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「き」


2007年鑑賞作品

黄色い涙
2007年 128分 日本 カラー
監督:犬童一心 脚本:市川森一
撮影:蔦井孝洋 音楽:SAKEROCK
出演:二宮和也 相葉雅紀 大野智 櫻井翔 松本潤 香椎由宇 韓英恵 高橋真唯 菅井きん 志賀廣太郎 本田博太郎 田畑智子 松原智恵子


2007/5/17/木 劇場(恵比寿ガーデンシネマ)
なんとなく、たのきん映画を観ていたあの頃の気恥ずかしさっていうの?そんなものを観る前から、そして観ている時も、観た後も感じていた。
そもそも本作は、74年にドラマ化された当時、14歳だった犬童監督が、いつか自分の手で映画にしようと決意したという、犬童監督たっての希望の……つまり肝いりの映画だってことなんだけど、うーん、だったらそれぞれの役に厳選したキャスティングで観たかった、という気がどうしてもしてしまう。もちろん、嵐の五人の仲のよさ、プロ意識が監督の琴線に触れて、この映画が動き出したとしてもである。
だって、なんか演技が、無難、いや流されているっていうか……。

今までの犬童監督の作品には、役者がある程度追いつめられて発揮する力を感じていたんだけど、今回はそれが正直なとこないのが、見ていてなんだかハラハラした。
そりゃあ、こんな人気者なんだからしょうがないんだろうけど、これだけ世界観を作って、それを再現ドラマ的な演技で流されるとちょっとなあ、という気がする。
二宮君は演者として慣れているから無難にはこなすんだけど、それだけに上手くいなしすぎて、追いつめられている感はやはりない。
そういうあたりも何となくたのきん映画的なんだよな……。

舞台は1963年、阿佐ヶ谷。高度経済成長真っ只中。夢見る四人の若者が、狭いアパートの一室に集って、いつか大物になる日を夢見て共同生活するひと夏。かけだしの漫画家、村岡栄介(二宮和也)、明日のスター歌手を夢見る井上章一(相葉雅紀)、絵描きになりたい下川圭(大野智)、未来は芥川賞作家だと息巻く向井竜三(櫻井翔)。
あら?ひとり足りないわ、と思っていたら、そこからはじかれた松本潤は、彼らを助ける米屋のでっちさん、勝間田祐二として登場する。うーん、なんか似合わない。マジメにケナゲに働くお人よし、ズーズー弁のお米屋さんの青年、なんてさ。この五人の中でなんでヨリにもよってマツジュンに振られるんだよ、って役じゃん。
マツジュンだけが彼らの輪から離れていてカラミが少ないのは、彼だけが忙しいからなのだろうか……。
だって正直、彼の風貌じゃ、このキャラじゃないよな……。

それにしても、1963年ってまだほんの44年前なのに、なんか凄い昔みたいに語られるから結構ビックリする。
だって、今44歳の人が生まれた年だよ?って、当たり前だけど。村松さんの生まれた翌年が(って引き合いに出すのもなんだが)そんな古きよき時代、みたいに語られることに軽いショックを覚える。私の生まれるほんの10年足らず前だもの。
でも、そうなんだなあ……確かに今とは全然違うもの。鉄腕アトムが放映開始されたって聞くと、やっぱり昔なんだなあ、古きよき時代なんだなあ、って思うもの。

四人が共同生活を始める前、彼らは一度集っている。それは重病にかかった栄介の母親を田舎から呼び寄せて東京の病院に入院させるために、ニセのお医者さんとして担ぎ出したんである。
なんとか手術を受けさせるように仕向けるため、病院から医者を迎えに来させるから、と気弱な母親を半ば強引に説得したわけである。
東京の病院で手術をすればきっと治る、と栄介は信じていたに違いない。
だけど、東京に出てきただけで芸術家になれると夢見ているような四人と同じく、彼女は手術をするにはもう手遅れの状態だったんである。
彼らのひと夏の夢と、母親の命の灯が消えるひと夏とが重なる……。

三人は、漫画、歌、油絵、小説、と自分の夢に対してはいっぱしのプライドを持っているんだけど、結局誰一人として、芸術家として大成することはないんだよね。
栄介の狭いアパートの一室で、この夜が伝説になる、俺たちは芸術家になるんだ!と気炎を上げたけれど、正直箸にも棒にも引っかからなかったのだ。
いや、その中で栄介だけは、もうプロとして活動しているし、技術もあるからアシスタントとして呼ばれて重宝されてはいるんだけど、時代遅れの叙情漫画と斬って捨てられる彼は、その時代を象徴する3S(スピード、セックスと、あとなんだっけ……)にどうしても踏み切れない。というか、恐らく心の中で軽蔑している風である。だからいわゆるお仕着せ仕事、有名な原作者のシナリオを漫画化することも断わってしまう。正直、アシスタントだってもうやりたくないのだ。

この栄介に関してはね、他の三人が諦めて他の仕事についた後も最後まで残るから、成功するのかと思ったんだよね。何たって漫画家だし、作者自身を投影しているのかと思ったから。でも結局彼は、有名漫画編集者である元カノのダンナからの斡旋を蹴ってしまう。そういうプライドを捨てられない男。
結局は他の四人もそう。芸術家が芸術以外でカネを稼いではいけないと言って、アルバイトひとつしない。なのに栄介が地獄の徹夜の日々を続けて得てきた金には目をキラキラさせるんだから、ゲンキンなもんなんである。
そういう態度でいる割には、その芸術の腕で積極的に働きかけるわけではない。漫然と、奇蹟が降りてくるのを待っているだけ。

特にヒドいのが小説家志望の竜三で、一行どころか一字も書けない。壮大なプロットばかりが頭の中で膨れ上がり、行きつけの喫茶店のマスターにとくとくとして話して聞かせ、マスターはそれを読みたがるのだけれど、原稿用紙は真っ白である。表紙ばかりが妙に凝ったスケッチになっていく。
そして彼はちょっと恋していたウエイトレスの千恵ちゃんが、田舎で見合いをするんだ、ちょっと顔が好みなんだと頬を染めて言うのを聞いた時に恐らく……現実に返ったのよね。
見合い話に浮かれるっていうのも、時代かもしれない。お決まりの「親を安心させたいし」というのがすんなりとまかり通ってしまうというのも、この時代がもうギリギリってとこかもしれない。そういうシニカルな意味で、確かに古きよき時代、だったんだろう。
女の人生のよしあしが、“幸せな結婚”によって決まるんだ、というね。

