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「ひ」


2008年鑑賞作品

非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎/IN THE REALMS OF THE UNREAL
2004年 82分 アメリカ カラー
監督:ジェシカ・ユー 脚本:ジェシカ・ユー
撮影:ティム・ビーバー/ラッセル・ハーパー/ミシェル・バロウ/シャナ・ハガン 音楽:ジェフ・ビール
声の出演:ダコタ・ファニング ラリー・パイン


2008/5/13/火 劇場(渋谷ライズX)
ヘンリー・ダーガー。知らない名前だった。死後、いきなり作品が発見されて、その驚くべき芸術が注目された人。実に15000ページの小説、数百枚の挿し絵。アウトサイダーアートの先駆者として、その後の数々のアーティストに影響を与えたという。
しかし彼は、先駆者になるつもりなどなかったし、作品を発表する気も、だから誰かに影響を与えるつもりも勿論なかった。
でも、その影響を与えられた誰かは、自分の中に同じように発酵する“芸術”を表現して発表して、あるいはそれを仕事にして糧を得たりして、そういう欲望をもった、“芸術家”となっていったのだろう。きっと何人も、そうした“有名”で“才能のある”芸術家たちが生まれたのだろう。
芸術って、なんなんだろう、って考えてしまう。
それは、仕事になってしまうことでは、落ちてしまうもの?
それとも逆に、仕事として成立しなければ、ただのオタクな引きこもり?そう、ヘンリー・ダーガーがそう思われていたように。

こんな芸術スタイルに、自分のためだけに表現を追い求めたスタイルに、ふと宮沢賢治を思い出したけれど、彼や、他にも死後認められたタイプの芸術家たちは、なぜだかそろって夭折だったりするのだ。
しかし、ヘンリー・ダーガーは、結構長生きだった。81歳まで生きた。なのに彼の人となりは、誰も知らなかった。写真も3枚残っているだけ。友人は一人だけ。
それもすべて、死後彼の部屋から発見された日記や自伝から判ったことだ。
親を早くに亡くし、一度は知的障害施設に入れられ、そこを脱走し、働き始めた掃除雑役人を、途中戦争を挟んで派兵されるなんて経験もしながらも、50数年も勤め上げた。

ダーガーはその間、自室にこもって、緻密な自伝や日記を書き綴り、そしてある時から、空想の翼を広げ始める。それは、非現実の王国で戦う、ヴィヴィアン・ガールズなる7人の女の子の物語。
精肉店の安い包装紙を貼り合わせて作られた、3メートルもの長さの壮大な絵巻。それをもとに、ビジュアルラジオドラマよろしく、物語をナレーションしていく。
緻密な彼の絵が、ヴィヴィアン・ガールズたちが、動き出すのだ!そのマジカルな魔法にひたすら酔う。
人間離れした能力を備えた邪悪なグランデリニアンから、子供たちを救うべく立ち上がる、7人の無垢なる少女たち、ヴィヴィアン・ガールズの壮絶な闘い。
そしてその中にはダーガー自身も登場しているのだ。子供奴隷を開放させる人物として。

物語をある程度書き終えてから、絵に着手したのだという。それを劇中、ある美術評論家は、まれなる例だと言った。殆んどの芸術家は、まずビジュアルのビジョンが降りてくるもんだと。それを文学というものに焼きなおすのは後になるのが普通だと。
確かに、判る気がする。だって言葉って、結局はすごく間接的なものなんだもの。何かを表現するために編み出された、ツールに過ぎない。
でも、ヘンリー・ダーガーは、その物語が、直接頭の中に降りてきた。そして、美術的な教育も受けていなくて、絵を描くのが好きだったわけでもないのに、驚くべき壮大な絵巻を作り上げたのだ。

ひょっとしたら、ダーガーはいわゆる、サヴァン症候群だったのかな、と思ってしまうのは、キケンだろうか。
山下清がそうだったんじゃないかと言われる、ある才能が突出することが特徴であるサヴァン症候群。知的障害施設に送られたダーガー、それは彼を理解する人がいなかったことや、高圧的な大人たち、あるいは時代的な成熟度の問題とかがあったせいなのかなと、彼が残した自伝からは思うんだけど、ひょっとしてひょっとしたら……いわゆる知的障害の一種であるサヴァン症候群だったと考えるならば、なんだかつじつまが合う気がして。
でもそんな風に考えてしまうのは、それこそ差別的感情なのかも知れないけど。

大人になっても人と上手く付き合えなくて、友人と言える人は一人しかいなくて、そのたった一人の、ウィリアム・シュローダーが死んでしまった後は、ますますカラに閉じこもってしまったヘンリー・ダーガー。
隣人たちからは、ヘンクツな老人ぐらいに思われてて、名前の読み方さえ知らなくて(題名も字幕もダーガーだけど、この物語自体は、多数決って感じで、ダージャー、をメインにして語られてる)まさか彼が、自分の表現の中で、幼い子供たち、特に少女たちの思いがけない強さに憧憬を見い出していたなんて、誰も思っていなかった。
それどころか、子供嫌いだと思われてた……かつて子供としてダーガー老人を知っていた隣人の男性は。

でも、何となく判る気がするんだなあ。子供が好きで、子供が愛しくて、あるいは子供に尊敬の念を抱いている大人が、必ずしも子供の扱いが上手いとは限らない。
子供と上手く付き合える大人は、つまり、相手が子供だから、と思っているからなんだよね。所詮子供だから、みたいな。ダーガーは、きっと同じ人間としてカウントしていたから、そして不器用な人だったから、子供が苦手、なんじゃなくて、他人が苦手、なだけだったんだ、きっと。
だって、ホントに子供だけじゃなくて、隣人たちとも決して打ち解けていたわけじゃなかったんだもの。同じだったんだもの。

正直、このドキュメンタリーからは、ダーガーが本当は何を考えていたのか、いや、それは自伝や日記が残されているから推測は出来るにしても、対人間に対してどう考えていたのか、彼の人生の人間関係とかは、あまり見えてこない。
実際は、頭がいい人だったんだろう。“学校に上がる前から新聞を読むことができ、1年から3年に飛び級もした”というんだし。
そして、名前さえも知らない、里子に出された妹のことをずっと気にしていた風がある。
生涯独身だったみたいだし、これは絵から推測してしまう偏見も入っていると思うけど、ひょっとしたら……セックスの経験も、女のカタチがどうなってるかのさえ、判らなかったんじゃないか、なんて思われるふしもある。

それは、「非現実の王国」で戦うヴィヴィアン・ガールズがね、彼女たちや、他の子供たちもそうなんだけど、全然気にせずにさらりとハダカになってるんだよね。で、少女の筈なのに、そこにはおチンチンがあるのだ。
このことは、ダーガーの芸術に関して最も議論されるところで(そこが、ってのがいかにも人間の俗っぽさだけどさ……ま、私もそうだけど)、彼が女の身体を知らなかった(つまり、セックスの経験がなかった、ってことだよね)から、とか、いやそれは、女の子に男の子の性を与えることで、女こそが強いんだという意味を付加したとか、色々言われているんだという。実際、ペニスのない絵もあるわけだし。

それって確かに俗な焦点だし、議論ではある。ダーガーが描いているのは戦争の悲惨さで、子供たちが拷問されて、陵辱されて、そして殺されて……血だらけどころか、内蔵デロデロとか、かなり残酷な描写も緻密に描いていて、まるで解剖図のような緻密さが余計にキビしくて、そっちにこそ、注目すべきだろうとか思う。思うんだけど……やっぱり、気になっちゃうのだ。
彼が性的経験があったかどうかは別として、サヴァン症候群だったかどうかも別として、男と女の構造的違いは判っていたと思う。いや、あくまで推測、というか、カンなんだけど。
だってダーガーは、意味もなくしごかれた尼僧に対してトラウマ的な敵意を抱いていて、それは、一人の人間としてじゃなく、シスターとしての、自分とは違う性を持つ、どこか理解の出来ない人間に対しての畏怖だったんじゃないかと思うんだよね……。
まあ、そっからあらぬ妄想もついつい浮かんでしまうのだが(爆)。

ただ、なんとなく、ダーガーがこの空想の世界で描いた、大人の男が子供たちにしでかすヒドい殺戮が、血みどろなのに、なぜか内臓が緻密に見えている解剖図みたいな図っていうのが、もちろん大人の傲慢さに陵辱される子供たち、に憤りを感じているのは勿論なんだけど、それ以上に、自分の中に強烈に焼きついた女、あるいは人間というものを切り開いてまでも細密に描写したいという欲望があったんじゃないかなあ、なんて感じて……。
戦争や、大人に対する憤り、っていうのは、結局、あくまで、普通に考えつく発想、なんだもの。
それがなかったとは思わないけど、なんかもっと、深い深い、真理を追っていたのかなって思ったのだ。

ただ、ペニスがないってだけじゃ納得しがたかった、女の子の存在というもの。ペニスがないっていうのは、それは喪失なのか、それとも代わりの何かがあるのか?
それが少女ゆえ、だからだけじゃなくて、乳房に行かなかったのが、彼の哀しさのようにも、思ってしまう。
だって、この短いドキュメンタリーの中だけだけど、この中に大人の女の画は見いだせなかったんだもの。大人の男と、子供たちだけ。

美術の教育を受けたことがなかったダーガーが上達したナゾが、このドキュの中で解明される。監督の執念が伺われる、丹念なリサーチ。
絵だけではなく、コラージュも多用した。雑誌や新聞から赤ちゃんや幼い女の子の写真を切り抜き、そのもの凄い数のコレクションが彼の部屋から発見される。
彼がもしかして犯罪者だったり、あるいはそうじゃなくて普通の老人だったとしても、そんなものをあまた発見されちゃったら、うっわ、このおじいちゃん、ロリコン趣味だよ……とかドン引きされただろうと思う。
ホンット、紙一重なんだよね、そのあたり。これぞ、天才とナントカは紙一重ってヤツ?

