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妖怪大戦争
2005年 124分 日本 カラー
監督:三池崇史 脚本:三池崇史 沢村光彦 板倉剛彦
撮影:山本英夫 音楽:遠藤浩二
出演:神木隆之介 宮迫博之 南果歩 成海璃子 佐野史郎 菅原文太 近藤正臣 阿部サダヲ 高橋真唯 岡村隆史
子供たちは等しく皆大好きだった妖怪たち。大人になっても、その大好きだった気持ちを引きずっているのは、この映画が「怪」プロデューサーチームで支えられているのを見ても判る。だって、そうそうたるメンバーなんだもん!長老、水木しげるを筆頭に、彼を敬愛してやまない京極夏彦、そしてミステリ作家のトップ宮部みゆきに、民俗学を愛する荒俣宏ってなメンメンでしょー!そして劇中、子供の頃にたった一度だけ見えた妖怪が忘れられずに、追いかけ続けている雑誌記者がいたりして、これを演じている宮迫氏が相変わらず上手いわけ。この人って、上手いよねー。何でお笑いやってるのか不思議になるくらいだよ。
子供の頃には、彼だけでなく、もっともっと妖怪を見た子たちはいっぱいいたのかもしれないけど、大人になって見えなくなって、そんな記憶は忘れているか、夢物語として片付けてしまっているんだろう。でも彼だけは、それを本当の記憶として大事に大事にしまっている。見えなくなったのは、自分が大人になってしまったからと、位置付けている。彼が見たのが絶世の美少女妖怪だったからこそ忘れられなかったってのもあるんだろうけど(笑)、この宮迫氏の存在は、大人になっても信じててもいいのかな、あの夏休みの記憶を大事に持ち続けてていいのかな、って思わせてくれるのだ。
あっと、ついつい宮迫氏に肩入れして語りすぎてしまった(笑)。無論これは、天才子役として名高い神木君の記念すべき初主演映画であり、彼が主演するからには、これは堂々たる子供映画なのだ!子供映画、というものはあってしかるべきだと思うのよ。子供の世界は、それだけで高潔に完結されているから。それを大人たちは大事に、忘れないように記憶に留めて、こんな風に、夏休みの一日が永遠の記憶になるような物語を綴ってやるべきなのだ。
なあんて、ね。この映画自体は、なんたって三池監督なんだもん、ハチャメチャもいいところよ。でもそれでいいの。だって妖怪って、まあやっぱり想像上の生物ってなわけじゃない。実際に目で見てリアルなものを作れるわけじゃないから、どんなにリアルっぽく作ったって、そこにはフェイクな香りがぷんぷんするわけ。三池監督は、そういうのを充分承知の上で作っているから、いいんだと思う。リアルに、リアルに、なんて頑張って物語を持ってっちゃったら、どんどん陳腐になっていくばかりだと思うもの。まあ三池監督、同じ論理だったろうけど「ゼブラーマン」ではスベっちゃったのは、やはり脚本家のクドカンの個性に引きずられたからかなあ、と思う。ここはこの四人のプロデューサー軍団がビシッと抑えているんだもんね。
子供の頃にだけ見える、という点では、西洋の妖精とちょっと似ている気もするんだけれど、妖精がファンタジックで美しくて、夢のように儚げで……だからこそ大人になったら、もしかして子供の頃に見ていたかもしれない妖精も、多分にリリックの中に埋没してしまうんであろう。に対して日本の妖怪は、まず、存在感っていうか、生命力っていうか、がどーん!としてるからさあ。しかも怖いけど、ユーモラスな気分を常にその中に隠し持っている。これは、なぜなんだろうなあ。水木しげるの功績も大きいと思うけど……多分水木長老は、怖い存在の妖怪を、彼の中では親しみがあってユーモラスなそれだったから、自分のイメージを世間一般に広めたっていうようなことはあったと思うんだよね。