それは、栄介の元カノである西垣かおる(田畑智子)に関しても言える。
かつては、栄介とともに売れっ子漫画家の鮫島の下でアシスタントをしていた同僚。二人が久しぶりに再会した時の、気まずげな会話はスリリングである。「あそこで悪いこと、全部覚えたよな。酒にタバコ……」一瞬言葉がつまり、見つめあう。何を言おうとしたのか、判ってしまう。
「二人とも、初めてだったのよね」と。
で、彼女は漫画家の夢を諦めて編集者の男性と結婚、栄介を心配して仕事を持ってくるわけだが、その時の台詞が如実に物語っているわけよ。
「誤解しないでね。私は主人を愛しているし、あなたの才能を惜しいと……」
愛する、というか、愛してくれるダンナを持ち、かつての恋人を友達として心配している、というのが女の幸せとして機能した、“古きよき時代”だったのだろう。
まあ、古きよき時代だからって女なんだから、豊かな人生の選択として、したたかに計算してそれを選び取っているのは当然なんだけど。で、男はそれが出来ない。プライドがジャマしてせっかくのチャンスをつかめないから、5年たって他の仕事でやっていけるようになった夢を諦めた友人たちと比べて、まだ四畳半一間でキュウキュウとして、戦後の空気から抜け出せない。

歌手志望の章一もまた、女からその才能を信じられていたのに応えられなかったヤツなんである。
まあ彼の場合、本当に実力があったのかどうかは怪しいところである。というのは、皆が栄介の元を去った後、栄介がふと聞いたのど自慢のラジオ放送、章一の歌には鐘がひとつしか鳴らなかったんだもの。
章一の恋人は、彼らがそのすきっ腹を満たす食堂、さかえやの娘、時江である。演じるは香椎由宇。こんなとんでもない美人が、こんな小さな商店街にいたらそらもう、大変である。ま、香椎由宇がそんな役柄だっていうのは、後に彼女がバッチリと化粧して新宿のバーで働き始める、その時に化粧映え、衣装映えしなきゃいけないわけであり、その時彼女は、章一ともう決別しているわけだ。このウダツの上がらない男と。
だって、章一ってば、彼女がちょっとイケてる男と話しているのを見ただけで、彼女が何にも言わないのに勝手に誤解して、彼女から距離をおくんだもん。まあ恐らく、今の自分ではあの男に勝てないと思ったんだろうが、最終的に彼女が誰と結婚するかが明らかになるラスト、それが明らかな邪推であったことが判るのだよね。

解説では、一夜を共にした二人が、そういう気持ちをお互いに持っていなかったことを知った、みたいになっているんだけど、そうかなあ……時江は大好きな人との最後の思い出を作りに、いわば決着をつけに、雨の中突然章一を訪ねてきたんじゃないの?
気を使った他の三人が部屋を出て、「明日には時江ちゃんには帰ってもらおう」(当たり前だ(笑))と、もんもんと喫茶店で夜を明かすのが、マヌケというか切ないというか。
三人が恐る恐る朝帰ってきてみると、もうそこに彼女はいなくて、章一は朝ごはんを作っていた。
章一は照れくさそうに笑って、「セックスって、しらけるな。その後、どうしていいか、判んないじゃん」と言った。
……全くもって、ガキの台詞である。
男の子四人でワイワイやっているのが、結局は楽しかったんだよ。そしてそれは章一だけじゃなく、他の三人もそうだったのだ。

四人は一応自炊などもしようと頑張ってみたりもする。それもまた楽しいんだよね。なべを買う金をケチって、アルマイトの洗面器でカレーを長時間煮込んだもんだから穴が開いちゃって、皆にアツアツのカレーがぶっかかってしまうという場面、実に青春のアホくささで、甘酸っぱい。
「これで2、3日はいけると思ったのに!」という台詞がまた実に物語っているんである。
しかも、この期に及んで「もうこれ食べられないかな……」と未練タラタラだったりする。 外から帰ってきた竜三は洗面器の穴を眺めながら、「アホやなあ……」甘酸っぱいなあ。まるでキャンプやってるみたいだもん。

そして油絵に打ち込む圭である。この中で最もシンクロ出来たのは彼だったかな。
彼は一旦、成功したように思えたんだよね。金に困った彼らを助けるために、先輩が圭の画を画商に売ってくれたのだ。それも思いもしない大金、三万円が手に入った。画商が自分の絵を買ってくれた、初めて自分の絵が売れた!と圭は思わず感激にむせび泣くんである。
一方で、圭はスケッチをしている公園で一人の女の子に恋をする。つっても、恐らく彼は彼女と一度しか会っていない。いやその記憶さえ、怪しいんである。白いフワフワしたドレスを着て日傘を差して、犬を連れて歩いている浮き世離れした少女。彼の絵を覗き込んで褒めてくれた彼女に舞い上がり、これが出来たらあなたにさしあげます!と申し出た圭。
その絵が画商に売れて喜んでいる時点で、おいおい、彼女にあげるんじゃなかったのかよ、と思い、そしてそのこと自体が……まあ、彼の行く先を決定付けていたのかもしれないなあ、とも思うんである。
画商に売れたんじゃ、なかったんだもん。彼の絵の行く先は質屋だったのだ。

その事実に打ちのめされる前に、圭は結婚詐欺にまであってしまう。結婚詐欺……いや違うな、そこまではいかない。単に気のふれた女に引っかかってしまったというだけなのだが。
公園でひと目惚れした少女を妄想して描いた彼女の肖像画を、裏に連絡先を描いて公園に置いていった圭。それを拾った女は、その少女とは似ても似つかぬ別人だった。しかし彼女はそれでもいいと言った。この絵が私でなくても、ただ私はあなたの絵が好きなのだと。その言葉と瞳に吸い込まれてしまう圭。
んでもって、その次の場面、四人が集っている部屋で、もう彼は彼女と結婚する、なんて言っているんである。