最終的には、独創的な、幻想的な、宗教画のような高みにまで発展した彼の絵巻。
そこに至るには、様々な手法が試みられた跡が残されていた。写真や切り抜きのコラージュ、それらをトレースしたお気に入りの構図は、後に傑作とされるヴィヴィアン・ガールズたちの絵に何度も多用されている。
それらがひとつひとつ検証されていくのが実に興味深い。後ろを振り返っている図や、何かにまたがっている図、うがってみれば、ちょっと“オンナ”を示すような、セクシャルさを感じなくもない。

ダーガーは、隣人に複数の声で聞こえてくる彼の話し声を聞かれていた。
それは自伝を書いている時に、過去を思い出して誰かを演じ分けていたのか、あるいはこの物語を自分で演じていたのか。
ただ、部屋の外ではそんな風に鮮やかに会話することなどなかったのに。彼の部屋が、彼の世界の、人間関係の、人生のすべてだったのだ。
ダーガーのつけていた天候日誌というのも、印象的。実際の天気と新聞の天気予報を綴り、実に二年間、天気予報士の予報がハズれ続けているのを突き止め、傲慢な予報士をこき下ろすのだ。
なぜ、そんなことにこだわるのかなと思ったけど、天気は、天で、神の領域だと、彼は思っていたのかもしれない。

他人とは関わらないけれど、教会に行くことは欠かさなかった敬虔なダーガー。ただ、教会のどこに座っていたのかも、誰に聞いてもまちまちなのだ。いつもそこにいた筈なのに。
あ、でも他人とは関わらない、というけれど、唯一の友人の他にもう一人、ダーガーが信頼を寄せていた人物がいたらしいんだよね。
このドキュメンタリーで最も証言を残してくれているキヨコ・ラーナーの夫。彼女、日本人だよね?なんかちょっと、嬉しい。
つまり、大家であった彼、今はもう、亡くなっているんだけれど、生きていればな……。
ダーガーのことを気に入っていたといい、ダーガー自身も慕っていた唯一の人物。写真からも何となくムジャキそうな人柄がうかがえる。彼の口からダーガーの話を聞いてみたかった。

ダーガーは、養子縁組を強く望んでいた。本当に最後の最後まで。
子供嫌いなんかではなかったのだ。
それがどうしても認められない彼は、ラーナー夫妻の犬をとても可愛がっていたという。犬を飼うにはどれぐらいのお金がかかるのかと聞き、それでは自分ではまかなえないと肩を落としていたという。
そして、最も印象的だったのは、大事にしていた殺害された少女の新聞記事の写真のエピソード。それをダーガーは紛失してしまった。どんなに神に祈っても出てこない。
空想の世界では、神に熱心に祈ればどんな奇跡も叶えられるのに。落胆するダーガーは、神に侮蔑的な言葉さえ叩き付けた。そんな自分を詳細に書き綴っているのが、彼が自分に罪の重さを課していることを物語っている。
本当に、純粋な子供のような思いを持った人なのだ。

あの部屋が、彼の世界だった。全てだった。そこから出されて入院すると、マジックが効かなくなる。急速に衰えていく。本当に、あっという間に死んでしまった。
入院中、ダーガーの部屋を片づけていた隣人たちが、その驚くべき芸術の氾濫を見た。素晴らしい、とダーガーに告げると、驚いたように目を剥いたという。でも何も言わなかった。
部屋から出されたことよりも、自分の世界が他人に触れられたことが、ダーガーにとって一番辛かったのかもしれない。それこそが、マジックの終焉だったのかもしれない。
自分だけのものだった、ヴィヴィアン・ガールズたち。自分のためだけに作り上げた芸術。
なんだかそう想像すると、ダーガーの芸術が世に出たことが、彼にとってだけは、ひどく残酷なことのように思えてくるのだ……。

孤独という犠牲をはらって、100パーセントの理想を作り上げたダーガー、彼のような人を、私は他に知らない。★★★★☆


人のセックスを笑うな
2007年 137分 日本 カラー
監督:井口奈己 脚本:本調有香 井口奈己
撮影:鈴木昭彦 音楽:HAKASE−SUN
出演:永作博美 松山ケンイチ 蒼井優 忍成修吾 あがた森魚 温水洋一 桂春團治

2008/1/22/火 劇場(シネセゾン渋谷)
この監督さんは初見で、デビュー作で高く評価されていることもこの作品に対する興味の一端ではあったんだけど……いやここは正直に行こう。
そりゃやっぱり松ケンと永作博美よ、初めて予告編に遭遇した時、私は鼻血を吹いて椅子から転げ落ちそうになったわよ。もう公開を心待ちに待って待って、本当ならこんな公開早々に観に行くことはないんだけど、それもこんなギッシリ満席の映画館で観ることなんて絶対無いんだけど、そうしたこともガマン出来ちゃうほど、もう二人のラブシーンを見たいがために、よだれ垂らさんばかりに足を運んだのだった。

が、あ、あれ?な、長い……。
いや、二人のラブシーンがじゃなくて(それも長かったけど(爆))映画自体が、というか語り口が、というかシーンが?リズムが?耐え切れないほど長くて……ああ、私、やっぱダメだな、ヘタレだな。
でもこういう長さって、ホント苦手なのだ。いや、137分なんて、上映時間がやけに長いなとは思った。原作は未読だったけど、年の差カップルのラブストーリーを軸にしているなら、そんなにフクザツな物語で長くなるとは思えなかったから、あれ?とは思っていたんだけど。
うう、こういうことだったのか。やたら引きの場面で、人物が豆粒で、しかも長い、というシーンが多いのにはひどく集中力をそがれてしまって……そしてそんな自分にイヤ気がさしたのも事実なんだけど。

意図は判るんだよね。ここはいわばなーんにもない田舎町。ちょっとカメラが引くと、山とも言えないようなまろやかな緑の起伏が連なっていて、二両電車がのんびりと画面の左から右を横切っていって、果てしなく続く田畑の小さなあぜ道を、二人乗りの自転車やゲンチャリがとろとろ走っていくっていう画は、確かに詩情に溢れてる。
でも……引きにしたって限度があるし、その尺数にしたって限度がある……と思う。いやいや、それは確かに私が単にノンビリ観る能力がない、もう合理的なリズムの腐れ映画に慣れちゃっている、腐れ観客だからなのかもしれないのだが。

そうなの、ここは決して都会ではない。でもどこかと言われたら、特に明示される訳ではない。あ、でも駅名は出てくるし、特定はされているのかな?そういやあ、松ケン扮するみるめが、永作博美扮するユリの住所を手に書くシーンもあったっけ……そこの美術系学校が舞台。
学んでいる生徒たちも、あるいは先生でさえもどこかノンビリとしていて、アーティスティックなことに邁進するという雰囲気は正直、ない。

ラブストーリーを演じることになる松ケンと永作博美の他に、みるめの友達として忍成修吾演じる堂本君と、蒼井優演じるえんちゃんがこの学校の生徒として出てくる。
堂本君がどういうことを目指してこの学校に通って来ているかというのは、特に説明はされないんだけど、えんちゃんに関しては地元の看板屋の娘ということで、そういう勉強をしておくべきだという感じらしく、特に本人はアートに対してそれほど執着している風ではない。実際、思いを寄せているみるめがユリにのめりこんでしまうと、「やっと学校嫌いだって気づいた」と学校を辞めてしまうのだもの。

それにしてもこの忍成君と蒼井優ちゃんはね!私、うかつにもラストあたりに至るまで、二人がリリイの盟友だってことを忘れていた。
あのね、この映画の収穫はもしかしたらたった一つ……ずっとえんちゃんへの思いを隠し続けていた堂本君が、世間話の拍子に思いつきみたいに彼女にキスする場面なんだよね。
本作は全編、まるですべてがアドリヴで行なわれているんじゃないかと思うぐらいの、ローテンション気味のナチュラル芝居が非常に印象的で新鮮。そういう演技をしている人が一人位混ざっている映画はあったりしても、こうもキャスト全員がそれを貫いているっていうのは初めて観たから、やっぱりこれは演出の指示だと思われる。

それにしたって忍成君と優ちゃんのこの場面、ほんっとにこれアドリヴじゃないの、忍成君がいきなりヤッちゃったんじゃないの!?と思えるほどの驚異のナチュラルさなのだ。永作氏も、監督はなかなかカットをかけず、シーンの後半はほっとかれるから、芝居で何が起こるか判らずドキドキだったと言っていたしなあ。
私、ひょっとしたら松ケンと永作氏のラブシーンより、この場面がいっちばんドキドキしたかもしれない。いきなりキスされて驚き、固まりかけるえんちゃんに、「何照れてんの」と堂本君が笑う。「照れてないよ」と言うものの、更に仕掛けようとする堂本君に、「ちょ、ちょっとお」とわたわたとする彼女。「大丈夫、もうしないから」と言いつつ笑いながらフェイントをかける彼が最後に「手、つなごっか」と言ってカットアウトになるのには、胸がズキューンときてしまった。

いやー、アレは稀に見る名シーンでしょ!その時に急に思い出したのだ。そうか、二人はリリィの盟友だったんだって。あの艱難辛苦を共にして、こうして俳優として生き残っている同志なんだって。
そう気づいたらもっと胸がキューンとなっちゃったんだよなあ。だってあの時、ちょっとお兄さん的な立場だった忍成君と映画初挑戦だった優ちゃんがなあ……なんてさ。

で、ウッカリ忘れそうになるけれど(いやいや!)、松ケンと永作博美なんである。松ケンのような役者さんが人気出るのはいい時代だなあと思うし、永作氏の近年の素晴らしさには目を見張るものがある。あ、なんでも前年度の助演女優賞は総なめだそうで。いやー、そうだよなあ。
現実には20も離れていないんだろうけど、ちょっと若めを演じる松ケンの、ダッフルコートのいでたちは劇中、ユリから「高校生みたいでイイね」と言われる初々しさで実に萌え萌えだし、逆にちょっと実年齢より上を演じている永作氏は、それでなくても実際よりずっと若く見えるベビーフェイスが実にコケティッシュで、だからこそ始末に終えないファムファタルであるってのが、この初々しい男の子を翻弄するのに充分なのよね。

冒頭シーンは非常に印象的。まだ薄暗い早朝、人気のない田舎道をとぼとぼと歩いている女性。もうこの時点で引きの豆粒なんだけど(爆)。
履いている靴をぽーんと放り投げる。たまーに走ってくる車を止めようとするんだけど、止まってくれない。と、彼女、猛然とトンネルに向かって走り出す。
その彼女に遅れて、一台の軽トラックがトンネルに入ってゆく。トンネルを出たところでそのトラックがキュキュッと止まり、後ろから彼女が急いで走ってくる。
この軽トラックの持ち主は堂本君で、えんちゃんとみるめがひしめき合うように同乗している。後に彼女と再会した三人、えんちゃんが「あの時の幽霊」と呆然とつぶやくことで判るように、永作氏、相当怪しい登場である。
この時、一体彼女が何していたのか、「終電に乗り遅れちゃって」というほどの何をしていたのかは判らない。とにかく最初からフシギな女なんである。

みるめは靴擦れでハイヒールを捨ててしまった彼女に、自分のはいていたビーサンを貸してやり、一緒に軽トラの荷台に乗る。
その時はそのまま別れ、次に会ったのは彼らが通う美術学校。彼女はまるで気づかないような風で、外の喫煙所でタバコを吸っている。
産休の先生に代わって臨時で来ていたリトグラフ専門の講師、猪熊ユリであることが判る。研究室に忍び込んだみるめは、彼女の作業を手伝い、もうその時点から恐らくユリにメロメロになってしまった。

ちなみにこの研究室に忍び込むシーンからして、長い廊下に面したいくつもの研究室を順繰りに覗いて行く長回しが、無意味に長いな……と思っちゃったんだけどね。いや、大事なところなら、いくつかの長いシーンがあってもいいと思うけど、どれもこれも長いんだもん……。
まあ、それはおいといて。みるめはユリにモデルを頼まれるのね。彼女のアトリエで、彼女の巧みな手管にのって、恥ずかしがりながらも最後まで脱いでしまうシーンは、そのナチュラル芝居に舌を巻く最初の場面。
まあ最初から、やけにボソボソ喋る芝居で展開していくな、とは思っていたけれど、それが最初に花咲くシーンで、「ホントに脱ぐんですか?」とうろたえるみるめに「オー、イエース」などと半分フザけた調子で促がすユリ、というやりとりは、若い気鋭の松ケンと、ベテラン女優の貫禄で導く永作氏との演技の化学変化が素晴らしい、実にもう、胸がキュンキュンくる芝居なのだ。