でもそれは、本当に良かったと思う。妖怪は伝統とか、民族、民俗の部分に属するもの。だから、現代みたいな、そういうのが薄い世の中になっていったら、廃れてしまう可能性が大だったもの。水木しげるの世界があるからこそ、子供たちはいつだって妖怪が大好きなんだよね。
劇中、一反木綿が出てくる場面で、「鬼太郎にはいつもいい顔してるくせに!」なーんて言われるのには思わず吹き出す。やはり鬼太郎が今の日本の妖怪を語る上で絶対に欠かせないのだ。
で、だから、どうも話が脱線するけど、神木君の主演作なんである。この子は、本当に上手いね。今まではあまりそれをちゃんと感じたことはなかったと思うんだけど、それは彼が上手いからこそ、改めて感じることもなかったんだ。今回彼は主演で出ずっぱりだし、妖怪に対して驚いたり、怖じ気づいたり、しまいには戦いまくったりのハイテンションだから、すごおく頑張ってるのが判って、でも、だからこそ、上手いなあ、と思うのは、そういうハイテンションのところではなく(むしろこういう部分は、ある程度頑張っちゃえば出来ちゃうんだとも思うし……何かハラハラしちゃうんだよね、見てて)ふっと気を抜くような場面、ほんの囁きや、つぶやきや、そんなようなささやかな台詞回しや間が、ハイテンションと対照されるだけに、上手さが際立ってさ。しかもそれが殆んどギャグ的なものだから、そこできちんと笑わせられる力にも唸る。
例えば……子供たちがその土地伝統の麒麟送子のお祭りについて「アントニオ猪木も噛まれたらしいぜ」と言うとタダシ、ややおいて「……いやありえないから」この間がスバラシイ!
それに、今回用意されたその他の子役たちが、ちょっとアレなもんだから、余計に彼の上手さが際立つ。だって周りの子たち、「ヤーイ、ヤーイ、もやしっ子ー」みたいなノリなんだもん(笑)。もうちょっと何とかならんのかと思ったりもするんだが……。だから彼が都会からの転校生でいじめられてるって設定も、あんまりシリアスには迫ってこないんだよね。ま、それはワザとかもしれない。だってそれはこのお話には大して関係ない部分なんだもん。
そうそう、神木君の強みは、ただ上手い子役ってんじゃなくて、既に持ちキャラというか、ハマリキャラを持ってるってことなんである。「お父さんのバックドロップ」から続く、“東京から来た転校生”というキャラが彼はとてもハマる。華奢で、女の子みたいにキレーな顔で、いかにも都会育ちの利発さと、つつきたくなる弱さ、それを一人で抱え込んでしまう……みたいなね。そういやあ、「お父さんの……」で母親の影を見ていた隣りのオバチャン役だった南果歩が今回は母親役というのもなかなかに感慨深いんである。
彼が、猫モドキの妖怪、スネコスリを頭に乗っけたまま冒険をする様が、ああカワイイんだよなー。
タダシが麒麟送子に選ばれる運命の祭りの日、「東京から来た子には、田舎の薄暗い祭りなんか怖いか?」とからかう地元の子供たち。実際、田舎の祭りは都会のそれのように華やかでなく、おごそかでどこか薄気味悪く、そして夜の道はぽつんぽつんと立っている寂しい街灯だけで、ちょっと外れるとあっという間に闇に飲み込まれてしまう。こういう闇に、妖怪は潜んでる。都会や現代社会に不思議がどんどんなくなっていくのはそのせいなのだ。
麒麟送子が剣を取りにいかなければいけないというこんもりとした山も、昼日中に見上げる時でさえ、やけにうっそうと迫っていて、いかにも怖い。こういう不条理に怖い場所が生活の場から失われていくことが、子供の健全さを損なうことのような気がしてならない。
近づいちゃいけない神聖な場所が、今の世にはあまりになさすぎるんだもの。それは子供と大人の境界線。そこを自力で踏み越えていくからこそ、子供は大人になる力を得るのだ。
でね、だから、電気の消えた真っ暗な東京に、日本中から妖怪がウジャウジャやってくるのだ!
