチまぎれにもう一度言ってみる)
うー、やっぱり有田上等兵の出番の少なさに不満なのだー!★★★☆☆
ヘイフラワーとキルトシュー/HAYFLOWER & QUILTSHOE
2002年 72分 フィンランド カラー
監督:カイサ・ラスティモ 脚本:カイサ・ラスティモ/マルコ・ラウハラ
撮影:ツオモ・ヴィルタネン 音楽:ヘクター
出演:カトリーナ・タヴィ/ティルダ・キアンレト/アンティ・ヴィルマヴィルタ/ミンナ・スローネン/メルヤ・ラリヴァーラ/パイヴィ・アコンペルト/ロベルト・エンケル/ヘイキ・サンカリ
思えば、北欧は「ロッタちゃん」にしても「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」にしても、こうしたカワイイ子供映画がとても秀逸で、カワイイ子供映画なんだけど、やっぱりそういう本質の部分……大人の事情に子供が振り回されてしまうという部分をキッチリと描いているのが凄いなと思う。つまり、見た目はカワイイ子供映画なんだけど、しっかり社会映画として成り立っているのがね。子供映画は子供映画としてノンキに存在してしまう他の国の映画とはそこが違う……あるいは、もう見た目からシリアスに作っちゃうとか、してしまうもんね、普通。ちょっと大人に都合よく作ってる気がするけど、でもだからこそ現代を鋭くえぐってる。昔なら、よきパパよきママとかわいい子供たちのホームドラマになるか、理解ない親たちに苦しめられるシリアスドラマになるかのどっちかだったろう。子供たちにとっては(特に長女にとっては)かなり危機的状況なんだけど、家はカラフルだし、お隣りさんはファンタジックだし、何より彼女らはカワイイし、深刻にならない。
ほおんとにね、見た目はかっわいいったらないの。こんなカワイイ姉妹は「イン・アメリカ」以来じゃなかろうか。おにんぎょさんみたい、という言い方がピタリとくる。愛くるしさを形にしたらこうなる、というような妹、キルトシューはワガママいっぱいで、不満も自分の希望もギャーギャーと叫びまくるもんだから、いくら可愛くてもウザったくて、うるさーい!!とか言いたくなるんだけど(笑)。一方、お姉ちゃんであるヘイフラワーは、お姉ちゃん、を絵に描いたようなシッカリ者。妹が甘やかされ放題なのにも不満ひとつ言わず、お母さんが家事が一切ダメなのも(このダメさで、ヘイフラワーが成長するまでよくこの家庭は成り立っていたもんだ……)不満ひとつ言わず、お父さんが研究に没頭して家族との時間をないがしろにするのにも不満ひとつ言わず……ああ!なんてイイ子!キルトシューよりもちょっとすっきりとした大人顔で、プラチナブロンドの長い髪や、スリップ型の寝間着が似合ってたり、ちょっと大人っぽい印象を受けるところがロリータ好きにはヤバいドキドキなんである。
お父さんが仕事ばっかりで家庭を顧みない、というのは、まあよくある家庭情景ではある。ただこのお父さん、家にはずっといるから、なにかというと家族はこのお父さんの研究室に飛び込んで文句を言うんで、お父さんの影が薄いということはないのね。このあたりはミソだと思う。お父さんが自分の仕事に夢中だけど、でも家族のことはきちんと愛しているのが伝わるから。つまり、不器用なんだよね。とりつくろったり出来ないその素直さは、ヘンな不信感を与えないという点では愛すべき人物。
で、お母さん。この映画の革新的な部分であり、本質的な部分を担う人物。今までのホームドラマでは、ありえなかった母親像だと思うのね。家にいるならば、家事が得意な奥さん、そうでなければ、外に働きに行っていて忙しいお母さん、そのどちらかだったと思うから。いわばこのお母さんは、その中間にいる人。「大学も出たのに……私は外に働きに出るべき人間なのよ」とダンナに訴える彼女は、家事は苦手だけどそこから逃げようと思って仕事したいと思っているわけではなく(なんかそういう解説になってるんだけど、私はそうは思わないんだよなあ)、出来ない家事も家族のために一生懸命にやろうとする素直さもあるけど、やっぱりダメだと落ち込み、自分のアイデンティティを失いそうになってて、ちょっと落ち込み気味の今現在、ってワケなのさ。