この怪しい女を演じているのは高橋真唯。黒目がちの瞳が印象的な小ぶりで整った顔が、そういう女にハマる。いやー、イッちゃってる。やはり彼女は逸材。結構化けるんだよなあ。
彼女はこの界隈では有名な女。道行く青年に声をかけては、結婚しようと持ちかけるんだという。この狂信的な一途さに、バカな……いや純粋な男はひきずりこまれてしまうのだろう。
その事実と共に、絵が画商ではなく質屋に持ち込まれたことを知り、圭は打ちのめされる。
彼だけは日々絵に邁進してたし(その動機がどうあれ)、そして夢に挫折するには充分な理由を突きつけられたから、潔く辞めるのは、納得がいくんだよね。

自分が描きたい漫画を認めてもらいたい、栄介は時間の合い間を縫って描いたオリジナル漫画を持ち込むも、もう児童漫画はいいかげん時代遅れだ、とあっさりと却下されてしまう。
時江の勤める新宿のバーで痛飲する栄介。あの三人とこれ以上一緒にいたらダメだ、恐らく前々から心の中では思い続けていたことを、酔ったことでようやく意識の底から引っ張り出して彼は思う。帰ったら三人に言おう、そう決めて阿佐ヶ谷の駅に降り立った時、思いがけず彼らの姿がそこにあった。
栄介の母親の危篤の電報がきていたのだ。彼女はもう余命いくばくもないと告げられ、故郷に戻っていた。東京に来た時つきそってくれた若い医者たちが実は栄介の友達だということも、もうバレていた。いい友達を持ったと彼女は泣いていたという。
三人は、栄介がすぐに夜行に飛び乗れるように、チケットと荷物を用意してくれていたのだ。
そして圭から手渡された手紙。そこには栄介の先を制するように、別れの言葉が連ねられていた。
皆、夢を諦めること。夢を見たこの夏は、もう二度とは訪れない。

それから数年、四人は一度だけ同窓会よろしく一堂に会した。
クラブのマネージャーや工事現場の人夫、皆それぞれの人生が軌道に乗り始めていた。
あ、そうそう、時江は実直な青年、勝間田祐二と結婚したのである。ことあるごとに四人を助けて、「古米だけど充分、いけっから」と米を分けてくれたりしていた青年と彼女が、いつの間にそんな仲になっていたのか……でもそういやあ、さかえやに米を納めに行った時、最近店で見なくなった時江のことを心配していたし、借りていた雑誌などを返していたもんなあ。
確かに時江の選択は正しかった。恐らく彼の田舎と思しきのどかな風景、農作業をしている夫に、子供を抱いた彼女が手を振る。叶うかどうかも判らない夢を追う男より、堅実な幸せを選んだ。
栄介だけが今も変わらず、あの四畳半一間で売れない漫画をしこしこと描いている。

嵐の五人、なんか皆似たような身長、似たような体形ってのがね、アイドルグループっぽいのよね。
だから四人、あるいは五人集まっても、パッと差異をつけにくいのよ。骨太さを感じる男がいない。勿論顔は全然違うんだけど、オーラの差異を感じるほどのものもないし。
しかも、なんか驚くほどフツーのあんちゃんのお顔。二宮君含めて少なくとも三人は。
特にリーダーである大野智君の、のほほん顔には驚く。まあ、だから圭にはピッタリだったけど。
リーダーが癒し系なのは、TOKIOあたりからの流れなのか?
なんかジャニーズも色々変わったよなあ……と思う。なんか、SMAPに草薙君が加わったあたりから変わったような気がする。

彼らを見守るように、あるいは監視するように折々出てくるふくろう。
夜の鳥、そしてその目つきの不気味さから、やはり後者の意味合いの方か。
どちらかというとほのぼのイメージのふくろうが、こんな怖い顔をしているなんて、意外なとらえかたかも。
でも私はふくろう、怖いけど。もうどうしても「アクエリアス」のイメージがね……。

軽トラで売りにくるロバのパンの懐かしさ、そして数々の実際のニュース映像。池田首相、東京オリンピック、新幹線開通。まさに時代が動いている時。
脚本は市川森一。だからかな、今までの犬童作品とはなんか違うような気がしたのは。脚本に従って破綻なくきっちり作り上げている感じがした。ある意味アイドル映画だというのも飲み込んで、全てのキャラクターが破綻なく配置されている。
犬童作品は、ほのぼのしてそうで、実はタブーに対して挑戦的で、破綻しそうな危うさがあるのが魅力だったのだ。金髪ジョゼ虎メゾン・ド・ヒミコ、皆そうだった。「タッチ」で商業映画に進出したことで、それ一辺倒にならなくなって世界の幅は広がったのだろうけれど。

漫画家の鮫島先生役で突然出てきた小市さんに、思わずキャーと叫びそうになってしまった。
まるでチェシャ猫のように歯をむき出しにして豪快に笑う小市さん。ううう、素敵。★★★☆☆


聴かれた女
2006年 84分 日本 カラー
監督:山本政志 脚本:山本政志
撮影:三栗屋博 音楽:
出演:蒼井そら 大野慶太 加藤裕人 西野翔 吉岡睦雄 鳳ルミ

2007/2/20/火 劇場(ポレポレ東中野/レイト)
蒼井そら。やはりこの主演女優への興味が圧倒的だったもんだから、もう早速!って感じで足を運ぶ。AV女優さんに関しては全然明るくないんだけど、そんな私でも知っている、まあ言ってみれば伝説のAV女優だよね。
あまりにも名前が聞こえてくるので、その名前もダブルにパロっているようにも思えて気になって、一本だけ観たことがあるんだよねー(照)。それが、面白かった。
いわゆるAV監督と彼女の二人旅、つまりはこの二人のガチンコ勝負なわけだけど、全く引いてない。自分自身を語る材料がしっかりとあるトコなんか凄くセルフプロデュースの才覚を感じたし、セックスも自分の性質の延長線上みたいに底抜けに明るくて、それもイヤミやヘンな嫌らしさのないカラリとした明るさで、ああ、この子が普通に女優になったら面白いだろうなあ、って、凄く興味をひかれた。
自分のキャラをガッチリつかんでガンガン仕事しているところなんて、先輩の林由美香嬢を感じさせたりもしたし。

AVから一般的な女優やタレント活動へも活躍の幅を広げている昨今、きっとあらゆる監督が、女優としての彼女をネラっているであろう。
AV女優って、いわばホンバンを魅力的に撮れればOKみたいな、それは勿論、女優がいなければ成り立たないけど、つまりは減価償却、流れ作業、質より量、みたいな需要ありきってな感じが一般的なイメージとしてはあるじゃない。でもその中で彼女の名前がこれだけ聞こえてきたことは、やはりそれだけの意味はあったんだろうなと思うし。