いやー、それにしても菅原文太がこんなボケボケのじっちゃん役だなんて、時代が進んだことを感じずにはいられないなあ。まあ、ボケっていっても、すっかりボケきっちゃったってわけじゃなく、この神木君演じるタダシのことを、三日に一ぺんしか正しい名前で呼ばない、って程度だけど。後の二日は、死んでしまった息子、つまりタダシのお母さんのお兄ちゃんの名を呼ぶ。若くして死んでしまったらしいこのおじさんの遺影は、ニッコリと笑っているだけに、なんだかざわざわと胸騒ぎのする怖さ。
このボケじっちゃんが、タダシが何も言わなくても、麒麟獅子舞にかぷっとかまれたタダシが麒麟送子に選ばれたことを知っていたりとか、なんとも不思議で可笑しな雰囲気を漂わせているのが、でもなんだかナットクしちゃうようなところがあってね。タダシは結局、このじっちゃんの声を真似た妖怪によって山の中に導かれてしまうんだけど、それがなくても、じっちゃんはこうした妖怪のこともすべて見通しているような、で、孫のタダシなら、大丈夫、やってのける、みたいな泰然とした態度で、好物の小豆めしを食い続けているみたいな(笑)そんな雰囲気があるんだよなあ。それは多分、子供の頃にしか見えなかった妖怪が、大人になって見えなくなって、でもそれを通り越して、少々恍惚がまじった老人になって来るとまたぞろ見えるようになっているんじゃないかなあ、なんて推測なんだけど。
実際に、この妖怪大戦争、を、大人たちはちゃんと把握できていたのかな、とも思う。一応劇中では、空を東京ドームと同じ大きさのガチャガチャした怪物が飛んでいく!というニュースが流されたりもする。でもなんたって大人たちには妖怪は見えないんだから、訳も判らず首都東京が破壊されてゆく!という風にしか見えなかったのかもしれないんだよね。無論、タダシが子供の身ながら麒麟送子に選ばれただけのことはあって、秘剣を持って勇敢に戦っただなんてことも、つまりは一人の奇蹟の子供に大人たちが助けられたってことも知らずに、天変地異とか、大地震とか、ぐらいにしか思わずに、記憶が過ぎていったのかもしれないのだ。
なんてことを思うのは、映画の最後、大人になったタダシはもはや可愛がっていたスネコスリも見えなくなっていて、スネコスリは寂しさと苛立たしさで彼の後を追ってキュイキュイと鳴いており……しかもそのスネコスリのそばを通り過ぎるのが、タダシが倒したはずの、すべての元凶、冷たく不気味な目の光りを放つ加藤の姿、だったりするからなのだ。
結局は、どんなに子供の頃必死になったことでも、忘れてしまって、大人になっていく、そんなラストだったんだろうか。
宮迫氏のように信じ続ける大人になるのは、やはりそんなにも難しいのだろうか。
あの時ね、すべてが終わって、敵も、タダシに味方してくれていた幾多の妖怪たちも皆消えうせて、ハッと目が覚めて、タダシは言うの。「お母さんに電話してない」って。「電話せずに、朝まで帰らなかったなんて、初めてだ」って。そうすると、宮迫氏は言うのね。「いいんじゃないか、夏休みなんだから」そしてカメラが俯瞰で引くと、二人の姿を真夏の太陽がじりじりと照りつけている。
タダシの台詞で、あっと思う。この戦いはたった一晩の出来事だったんだ。
それこそ、夢だと片付けられてもしょうがないくらい、大人の目から見れば、一瞬のような時間。
でも、子供の頃の、真夏の、夏休みの、ましてや親に連絡もせずに過ごした夜、朝までの時間なんて、本当に、忘れることなんて出来ない、永遠のような時間なんだよね。
多分にギャグ的にハチャメチャとやりながら、ラストでこんなふっとした永遠を思わせる三池監督に、えー!?そんな監督だったっけー?などと思ったりもする。
そして、この時タダシは初めて、“真っ白な嘘”をつくのだ。
彼曰く、真っ赤な嘘は、自分のためにつく嘘、他人のためにつくのは真っ白な嘘なんだという。そしてそれが大人への入り口なのだと。