で、まあこうなったら当然、二人だけしかいないアトリエなんだし、その後どうなったかはあまりにも想像出来ちゃうわけで……。
ただ、この時点ではそれは明かされない。授業中、みるめが堂本君に耳打ちして堂本君が「ええっ!!」と大声で驚くシーンで予測されるのみである。むしろそれがハッキリと示される次のシーンでのみるめとユリが妙に初々しいから、そっちが初めての交わりではないかと思えるぐらいで。

またモデルを務めにきたみるめ、彼をおいて突然自分の服を脱ぎだすユリ、戸惑いながらも自分も服を脱ぎだし……しかしまだ恥ずかしさがあるのか電気を消すみるめ、つけるユリ、消すみるめ……戯れのように何度もそのシークエンスが繰り返され、そしてようやく上半身だけハダカになったみるめにユリが愛しげに近寄り、ジーンズの前に手をかけつつ、背の高い彼の首に手を回して、実に実に愛しげに……フレンチキスを繰り返すのだ。
チュッ、チュッという音がこれ見よがしに聞こえてきて、ユリは笑いながらそんな軽いキスを繰り返し、ひょろりと高いみるめの首に手を回して、見上げるように抱き締める……。
この後も二人のセンシティブなキスシーンにはひたすらヤラれるのだが、この最初でもうすでに、失神しそうなぐらいに素敵なんだから困っちゃう。

後にユリは、なぜみるめに手を出したのかとえんちゃんに聞かれ、「だって、触ってみたかったんだもーん」と、まるで美味しそうなケーキを食べたかった理由みたいに、ムジャキに言うんである。
それを聞いたえんちゃんは呆然として「だもん、て……」とつぶやくのだけれど……えんちゃんの気持ちも判るんだけど、それ以上に……まあなんたって私はユリの方に年齢が近いもんだから、ユリの気持ちの方が判っちゃうもんだから、困ったもんなんである。
いやそりゃさあ、私だって永作氏みたいなカワイイ大人の女性だったらさあ……いやいや!でもね、ホント判っちゃうんだよね。カワイイ男の子に触れてみたい欲望、それをユリがアッサリ叶えちゃうんだもん。しかもそのみるめを演じるのが松ケンだってんだから!

みるめだって、今まで経験がなかったわけでもなかろうとは思う。カワイイ男の子だし、同級生の女の子たちと自然に接しているし、案外経験豊富かもしれない。
でもやっぱり、年下のカワイイ男の子なんだよね。それを松ケンはあまりにもあまりにも体現してて……彼の、固まりきらない柔らかそうなところとか、たまんないんだもん。ホント、触ってみたくなる感じ。
これが同じ年(の設定、だよね?)である忍成君だと、そうはいかないのだ。彼はもう、しっかりと完成されている。みるめが気づかないことも色々見えていて(えんちゃんのみるめへの想いとかね)、それを押し隠すだけの大人の成熟さを持っているのだ。

しっかしこんなカワイイ松ケンは初めて見たけど、これは本当にタマらない。そして彼の手の美しさには、今回初めて気づいた。ユリのリトグラフを手伝う場面が何度も出てくるから。
みるめの手についたインクの匂いをユリが嗅ぐシーンもドキドキするけど、逆にユリの鼻についたインクを「青い鼻血みたい」と吹き出しながらみるめが吹いてやるシーンも、こっちが鼻血を吹きそうになるのだ。
そして、キスしたくなる、つまり触りたくなるちょんとした柔らかそうな唇。
でもその唇の感じって、えんちゃんを演じる蒼井優もおんなじで、だから突然キスしちゃった堂本君の、いやさ忍成君の気持ちが判るのよね。キャー。

そういう意味では、ユリは大人の女性だけれど、子供の部分を捨てきれない、だからこそほっとけない魅力がある女性だということなのかなあ。
彼女には夫がいる。ユリに会いたくて家に押しかけたみるめが、父親かとカン違いするほどの、年の離れたダンナ。写真工房を営んでいるけれど、こんなイナカの一軒家でひっそりとやっているここが流行っているとはとても思えず、ユリが学校の講師をしているのは、家計を助けるためではとも思えるんである。
ユリは決して、この夫に不満を持っている訳ではないんだよね。仲良さそうだし、とても信頼している雰囲気。つまりユリがみるめに手を出すのは、本当に直球の欲望、「触りたかった」だけなのだ。それによってみるめが本当の恋に落ちて苦悩するにしたって。

ユリの夫を演じるのはあがた森魚。あがた森魚っ!ああ、すってきい、ピッタリすぎるじゃないのお。多分彼はね、確かに何も気づいていないのかもしれないよ。でも、例え気づいたとしても、多分妻への愛情や態度は変わらないんじゃないかと思うんだよね。
彼の登場シーン、訪ねてきたみるめに和菓子を供し、不器用で包みが上手くほどけないトコとか、なんだか愛しくってさ、ユリが彼の温かさの元で幸せに暮らしているのが、凄く判る気がするんだよね。
それでいてみるめと関係を持つのも別に矛盾しないところが、ユリの凄いところなんだけど。

永作氏はカワイくて色っぽい魅力の女優だけど、本作のユリは特にそうしたキャラ設定をしている訳じゃない。確かに奔放で気取らないけれど、黒のストッキングに白のソックスといったいでたちは正直かなりイケてないし、脱ぐシーンもストッキングの下のゆるゆるしたパンツとかイタイしさ、オバチャンって言っちゃってもいいような感じ。
でもね、その気取らなさが多分、ズバッと来るんだよね。年下の男の子に手を出す時に色気を出したら、あらゆる場面でイタくなってしまう。
実際、そんな風にイタくなりそうな場面はたくさんある。彼女はみるめの前ではすんごい甘えっ子になるんだもの。「寒いねー」と連呼してストーブをつけさせたり、エアマットに口で空気を入れたがったり、みるめに「おこちゃま」とからかわれたりして。
でも実際、みるめの方がおこちゃまなわけでさ……あえて彼にそう言わせることで、それを思い出させないようにしようとしてたのかも……と思うと、ひょっとしたらこんなに切ない努力はなかったのかもしれない。

それにしても二人のラブシーンはヤバい。別にね、生々しいセックスが描かれるわけじゃないの。ほぼキスシーンだけに限定してる。それによってその前後を暗示させたりする程度なんだけど、……じっつに、密度の濃いキスシーン。もう見てて倒れそうになる。
キスをしながら、笑ったり、会話を続けたり、そういうのって、案外今までなかったな、と思って。なんだかセックスよりも生々しい気がするぐらい。

特にあのシーンが好きだった。ユリにソデにされかけてたみるめが、ガマンの限界で彼女を用具室?に引き入れる場面。
ユリが画面の手前、廊下のこちら側から歩いて行く、お得意の引きのショット。画面の奥で彼女の到着を待ち構えていたみるめがドアをバン!と開けて、彼女を強引にドアの中に引き入れる。キャッと軽い悲鳴を上げたユリ、廊下にバサバサと彼女の持っていた書類が舞う。
そしてカットが用具室の中に変わり、一転して二人のクロースアップショット、彼女にキスしながら床をゴロゴロと転がってゆく。それだけでもかなりの鼻血モンなのだが、みるめから距離を置こうとしているユリは、「もう、いいかな。行かなきゃいけないから」と流されずに彼の腕から離れるのが……そこまでがもう女としては願望っつーか流されちゃえ!みたいなシークエンスだったから、取り残されたみるめが哀しくて……まるで捨てられた子犬のようで、キューンときちゃうのだ。

そうそう、女の願望は、そこここにちりばめられてるよね。
ユリが夫持ちだと知って、会いに行くのをガマンしていたみるめが、でもどうしてもダメで会いに行くシーンで、コトが終わって、彼女を後ろから抱きしめて、もう本当に愛しそうに顔を彼女の首にこすりつけるでしょ。
ありゃー、ヤバいよね。後ろから抱きしめてってだけでもう女子にはたまらんのに、若い男の子の華奢な腕で、だけど彼女の方はやっぱり身体が小さいからすっぽり埋まっちゃってさ、いやー、たまらん。あーいうのって、客観的に見ている方がずっとドキドキしちゃうんだよなあ。

そんなみるめの背中を押したのがえんちゃんでさ。携帯電話に全然出ないみるめを訊ねてみると、もう引きこもってるわけ。ユリからの電話に出たくなるのを恐れて、自分の携帯電話をグルグル巻きにしちゃってる。それでも壊したり、捨てたりは出来てないところが未練タップリだということを、彼は気づいてないのがバカヤローなのだ。
そんなみるめを、えんちゃんはデートに連れ出す。デート……みるめに触りたくても触れなかった彼女が「みるめくん、遊ぼー!」と家の外で絶叫してようやく実現したデート。

観覧車の中で、みるめの携帯が鳴り出す。出ようとしないみるめ。業を煮やしたえんちゃんが取り出して見るとそんな状態になってる。
「電話に出たくなっちゃうから」「出ればいいじゃん」「出たら会いたくなっちゃうから」「会えばいいじゃん!」
ひょろりと長い身体を折りたたむように縮こまる、みるめのカワイさもさることながら、そんな彼に対してしたくもない激励を飛ばすしかないえんちゃんの切なさ。
いくらなんでもこのえんちゃんの様子で、彼女の気持ちが判りそうなもんだけど、ぜっんぜん気づかないみるめ。この距離の近さと葛藤が切なくてさ……。

それにユリは、なぜかえんちゃんに妙に近づくのだ。えんちゃんがバイトしている名画座にユリはよく訪れる。受付にあごを乗っけて居眠りしている蒼井優嬢の可愛ゆささときたらない。あー、ホントつんつんと触りたい。
ユリは本当に映画好きなのか、ただ単にヒマつぶしなのか、どうも判然としない。えんちゃんがみるめを好きなのもお見通しで、軽くいたぶっているような感もある。
それでいて、「おごり、おごられる仲になろうよ」なんてしれっと言ってお茶に誘ったり、自分の三人展に招待したりする。
その誘いに応じてえんちゃんがギャラリーを訪れる場面もね、なんっか、うっとうしいんだよね。ユリが来客で席を外して、手持ち無沙汰になったえんちゃんが、置いてあったお菓子をひたすら食べ続けるというシーンを、もうべったり、意味ないロングで撮り続けるのがさ、まあそりゃちょっと深い意味は含んでる場面ではあると思うけど、それにしても長すぎる。そういうのがすっごい多いんだもん。

突然、みるめの前から姿を消してしまうユリ。ユリが学校を辞めたという話に驚くみるめに、「みるめくんは、何にも知らないんだね」とえんちゃんはため息をつく。それは恐らく、自分の気持ちも、というのを含んでいるように思う。
アトリエも自宅も、カーテンが閉められてヒッソリしている。仕事で東京に行ったらしい、という話もどうやら違ってて(実際は、その話はお流れになってしまったのだ)、なんとかしてユリの教えていた教室で同僚に話を聞くと、「旅行に行くって言ってた。なんだっけ、こう頭がモジャモジャの……サイババに会いに行くって」!!「サイババですか!?」声を揃えるみるめとえんちゃんに、もう一人の同僚が冷静にツッコむ。「それ、ダライ・ラマだよ」

そんなこんなで連絡が取れないでいると、ふっとユリから携帯に電話がかかってくるのだ。アッケラカンと、「一人になりたくなった」と言うユリに、一人でインドに行ったのかとみるめが問うてみると「ううん、猪熊さんと一緒」「ダンナさんと一緒じゃ、一人じゃないじゃん!」でもみるめの口調は責めるというより、なんかこれがユリなんだよな、という苦笑を含んだ感じで、それにこの分じゃみるめとユリの関係もまだ終わっていないらしいし。
「会えなくなってもそれが終わりというわけではない」などというクレジットが画面に出され、みるめが学校の屋上で一人ウロウロとするシーンから、人のいないガランとした屋上でラストクレジットとなる。ポカンと抜けた青空。最後までユリという女性に翻弄されまくって、一体彼らはこれからどうなるんだろう?