で、本作。一見、ただのエロものに見えて、これがかなり面白い。タイトル通り、盗聴される女、皐月が彼女の役どころ。しかしこれがまた、伏線というか観客を陥れる要素が、色々とフクザツにはりめぐらされているんである。いや、聴いている男たちを陥れる要素、か。
リョウは確かに彼女の部屋を盗聴しているだけ。しがない編集社に勤めている彼は、フロ付きの部屋を借りられる今がピークってぐらいの……まあちょこっとショボめの男であり、越してきたこのアパートもすこぶる壁が薄いもんで、隣の女の子の部屋の音が筒抜けなんである。
で、リョウが用意する盗聴機器もひたすらアナログで、壁にベタッと張ってヘッドフォンで聞くような、もうミエミエの道具でさ。しかしそれこそが、最後の最後には彼女との愛が成就する小道具として機能するんだから心憎いんだよなー。

で、男たち、なわけね。彼女を盗聴しているのはリョウだけではない。彼女の恋人である雄太も参戦しやがってる。
いや、正確に言うと、コイツは盗聴どころか覗き見もしてるんである。しかもそれなりにカネを持ってるサラリーマンだから、彼女に見つからないように盗聴器もカメラも巧みに仕掛けてる。更に、自分が興奮するためにと、この恋人にイタ電までもかけて、オナってるヘンタイさんなんである。
雄太に関しては盗聴よりも部屋の覗き見の方に重きをおかれているから、タイトルからも重要視されてるのが、アナログなリョウの方であることは明らか。
つまりリョウに最後、ハッピーエンドが訪れる時、それをタイトルで示唆していることに改めて思いが行くんである。んー、上手いね。

で、この二人の男を受ける蒼井そら嬢は、一方ではリョウの妄想を受け止め、一方で見知らぬ男のイタ電に怯え、更に一方で恋人である雄太に信じきって甘え、更に「お隣の気さくなお兄さん」とざっくばらんに付き合えるような女の子。
それも女の多面性をズルく見せるわけでもなく、不自然でもワザとらしくもなく、それが彼女の中に自然に共存しているのをサクッと見せてくる。期待以上に上手かったんだよね、これが。

AVはいわば、セックスを題材にしたドキュメンタリー。だけどドキュメントはセックスそのものだけで、案外その中で芝居や物語におもねっている部分が結構あるわけじゃん。ま、つまり設定というヤツ。
でもAVで用意される設定の中の芝居に満足できる女優はなかなかいない(いや、そんなに知っているわけでもないんだけど(汗))。彼女が重用され、名前が聞こえてきたのは、それが出来る“女優”だったからなんだろうなあ。
実際、フィクションの舞台に立っても、このように肩に力が入ることもなく、ソツない演技をこなしてみせる。
唯一ちょっとキビしいと思ったのは、別れた雄太に襲われるシーンで、その怖がり方に少々戸惑いがある。でも逆に、フツーの芝居のところでそういう違和感を感じさせない方が凄いと思う。つまりはその違和感は、監督の演出の不足だとしておこうっと。私はとりあえず女の子に肩入れしがちなんだもん。

それにしてもバカなのはリョウで、このバカさ加減が愛しいっつーか、ある意味純粋で、コミカル部分を一身に背負ってるんだよなー。壁の向こうから音が聞こえてきた時から、だらしなーいスウェット姿でカエルのように家具の隙間にはさまったりして、もう欲望に純粋すぎだっちゅーの。妄想ふくらみまくりだし。
彼の頭の中では、隣の女の子は、壁紙から着ている服にまでハートマークが飛び散りまくっている。ベッドにはピンクのレースのカーテンが下がり、彼女は部屋にいる時もフリフリのミニスカートをはいている、みたいな。いねーよ、そんなヤツ。
んでもって部屋に訪れた恋人と「付き合ってまだ二ヶ月なのに、私たち、なじんでるね」なんてラブラブな会話に「いいから早くヤレよ」とイラ立つ。つまり、最初は彼女に対しての恋心というより、まー、オナペットですな。しかし、二人のセックスより聴いてるリョウの方が先に出ちゃって、「早っ」と一人つぶやくのがあまりに情けなくて、つい吹き出しちゃう。アホや、コイツ……。

でもね、発泡酒を飲みながらのリョウの妄想の中の皐月は、ビールを飲んでるのよね。このあたり芸が細かいっちゅーかなんつーか。つまり彼は、彼女を一段上に見ているっていうこれまた妄想。Mですな。
しかし、出かける彼女の姿をドアの魚眼レンズから見て、そのドアに書かれた苗字を知り、更に捨てていったゴミをあさる頃になると(かなりアブないって……)それが段々と恋心に変わっていくのが目に見えるようである。
「あの時間に帰ってきて、しかも彼女のキャラならファミレスでバイト、これで決まりっしょ」などと、彼女のバイトしそうな店を仕事中にウキウキとネット検索し、職場の先輩を呆れさせていることを、自身、判ってないところも純粋バカ。

その論理で首尾よくバイト先を突き止め(ストーカーだよ……)真正面から彼女の顔をみると、かなりカワイイ女の子であることが知れちゃう。あ、この時、胸の名札でそれが彼女だと確認するんだけど、名札なんかしないバイトだったらどうするつもりだったのかしらん。
隣の音を聞き込み、仕事に出かける時間、バイトに出かける時間、恋人が訪れる時間、と彼女の生活サイクルの表までキッチリつけて、更にそれをパソコンで管理までする。恋人より判ってる、とリョウは自慢気だけど、うう、正直ちょっとヘンタイだぞ!まあ恋心は多少のヘンタイは入るもんだが……。
そう、皐月は昼間は普通にOLしてて、夜はバイトして、親に仕送りしている。そんなことまで探り当て、なんてイイ子なんだ、今時いないよ、とますますホレ込むリョウ。そんなことを音を聴いているだけで探り当てるアンタは相当イッてるけど……。