そういえば、川姫が言っていたな、こんなこと。そう、宮迫氏がずっと思い続けていた美少女妖怪ね。演じる高橋真唯のカワイイこと……ま、いいけど。彼女は人間だったその昔、手ひどい仕打ちを受けた。加藤によって、その人間たちを憎んで生き続ける妖怪になる道を選んだ。でも彼女はそれを後悔していたかもしれない。彼女はね、人間たちに復讐しようとする加藤に抗い、復讐したいだろうと言う彼にこう言うのだ……復讐は人間の証し、そこまで穢れたくないと。言い当ててる、まさに。凄い台詞にグサッとくる。でも彼女の次の台詞が、イイんだ……だから私は人を愛するんだと。
ワクワク、不思議、ドキドキの子供映画に、きちんと織り込んでくるよなー。
この加藤が、妖怪たちを使って人間に復讐しようとしたのは、彼自身が滅ぼされた先住民族で、それプラス、人間たちがどんどんモノを捨ててくもんだから、そのモノたちの恨みも集めて、コトを起こしたのだ。後半のモノの恨み云々ってのは、いかにも道徳的な環境問題を取り入れましたって感じでちょっとアレな部分はあるんだけど(いや勿論、大切なことなんだけどね)“滅ぼされた先住民族”をタダシが知らなくて(私だって知らない……)川姫がそれを哀れがり、「過去を捨てて生きる生き物に未来はないよ」って言う台詞は、かなりガツンとくるものがあった。それも単なる道徳的と斬って捨てることも出来るけど、いや出来ない……つまりどんな苦しいことも、哀しいことも、それを忘れてしまえば先に進めるって論理で生きていったら、何度も何度も、苦しみや哀しみに遭遇することになるんだもの、っていう……。
この妖怪大戦争が収束するに至って、満を持して現われたスクリーンいっぱいドアップの水木しげる長老が、戦争を否定する言葉を言うでしょ。そう、こういう、まあいわゆる正義の戦争のように見えるものでも。
戦争で、片腕を失い、人間と共存し続ける妖怪を描き続けてきた水木氏だから言えるんだろうなあ、って思う。
もちろんこれはエンタメ。でも“戦争”には違いない。それを忘れちゃいけないんだっていうことなのね。
宮迫氏が、酒を飲むと妖怪が見えるようになるっていう設定は良かったなあ。酒を呑むと、なんて大人の印とも言えるんだけど、でも大人としての理性の頭が働いているうちは見えない、ということで、彼にだけはこの世界を見せてあげてもいいんじゃないかって思うもの。
それまでは、目に見えない妖怪たちにやたらと体当たりされて目を白黒させてた彼が、見えて、「妖怪大戦争だー!」とはしゃぐのが、いやー、良かったねえ、とか言いたくなる。
しかもね、彼、すべてが終わって、タダシに聞くじゃない。川姫は自分のことを覚えていたかって。その時タダシは初めて真っ白な嘘をつく……「ずっと会いたかった、と言ってた」って。それを聞いて宮迫氏が浮かべる、嬉しいんだけど、寂しげで切なげな表情が、「……そっかー」っていう響きが、ああ、たまらんのよ。タダシの永遠の夏休みの中に、大人の彼のそれも含まれて、それには彼が子供の頃の永遠の夏休みも含まれてて……たまらん気持ちになっちゃうのよ。
それにしても、恐ろしいほどにキャストが豪華すぎる。ろくろっ首の明日美ちゃん(ちょーカワイイ)。小豆洗いにナイナイの岡本君(気色悪いオッサン!)。河童阿部サダヲ(軽いノリは残してるものの、変わりすぎで判んない!)。油すまし竹中直人(まんま(笑))。ぬらりひょん忌野清志郎(ぬらりひょん……)。雪女吉井怜(ちょっとビックリ。そんなに美女だったっけ!)てな具合である。テレビスポットでも使われているろくろっ首明日美ちゃんの、咳したら首がにょーんと伸びて頭ゴトリ、はコワカワいくて実に秀逸。その後首が伸びに伸びて、神木君のお顔をベロベロとなめまくる……うう、双方共にうらやましい……。