実際、この家庭がどうやって生計を立てているのかかなりギモンなところがあるしなあ。お父さんは家にこもりっきりでジャガイモの研究してるけど……この研究がお金に結びつくとはどーしても思えない……ま、そのあたりがお伽噺的ってわけではあるんだけど、でも男の夢を追わせるんであれば、奥さんも外で働くことを望んでいるんだし、今の時代、そうやって奥さんが家計を支えたっていいわけなんだよね。
もちろん、子供たちは両親が家にいて、幸せな家庭を築くことを望んではいる。ま、妹のキルトシューの方は、食事が毎回お父さんの愛するジャガイモで、そのことにブチ切れている趣はあるけど(まあ……毎食ジャガイモは確かにキツいよな)ヘイフラワーは夜、ひそかに「神様、私の家族をどうぞ普通の家族にしてください」とお祈りしているんだもの……ああ、ケナゲ。でも、これが現代の、普通の家族なのかも、むしろ、幸せな方なのかも。
ところで、ここはフィンランドで、だからヘイフラワーがこうしてお祈りしているのはとっても夜遅い、らしいんだけど、夏の白夜の季節だから、せいぜい夕方くらいの明るさなんだよね。それが普通に描かれているのが、ああ、これがフィンランドの日常なんだな、と思って……もう日常からファンタジーなんだなあ。
ところで、家事が苦手なお母さんが、それだけならもう、私はそういうのには向かないんだ!と断じて、シッカリもののお姉ちゃんもいることだし、さっさと外に働きに出ても良かったのかもしれないんだけど、彼女を思いとどまらせたのは、お隣り(といっても、のどかに広いフィンランド、かなり離れている雰囲気なんだけど)のアリブレニン・シスターズの存在があるんである。
もうオバサンの領域に入っているお姉さんの方と、妹の方はまだ30代半ば?の色気をふりまいて、町のおまわりさんと恋に落ちたりもしてるけど、なんか叶姉妹が庶民的になったみたいな趣の、凄い尻のデカい、ハデハデに浮き世離れした姉妹なんである。
なんか、こういうキャラが出てくるあたりが、ファンタジックなのよねー。いや、ヘイフラワーとキルトシューの超絶キュートな姉妹にしても、その両親にしてもかなりファンタジックで非現実的ではあるんだけど……。ジャガイモを愛するお父さんとか、お母さんも、ウサギさんみたいな髪型に、ママって感じのハデハデエプロン、基本原色!みたいな、マンガかよ!ってなカッコでお母さんやってるし。ただ、このお母さんについては、そうやって形から入ろうとしている部分が大であり、悩んで素になると、案外普通の女性のファッションになるんだよね……このお母さんだけが、やっぱり、この物語の中で現実味を帯びているのかも。本質だもんね、なんたって。
だからね、このお母さんが意地張ってるのは、このアリブレニン・シスターズに子供たちがなついてしまっているせいなの。お母さん、冷たいってんじゃない。子供たちと遊べば本気になって楽しめる人だし(もう我を忘れて、水入り風船割りに没頭し、ヘイフラワーに心配させちゃう)、このお隣さんに対しても、自分に出来ないことが出来る、というヤキモチだし、カワイイ人なんだよね。このお隣さんには子供たち(ことにキルトシュー)が欲してやまないスパゲティの食事がある。キルトシューがこれほどまでにスパゲティ(ここでの発音はスパゲッティア)に執着するのは、お姉ちゃんのヘイフラワーがじき小学校に入学してしまい、そこでの給食にスパゲティが出ると聞きつけたからなのだ。
そう、お姉ちゃんは、じきに小学生になってしまうんである。
実は、これこそがキーワード。この家庭の要となってつなぎとめていたシッカリ者のお姉ちゃん、ヘイフラワーが小学生になる、つまり多くの時間をこの家族から抜けてしまう、そうしたら、この家庭はどうなってしまうのか。
それまでは、家族みんな、お姉ちゃんがいるからと、安心していた部分があった。家事も、手伝うという領域をこえて、ヘイフラワーがこなしているような部分があったし(お母さんは、パンを焼けないどころか、おなべの焦げつきさえ満足に洗えない)何より手がかかる年頃のキルトシュー(というより、これは彼女の性格と、それを助長するだけ助長した甘やかしっぷりが原因だけどね)の面倒を見られるのは、お姉ちゃんであるヘイフラワーしかいなかったのだ。