それにしても蒼井優嬢はカワイかった。ニットの帽子をすっぽりかぶった姿もメチャキュートだったが、家業の看板屋の作業を手伝っているヘルメット姿までもがカワイイ。堂本君が軽トラをバックさせながら、ふくれっつらでどんどん歩いていくえんちゃんについてくるシーンが好きだったなあ。★★★☆☆


百万円と苦虫女
2008年 121分 日本 カラー
監督:タナダユキ 脚本:タナダユキ
撮影:安田圭 音楽:櫻井映子 平野航
出演:蒼井優 森山未來 ピエール瀧 竹財輝之助 齋藤隆成 笹野高史 嶋田久作 モロ師岡 石田太郎 キムラ緑子 矢島健一 斎藤歩 堀部圭亮 平岩紙 江口のり子 悠城早矢 弓削智久 佐々木すみ江

2008/7/31/木 劇場(シネセゾン渋谷)
文句なしに新作を心待ちにしている作家の一人、タナダユキ。蒼井優主演!いよいよメジャー級俳優を据えて、踊り出た才能はやはりホンモノ。いやいやいや、ワクワクして待っていた期待を全く裏切らなかった!

いやー、「赤い文化住宅の初子」のヒロインがあまりに可哀想だったから、もうどうしようと思って。で、多分、今度のヒロインも、きっと可哀想で可哀想で、どんなに幸せそうな片鱗が見えても、どん底に突き落とされるんだろうと思って、見ている間もハラハラドキドキで、気が気じゃなくて。
それはある意味当たってはいたんだけど、「赤い……」の初子が、そのラストが未来へのほのかな希望程度に留まっていたのと比べると、本作のラストも相当に切ないんだけど、でもヒロインはもう大人で、だから格段に成長して、切なさ哀しさなんてもうその時点では吹っ切りまくって、たくましく見える。
逆にその彼女を見送る男の方が、可哀想で切なく見えるぐらいでさ。

それにしても蒼井優である。ツイン主演の「花とアリス」は、鈴木杏の方にウエイトが置かれていたし、ピンでの初主演は???「フラガール」は良かったし大ヒットもしたけど、でも蒼井優の魅力実力からすれば、もっと彼女だけの魅力で場外ホームランを打てる作品があるんじゃないかと思った。そう、これだけ実績と底なしのカワイさがあるのに、案外主演作に恵まれていなかった。
いや、というか、蒼井嬢自身が舞台挨拶でこんな風に言っていたとかで「この台本・作品だからこそ、ふだん避けてきた主演に挑戦しようと思いました」
そっか、あえて避けてたのか。でもそれが、彼女が役者を続けるための賢いやり方なのかも。やはり蒼井優は一味違うぜ。

しかし、これだよ、これ、タナダユキという才能と出会ってしまったのだよ。そのコラボを聞いただけで成功は間違いなしと思ったのは大当たり。
壮絶に可愛い蒼井優に見とれながらも、その可哀想さに胸を痛ませながらも、蒼井優という女優の踏ん張りの強さ、吸引力に、ただただ目を奪われるばかりなんである。
タナダユキという強力な演出力を、蒼井優という強力な演者が、スクリーンに観客を吸い寄せまくる。こっちが力を抜く間を与えない。

ちょっとしたことで不幸に見舞われた女の、オムニバス風のロードムービー。百万円を貯めちゃ新天地を求めて移動する様は、ちょっとした寅さん風?いやいや、事態はそんなにノンキなもんじゃないんである。
冒頭、いきなり出所を告げられる鈴子、「もうこんなところに来るんじゃないぞ」「お世話になりました」の会話に!?「シャバか……」とひと言つぶやき、シャバダバシャバダバと低く口ずさむヒロイン鈴子=蒼井優。一体何をやらかしたの?
しかしそれが、実に同情すべき事情なんである。彼女は自身が言うように、そう、何にも悪くない。いやまあ……とった行動はちょっと過激だったにしても、情状酌量の余地はあまりあったのに。

短大卒業後、就職戦線から脱落した鈴子は、とりあえず実家から独立するためにと、バイト先の同僚とルームシェアを始めることにする。それだって、その同僚のノリに引きずられたのに、部屋を決めてから、同僚の彼氏を含めた三人のルームシェアだと突然告げられるんである。
戸惑う鈴子だが、ズルズルと引っ越しの日を迎えると、なんとその場に同僚はいなくて、「アイツは来ないよ。別れたから」とその彼氏。呆然自失の鈴子。
しかし二人とも一人じゃ家賃を払えないから仕方なくルームシェアを続けたものの、すぐに事件が勃発。鈴子が拾ってきた子猫を、一人イラついているこの男が無情に投げ捨てたのだ。「オレが彼女にフラれて落ちてるっていうのによ、嬉しそうにしやがって」
どしゃぶりの雨の中に横たわる子猫の死体に、呆然と立ちすくむ鈴子。彼女はアッタマ来ちゃって、コイツの荷物を全部捨てちまったんである。

まあ確かに、鈴子の行動は極端ではあったかもしれない。でもさー、そもそも鈴子に相談もせずに三人シェアを持ちかけた同僚が、しかもドタキャンで姿を消して、その彼氏が一人勝手に自分をカワイソがっているような男でさ(同僚もあんまりだとは思うが、こんな男じゃフラれて当然だな……)。あんないたいけな子猫を雨の路上に叩きつけるなんて、あんまりじゃん。フラれたのはおめーの自業自得だっつーの。
しかし、この同僚の女の子を演じる平岩紙嬢が、そういう、テキトーな女の子を実に絶妙に演じてて、あー、こういうコいるかもと思わせるのがまた、小憎たらしいんである。平岩嬢、好きなのにさー。

で、刑事告訴されてしまった鈴子、そこで刑事から「やってないの?セックス。やってれば男女関係のもつれで民事事件に出来るんだけどな」なんてトンでもないことを言われる。
鈴子は「……やっときゃよかった」とつぶやき、そんな言葉が蒼井嬢の口から上ることに思わずこっちは上気してしまうんだけど、なんかこの理不尽な感じってさ、「それでもボクはやってない」で感じた理不尽さに通じるものがあるよなあ。ホンット日本って、案外理不尽なんだね。本当に公平なことなんて、実際ないのかもしれない。

だって、裁判で述べられた理由っていうのが、「失恋して心の傷を負っていた被害者の大事にしていたニンテンドーDSなどを捨てられ」なんて言うんだよ?バッカじゃないの。うう、しかしこういうあたりがほおんと、タナダ脚本の上手さ。
しかもこの男、その捨てられた荷物の中に、百万円があったと言うんである。だから鈴子への追及も厳しくなったんだけど、そんなカネがあるなら、恋人と第三者も含めたルームシェアなんてしねーだろーっつーの。どこまでも頭にくる男の造形に、物語冒頭からすっかりこの世界に引きずられていることに気付く。
この百万円、というのがタイトルにもあるように、その後の鈴子の価値観の拠り所になるんである。

出所した鈴子は、ご近所から嘲笑の的になる。出来のいい弟に比べて地味なコ、という元からの評価は、この事件で決定的になる。その出来のいい小学生の弟は、しおしおと帰ってきた鈴子に、私立中受験に響くだろ!と吠え、くっそナマイキなガキめ!とその時は思ったんだけど……。
でもさ、出来がいいなんて言ったってまだ小学生なんだし、それこそハタチすぎればただの人じゃないけど、その後の人生なんてホント、どうなるか判んないのにさ、今の日本って、評価を急ぎ過ぎるし、そして一度ちょっとでもミソがついたら、ホントに冷たいよね。
でもそのことに、この弟君も振り回されていたんだし、世間というものの常識の浅はかさを、後に充分に理解することになるんである。

でも、どこかこの弟君は判っていたのかもしれない。口ではそんなこと言いながらも。
姉は商店街で、かつての同級生に絡まれた。あの佐藤さんがねえ、と化粧の濃い女どもが小突き回して、今度は同窓会に呼んであげる(!)から、武勇伝聞かせてよ、ていうか、こんなところにいてもいいの?刑務所にいなくても?なんて、勝ち誇ったように高笑いするもんだから、もうホンットにムカついて。
でも、鈴子は負けなかった。買い物袋から豆腐をぶつけて、警察呼べるもんなら呼んで見なさいよ!と吠えた彼女はカッコ良かった。自分は悪くない。悪いことなんかしてない、という信念に貫かれていた。
そんな姉の姿を物陰から見ていた弟は、打たれた表情をしている。

弟は、イジめられていたんだよね。そんな低能なヤツらのいない私立中に行くんだ、というのが彼の支えになっていた。でも、物語の最後に彼が「逃げちゃダメだ、みんなと同じ中学に行ってやる」と決心することは、非常に意味があること。だってこのままの意識だったら、私立中に行っても同じことが繰り返される可能性は高いんだもの。
商店街からの帰り道。百万円を貯めたら出て行くという姉に、心細そうな弟。鈴子は「見てたなら、助けてよ」と言いながら、ナマイキさで必死に自分をガードしている弟と手をつなぎ、じゃれあいながら、手紙を書くことを約束する。

でも、手紙、書かなかったんだよね、鈴子。いや、書いてたけど、ハガキ出してたみたいだったけど、最後の最後にね、弟から魂の手紙が来た時に、彼女が出さずに、出せずにたまっていた手紙の束が映し出されるんだもの。
ずっとずっと、一人だけで頑張ろうと、踏ん張ろうと思っていたんだ。
最初にルームシェアをする時に作った手作りのカーテンを持ち歩いては、行く先々で窓にかける。それが、鈴子流の、自分自身の場所を作り上げる手立て。しっかり足が地に付いて生きていきたい、と鈴子は思ってた。