んでね、やはり頭ひとつ抜き出ているのは、復讐鬼、加藤を愛するゆえに哀しき最後を遂げる鳥刺女、アギの栗山千明であって、かなりトンだメイクをしてるんだけど、その猫目とぽってりとセクシーな唇、そこからのぞく愛らしい白いとんがり歯、そして何より何より、すんなりと伸びた手足の美しさときたら、もうボーゼンとするぐらいなの。さまざまにバージョンを変えるピッタリとした純白の衣装が、そのスレンダーさを際立たせる。時にぱんつ見えそな状態で見せるその脚の美しさが、もおー、ヤバい!キメキメのポーズやアクションもため息出るほどに冴えまくるし。異形映画に美女を配するなら栗山千明以外ありえませんな。
そして彼女に相対する、加藤役の豊川悦司は、彼もまたねー、こういう得体の知れない男が似合いすぎ。どことなく昆虫か宇宙人っぽさを思わせる、つるんとした瞳が印象的な独特の顔立ちと、やはりそのスタイルの良さが、こういう、黒の、異様な雰囲気を思いっきり醸し出しているのです。ああ、キモチワル(褒めてんの)。
水木しげる記念館のある鳥取県は妖怪の聖地なんだという。妖怪の聖地!いいネーミングだなー。鳥取って砂丘以外知らなかったけど、妖怪の聖地、なんてスバラシイの。
そうそう、タダシが「カッコから入ることが大切なんだ」と用意されたキメキメの衣装、防虫剤がちらばしてあるのが最も秀逸なギャグだったなー。それを着て「……ちょっとやりすぎじゃない」とテレ気味の神木くん。いえいえ、もおー、凛々しく似合ってますとも!萌えるー。
3000人の妖怪エキストラによる、勝利の妖怪ウェーブに吹き出しつつ、ちょ、ちょっとうらやましいかも……。★★★☆☆
もーお、ちょービックリ!(とかヘタな女子高生のような言葉を使ってみる……)
「踊る」ってさ、何度も言うけど世界観がもう作り上げられてきたじゃない。それはとにかく面白いエンタテインメント。思わぬ展開にワクワクして、会話の絶妙なやりとりに笑わされて、キャラクターの暖かさにホレこんで。ウェルメイドとエンタテインメントが融合した、プログラムピクチュアが帰ってきた!っていう魅力だったじゃない。その世界を作り上げた張本人(って、まるで悪人みたいな言い方だが)が、自分からその世界を壊しにかかるとは思わなかった!
何という冒険!
だって、ウェルメイドじゃないもの。確かにエンタメではあるけど、暖かさや楽しさのそれじゃない。ひとことで言ってしまえばハードボイルド。何か、古きよき、モノクロ時代のハリウッド映画を観ているみたい。オーソン・ウェルズとか、そんな感じみたいなの。モノトーン、どころか、すっごい闇を多用してる。室内でのお互いの心のうちを探りあうような緊迫したシーンでは、やりすぎだよ!ってぐらい、人物が闇の中に埋没しちゃってるなんて場面まである。それはその人物、ま、室井さんだけど、が、相手に気持ちで負けそうになってて、そこにバン!と助っ人がドアを開けて入ってくると、光がナナメにまばゆく彼を照らし渡す、みたいな、すっごく、こう、精神世界にまで入り込んでいく映像設計を、実にハードボイルドに、そして怖くなるぐらい大胆に作り上げているから、ホントに、ホントに、ビックリした!それに凄い静か。それまでの「踊る」はとにかく饒舌だったことを今更ながらに思う。でもその饒舌は、その台詞がとても計算され尽くしていて、きっちり聞かせてくれるものだったから、決してうるさく思えるものではなかったんだけど、でもその世界が急にシン、となると、これほどまでに威力があるのか、と思う。本当に、本当に、怖いぐらいの緊張感で静かなんだもん!
だって、それってかなりコワい挑戦だと思うもの。「踊る」には、その世界観を支持して来たファンがついているから。でもここまで作り上げられた確固とした世界観があるからこそ逆に、挑戦出来るというのもあるんだろうと思う。「踊る」を作ってきた者だからこそ出来る挑戦。それに主役が室井さんだからっていうのも勿論、ある。逆に考えれば、彼が主人公で、今までの「踊る」カラーで描くことこそ、確かに難しいのかもしれない。そこから出発して、ここまで徹底したハードボイルドカラーにしてしまうというのも凄いけど!