つまりは、今まではキルトシュー中心に生活が回ってたんだよね。みんなヘイフラワーに感謝はしているんだけど、それどまりで、彼女の悩みを考えるには至ってなかったのだ。
なんだっけ、どういうきっかけだったっけ。なんか突然、みんなでオリンピック大会(つまりはスポーツ大会)しようとかいうことになるんだよね。あ、キルトシューがあまりにワガママし放題だからかな。で、ヘイフラワー、「今まではいつでも妹に勝たせてあげてました。でもオリンピックはフェアな大会だといいます。どうか今度だけは私に勝たせてください」とお祈りする……聖火を持って走りたいんだよね、ヘイフラワー、聖火ランナーの
練習までして……うッ、ケナゲ……勝たせてあげたかった!
でもその大会、ワガママ女王様のキルトシューがあからさまなズルをして、ヘイフラワーの足をひっかけてまで、勝ちをとる。大人皆そのことを判ってるのに、「あの子は小さいんだから。お姉ちゃんでしょ」と見過ごしてしまうのだ!
ダメだよー!許すのにもね、限度とか境界線ってものが、あるんだから!ちゃんとズルがダメだってことを教えてあげなくちゃ。この企画自体が無意味になってしまうし、何でも許しちゃ、この子のためにならない。
ヘイフラワーはお姉ちゃんで、どこまでいってもキルトシューより年上のお姉ちゃん、だから、いつでも、彼女より大人であることを要求されるけど、だから忘れがちだけど、彼女だって子供なのだ。ムリをしているのだ。
フェアな大会だから、とそれだけを望みに頑張ったヘイフラワーの気持ちを思ったら、それまでガマンしてガマンしてた彼女がヘソをまげて、喋らなくなったのも、道理なのだ。もう観客みんな、そうだ、ヘイフラワー、徹底的に抗議しちゃえ!と思っちゃうのだ。
でも、今ひとつ周囲の大人はそれを判ってない風なのが歯がゆくて……原因である当の妹、キルトシューも、「お姉ちゃんが遊んでくれない!」とくだらないチョッカイ出しまくりだしさ。お前のせいだっての!
ふだんは聞き分けのいいヘイフラワーが、まるでダンマリになって、妹の面倒も見ず、家事も手伝わず、それどころか妹の本を破り捨てたりまでして、周囲はすっかりコンワクしてしまう。でも、こんなこと、キルトシューだったらずっとやってきたことじゃん。ヘイフラワーは子供である権利をずっと剥奪され続けてきたんだよね。
ちょっと、心配だったんだ。周囲はヘイフラワーがなぜ怒っているのかを、判ってない、あるいは忘れてしまったんじゃないかって。
実際、そういう雰囲気はある。ほとぼりが冷めれば……みたいな。アリブレニン・シスターズのパン生地セラピーだってそういう意味合いだったろうし。
そりゃ、あのオリンピック大会はキッカケにすぎなかったけど、そのキッカケはとても象徴的なものだから、キチンと解決しなければならなかったのだ。
このパン生地セラピーというのは、原色のさまざまな色のパン生地によって、その人の本当に思ってることをあぶりだす、といった趣。このファンタジックな姉妹も、どうやって生計立ててるのかギモンな感じだったけど、これが職業なんだとしたら、まあ納得も出来るかも。このパン生地の原色が、本作のポップな色合いをダイレクトに象徴してる。しかしこのパン生地、ホンモノなのね!撮影に時間がかかって腐っちゃったパン生地の匂いがヒドかった、とヘイフラワー役のカトリーナが言っていた(そういうことを冷静に言うあたり、既にヘイフラワーっぽい)。でも、パン生地とグチャグチャにたわむれるこの場でも、ヘイフラワーはだんまりを決め込むばかりなの。
そこに、キルトシュー、そして遅れて母親がやってくる。キルトシューは、お姉ちゃんと遊んでもらえなくて、タイクツでここに来た。まあでも……キルトシューも、じきにお姉ちゃんが小学校に行ってしまうことで、不安になってたのかもしれないんだよね。そしてお母さんは、ダンナがお昼におイモをゆでてくれて、家庭に戻ってくれたかと思いきや、そのゆで加減にまたも研究者魂を発揮する彼にさすがにキレて、出てきてしまうわけ。で、迎えに来たダンナに、二人の姉妹と共に、「私もスパゲッティが食べたいの!」
あはは、あなたもそうでしたか!