そういえば、後にタナダ監督のインタビューで、女の子が百万円を貯めるなら、手っ取り早く水商売っていう考えもあると思うけれど、鈴子はそういう考えはしない、昼間の、地味で地道な仕事をこつこつやるタイプ、と語ってて、実にナルホドと思ったんだよな。
女の子が稼ぐ=水商売って、これまで映画で散々見せられてきて、どっか麻痺して見てて、そんなもんかと思ってたけど、でも確かにそれって、あまりに一面的に過ぎるよなあと思うもの。知らない部分で、意識操作されてるもんだなあと思ったり。

最初に鈴子が向かったのは、海。海の家でのバイト。カキ氷を作る才能があると言われて、なんとも言えない顔をする。これぞ、苦虫を噛み潰した顔?弟へのハガキに「姉ちゃんは、カキ氷を作る才能があるらしいです」と書き綴りながらも、人生の何の役にも立たない才能があってもなあ、という気分なんである。
その次の土地の桃畑でも、桃もぎのために生まれてきたんじゃないかとまで褒められて同じ表情を見せる鈴子。
なんかね、カキ氷の時には彼女のそんな気持ちが判る気もしたんだけど、でもカキ氷にしたって桃もぎにしたって、それって、彼女が言うように、人生の役に立たない才能というまではないんじゃないかって。一見くだらなそうに見えても、その土地に縁や運命を感じたら、それが価値あるものになるんじゃないかって。

タナダ作品の凄さを、じわじわと感じるのはこのあたりで。ヒロインが可哀想、可哀想と思いながらも、実はチャンスは常に与えられていたんじゃないかって、後になってから思うのだ。
この海の家で、いかにもナンパな地元の男の子に声をかけられ、警戒しまくって、百万円が貯まったのもあってこの地を離れた鈴子。
でもさ、友達を作ろうとせずに孤立していた鈴子を心配した彼が、パーティーに誘ってくれたとも言える訳だし、実際、案外この青年、本気だったみたいだし。カキ氷を作る才能を生かして、この地で生きていけたかもしれないんだよね。

そして、次に鈴子が流れた地は、海はやっぱり合わないかも、というちょっと単純ぽい理由で山。そういやあ、海でもそうだったけど、どこの土地かっていうのは明確にされない。ただ、「山梨には負けている桃の名産地」って、ひょっとして福島……?と思ったら、ロケ地はやっぱりそうだった(笑)。あの訛りは福島言葉だったのね。
しかし見事に田舎でさ、過疎で、若者がいなくてさ、フラリと訪れた若くて可愛い女の子に、この村は一気にボルテージがあがっちゃって、キビしい事態を迎えちゃうのだ。

山の中のバス停で降り、とりあえずお茶を飲みに入った喫茶店。そこのマスターに、鈴子は何気なく働き口を聞いてみると、紹介されたのが住み込みの農家のバイトだった。
そこの一人息子は、こんな田舎ではお目にかかれない若くて可愛い女の子にボーゼンとしてて、鈴子が風呂に入るたび、浴室の外から声をかけてくるアヤしさだったけど、でも彼が一番鈴子のことを心配し、理解してくれていた。
そのあたりも、タナダ監督の上手さ。一見、判ってなさそうな男が、実はそうじゃないっていう……それは最後の最後、一番のエピソードでも出てくるんだけど!それは後述。

こんな寂れた村に天使のように舞い降りてきた女の子に村は狂喜し、村長はぜひキャンペーンガール・桃娘として宣伝活動に協力してほしい、と言う。というか、もう鈴子の答えも聞かずに決めちゃう。
鈴子は自分が何でこんな流れ流れた生活をしているのか、当然言えていなかったわけで、桃娘なんて出来る訳なくて……でも、辞意を伝えたら予想外に大騒動になっちゃって、村の寄り合い所に村民たちが集まって、「桃娘辞退」の会議に発展しちゃう。

ここの場面、本当に辛かった。大体、こんな場面が用意されちゃうこと自体、あまりに鈴子にとってキツすぎる。パッと見、ちょっとおマヌケでコミカルな画ではあるんだけど(そのあたりも、上手いんだよなあ)、鈴子にとってはもう、針のむしろなんだもん。
鈴子が苦し紛れに、どんなことをするのか聞いてないから……と言うと、村長が、実は明日テレビカメラが来るんだと、そこでアピールしてほしいと言う。テレビという言葉に舞い上がっちゃった村民は、余計ムリだという鈴子にそれまでのネコナデ的な態度から一転、怒声を浴びせ始める。

お前ら都会の人間はいつもそうだ。癒しだとかいって、その土地の人間になろうとしない。お前らが癒されるために俺たちは農業やってるんじゃないんだと。
このシーンは、オニのような顔で吠える村民たちを、攻撃的なカッティングで次々に畳みかけ、それは確かに今まで過酷な生活をしてきただけの重みもあるんだけど、人間の勝手さやエゴが火山のように噴出してて、本当に怖くて、戦慄する。タナダ監督の伝える強さ、揺るぎない視線の腰の据え方にも驚嘆する。
それは確かに、鈴子のような若い女の子には太刀打ちできない人生の重みなんだけど、でもだからといって理不尽な言い様には違いなくて。

言いたくなかったことを、言わざるを得なくなってしまう鈴子。
「私には前科があるんです!」
あんまりだ、あんまり可哀想過ぎる。そりゃ、こんなヤツらに、言っちゃえ、言ったったれとは思ったけど、でも彼女がいざ口にすると、もうあんまり辛過ぎて。

でも、たった数日間でもここで働かせてくれていたおばちゃんと息子は、判ってくれてる。あの会議の時もおばちゃんは辛そうに見守っていたし、息子は必死に「俺たち自身が頑張らないといけないんだろ!」と、それまでの引っ込み思案を必死に振り払って、あの都会娘にホレたのかと揶揄されても負けずに、頑張ったのだ。
でも確かに、その息子の言っていることは正しくて。若くて可愛い鈴子に救世主的なものを感じて、自分たちを救ってくれるのが当然だとか思って、それが拒否されるとこれだから都会の人間は、と怒るなんてさ。
その描写って、すんごい厳しいよね。こういうことって、あるとは思うけど、なかなか出来ないと思う。だってそれって、豊かな都会からの田舎の批判という、ある意味タブーだもの。それこそ彼らが言う、都会人が勝手に癒しを求めてきやがって、って言われたら何にもいえない弱みがあるし。
でもそこに、そここそに、タナダ監督はおかしさを感じたんだよね。それって凄い、強さだと思う!

「やっぱりこれしかないけど」と息子からたっぷり桃のおみやげをもらい、おばちゃんからは、本当に助かったよ、と慈愛のこもった言葉をもらってトラックで駅まで送ってもらって、今度は鈴子は都会へと向かった。
暮らしていた東京とさして変わりなく見えるほどの、東京からも特急で一時間あまりの中級都市。
そこで鈴子は恋を知った。
ホームセンターの園芸売り場に職を得た彼女が、そこのベテランさんとして出会ったのが、大学生の中島君。
演じるのが森山未來君で、予告編でも大いに尺が割かれていたし、私も蒼井嬢と未来君のコラボということで、大いに楽しみにしていた。

このエピソードだけで映画一本作っちゃってもいいんじゃないかと、思っちゃうぐらいなのね。
この、どこか演技センスが似ている、センシティブな魂が響き合う二人の演技がもう、殺人的に萌え萌えまくりなのもそうなんだけど。
最初に顔合わせしたシーンで、二人が恋に落ちるのが、判り過ぎるほどに、判るんだもの。敬語で、ぎこちなく挨拶する。帰り道で鈴子を見つけて自転車でギューンと回りこむ中島君。別れ道まで一緒に行く、その敬語気味の会話のぎこちなさ。
もうー、恋の始まりを容赦なく感じさせて、映画館のシートに黙って座っているのがタイヘンなぐらいなの!

飲み会に引っ張り出されるシーン。強引に参加を決められて、中島君はそんな鈴子をじっと見つめてた。「本当は行きたくないんでしょ。佐藤さんて、いつも困ったみたいな顔して笑いますよね」そして、二人並んで座って、ほかのみんなの盛り上がりを眺めながら黙って飲んでいた。
明日の朝の授業があるからと席を立った中島君は、「佐藤さんも明日早いんですよね」と二次会の魔の手から救い出してくれた。自転車を押しながら鈴子と並んで歩く夜道。鈴子の部屋の前で、しばし立ち止まり、なんとも言えない間が続く。「……じゃあ」ときびすを返す中島君。
ううう、やはりまだか、まだ行っちゃえないか!ああしかし、こういうなんでもないような場面をこの達者な二人が演じると、こうも胸をかきむしられるものなのか!
コインランドリーでくるくる回る洗濯物を見つめながら鈴子は「……乙女かよ」とつぶやく。そのひと言だけで、彼に恋したことを示すのには充分。もうときめきまくる。

そして、スーパーで偶然会った中島君にお茶に誘われた鈴子。これまで流れ流れてきた今までを話す。自分探しみたいなもの?と彼に問われて、いやむしろ、自分を探したくない。探さなくても、イヤでも私はここにいるからと鈴子は言った。そんな風に口に出してみて初めて、自分の気持ちに気づいたみたいな。
「最初のうちは皆私を知らない。でもだんだん知ってくると……」これは、ひょっとして告白するつもりかも、と思ったらやはり、今まで誰にも言わなかった、前科者になってしまった事情を彼に話すんである。そして即座に後悔する。だって彼が、驚いた顔をしたから。
でも中島君は、慌てて追って来た。息を切らして、自転車を放り投げて、そして、鈴子に、好きです、と言った。
あー!!!このシーン、めっちゃ、めっちゃ、萌えた!
なんかね、色んな複雑な事情はここまで抱えてるんだけど、でも、ある意味王道なのよ。本当の自分を話して彼に嫌われた、と思って席を立った女の子を追って男の子が追ってきて、そんなことは関係ない、俺は君が好きだ!っていうね、もー、少女マンガ的トキメキ告白シーンの王道じゃん!