更に彼、自分の家に来た不在配達の荷物を彼女に預かってもらうことによって、より親密になる作戦にまで出る。その後、おすそ分けを彼女の家に持っていくことでさらに仲良くなる、てなわけ。とーぜん、その荷物の中身は自分で買うのよ、普通にスーパーで。実に涙ぐましい努力なわけだよなあ。
しかもこの不在配達やおすそ分けのやりとりは決してがっつかず、彼女に預かってもらった荷物を受け取るのも、おすそ分けに彼女の部屋を訪れるのも、用件がすめばアッサリ退却して、ヘンな危機感を起こさせないように気を配る。
んでもってそれを何度か繰り返し、お隣さんとして仲良くなったある日、今度は発泡スチロールの箱が届けられる。その中身に興味を示した彼女を、見事部屋に引き入れるのに成功するわけだ。

「中、知りたくない?入りなよ」あくまでサラリと言うリョウに、戸惑う彼女。
しかし、「……知りたい」ボソっとひとり言のようにつぶやき、中へと突進!いやー、この間と響きの絶妙なナチュラルさ。やはり彼女は非常に天性のものを持ってる!
箱の中身は活きたエビ!怖がる彼女に合わせてリョウは、その箱の中身をワザと(だよなあ、絶対)撒き散らかす。キャーキャーと笑顔でパニクる彼女。上手い作戦だ……。
で、カットが変わると、二人仲良くエビフライを平らげた後なんである。ここでのワンカットの彼女のナチュラルさにはちょっと驚嘆。まるでアドリブみたいに思えるほど、ホント自然体で魅力的なんだもん。
「生きているエビって初めて見た。エイリアンみたいで怖いけど、エビフライになると、あ、知ってる、これこれ!って感じ」

しかし一方で、皐月はイタ電の主に相変わらず悩まされてる。恋人の雄太の勧めで電話番号を替えてもなおかかってきて、更に彼女をおびえさせる。
雄太は警察に連絡した方がいい、と言うんだけど、皐月はどうしても出来ない。それはリョウの部屋を訪れた時に明かされるんだけど、昔、父親が強盗犯人に間違われたことで両親は離婚、家庭が崩壊してしまったといい、それ以来、警察はどうしても信用出来ないというのだ。
そのことまで知ってて、雄太は警察に届けろと言ったのかは定かではない。二人はまだ付き合って二ヶ月で、そうしたディープなことを話し合える関係のようにも思われない。それをリョウに打ち明けたのは、それだけ彼が皐月を安心させる存在になることに成功してるってことなんだよね。
リョウはリョウで、盗聴している時にある部分でいつもノイズが入るのが気になり、盗聴マニア(監督自身!)に見てもらうと、他の盗聴機器が仕掛けられている可能性があるという。で、皐月の留守中に忍び込む二人。この盗聴マニア、カギ開けの七つ道具までしれっと出して、ものの5秒で開けやがって、コワッ!そりゃ犯罪だろ!

彼女の部屋に入ってみると、当然、リョウが想像していたようなピンクなお部屋であるわけもなく、シックな色でまとめられたフツーのお部屋である。「想像していたのと、違うもんだな!」と逆にリョウははしゃぎ気味。パンツの匂いをかぐな!アホ!
盗聴器どころか隠しカメラまで見つけてしまったリョウだけど、まさかイタ電までもが雄太の仕業だとは思ってないから、まあ自分にはいわば関係のないことだし、そのまま元に戻しちゃう。
それほど電波を広範囲に発しない機器だから、外に不自然に止まっている車の主がその盗聴&覗き見してるヤツであろうということまで、その盗聴マニアは断定する。で、リョウは道を聞くフリこいてこの車の窓をコンコン、と叩いてみる。慌てて画像が映ってるノートパソコンを隠す雄太。まさしくコイツだったんである。

ところでさ、リョウが編集部の人にこの盗聴マニアを紹介してもらう会話のトコが、ちょっと説明っぽいよなー。歌舞伎町?を歩きながらのゲリラ撮影(恐らく)はスリリングだったけど。
「ああ、あの人?」みたいにリアクションしたからリョウは知っている人なハズなのに、それを受けた相手はその人となりをシッカリと説明しやがる。おもっきし観客に向かって説明してるって感じなんですけど。まあ、いいけどさー。

で、こっからがガゼン面白くなるんだけど、リョウは雄太を皐月から追っ払うために、あの盗聴マニアや友人たちを巻き込んでひと芝居打つんだよね、これがめっぽう面白い!
そもそも、このヘンタイ彼氏が、横恋慕してきたリョウに嫉妬した……かと思いきや、自分の欲望を満たすために、彼女とヤッてくれ、と彼を訪ねてカネまで押し付けてきたことが火をつけちゃったのよね。
雄太は覗き見しても部屋にいない皐月に電話し、「お隣でごちそうになっている」と聞いて逆上する。すぐに呼び戻して、彼女をまるでレイプみたいにして抱く。巨大なオッパイがつかまれる、痛がる皐月。「今日の雄太、怖い」「そんなことないだろ」皐月の言葉など上の空で、ひたすら彼女を組み敷いてバックから攻め立てる雄太なんである。
しかしこれがさ、リョウへの嫉妬心かと思いきや、そのことで自らが興奮する材料にしてんだから、ヘンタイだけならまあ純粋な欲望ってすませてあげられるけど、やっぱりヒドいヤツなんだよね、コイツは。

リョウは雄太から受け取った金をギャラに、盗聴マニアの友人と役者まで立てて、覗き見しているであろう雄太にニセの芝居を見せつける。
その設定は、「父親が背負った借金を返せ、とヤミ金から責め立てられている皐月」である。しかも、リョウが盗聴して録音していた(いつの間に……)雄太が暴力気味に皐月を犯した時の、彼女の声を使ったシナリオを用意し、バレないように用意周到。更に「返せないなら、恋人の雄太に払ってもらう」という筋書きまで用意し、盗聴している雄太を震え上がらせる。
しっかし、ヤミ金を演じてるこの役者がバカで、カンペに書かれてる「嘘」って字が読めないっつーのが、ウケるんだよなー!「嘘」の文字が大写しにされて、焦りまくる男。皐月役の女の子や盗聴マニアが「ウ・ソ」とオフレコで必死に教えようとしても、全然判んないんだもん!