でね、この時、反省したお父さんがヘイフラワーに、キルトシューのズルを見逃したことを謝るわけ。で、私はホッとする。ヘイフラワーが怒っていた理由をホントに忘れていたのかと思ったんだもん。
そして、アリブレニン・シスターズが、お母さんに提案するのだ。「あなたは、外で働くべき人なのよ。私たちがキルトシューの面倒を見るわ。私たちは親にはなれないし、そうしたくもないの。でも、最強のお隣さんよ」
そうこれこそが、革新的、かつ本質的部分なのよ。現代のお家事情と、その解決策を正しく示してる。
ただ、隣近所が協力して互いの面倒を見るというのは、昔なら普通にあったことだと思うのね。でもそれが現代では失われてる。現代のように、女性が外で働くことが普通になっている時代、より一層それは重要なことで、それに対する言及であるとも思われる。それに、女性が外で働くことに関して、自己満足みたいに思われるのが、女性にとってすんごくヤなことじゃない。ダンナに食わせてもらえるのに、家に入って大人しく主婦やってろ、みたいなね。でもここでは、ダンナの研究がカネになるとはあまり思えないから、このお母さんの仕事への欲求はまっとうなものだと思えるんだよね。まあこの例は極端ではあるけど、例えば、能力の分担を考えて主婦と主夫が逆転してもいいじゃないかという問題提起にも(実際、ここのお父さんはイモのゆで加減にもあれだけこだわるんだから)一石を投じると思うんだよなあ。
オリンピック大会でズルしたこと、キルトシューは絶対判ってないと思ってたんだけど、判ってたんだ。いや、この時お父さんがヘイフラワーにそう謝っていたせいかもしれないけど、でも、お姉ちゃんに「ズルしてごめん」って謝るキルトシュー。
ヘイフラワーが折れたのは、黙りこくっていることに疲れちゃったせいで、それになにより、彼女はやっぱり家族が大好きだからさあ。
怒っている時、つい汚い言葉を使ったりして、今までは絶対にそんな言葉使わなかったから、そのことを妹に聞かれるの。
「なぜ汚い言葉を使ったの」
それに対して答えるお姉ちゃん。
「子供だって、いつもいい子ではないのよ」
そうだ!そうだよね!彼女、自分はいつでも大人でいなくちゃと思っていたけど、でも自分がやっぱり子供だということを自覚しないままだったのは、その時点でまだまだ子供だったということで、いや、それは実際必要なことで、今、子供だということ、子供であるべきだということを自覚した彼女は、今こそ真に大人を身につけたということなんじゃないのかなあ。ちょっと皮肉かもしれないけど。
そんなお姉ちゃんに、妹はチュッとキスをする。
「大切なお友達にはキスするのよ。それはお姉ちゃんなの」
あーん、カワイイッ!!