タイトルが、挑発的。あの、何の間違いも犯さないような、カンペキ人間のような彼が、容疑者になってしまう。でも彼はカンペキ人間のように見えながら、決してそうじゃない。つまりは、クールではない。寡黙だけど、そのアツさはあの青島と盟約を交わすぐらいの男だもの、タイはるものがあるんである。でもそれを表に出さない。ぎゅっと結んだ唇が象徴するように、固い決意で押し込めている。だからこそ、余計にその内部が熱く沸騰しているのが判る。で、このハードボイルドな演出が、彼の爆発寸前の熱さを余計に煽り立てるのだ。
彼が必要以上に喋らないのは、彼なりの正義感があるからだろうと思う。言葉は発すれば発するほど、ことに彼のような立場になってしまうと、自分を弁護するばかりの言葉になってしまう。彼は、意識的か無意識か判らないけど、それがどんなに人間性を貶めてしまうことか、判っているんだろう。
でも、あまりに喋らなすぎるから……彼を弁護する新米弁護士の小原は「どうして黙っているんですか!」と憤ったりもするんである……この小原を演じているのが田中麗奈。私彼女はあまり得意じゃないんだけど、この役に関してはまあ及第点かな……別に彼女じゃなくてもいいような気はやっぱりするけど。映像世界に合わせて黒のパンツスーツでビシッとキメて。過去にストーカー男にヒドい目に合わされ、それを警察に訴えるも、「君から誘ったんじゃないのか」「そんな胸の開いた服を着ているから」などと言われ、その屈辱から自分の身は自分で守る、と弁護士になったという彼女。「私、警察が嫌いなんです。死ぬほど嫌い!」そう室井に言い放つ彼女。そんなネガな過去が、若い女性弁護士ながらも、この室井の弁護を任される重要なバックボーンになっている。というのも、この事件で室井自身のプライベートな過去までも暴かれることになるから……室井さんって、いかにもケッペキな独身男って感じだよな、と思っていたけれど、ホントに、確かにそうだったんだ。今回初めて明かされる彼の過去。東北大時代に知り合った最愛の恋人との出会いと、彼女の病気と自殺……この過去をさぐるのはやはり男性じゃダメだし、あっけらかんと生きている女でもダメだし、……強い感受性をまだまだ持っている若い女の子で、過去に辛い目にあっている、という共通項を持つ彼女のキャラクターだからこそ、なのだ。正直最初は、何で室井さんを任されるのが田中麗奈なのー、などと思ったのも事実なんだけど、最終的にボタンがきちっとかけられると、納得してしまう。
と、と。またも話を急ぎすぎちゃったけど。そもそも室井さんがなぜ容疑者なんぞになってしまったのかというと、そこまでいくにはフクザツな事情があるんである。私、完全には判ってないような気がするんだけど(笑)。そもそも「踊る」の面白さは事件のそれではなく、警察内部の組織形態を描いた面白さなんであり、それはちゃんと本作でも残してる。で、今までは青島とか真下とか、それでもやはり現場がその牽引役になっていたんだけど、今回は、現場の話は引き立て役であり、本筋は内部の、トップ争いの話なのだ。発端は、警官が容疑者になっていた殺人事件である。一人の男が殺された。男の衣服からその警官の指紋が検出されたことで、任意で取り調べを受けていたんだけど、その警官、取り調べの途中に逃走してしまう。歌舞伎町を疾走!追いかける大勢の刑事達!何ごとかと見ている群集は、携帯で写真を撮ってみたり。その様子を離れた会議室で指揮を取っている室井管理官。落ち着いて確保しろ、と指示を出すも、その警官……トラックにはねられて即死してしまう。最悪の結末。被疑者死亡のまま流されてしまいそうになったこの事件、室井が、被疑者と被害者が同じしおりを持っていたことに気づき、捜査続行を決定するのだ。