更にダメ押し、雄太を引っ立ててムリヤリ暴利のカネを借りさせるなんてコトまでする。オイオイオイー、いいのか、そんなことまで!でもそこまでしなきゃ、雄太は皐月の前から姿を消さなかったかな……でもそれがまたクライマックスにいい感じで絡んでくるのだが。
んなわけで、突然、皐月の前からリョウは姿を消した。携帯はつながらないし、部屋は引っ越した後。まさに音信不通。ってコトをリョウの部屋に上がりこんで夕食までいただいて話す皐月だけど、「でも、ショックじゃないんだ」とサバサバしてる。そのことこそをリョウに言いたかったみたいに。
「消えてくれてラッキーだったんだよ。だって、別れ話をしないですんだじゃん」そんな風に言いつつ、リョウはまだ、あくまで気さくなお隣さんの態度をとる。しかしその均衡を破ったのは皐月の方だった。

「私を抱きたいと思ったこと、ある?」
「お前、酔ってんだろ!」
「ねえ、どうなの」
「……あるよ」
皐月、あっけらかんと笑って、「ヤラしい!ねえ、いつから?最初に会った時から?」
「……うん……そうかな」
顔が近づいてイイ感じになる。でも彼はキスできない。皐月は音楽をかけ、強引にリョウを立たせてダンスする。はしゃいで、イイ感じになる。それでもキスできない。ああ、もう、お前アホか……。息を切らせて、二人ベッドに横たわる。それでもキスしか出来ない。それ以上、どうしてもいけない。
「ごめん……オレの知ってる皐月じゃないっていうか……」
そりゃそうだ。今まで声だけで興奮してたんだもん。生身の女に怖じ気づくなんて、童貞みたい。
皐月は笑って立ち上がる。「大丈夫、傷ついてないし、哀しんでもないよ」バイバイ、と手を振って隣の自分の部屋に帰ってゆく。
でもね、自分の部屋に帰って、鏡の前で泣くのよ。この泣き演技がまた、イイ!
それも聞いているリョウ。ただただ……聞いているだけしかできないなんて。

さて、皐月の借金を負わされたと思い込まされた雄太、ある日そのウラミを浴びせに彼女の部屋にまた押しかけてくる。もう目が完全にイっちゃってて、ナイフまで振り回しやがる。
あ、ココが唯一ちょっとだけ、そら嬢の演技に切羽詰ったものがなかった場面ね。段取りと一生懸命怖がってる感じを出そう!みたいなのをかなり感じるんだよなー。
しかし、ヤミ金を背負わされたのはちょっと可哀想かなと思ってたんだけど、ウラミに思うのは仕方ないにしても女にナイフを振り回すなんて、ああ、別にカワイソがることなかった、やっぱサイテー男なんだと思い直すんである。
しかし、隣で盗聴していたはずのリョウが助けに来るのが、ちーとばかし遅かったが……。
まあ、芝居を打たせた友人に連絡したりなんだりしてたのかもしれないけど、なんかまたしてもヨコシマな欲望を丸出しに、ドキドキして聞いてたんじゃないかと思っちゃう。

で、ようやくリョウが飛び込んで、雄太を押さえつける。逃れた皐月は隣のリョウの部屋に逃げ込む……と、ホラ、やっぱりね。盗聴してたまんまのケーブルやヘッドフォンがそのまんまなんだもん。
それでなくても隣の声はガンガンに響いてくる。壁をなぞり、そしてヘッドフォンを耳にする皐月は、それがより大音量で耳に流れ込んできて驚くんである。
あーあ、ほーら、バレちゃった。
ヤミ金役をやってくれた友人がかけつけて雄太を引っ立ててくれて、リョウは皐月を迎えに部屋に戻り、自分が盗聴グッズをそのままにしたことに気づいてあわてて背中で隠すけど、遅いっつーの。
しかし皐月はすぐにその疑問を口にすることはなく、「助けてくれて、ありがとう……ちょっと頭の中を整理したいから、今日は帰るね」と笑顔を顔に貼り付けて、帰ってゆく。
頭の中を整理して!この言い様が絶妙なんだよなあ!

当然、もう気づいちゃった皐月なんだけど、リョウにホントにホレてるからか、自分を助けてくれたからか、あるいは聞かれていることに逆に興奮しちゃったからなのか、怒っている様子はない。
それどころかある考えを思いついたのか、部屋でしんねりと自慰を始めるんである。隣のリョウが、じっとその声を聞いているのを判ってるのに。いや聞きながら彼が何をしているのかも、判っているのに。
そして、お風呂にお湯を入れる。水道を出しっぱなしにしたまま、そっと隣のリョウの部屋に忍び込む。
って、カギが開けっ放しなのは予測してたのかしら……。
案の定、リョウは彼女の声をオカズに励んでいる真っ最中。半ケツでオナってるのを見られるのはカナリハズかしい!
肩をぽん、と叩かれ、振り返って焦るリョウ。皐月はその爆乳ボディを一糸まとわぬ姿でニッコリと立っている。
「さ、はじめましょう!」

蒼井そらが脱げる(セックスシーンをやれる)女優であるというのも、大きな武器。それを当然のこととしてカテゴライズされてしまうというのもあるけど、逆にそれをキッチリやれてなおかつ魅力的で力のある女優、というのがこれが案外いないもんなんだもん。彼女にはその力を感じるんだよなあ。
爆乳が微妙にアンバランスなのもいいが、なんといってもそのロリな顔立ちとギャップのあるハスキーボイスのセクシーさである。つまりは全てがアンバランスの危うい線上にあるのがたまらない魅力なのよね。

隣の部屋で聞いているのに、彼女の部屋のすぐそばで聞いているような描写が何度も使われているのも、心理的描写って感じで面白かった。
本当に彼女をこんなにすぐ近くに感じているのに、でもやはり現実の彼女に触れないまま、見つめるばかりのリョウ。お風呂に入っている彼女を、洗い場で膝を抱えて眺めているシーンとか、なぜか切なかったり。

で、この映画が何を言わんとしているかというと……≪耳を当てた、その壁をぶち壊せ≫とね、なるほど!
壁が薄いのも、だからこそ恋してしまうのも、その彼女を助けたい、あるいは自分のものにしたいとムチャをするのも、耳を当てている壁が、自分の中の障壁としての壁であるからなのね。★★★★☆


気球クラブ、その後
2006年 93分 日本 カラー
監督:園子温 脚本:園子温
撮影:谷川創平 音楽:
出演:深水元基 川村ゆきえ 長谷川朝晴 永作博美 西山繭子 いしだ壱成 与座嘉秋 大田恭臣 ペ・ジョンミョン 江口のりこ 安藤玉恵 松尾政寿 内山人利 不二子