今は親は親だけを頑張ったら、かえって失敗するから……。子供も親の気持ちを判ってあげて、早くから大人になろうね、という時代なのかなあ。大変……。
この、お姉ちゃんが小学校に入るまでの数日間、妹が一人取り残されることを心配するお姉ちゃんが、いよいよ小学校に通う日がくる。リュックサックに荷物をつめて、通学する娘を見送る家族。「もう小学生だなんて……ちゃんと育ってくれた」と涙ぐむ母親。
そんなお母さんに、「私はずっと子供だもん!」と怒った様に言うキルトシュー、そんな娘を涙目で抱きしめる母親。
ずっと、子供でいられればいいのにと、双方ともに思ったこの瞬間が最も幸せなのかもしれない。でもこの時、お姉ちゃんはすでに、大人社会への第一歩を踏み出した。
なあんか、やっぱりお姉ちゃんはいつでも、一人で頑張らなければならないのね、と思っちゃうなあ。ラストシーン、草原の中を分け入る一本道を一人歩いていく彼女のカットもそんな感じだし。
おまわりさんに迷惑をかけるたび、「牢屋に入るの?」と再三聞くキルトシューは可愛かったな。判るなーとか思って。小さい頃って、「牢屋に入れられる」ってよく言われたりしてたし。
二人の寝姿に、「かわいいわ」「ふたつの豆粒だな」という両親、いや、それどころか、天使だよ、ね!★★★☆☆
変身
2005年 108分 日本 カラー
監督:佐野智樹 脚本:よしだあつこ
撮影:浜田毅 音楽:崎谷健次郎
出演:玉木宏 蒼井優 佐田真由美 山下徹大 松田悟史 釈由美子 北村和夫
純一が病院で目覚めた時、彼は何が起こってここにいたのか、何ひとつ覚えていなかった。
ただ、目覚めるまでの間、ずっと夢の中でさまよって、その間ずっとずっと恋人、恵との幸せな記憶を反芻していた。彼女が自分を呼ぶ、「純」という声で、かろうじて自分の名前を覚えていた(それも覚えていたという感覚じゃなかったかもしれない)ぐらい。
目覚めて、自分の頭には大きな傷が出来ていて、医者たちはまだ話す時ではないと、何が起こったかに口をつぐむ。
やがて、面接が許され、彼の恋人、恵がやってくる。その時は抱き合い、無事を喜びあったのだけれど、退院が許され、彼女がかいがいしく彼の面倒を見るたびに、純一は自分の中に違和感を覚え、次第に彼女への愛が感じられなくなってくる。
純一は、見たのだ。保存液に入れられた、脳の一部。
「HOST J N」と書かれていた。JNは彼のイニシャル。
自分は脳移植をされたのだ。そしてその移植された脳は、だんだんに彼を侵してゆく……。
脳移植って、結構昔からフィクションにあったよなー。だから正直、新鮮味はない。それによって身体がのっとられたり、あるいは自分自身が生きている感覚が薄らいでいくとか、新井素子サンのお話でもあったし。
ただ、昔は確かに完全にSFだった。ま、これもSFには違いないんだけど、以前はホントに現実味のない話だったのが、今ならありえそうだし、しかも脳組織の一部分だけ、破壊した部分の補強、というこの設定が妙にリアルでもある。
しっかし、この脳組織のカケラを純一に見つけられた時の医者の言いようが「……だからHOSTだけでいいと言ったのに」なんてあまりに単純に認めるから笑っちゃったよ。ちょっとこれはギャグじゃねえかあ?