この事件で、あー、どっちだったっけ、この事件をエサに警視庁と警察庁が、長官の座を狙う思惑もあって、お互いの罪をなすりあう攻防戦になるのよ。最初に責められたのはどっちだったっけ……警視庁と警察庁の違いもよく判らん私には、この辺の展開で結構頭ぐるぐるになってんだけどさ。ま、とにかく、現職の警官が殺人容疑で逮捕されたことでまずすっごい責められたのがどっちかで、そのどっちかの思惑で、その警官を不当に追いつめたから、こんな事故が起こって彼が死んでしまった、というヤリ玉に上げられて室井が訴えられて逮捕されるという事態になり、今度は逆のもう一方が世間から責められることになるわけ。あー、どっちがどっちか判らなくてゴメンね。頭悪くて。そもそも警視庁と警察庁って、どう違うのかさえ、判らん。「踊る」好きなのに……ハズかしいなー。
つまり、室井さんが逮捕されたのは、陣頭指揮の責任をとらされた、という実に日本的なアイマイな形で、これじゃ彼がいわば、シロになるのは難しいかなと思ったんだよね。
ただ、この事件はまだまだアイマイな部分が多すぎる、と室井さんは思ってて……あのしおりを見つけた時点で、この警官が犯人ではないと、直感めいたものもあったんだろうと思う。でも今や被疑者も死んじゃって、長官争い、あるいは責任のなすりあいをしている警視庁だか警察庁だかにとってはどうでもいいこと、いったん終わった捜査をほじくりかえす室井にあからさまな嫌悪感を示していて……で、そうこうしているうちに、室井がどちらかの思惑によって逮捕されてしまう……。
室井が捜査本部長を務めているこの事件、新宿北署がその場所なんだけど、歌舞伎町みたいな匂いがぷんぷんとするこの場所、捜査に当たる刑事たちも、なあんかホストくずれみたいな街のなりあがりみたいなのばっかなの。この新宿北署事態がそんな、ボロっちいところだしさ(でも妙にクラシカル)。
でもだからこそか、彼らは一本気な室井さんにホレこんでいてね。特に現場トップの工藤が。この工藤を演じているのが哀川翔で、彼に一番似合う、チンピラ崩れの熱き男でさ。哀川翔よ!柳葉さんの久々の主演映画に、盟友の哀川翔ががっぷりの相棒役で参加してんのよ!嬉しいじゃないのお……哀川氏自身、「最初どうしても目が見れなくて。そういう照れがありましたね」なあんて語ってて、ああ、やっぱりそういうのあるんだー!などと妙に嬉しくなったりする。この工藤はホント、室井氏の男気にホレていて、彼の顔を覗き込むようにして台詞を言う場面が何度となくあるんだけど、そのたびお互いテレていたのかなあ、なあんて考えるとホント、妙に嬉しいのよね。
あー、あの場面がすっごい好きだったなあ。このハードボイルドの世界で数少ないクスリとさせられる場面。容疑者となってしまったことで職を追われた室井のために、だったらここが今から捜査会議室だ!と狭い場所でバーッ!と椅子と机が運ばれて、ホント狭い場所で大勢がギッチリ座るもんだから、もんのすごい室井さんにギチギチに迫る画になって(笑)。あの、シリアスに口を引き結んだ室井さんにそんな画で迫るってだけで可笑しいのに、哀川翔の、「……ちょっと近いかな」のダメ押しの台詞で、もう吹き出すのを抑えられないじゃないのよお!ちょっとどころか、だいぶ近いよ!室井さんがシリアスな顔を崩さないだけに、可笑しくって!「踊る」はギャグも秀逸だけど、それをこんなシリアスハードボイルドでやられちゃうと、もう逃げ場がなくて、爆笑せずにはいられん!