2007/1/31/水 劇場(渋谷シネ・アミューズ/レイト)
園子温監督作品の中で、一番好きかもしれない。いや、傑作かもしれない。
気球用語がとびかう、気球ワールドのちょっとしたハウトゥームービーのように見えつつ、終わってみれば切なさに胸が苦しくなる。
思えば、「部屋」で衝撃を受けてから、この無知な頭に理解困難なのを耐えつつ、なんとかかんとか追いかけてきたら、夢のような切ない、こんな作品が出てくるとは。

かつて、「気球クラブ うわの空」に所属していたメンバーたちにとびかう、主宰者村上の事故の報。
そんなことでもなければ連絡さえもとらなかった彼らは、村上という人物のことを思い出しながら、かつての気球クラブの熱を思い出す。
熱……いや、あの時、実際気球にのめりこんでいたのは、一体、村上以外にいたのだろうか。
少なくとも、そんな村上を見つめ続ける人はいた。
当時村上の恋人だった美津子。
そして村上の死が伝えられる。美津子に連絡をとろうとしても、彼女の連絡先を知っている人が現われない。
中心人物である二人が、名前ばかりがとびかって、私たちの目の前になかなか現われてくれない。

気球クラブ、ってだけで、なんだかもうファンタジック。気球ってだけで、唯一無二。そして気球を愛してやまなかった主宰者が今、死んでしまったことが、その「かつて」を余計に現実味のないものにしている。
実際、彼以外に、本当に気球が好きだったメンバーなんて多分、いなかったんじゃないかと思う。村上の音頭に乗ってこぶし突き上げて盛り上がったりしてたけど、一人ひとりの気球への思いなんて描かれないし。
村上の気球への思いがあまりに熱烈だから彼は別格、という風に見えたけど、ひょっとしたら違ったんじゃないだろうか。
実際、こうして彼の事故の知らせを受けても、OBたちは驚きはするものの、「お前、村上さんと仲良かった?俺もそうでもないんだよな……」と一様に口にするばかりなのだ。村上、という名前ばかりが口にのぼっても彼自身がまるで出てこないから、実際に数えてみると一人多いザシキワラシみたいにさえ感じてしまう。

「気球クラブのアジト」である古ぼけた民家に集まっては、缶ビールを飲みながら気勢を上げていた。あるいは屋上に「気球BAR」と称する大きな黄色い風船をふくらませ、その中で飲んだり。この気球BARはちょっと心惹かれる。夜になると中にたくさんの電球を吊るして金色に輝いて、中で無数の人影がゆらめく。
彼らはただ、集まって、喋って、そして打ち上げで盛り上がるためだけにそこにいたような気がする。気球に乗るのもいつも村上だけ。自分も乗ったというメンバーはいるけれど、その場面は出てこない。
その村上の乗った気球を、メンバーはガヤガヤニギヤカに車で追いかけ、空に浮かぶ気球を眺めながら冷たいビールで乾杯する。

ただ一人、彼の恋人の美津子だけが、その輪の中から一歩、外れていた。
彼女のそんな佇まいに、新入りの二郎は心惹かれた。でも、他の女の子たちとは違うその佇まいは、村上が降りてくるのを待っていたからだったのだ。
美津子だけが村上のことを好きだった。
他の皆は、せいぜいここが合コンの場ぐらいにしか思ってなかった。実際、カップルになったメンバーもいるし、語り部の二郎なぞは、最初から出会いを求め、クラブからたった一ヶ月で離れていく。
二郎が一ヶ月で離れてしまったのは、美津子からちょっと不可解なチョッカイを受けたことも関係していると思う。
村上が気球への思いを熱く語る。ただノリだけで盛り上がりまくるメンバーたち。彼女はそこを離れ、酔った勢い、みたいに二郎にキスをする。
翌日、「よこしまな思いで」気球クラブを訪れた二郎に、隣の部屋に村上がいるというのに、またしてもキスをする美津子。
「こっちの方がずっとロマンチックよ」そう言って。

そんな風に、今の時間軸の二郎はメンバーたちに連絡を回しながら、気球クラブ、村上、そして何より美津子のことを思い出してゆく。
彼が今、何となく付き合っている彼女は、その時クラブで一緒だったみどり。彼女は美津子の連絡先を持っている唯一のメンバーだったんだけど、二郎が美津子さんに連絡しなきゃ、と言うのを、メンドくさそうに否定する。
連絡なんて、する必要ない。女は過去の男にはキョーミないの、と。
本当は、二郎だって美津子の連絡先を携帯に入れたままにしていたのだ。
そのことを、みどりにも、かつてのメンバーにも言えなかった。

村上の死に駆けつけたメンバーはほんの数人だった。彼らはちょっとは、村上に対して近い位置にいたような気はした。やたら音頭とってクサいこと言う小太りの男はうざったかったけど。
何とか間に合うようにと、走って走って、でも結局間に合わない江口のりこが……なんか彼女は、村上のことちょっと好きだったんじゃないかなんて思いもしたりして。そんなこと、ひと言も言わないけどね。
あるいは、必死にメンバーを集めようと電話をかけまくっていたアイコも。それを受ける男性メンバーは、女とイチャついてたり、仲間とたこ焼きパーティーしてたり、全然深刻じゃないんだもん。
そして村上の死がOBの間に伝えられ、彼らは「村上さんをしのぶ会」として久しぶりに集まることになる。
あの、思い出の気球クラブのアジトで。

結局、みどりが美津子に連絡した、と聞いて二郎は拍子抜けする。
二郎がいくらかけても、美津子の携帯は留守番メッセージを繰り返すばかりだったから。
ちなみに、その時みどりは別の男とイチャつきながら、連絡がついた報告の電話を二郎に入れるんである。
でもね、私、みどりが本当に美津子に連絡したのかってことを、かなり疑ってたんだ。
とにかく男好きのするみどりは、今の時点で何人もの男を手玉にとってるし(古い言い方だなー)、自分がカワイイってこと判ってて、常に都合のいい場所にいることがムカつくし、それに、女は過去の男にはキョーミない、と言い放つのには、それはアンタだけだろーとか言いたくなっちゃうし。

ただ、そんな風に、判りやすいモテ女の子であるみどりが、しかも気球クラブのメンバーだった回想シーンでも今と変わらず男に色目使いまくっていた彼女が、実は美津子に最後の、大切な大切な頼みを受けていたなんて、思いもよらなかった。
園子温監督、ズルいよ!そうやってみどりへのイメージを固めさせといて、そんな秘密を最後に開示するなんて!
美津子が、その時たまたま遊びにきていたみどりに託したあるお願いを、みどりは今まで、誰にももらさなかったのだ。美津子のことちょっと気になってた二郎にも、村上自身にも、コナかけてる男たちにも、誰にも。
美津子が口止めしたわけじゃない。でもみどりがその気持ちをくんだであろうことは用意に了解できる。
知らないフリして、そして話のついでみたいに、「美津子さんと連絡とれたよ」なんて言ったりして、ちきしょー、それが判ってみると、なんて心憎いのだ!