この主治医の堂元教授が、こんな風に全編かなりクサい単純さを示すものだから(演技も確信犯的なのか、大映チック)リアルになりそうな設定が、マンガチックなSFに落とされてしまうウラミがちょっとあるんだよなあ……。
純一が破壊された脳の一部は、ドナーと奇跡的なまでに移植の条件をクリアし、医者たちは移植に踏み切った。確かに彼らが言うように、それ以外に純一を助ける方法はなかったんだろう。でも、結局、彼を助けるための移植ではなかったんだ。医者としての興味と、これが成功した時の名誉のためだ。純一はモルモット。医者たちはその経過を興味深げにながめてる。
きっと純一という最適のモルモットが現われるまで、条件が合致する患者がいないかと、じりじりと待っていたに違いない。
ていうか、純一には家族とかいないわけ?普通病院で目覚めればいるだろう……。でも、しがない工場勤めの一人暮らしだし、天涯孤独なの?だから承諾なしに脳移植が出来たわけかな。そのあたりの説明も欲しい。
脳移植がありえないと思うのは、人格が別人になったら、生命を助けても意味がないからなんだけど、あくまで脳の一部分、ということで、それが彼の人格や記憶に支障がないならば、確かにありえるのかもしれない。
だからこそ医者たちは脳移植に踏み切ったわけだが。記憶は及ぼさないはずが、どんどん侵食されてゆく。
そういえば、脳の右半分がほとんど破壊されて頭陥没しちゃってるけど、奇跡的に生還した少年ってテレビで見たことあった。でも彼は、以前の生活とほぼ変わりなく暮らしていると言っていた。だから確かにありえることなんだろう。
でも、そこに他人の脳を移植されたことで、純一は自分が失われてゆくことに苦しむ。
右脳って、イメージとか感性的なものをつかさどるところだよね?それによって、彼は大切にしてきた絵の感性を失われた。それは愛する恵と共有する大切な感性であり、画材店に勤める彼女と出会うキッカケでもあったのだ。
我流で、決して達者ではないけれど、純一は絵を描くことが生きがいだった。そして恵と出会ってから、彼女だけを描きたいと思った。
でも、それが描けない。やけにエリート意識も高くなり、以前はマジメに働いていた工場でも、なあなあで働いている(いや、あれは和気あいあいというべきなんだろう)仲間達に、こんなくだらないところだとは思わなかった、と失望する。改善書を提案したりして、疎まれもする。ただただ鼻持ちならない人物になってゆき、そして恵に対する愛情が失われてゆく。たあいない話をする恵に、「どうしてそう、低いレベルに持っていくんだよ!」とイラだったりする。「彼女を愛したいのに、愛する気持ちがどんどん薄れてゆく」そうつぶやく。愛したいのに。その部分に、恵を愛する純一の意識が必死にしがみついているのが見える。
移植されたのは誰の脳なのか。それを純一は突き止めてしまう。街で偶然出会った女性と不思議なデジャヴをお互いに感じる。その女性は、彼を撃ちぬいた京極瞬介という男の妹だった。そして純一は彼女から全ての詳細を聞くのである。
あの時、純一は恵と一緒に暮らす部屋を探しに不動産屋に来ていた。そこで事件に巻き込まれた。
この兄妹は、この不動産屋の社長の私生児。でも認知されていない。母親が病気になり、ビンボーな母子家庭で手術費用がどうしても捻出できず、思い余ってこの社長を脅しにやってきたのだ。
でも妹が言うには、兄は殺すつもりなどなかったという。小心者だったし、ただ父親に謝ってほしかっただけなのだと。それが証拠に、大変なことをしてしまった、と瞬介は自らの腹を撃ちぬいて死んでしまった。
腹ってところが少々ご都合主義だが……普通は銃で自殺しようと思ったらこめかみか、口にくわえこんでだよね?腹は撃たんだろう……心臓ならまだしも、即死にはならないし、切腹じゃないんだから。
でも、頭に損傷を受けさせるわけにはいかないんだよね、今後の展開からして。それにしても腹はねえだろうと思うのだが。
瞬介はピアニストになりたかったのだという。純一はこの妹から差し出されたおもちゃのピアノを何気に弾くと、彼女は、「お兄ちゃんがいつも弾いてくれていた曲だ」と言うんである。