中島君の部屋に行く二人。汚い部屋を必死に片付ける彼。窓際のわけぎを植えた鉢植えに「おばあちゃんみたい」と鈴子が笑い、そして二人キスを交わす。という、もう王道中の王道、こういう場面は何度見ても飽きない!というトキメキを堪能する。そして、事後を示唆する、シーツに包まれた二人、という場面が示されても、というか、逆に落ち着かないわけ。
だって、タナダ作品だもん、このまま幸福に行くわけがないって。

思ったとおり、不穏がやってくる。バイト先に中島君と同じ大学の、同じ学部に通うカワイイ女の子が新入りとして入ってきて、イヤミな上司は「中島君はモテるから」などと鈴子に耳打ちするんである。
不安になる鈴子に追い打ちをかけるように中島君は、しかもエッチ後に「言いにくいんだけどさ……お金貸してくんない?五万円くらいでいいんだけど」と言い出す。その後、その新入りと仲良くお茶している場面にも遭遇し、しかも彼は「ちょうどよかった。お金なくてさ……ちょっと一万円貸してくれない?」と鈴子に無心する始末。
その後も、デートのたんびに、お茶代やら映画代やらを鈴子が払う場面が重ねられ、鈴子は「私、何やってんだろ……」とつぶやき、観客も、せっかく訪れたと思った鈴子の幸せにあっというまに水をさされたことに呆然とする一方、でもタナダ作品だからな……と、やはり、という思いもしたりして。

でも、それこそ、引っかけだった、ということだよね。だってだってだって!
もう疲れきっちゃった鈴子は、中島君に別れを言い渡す。私のどこが好きなの?お金を持ってるからでしょ、なんであの子とのデート代まで私が払わなきゃいけないの、もう、中島君といるの、疲れたよ、と。
鈴子がそんな、昼ドラみたいなことを言うなんて意外だし、あるいは鈴子もそんなことを言うのは本当にイヤだったと思う。そんな女になりたくなかったのに、でもそれは男がそう言わせるもんなんだ。女が言うんじゃなくてさ。
そして、そう鈴子に言い募られた中島君が、何にも言い返さないもんだから、ちょっと見てるこっちとしては、ホントにそうだったのかい!とショックだったんだよね。
本当はそうじゃなかったのに!なんで、なんで言わないの!それが男のくだらないプライドな訳!?バッカじゃないの!って、単純に思っちゃって。でも……それが若さなのかなあ。

いや、この時はさ、ただただ鈴子が可哀想で、幸せになれるかと思ったのに、またしてもかと思ったんだよね。
そこにね、あの弟から手紙がくるのだ。その時初めて、いじめられていたことを彼は姉に告白した。それまで出来の悪い姉をどこか蔑んだような態度を取っていたのは、強がりだったんだと、知れた。商店街で絡まれた同級生を追い散らした姉を、弟は誇りに思っていたのだ。
先生に隠れてチクチクいじめる卑怯な同級生たちに、堪忍袋の緒が切れて、というか、ようやく勇気が出て、弟は爆発した。机に置かれた花瓶を叩き割り、いじめっ子に掴みかかった。
でもそれで相手にケガをさせて、児童相談所に送られてしまった(!)。ケガをした相手に謝ったけれど、許してくれなかった。
そんな、そんな理不尽なことって、ある!?

鈴子が前科を持ってしまった経緯もそうだけど、人生って、世間って、ホンット、こんな具合に理不尽なことに満ちているんだ。世に起こる“事件”の善悪の、一体どこまでが真実なのか。
それでも、弟はあの時の姉の強さ、信念の揺るぎなさを心に焼き付けているから、僕は逃げない、私立中にも行かない、あいつらと一緒の中学に行くんだ、と決意を手紙にしたためているのだ。
弟へ、差しさわりのないハガキしか出せていなかった鈴子は、号泣する。私は地に足がついた生活など、出来ていなかったと。
そして、この街を出る決心をした。

そういやあね、この街で部屋を借りる時、鈴子、保証人を弟の名前にしてたでしょ。んで、不動産屋が確認の電話を実家に入れて、弟が電話に出る。あのシーンは、この姉弟の絆を感じさせて実に印象的だったけど、それで弟は演技をして乗り切れたのだろうか……気になる。

でね、バイト先の上司に挨拶をして街を出る最後の日、そこに中島君が現われるのだ。これまで借りていたお金を返してくれる。
なんとも言えない間で向かい合う二人。じゃ、とその場を去る鈴子。もう……この辺は、若手きっての演技派二人の力量が充満しまくる。
魂の抜けきったような顔で鉢植えに水をやっている中島君に、くだんの新入りの女の子が心配そうに声をかけてくる。いいんですか、誤解されたままで?と。
誤解?え、もしや……とドキドキする間もなく、このコ、畳み掛けてくる。「百万円貯まって、いなくなっちゃうのが怖かったんでしょ」
!!!えええええ!そういうことかい!なんだよその、無骨な理由!でも純粋過ぎる、単純すぎる理由!それなら責められた時、どうして言わなかったの、言えなかったのか!バカ!バカ!!お前ー!!
しばし固まっていた中島君、しかし意を決して走り出す。つーか、遅いよ、お前!つーかつーか、バカだっつーの!

間に合ってくれるのを、祈ってた。ハッピーエンドをこんなに祈ったことはない。タナダ作品だから、きっとムリだろうと思ったけど、それでも……祈らずにはいられなかった。
駅に着いた中島君、彼女の姿を見つけられなくて、もうダメだと思ったけど、ドーナツを口にくわえて店から出てきた鈴子、諦めて帰りかけた彼と目が合ったように見えたのに。やった!と思ったのに。
「来る訳ないか」と鈴子はドーナツを頬張りながらアッケラカンとした口調でつぶやき、さっそうと駅に向かうのだ。
これって、ハッピーエンド?鈴子はとても前を向いていて、弟からの手紙で、逃げていた自分を自覚して、今までと違って本当の意味で前を向いていて、カッコいいけど、でも、でも、でも、切な過ぎるよー!!!

ダンサーの骨格を感じる未來君は、華奢な蒼井優ちゃんとホントお似合い。彼がこの役を引き受けた理由ってのが、「蒼井優ちゃんに会いたかったからですね」未來君……(笑)
蒼井嬢がこの作品を語ってたこんな言葉が印象的だった。中島みゆきさんの「ファイト!」って曲が好きなんですけど」、と、この映画の、この鈴子はまさにそうだと。彼女のこの言葉も意外!でも、確かに、なるほど。なんか、嬉しいな。★★★★★


ビルと動物園
2007年 100分 日本 カラー
監督:齋藤孝 脚本:齋藤孝
撮影:百束尚浩 音楽:おおはた雄一
出演:坂井真紀 小林且弥 山口祥行 馬渕英俚可 森廉 日村勇紀 勝村政信 渡辺哲 津田寛治 三浦誠己 犬山イヌコ 梅沢昌代 河原さぶ 小林正寛

2008/8/4/火 劇場(渋谷ユーロスペース)
もう30前の女の焦燥の時期はとっくに乗り越えてしまったから、共感しつつももはやたくましくなってしまった自分を顧みて苦笑する気持ちの方が大きいんだけど、でもやっぱりいまだにこのテーマからは逃れられないな、と思う。
自分が望んでなくても、あるいは心のどこかで望んでいても、否応なしにちらつく結婚という価値観。
その価値観に付き合わせられない、あるいは付き合ってもらえない男。
本作のヒロインが関わる二人の男は、どちらも彼女のその苦悩の答えを出してはくれない。ただ、その二人目の男、純粋に彼女のことを好きな男の子は、今後のひょっとしたらを思わせもするけれど、でも今の時点で、彼女はやはり、一人だ。
どこか、切ない恋愛模様のように見えて、女の一人をちくちくと感じるのは、だからなのかもしれない。

それにしても続々と出てくる新人監督さんは、これまたなぜか、こんな風に女一人の心模様を描くことが多い気がする。
男のそれにドラマがない訳でもないと思うんだけど、いまだその悩みを解決出来ないほどに、日本という国の大人事情が成熟していないことを痛感する。

故郷に父親一人を残して、なんとなくOLをしているような香子。職場の上司との不倫も彼女の心を痛めてはいるけれど、やっぱり「なんとなく」な感は否めない。彼に対してこの先を強く望んだりなんて出来ないのか、したくないのか、そんなぐらいのゆるい関係。
そして後に登場する父親は、「料理は女の仕事だろ」と言ってはばからないような、古いタイプの男。30前にもなっていまだ独身の娘を心配して、田舎から見合い写真を送ってくる。
いや、香子にとっては父親のその気持ちは“心配”とは受け取れなかった。それは小さな漁港に暮らす父親にとってはあくまで世間体で、女が一人で働いて暮らしていくなんてこと自体、彼の頭にはないのだ。

こんな風に考えてしまうのは、いけないのだろうか。香子が不倫している上司との関係を、「なんとなく」と思っているなんて。
本作は演者にゆだねているところがあって、香子が心情を吐露するなんていうヤボな場面は用意されていない。だから、この役を解釈する坂井真紀の表情からそれを汲み取るしかないんである。
彼女は、上司との間に出来た子供を堕ろしさえする。それを告げる彼との会話は、「仕方ないだろ」「……そうよね」だけで終わるんである。
淡々と中絶手術を受ける彼女の表情は虚無感に襲われてはいるものの、絶望感とまで受け取ることは出来ない。

そして、その上司の妻に、赤ちゃんが出来る。それを彼は、まあ当然といえば当然だけど部下に嬉し気に報告し、まだ誰にも言うなヨ、なんて口止めまでし、安定期になるまでついていてやろうと思うんだ、なんてまで言っている。
それを香子に聞かれているなんて、知りもせずに。
この場面はかなりキツいはずなのに、それでも香子=坂井真紀の表情からは、虚無感だけが伺えた。そしてそれは役を解釈した上でのそれだと思えた。
彼女は、この上司に最初から未来を託す気持ちなどなかったんだもの。
でも、女一人でバリバリキャリアウーマンで、というタイプでもない。
父親から勝手に送られてきた見合い写真をはねつけるだけの強さがないのは、確かにそうなのだ。

でも、そんな香子が意外な出会いをする。
本作は、彼との出会いがまず前提の物語であり、それゆえ、ピュアな恋愛映画のようにも見えるんである。
アルバイトで、ビルの窓の清掃作業をしている慎。彼はいつも、壁にぶらさがりながら、窓の中の香子を見つめていた。
そのことに気づいた先輩が、「何だよお前、年上好きかよ」とからかいながらも、妙に世話好きなもんで、香子をビルの屋上まで引っ張ってきてしまう。
しかしオクテな慎はこの先輩の好意になかなか応えることが出来ず、せっかく先輩が聞き出した彼女の電話番号にかけるのも、ずっと後になってから、香子がこの出来事を忘れかけてからだった。

香子と慎は双方、静といった感じなんだけど、この先輩や、慎の友達、香子の同僚なんかが、舞台調ってな感じの、かなりのハイテンションなので、正直ちょっと違和感を感じなくもない。
それに、本作はエピソードを区切るカットごとに、このハイテンションの台詞の途中でブツリと切る傾向があって、それはおそらく演出上の意図なんだろうけれど(監督が編集もしているし)、ちょっとそれも気持ちが分断されてしまう気持ちがあるんである。
まあそれは、人の好みなんだろうけどさ。

香子と慎は、結局は最後までプラトニックだったのだろう。そういう描写をするタイプの映画ではないけれど、それでも。
21才の学生と、29歳のOL。年も立場もこれから先の未来の時間の使い方も、かけ離れすぎている。でも、考えてみればたった8歳の違いなのに、人生80年と思えばほんの少しの差なのに、なんでそんな風に考えてしまうんだろう、人生って、そんなに選択肢が狭いのか。
でも恐らく、香子と不倫相手の上司だって、それぐらい離れているだろうと思われる。そしてずっと大人である上司は、でもきっと、香子の気持ちや彼女の未来など考えることもない、コドモなのだ。
慎だって、香子と出会うまでは、そんなことは考えなかっただろうと思う。彼は香子と似た者同士だったかもしれない。今の生活を守ることに気をとられて、人生というものから目を背けていた。ぼんやりのようにも思え、あるいは判ってて避けていたようにも思え。
教職をとっているだけで安心して、教育実習を申し込むことを忘れていたり、かなりのノンビリさんなんである。