この哀川翔演じる工藤がね、室井が捕まってしまったことで、「何とかして兄い(兄さんだったかな)を助けたいんだよ!」と言うのが泣かせるんだよなあ……彼は、いや彼を始めとする新宿北署のいかにもたたき上げのチンピラまがいの(笑)刑事たちは、腕でのし上がってきたヤツらだから、喋りが上手じゃなくて、相手方の弁護士に全然歯が立たないのよ。相手方っていうのは、この殺人事件の真の犯人である、実行犯に、教唆した女の子である。この弁護を多額の報酬で請け負っているのが、灰島というイケすかない弁護士で、これを演じているのが八嶋智人。この女の子にひとことも喋らせずに、誘導尋問だ、プライバシーの侵害だと自信満々に口をはさんでくるこの灰島にほんっきでムカムカ!あー、悔しい!こんなのいかにも単純なキャラなのに。しかも八嶋さんなんて、思いっきり見知った顔なのに、こんなにムカムカさせられるなんて!八嶋さん、イキイキヤリ過ぎだって……しかも彼、想像以上にちっこかったのね。その小ささもまた小ざかしい印象を与えて、キリがなくムカつく!(笑)ヘンだなあ、八嶋さん、私結構好意的に思っているはずだったんだけど……彼の事務所に訪れた室井に、大きな机の上をタンタンタン、と歩いていって、ストン!とその机に腰掛け、じっつに、じっつにこ憎たらしい台詞を吐く灰島!「法は人間を守ると思ってるんでしょ。法は人間を縛るんですよ」
……でも、本当にそうなのかもしれない。室井や小原が理想主義者であって、大抵の弁護士やら、考えたくないけど警察官も、その前提で行動しているのかもしれない。クライマックス、殺人を教唆した女の子を呼び出して尋問する場で、ウッカリ室井に取り引きを持ちかけたことを口にしてしまった灰島が逆転敗訴した場面で、「なぜ真実を隠すんですか」と小原に問われた彼、「正義じゃ食えない(金は稼げない、だったかな)んだよ」と、言うのね。憮然とした表情で彼を見送る小原。そして彼女に、正義を貫き通す勇気の難しさを教えるボスの津田弁護士……彼はかつて正義をもって臨んだが敗れ、それ以来、正義を避けながら暮らしてきた。正義を信じつつもそれが怖くて、部下に託す形をとりながらも逃げている自分を痛感している津田を演じる柄本明の枯れさ加減が切なくて良くってさ。彼は結局何をするわけでもない。小原を後押ししたり、自信のない彼女を現場まで連れてきてやったりするだけなんだけど、なんかそれが……泣けるものがあるんだよなあ。
そうそう、この場面の前にね、室井さんは、追いつめられて、辞表を提出することを決意するのね。「私は、現場の刑事(もっちろん、青島よ)と約束した。現場の者たちが正しい仕事が出来るようにすると。しかしもうそれが守れそうにない……」上の圧力に押しつぶされていた。でもその現場の者たちが彼を救うのさ!最後のあがきとも見えた、重要参考人の女の子を迎えた尋問。あのムカつく弁護士軍団に囲まれて万事休すかと思った。でもそこで娘の罪をもみ消すために弁護士に大金を積んだ父親の自白が明らかに。それまでひとことも言葉を発さず、弁護士やら父親らの助けを呼ぶために、カチッと携帯を開くばかりだったその女の子が、「だって、彼氏が二人も出来て、めんどくさくなっちゃったんだもん。(警官の彼氏は)ホストクラブの借金は帳消しにしてくれるし、押収した覚せい剤は分けてくれるし、使える男だったのよ」とニッコリ笑顔で言うんである。うう……今までひとことも喋らなかっただけに、その台詞のあまりといえばあまりさに、背筋にゾゾゾと寒気が……すっごい美少女だからさあ……もお、アゼンと言うより、ただただ哀しい気分になっちゃう。
ひたすらシリアスな中で、拘留中の室井さんに面会にくるスリーアミーゴスがなんたってサイコーなのよお!面会が来てる、と聞いて押し黙った表情を崩さないままあの面会の、ガラス隔てた部屋に入っていった室井、カットが切り替わると、あの天然三人組でさ!のんきな警官服がオカしさをそそりすぎだっての!しかも彼らの用件は、真下君と雪乃さんの結婚招待状。「こんな時になんだけど」って、まさしくこんな時になんだけどだよ!しかもこんな時に、室井さんを携帯でカシャリと写真とっちゃうしさ!(爆笑!)青島も、和久さんも心配してる、という去り際の台詞でしんみりさせながらも、このシリアス一辺倒の中で、これはかなりのフェイント攻撃。ズルいよなー、面白いけど。
そしてもう一人。極秘裏に捜査を進めて一発逆転で室井を救う、警視庁刑事部捜査一課管理官、沖田警視正を演じる真矢みきのさっそうとカッコイイこと!うう、またもや「レインボーブリッジ……」を観逃したのをさらにさらに後悔。かの作品で室井に助けられたことが今回の彼女の、いわば意地ともいえる活躍に大きく影響しているらしいんだもん。ああー、何で観逃がしてしまったのかッ!
ヤバいよー、「踊る」レジェンド!これからもまだまだ続くって?一体いくつ伝説を作ったら気が済むの!★★★★☆