これを更なるきっかけに、純一の中の別の人格が目覚め始める……。
しっかしこの妹を演じる釈由美子の演技はサイアクだね。
何あの、カッコツケなウィスパーボイスは。
彼女の意味のない自信たっぷりのクサい演技は、ホントうんざりしちゃうよ。
なんかねー、納得できないところがかなりあるわけ。「ピアニストになるのが夢」で、ずっとオモチャのピアノを弾いてたわけでもないよね……音大に行ってたっていうんだから。それもいくらオモチャのピアノだからって、あのポロンポロンの弾き方はないと思うんだけど。
まあ、それはいいとして。なぜ純一は、この瞬介の脳で凶暴になってゆくんだろう。確かに彼は殺人未遂の犯人だけど、こんな具合に、妹がやたらとしんねりと同情すべき人物だって、説明してるじゃない。小心者だとかも言ってるし。あんなに積極的な凶暴性や冷たさは持ってなかったはずでしょ。それともこれは移植による化学変化とかそういうことなのかなあ。
でも、純一はその話を聞いて、つまりは同情したわけだし、ここで彼が命を絶ってしまったら、もう一度彼を殺してしまうことになるわけで……まあ、彼の妹は兄の脳が移植されたなんて知らないからいいのかもしれないけど。でも、同情したんなら、純一の中にいる瞬介と共鳴するってこともアリだったんじゃないのかなあ。なんか、二度も死んじゃって、カワイソ。
ああっ!いけない!またオチを先に言っちゃった!あー、だからね、もうどんどん純一は人格が変わってっちゃって、恵も手をつけられなくなって、彼女、一度は田舎に帰ってしまうの。その最後の晩、「あした発つの。もう、アパート引き払っちゃったんだ……今日泊めてもらわないと、行くところなかったりして」と、あの日以来、一度も部屋に泊めてくれないことに彼女は何度となく傷つけられていたから、恐る恐るといった感じで恵は言い、さすがに純一は泊まらせてくれる。けれど、ベッドの中で純一は彼女に背を向けたままで……恵はたまらずすすり泣き、最初こそ彼の背中に身体を向けているんだけれど、いたたまれなくなったのか、彼女もまた背を向け、ただただ泣き続ける。
そして恵が彼の元を離れ、純一は、……ついにやっちゃうの。人を殺しちゃうの。
それまでも、何度も自分では制御できない暴力性に悩み続けた。純一があの事件で身を呈して助けた幼い女の子がいて、その家族に食事に招待されるんだけど、贅沢な一軒家でピアノ教師を呼んでレッスンを受けている女の子をじっと見ているうちに、純一はその子の首をしめようとしている自分に気づくんである。
後々、この時の感覚が、瞬介はピアニストになりたかったのにそのビンボーさゆえにあきらめたわけで、なのに才能もないのにこんな贅沢なピアノ(ってわけでもないじゃん。アコピだけどアプライトだし……こういうところでガクッとなるんだよなあ……突っ込ませないでよ)で、先生を家に呼びつけておケイコ、だなんて許せないみたいな思いに駆られたらしいんだよね。
でもさあ、また話を蒸し返すけどさあ、母親の手術費もないぐらいビンボーで二人、手術費を捻出するために駆けずり回った、って割には、縁側庭つきの家で、結構いい暮らしじゃないの。この家を売ればよかったのに。それともこれは彼らの住んでた家じゃないの?いや、そうだよね。だって子供の頃の回想シーンもずっとこの縁側庭つきだもの。うー、ツッコみたい。ここはツッコミどころじゃないのかあ?
でね、純一はついにその衝動を抑えられなくなって、人を殺してしまう。それは堂元教授の助手の女医で、彼に何かと色目を使ってきた女、橘直子である。ま、彼に色目を使っていたのは、あくまで被験者としての彼をセンセイにスパイするためだったんだけど。純一が、自分が死んだら処分してほしい、と彼女に頼んでいた日記を、堂元教授にバラしてしまったことで、純一は逆上し、彼女を殺してしまったのだ。
この女医行方不明のニュースを聞いた恵は、直感的に純一のしたことだと感じ、今こそ彼のそばにいなくてはと、家を飛び出す。
それ以前に、一度恵は戻ってきていた。でもカギをかえられてて、外で待っていたら、合い鍵でこの橘直子が彼の部屋に入っていくのを見てしまっていたのだ。