清掃員のバイト姿からは想像出来ないけれど、慎は音大生なんである。流麗にバイオリンを弾く。友人からは卒オケに誘われているけれど、貧乏学生の彼はバイトに追われて、色よい返事が出来ない。
「お前、何のために音大に入ったんだよ!」と友人とケンカする場面、慎はその友人がバイトなんかする必要もないボンボンだからと反論しようとしたけれど、友人のその台詞には言い返すことが出来なかった。
いつもいつも音楽を聴いていた。音楽が好きで、音大に入ったに違いなかったのに。絶対音感の持ち主で、動物の鳴き声も、音楽に聞こえるほどなのに。

そう、動物園。タイトルにもなっているそれが、様々な意味を含んでいるんである。
そもそもは、慎のバイトの先輩が、もともとは動物園に勤めていたというのが始まりだった。暇つぶしの動物名しりとりで、やたらとレアな動物名を出してくるハイテンションな先輩は、しかし、この仕事の方が、人間監察が出来て楽しい、と言った。コンクリートジャングルならぬ、コンクリートズーだと。
まあ正直、この先輩の存在は狂言回しにしてはうるさすぎて、動物園からこの仕事にシフトしてきたという理由もこの台詞だけじゃどうも納得出来かねる所があるし、だからといって、その理由を知りたいとも思えないあたりが(爆)キビしいんだけどね。
先輩は、慎が恋した香子を、テンみたいだと形容した。後に動物図鑑でテンの写真を見た慎は、そのキュートな姿に、確かにそうだ、と微笑んだ。

慎と香子の関係は、全然、進展ってまではいかないのね。数度のデートは、姉と弟の域を出てないし、キスどころか手さえつながないまま。
それは二人がオクテだからってのもあるけど、二人とも自分自身の未来がまだ全然見えてない、というか、見ようとしてなかったことに、今ようやく気づいたからなんだよね。
慎に関してはある意味それは、仕方のないことでもある。彼は若いし、音楽が好きで音大に通っていても、生活を維持するためのバイトに忙殺されるというのは、その理不尽な切なさは、とてもよく判る。
でもそれが、もはやすっかり大人の香子もそうだというのが、今の日本の、大人の女のリアル、そして、問題だと思うのだ。

いや別にね、普通に仕事して、生活していければ、それはそれで問題ない。別に全ての人が、夢や目標を持って攻撃的に人生を送る必要はないと思う。
でも、少なくとも、その人生なり、生活なり、あるいはうっすらと見えている未来に満足していなければ、欲を言えば、ちょっとワクワクさえしていなければ、死に向かって近づいているだけの虚しさを感じてしまう。今の香子が多分、そうなんだと思うのだ。
恐らくね、女性の方がそういう境地に陥りやすいと思う。男性は割といくつになっても結婚への夢が持てるし、男は仕事に生きる、みたいな価値観がいまだに世の中には通用してる。どんなにテキトーな勤務態度だとしてもよ。
でも女はさ、女は……鉄の女ばりにならなければ、制服着て事務を9時5時でこなすだけじゃ、それがどんなにプロフェッショナルな仕事でも、どうせいつか辞めるんだろ、みたいな目線を避けきれないじゃない。25も過ぎれば、お局様かオールドミス扱いで。

……すみません、ついつい愚痴をこぼしてしまいました。で、そういう世間の価値観を最もキツく感じるのが30前、って感じがしてね、そう、それこそこんな風に田舎から見合い写真のひとつも送られてくるわけよ。
慎はまだ、そういう価値観に毒されてはいない。まだそれを知らないところで生きてる。だから彼と過ごす時間は、香子にとって楽しかった。ぎこちないけれど、誠実な青年。
一人手酌で飲む酒に慣れていたから、お酌をされるだけで新鮮だった。それも、彼女と一緒の酒を飲みたいがために、残ったビールを一気飲みする慎。「もう、ビールの一気飲みなんて出来ないな」と香子は笑う。普段の彼女は台所で立ったまま一人酒するような、いかにも一人身の生活。

デートに誘う先が動物園なんていうのも、あまりにもピュアすぎて笑っちゃうぐらい。でもその場面ではね、聞き逃せない台詞が香子から吐かれるのだ。
この動物園デートの描写は非常にまったりとしていて、カメラもゆったりと二人を追い、動物の描写も実に丁寧に活写されている。凄いねえ、可愛いねえ、なんて言いながら、ぎこちないながらも安心感を感じ始めた二人の関係の変化を見ることが出来る。
そして、だからこそ香子は、こんなことを言うのだ。自分自身では自覚していなかったかもしれない、本音を。
エサの時間までまだしばらく間があるのに、定位置で待機している動物たちに、ふと香子は漏らした。「待っているのって、しんどいよ」
香子は、待っていたんだよね。でも何を?やはりあの、不倫上司との関係だろうか。でもそれは、絶対に変わらないと、判っていたんじゃないの。いや、そうか。変わらないと判っていたから、待っているのが辛かったんだ……。

だって職場の同性の同僚や先輩たちは、女は恋愛ありきだって態度アリアリなんだもの。香子にも早く女の幸せを感じてほしい、なんてさ。それこそ今時そんなんありかあ?と思うぐらい。
んで、それこそオールドミスに片足突っ込みかけたような先輩が最近はやけにウキウキしていると思ったら、「女の幸せつかんじゃいました!」てな勢いで、出来ちゃった結婚での寿退職。

その送別会の席上、浮かれきった先輩と、それを煽り立てる同僚や上司たちに埋もれるように、香子は静かに座ったままだった。
酔っぱらった同僚の男が絡んできた。香子に、飲めよ、飲めるんだろ、としつこく勧めた。断わり続けた香子に苛立ったそいつは、空気読めよなとまで言い放って、ムリヤリコップを持たせようとする。香子はついにブチ切れて、「飲めないって言ってんでしょ!」とビールの入ったコップを払いのけた。
そりゃ、飲めないわけではない。酒飲みなんだから。でも妊娠したからジュースで酔っぱらっているかのように浮かれきっている先輩の隣で、酒を固辞し続けた香子の気持ちが、なんかもう、あまりにも辛くて。
それに空気読んでないのは、このしつこい同僚だよなと。空気読むって言葉が、いつの間にやらこんな暴力的な切り札になっているのが、苦々しい。

見合い写真に全く応答を返さない娘に痺れを切らして、田舎から父親がやってくる。渡辺哲演じる漁師の父親は、いかにもオールドファッションな価値観の男で、香子がまだそこまで進展していない慎を苦し紛れに父親と会わせると、そりゃー、あからさまに拒絶反応を示すんである。
最初はとりあえず用意した当て馬だと思って、もう無視状態、しかし慎が香子さんのことを好きです、と決死の覚悟で言うと、彼が学生だということや、香子との年齢差、これからの人生のことを矢継ぎ早に責め立てる。
当然、慎は黙り込むしかなくて、父親は勝ち誇ったように、「見知らぬオジサンに、勝手言われて、災難だったね」と言い捨てて立ち去るのだ。
そりゃあもともと、慎と香子はこれまでに数回しか会ってないし、そんな関係にもなってないし、言ってしまえばお互いの気持ちを確認したこともなかった。
ここで初めて慎が、香子のことを好きだと言ったぐらい。

慎は、教職を全うすべく、母校へ教育実習を取り付けに向かう。それは、この事件があって、やっと重い腰を上げたから。今まで、先のことを、本当に全く、考えていなかったのだ。
音楽の先生になることを香子に告げた慎は、もうその事だけで、先の人生に勇気凛々だったと思われる。
でもそんな慎に、「いいと思う」と香子は微笑みながらも、「慎君に話しておきたいことがあるんだ」と言った。
そしてその内容は、オフレコのままなんである。

慎は教育実習に行った先でも、ずっとボンヤリと悩んだ顔のままだった。
そして香子は、仕事を辞め、一度実家に戻った。しかし父親の勧める見合いをするでもなく、特に外に出かける事もなかった。母親の墓参りをしたぐらい。
そして、「料理は女の仕事だ」と言い放った父親が、娘のために夕食の膳をぎこちなく整えているのをじっと見守りながら、なぜか涙があふれて、止まらなくなった。
娘が泣いているのを、彼女は必死に嗚咽を抑えていたから父親は気づかなかったし、彼女がその理由を明らかにすることもない。
確かに、明確に理由を定義するのは難しい気もするんだけど、なんか判る、判るんだなあ。
たった一人残された父親に、すまない気持ちも愛しい気持ちも起こるんだけど、でもそれだけでこの地にとどまることも出来ないのは事実で。
そして、香子は実家を後にした。見送りに出た父親は、最初はなんということも出来なかったけど、追いかけてきて、思い切ったように言った。「頑張らんか!」

香子は次の就職先の面接をしている。多くの資格と、ワードやエクセルをある程度使いこなせることが認められて、再就職が決まった。なんとなくこなしていたOL業だったのが、いつの間にやら面接官に「原田さんはしっかりしてて、頼りになりそうです」と気に入られて、一発合格するほどになっていた。
人生を重ねることは、案外悪くない、のかもしれない。
そして、何を告げたことでしばらく音信が途絶えていたのか……香子が中絶したこととかを言ったからなのか、でも慎はやっぱり香子が忘れられなくて、意を決して携帯の番号を押す。
呼び出し音が鳴る。出た気配。そしてカットアウト。
ハッピーエンド、あるいはその序章だと思って、いいんだよね?

多用される「ありがとう」という言葉。香子がことあるごとに慎に言う。それは確かに美しい言葉だけど、それをフューチャーしたいのも判るけど、効果的にしたいのか、ちょっとピントが合わないままに使いすぎに感じて、気になった。
何がありがとうなのか、こんな私に付き合ってくれることなのか、こんな私を好きになってくれたことなのか、それこそ演者にゆだねているんだろうけれど……。

しかしね、坂井真紀は30前どころか、30の坂をとっくに越えてるから。彼女主演と聞いて、だからより共感できる作品かと思ってたからさ……。
そりゃ、童顔でキュートだからムリがないとは言わないけど、ほぼ10歳若い役はちょっとね……相手役とのバランスもあるし。
まあそれ言ったら、その相手役も、実は27なのに21の役で、年齢差は劇中とほぼ同じなんだけどさ。でもそれって、ズルい!
役者だから、どんな役を演じてもいいとは思うけど、このテーマ、この年の問題って、本当に繊細で微妙なものだから、こんなに離れた年の役者さんがやると、そりゃないでしょと思っちゃうもの。いくら違和感がなくてもさあ……。

オーケストラが、見たかったなあ。
音大とか言ってて、そういう雰囲気が殆んど感じられない。慎の音大の仲間は一人しか出てこないし。
なんか、設定一発で満足しちゃっている感じがして、もったいない気がした。★★★☆☆


ヒロ子とヒロシ (痴漢電車 びんかん指先案内人)
2007年 分 日本 カラー
監督:加藤義一 脚本:城定秀夫
撮影:創優和 音楽:レインボーサウンド
出演:荒川美姫 佐々木基子 華沢レモン なかみつせいじ サーモン鮭山 岡田智宏 佐倉萌 柳東史 横須賀正一

2008/3/7/金 劇場(ポレポレ東中野/R18 LOVE CINEMA SHOWCASE Vol.4/レイト)
痴漢電車モノに傑作が多いのはなぜだろう、不思議。世の中的に、というか女子的に絶対許したくない行為なのに、そんな女子の私の心をとろかす名作がたくさんあるのがホント、不思議。
でも本作に関しては、痴漢というべきじゃないのかもしれない。ヒロ子はヒロシの手を、孤独な自分を救うものとして受け取ったんだし、そのお返しとしてヒロ子はヒロシにもその手を返した。
ま、それをあり得ないことと言ってしまったら、世の中のエーガはなんだってあり得ない。これがピュアなラブファンタジーになってしまうところが、ピンク映画の素晴らしいところ。

しかし、そのヒロ子とヒロシは、一度も互いの顔を見ることはないんである。これ以上、心が通じ合っている瞬間もないのに。その瞬間をお互い求め合って、何度も交わし合うのに。
ヒロ子の背に感じた孤独にヒロシが手を伸ばした時から、二人はただ、同じ方向を向いたまま、一区間を慰め合った。
顔を見たい気持ちがなかった訳ではないけれども、顔を見てしまったらもう会えない気がして、出来なかった、二人とも。

というのは、双方のモノローグがそれぞれに示すんである。同じ時間の同じ車両で、顔を見ずに、お互いを手だけで求め合う何日か、その間だけしか二人の時間は重ならない。これ以上ない運命の相手のように思えても、彼らはそれぞれに違う幸福の結末を求め、すれ違っていく。
なんと、切ないのだ!いや、二人ともそれぞれ愛する人を見つけ、あるいは愛する人に気づき幸せになるのだから、幸せなんだけど、なのに、それを気づかせてくれた、力を与えてくれた慰めの相手のことを、顔も知らず、名前も知らず、すれ違っていくのだ。

しかもラストに顔を合わせているのに、そのことにもお互いに気づかずに。なんて、切ないんだ!
あの時、ヒロ子はなんとなくぼんやりとヒロシの顔を眺めていたけれど、なぜか不思議と、ヒロシの方はなんともいえない顔をしていた。
まるで彼女のことに気づいたみたいに……。

という、二人の時間が重なるまでには、ヒロ子とヒロシの、プチ悲惨な人生が語られるんである。
まず、ヒロ子の三年前に遡る。引っ込み思案のメガネ少女だったヒロ子は、カッコイイサッカー少年のイイダに恋をした。しかし彼女が勇気を振り絞ってラブレターを入れたのは、隣のイケダの席だった。
気の弱いヒロ子は、有頂天になったイケダに真実を告げることが出来ず、ずるずると付き合い、初体験までもイケダに捧げてしまう。

このアニメオタクなオデブ男、イケダを演じているのが、こういう役なら(年を無視して)彼でしょうという、出まくり助演賞モノのサーモン鮭山。バツグン、ハマリ役。
デートの待ち合わせに、ソフトクリームで口の周りをベタベタに真っ白くしながら、そのべったりとソフトクリームのついた手でヒロ子の手を取る気色悪さ、誘った映画は美少女アニメだし、美少女フィギュアを握りしめて、彼女とセックスする。無論、初めてだったヒロ子は痛いだけだった。
その後、彼はデートにさえ誘わずに、音楽室とか所かまわずヒロ子の身体を求め、しかも彼女にしゃぶらせては「ヒロ子ちゃんて、あんまり上手くないね」とほざく始末。
しかしこのフェラ下手は、彼女が後にピンサロ嬢になっても客から言われる台詞であって、しかしそれは、最終的に出会う恋人との、幸福なセックスに向かう伏線になっているんである。

イケダから逃げる目的もあって、卒業後東京に出てきたヒロ子は、メガネをやめ、カワイイ服を着ることで自分が変われるような気がした。ひたすら、カワイイ服を着続けた。
結果、借金が膨らみ、ピンサロ嬢として働くことに。虚しい日々。部屋は汚物で溢れ、異臭が漂い、ヒロ子は自分が腐っていくような感覚にとらわれた。
そして、ある日、電車の中で何かがこみ上げた。彼女の瞳から涙があふれた。
その時、ヒロ子は自分の尻に何かを感じたのだ。

痴漢。今まで彼女は、こんな地味で魅力のない自分が痴漢に遭うことなどないと思っていた。
まあ、痴漢はそんな単純なものではないけど……(なんたって私だって遭うんだから)。ここではそれを言うのはヤボってもんか。
つまりヒロ子の感覚では、それはイコール、自分が本当に、徹底的に、世界の誰からも必要とされていない、という意味を、そう示しているんだよね。
でも今、彼女の尻に感じているのは、確かに男の手。
彼女はゆっくりと息をついた……。

そして、ヒロシの三年前である。バリバリのエリートサラリーマンだったヒロシは、彼に憧れる社内のOLに次々に手をつけていた。大学の文芸部で一緒だった美々子と学生結婚をしていたけれど、いつもケナゲに彼のために夕食を作って待っている妻のことを、疎ましく思っていた。
しかしある日、社内にメールやファックスの怪文書が流れる。ヒロシにヤリ捨てされたOLのしわざだった。ヒロシは強引なやり方で出世して周囲からも疎まれていたから、キッカケさえあれば転落するのは早かった。
あっという間の窓際族。気力を失ったヒロシが会社に出てこなくても、誰も何も言わなかった。もはや彼は、会社に必要ない存在だったのだ。

朝から環状電車に乗り続け、居眠りをこく毎日。街をフラつけば、ちょっと前まで自分にメロメロだったOLが、別の若い男とホテルに入ろうとしている。
それでも自分に対する態度が変わらない妻の美々子に、ヒロシは耐えられなくなり、彼女を暴力的に犯し、「出て行きたいなら出て行けばいい。お前の辛気臭い顔はもううんざりなんだ」と言い放った。
唇を震わせた美々子は、翌朝、出て行った。彼のために朝食を用意して。置き手紙には、ゴミの出し方や洗濯物のことなどをこと細かに書いて、最後にいつも彼の身体を気遣って作り続けていたほうれん草のおひたしのレシピを記していった。その時になってヒロシは妻の愛に気づいたけれど、もう遅かった。

そしてヒロシはいつものように、環状電車に乗った。
寂しそうな女の背中に目がいった。泣いているように見えた。
導かれるように彼女の背に近づき、その尻を触った。
今まで、痴漢なんかするヤツは、人生の敗北者だと思っていた。
そして実際、今のヒロシはそうなのだ。
でも……。

という具合に、三年前から始まったヒロ子とヒロシのプチ悲惨な人生が、ある日ある時のある車両でぴったりと重なり合う。ずっと、こんな具合に二人のモノローグで進行していく(もんだから、ここに記すのも、ほぼそれの焼き直し。ラクチン)。
ヒロ子がイケダやピンサロ嬢として接していたセックスも、ヒロシがOLたちやすっかり心が離れた妻としていたセックスも、このお互いの“痴漢”行為に溢れる魂にはまるで及ばない。
でも不思議なことに、それがお互いへの愛には向かわないのだ。
顔を見てしまったら、もう会えない気がする。そう二人は共に思って、決して顔を見ようとしなかった。勿論、言葉さえ交わさなかった。
お互いのことを思いながら、夜、一人で自分を慰めさえしたのに。

だけどこの行為が、人生を投げかけていた二人にパワーをもたらした。ヒロ子はピンサロを辞め、腐りかけていた部屋をキレイに掃除し、近くの喫茶店で働き始める。その笑顔は評判になった。
そして、高校時代好きだったイイダに再会する。彼は、いつもヒロコが練習を見ていてくれたのを知っていた。それどころか、そんな彼女のことが好きだったと言うのだ。そして、「今からでも遅くない?」と真剣な顔でヒロ子に言った。

一方のヒロシは、若かりし頃小説家になりたかった夢を思い出し、思い切って会社を辞めて、ヒロ子のことを題材に小説を書いた。これが思いがけず“直本賞”を受賞する。
妻の美々子が帰ってきた。「あなたと文芸部で小説を見せ合ったことを思い出したわ……これ、私のために書いてくれたの?」彼はうなづいた。ウソをついたけれども、もう美々子を放したくなかったのだ。

そうしてヒロ子とヒロシが、お互いに最愛の人を見つけ、顔を向き合わせて言葉を交わしあい、真に愛のあるセックスをした日を境に、二人はあの車両に乗らなくなった。
二人がそれぞれ、違う場所で、でもきっと同じ時間に最愛の人と交わすセックス、その交互のカットバックは、ピンクならではではあるけど、とっても思いに溢れてる。セックスっていいなと、素直に思える。

初めて好きな人とセックスすることになって、幸福に満ち溢れているヒロ子。下手な筈のフェラも、彼は気持ちいいと言ってくれた。
この年になって、でもなんだか恥じらってしまう妻の美々子に、ヒロシもなんだか若い頃を思い出して、そうだな、と笑う。そして今までよりずっとずっと大切に、彼女を抱きしめ、キスをする。
ああ、ステキだなあと思うのだ。
ことに、ヒロ子の思い人であるイイダ、演じる岡田氏はほんっとツボな役者なんだもん。彼はロマンティックなセックス、いやロマンティックなラブシーンが本当に上手い。観ているだけの女もとろかしてしまう。出来れば髪は前みたいに短い方がいいけど(爆)。相変わらずステキなんだなあ。

で、双方、本当の幸せを見つけて、また3年が経つのね。
ヒロ子はイイダと結婚したんだろう、大きなお腹をかかえて、彼と一緒に歩いている。
一方、逆の方向から、こっちは紆余曲折あって、ついに待望の第一子の妊娠というところだろう、美々子もまた大きなお腹をして、ヒロシに気遣われながら歩いてくる。
二組、踏み切りを境に、向かい合う。電車が通り過ぎる。そうだ、電車だ……。

ヒロ子のアップ、そしてヒロシのアップ。
二人は、お互いがかつて電車の中で、手だけで感じ合った相手だと知らない。
知らない筈なのに、特にヒロシの方は、なんだか切ない顔をしているんだもの!
切ない、けど、でも今は二人とも幸福で、切ない、というのは当たらない筈なのに、でも切ないんだ!
だって、お互いの人生に絶対に必要だった二人なんだもの。
なのに、その存在を二人とも確かめようもないなんて。こうして知らずに向き合っているなんて。その二人の間を、電車が間断なく通り過ぎているだなんて!!

まあったく、ピンクというのはホント、油断ならない。

高校生の時から細眉、茶髪のヒロ子がメガネをかけただけで地味な引っ込み思案というのは少々ムリがあったかな……そのめくれた唇も最初からエロだったし。しかもこの女優さんの名前は、誰かと誰かをくっつけた名前……なのだろーか。うーむ。
脇キャストは総じて素晴らしかった。一途に愛する夫が、自分の思いとは裏腹に手の内から離れていくのをどうしようもない美々子、人生の浮き沈みを一気に演じきり、ヒロ子と美々子という二人の“運命の女”にそれぞれたまらない表情を見せるなかみつせいじ氏はことに素晴らしかった。

まぎれもない、傑作。★★★★★


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