純一は、もう死ぬ覚悟を固めている。その前に絵を描くんだという。自分の描きたい絵を、ひたすらに。恵は自分もついていくと言う。何度彼に振り払われても、何度も何度もくらいついて。「自分の知らないところで純が死ぬのも生きるのももうイヤ!」そう叫ぶ彼女に、純一も何も言えなくなる。
小さなバンガローにとまり、彼はひたすら絵を描き続ける。彼女はそれを見守る。食事の世話をしたりするが、彼は食べようとしない。ついには彼は絵を描こうともせず、オモチャのピアノばかりを弾くようになる。時が過ぎてゆく。
そこに、あの医療チームの中にいた若い医師が彼を訪ねてくる。橘直子にホレていたこの男、彼女の行方不明に純一のシワザだと直感してつきまとっていた。「ホレてたのか、あんな女に」と純一に言われ、逆上した。そしてこの場所をどうやって突き止めたのか……どうしてここが、と問う純一に、「あの女だよ。お前を裏切ったぜ」と下品に笑い、純一はこの男までも手にかけてしまう。しっかしさあ、この言葉の謎が解かれないまま放置されてんだけど……。だって恵が純一を裏切るわけないし。まあ、ただ単につけてきただけなのかもしれないけどさ。でもこういうのを放置するあたりも、テキトーなんだよなー。
恵が帰ってくる。彼女との押し問答で、恵はおもちゃのピアノを叩き壊し、純一は逆上して恵の首をしめる……「私を殺すの?」純一に殺されるならいいけれども……思い出して、私との思い出を、と、彼女は苦しげにあえぎながら純一を見つめる……純一の頭に、それまでも何度となくあったフラッシュバックが強烈に襲ってくる。それは、あの目覚める前に見ていた恵との幸福な記憶。
ようやく、純一は自分を取り戻すのだ。「僕の腕の中に恵がいる」そういって、彼女を抱きしめる。その取り戻した純一でいるうちに、と彼女の絵を完成させる。でもそれは、彼の決心を決行する時でもあったのだ。
それは、自分を取り戻すこと。堂元教授に手術のやり直しを求める。つまり、瞬介の脳を取り除いてくれと。廃人になってもいい、たとえ死んだとしたって、純一である自分として、無意識の中でだって生きられる、と。医者としてそれは出来ないと断わられると、ならばこれしか方法はない、と拳銃を取り出す。
そこに追いかけてきた恵がガラス越しに純一に必死に訴えかける。純一はガラス越しの彼女にそっと手を合わせ、ごめんね、とつぶやき、号泣してガラスを叩き続ける彼女に、涙目を真っ赤にしながら優しく微笑むと、電気を消す。恵の慟哭がいっそう激しくなる中……暗闇の中で、彼は右のこめかみにあてた拳銃の引き金を引くのだ。
「純が、戻ってきた」
このクライマックスのシーンでもやたらと音楽が饒舌に奏でるもんだから。しかもスローモーションまで使うし。
おいおいスローモーションかよ、とか思う。うーん、黙って泣かせてくれよ。こういうのに引いちゃう方こそ過剰反応なんだろうか……。
彼の変貌に何度も傷つけられた恵。
でもそれが、本当の彼ではないことを察知しているから、あきらめずに彼のそばにい続けた。
でも今の状態の純一をそのまま恵は受け入れるべきだったのかもしれないし、それが本当の彼ではないという前提で彼女がいるから、元に戻れない彼は、死を選ぶしかなかったのかもしれない。そう考えると……彼女の真摯な愛は、彼にとってザンコクだったのかもしれないのだ。彼女の愛に報いるためには、今の自分を殺してしまうしかないんだもの。脳を移植されちゃったら、以前の自分にパーフェクトに戻れるわけがない。
これが監督デビュー作だというんだけど、ベストセラー小説を原作に持ってくるのかあ、などと思う。原作に頼っちゃいけないし、かなり大げさ。あまり才能は感じないなあ……。
玉木宏にとっては、チャレンジングな役だったんだろうけど、こういう、抗えない運命に翻弄される役「恋愛小説」ともカブる感じ。しかもかなり一生懸命な感じがつきまとうし。涙ためると、やたら目が充血するので気になる……涙を出すために相当目に力を入れてるに違いない。
でもこの原作者……「レイクサイド……」は観てないけど、「秘密」も「g@me」もピンとこないもんだから、原作に興味がわかないのよね。
ところで、ラスト、恵の「また会えるよね」の根拠はなんだろう……。★★★☆☆