二郎なんて、いやあるいは村上さえも、結局結局男たちは、美津子の気持ちなんてぜっんぜん判ってなかったのにさ!
二郎は聞いたことがあるんだ。空高く舞い上がっている村上を笑顔で見上げていた美津子に、気球好きなんですね、って。
そしたらね、「気球なんて興味ないよ。私はただ、彼が地上で私を見つけてくれるのを待っているの」と美津子は答えたのだ。
その台詞がどういう意味だったのか、その時の二郎には判らなかった。
ただ、美津子がたった一度だけ村上と一緒に気球に乗ったことがあるハズだ、とあるメンバーが語った話を聞いて、二郎はその台詞を思い出した。
「あの話は、本当だったんだ……」
すべてが終わって、時間が遡り、気球クラブ設立の話が明らかになる。

恐らく、これが気球クラブ最後の日となったであろう、みどりにお願いする場面の美津子、いや永作博美はすっばらしい。
いや、この場面だけでなく、彼女は全編、素晴らしかった。
回想の場面は大学生とおぼしき、20そこそこ、そして今の時間軸だって25ぐらいだろう。かなりのサバ読みなんだけど、そのベビーフェイスで全然違和感がない。恐ろしいぐらいにない。でもその繊細かつ心に打ち込まれる演技は、さすが!!!

そもそも、気球クラブの設立の時、もうイイ感じの仲であったと思われる村上と美津子、でもまだハッキリと気持ちを確かめ合ったわけではないという感じだった。村上は気球クラブの「アジト」となる古い民家に彼女を招き、「僕の君への気持ちが書いてある」というメモを、バルーンにつけ、彼女に手渡そうとした。すると、バルーンはするりと手を離れて空を浮き、天井にくっついた。
まだその時じゃないんだ、落ちて来たら読んでくれと、村上は言う。
2、3日したら落ちてくるでしょ、と美津子もまた楽観的だった。
「この気球、うわの空なのね」美津子が何気なく口にした言葉が、気球クラブの名前になった。
バルーンは、一向に降りてこない。今の時間軸で、久しぶりにこのアジトをOBたちが訪れた時でさえ、このバルーンだけがただひとつ、天井にくっついたままだった。

かつて村上は、アイディアを書いたメモをぶら下げた無数のバルーンを部屋中に浮かべ、天井にはさながら魚のタマゴみたいに空へと行けないバルーンがひしめきあっていた。それを知っているOBたちは、「このバルーンは長生きだな」と感心したけれど、まさか最初にあげられたものだとは知る由もなかった。
美津子が待っていた、「地上に降りてくる彼」は、このバルーンだったのだ。彼女はひたすら落ちてくるのを待ち焦がれていたのに、村上の方は次第に気球への愛の方にとりつかれ、他のバルーンで天井は埋め尽くされて、そのバルーンはその中のひとつに過ぎなくなってしまう。
でも本当に、村上はこのバルーンのことを忘れていたの?

数々の、夢の気球を一心不乱になってデザインしている村上を、苦笑気味に見つめていた美津子、その苦笑が最後には憔悴したものになって、その時訪ねてきたみどりに頼むのだ。
「あの気球が落ちて来たら、真っ先に私に知らせて」って。
ここ数年、ちっとも落ちてこなかったのが、そう簡単に落ちるはずがないのに、「もし私が離れたところにいても、絶対に知らせて」って、そう言うのだ。
離れるつもりなんだ。村上が地上に降りてくるのを待ちくたびれてしまったんだ。
でもそれでも、落ちて来るのを、離れた場所からでも、待ち続けるつもりだった。

「ずっと待ってるんだけど、なっかなか落ちないんだよね」
冗談めいた口調、そして笑顔、でもその瞳は涙に溢れ、零れ落ちるのを抑えきれない。
……やられた。なんて素晴らしい永作博美。
そんな彼女に気圧されたように、詳しい事情も聞けず、了承するみどり。
直後、気球クラブは解散した。
村上が主宰者で、気球に愛を注ぐ彼こそが中心と当然思っていたけど、美津子が要だったのかもしれない。
そういえばね、誰もが美津子さんと呼んでいたんだよね。恋人であるはずの村上でさえも。一目置いている、そんな感じだった。
空にフワフワ浮かんでいる彼を、美津子がつなぎとめる扇の要だったんだ。
みどりはきっと、その後ずっと、このバルーンがいつ落ちるのかと気にしていたに違いない。
誰にも気づかれず、誰にも言わずに。
全然そんな風に見えなかったのに!!!

そして問題の、村上の美津子へのプロポーズなんである。
たった一度、二人で気球に乗った時、村上は美津子に結婚してほしいと、指輪を差し出した。
目が回りそうな空撮は、気球に乗る二人を外からとらえ、そして中の二人を内側からアップでとらえ、あますところなくその感情の機微を映し出す。特に、美津子がその時本当はどう思っていたのかを、彼女は笑顔の下に隠しているけれど、なんだか判っちゃう。
空の上でプロポーズなんて、これ以上ないロマンティックな設定。美津子もそう言って嬉しそうだったけど、でもどこか寂しそうに、彼に指輪を返した。
「凄く嬉しいけど、これを、地上で渡してくれる?」って。
そんな、難しいリクエストじゃなかったはずなのに、なぜ村上は当惑したような顔をして、そして……その約束を果たせなかったのか。

あのバルーンが落ちてきた時にメモを読んでくれと言い、そのルールを破ろうとした美津子を厳しくいさめた村上を思い出す。
ただの小さなバルーンなのに、村上はそれを気球と言った。それ以外は風船とかバルーンって言っていたのに。そのバルーンだけを、気球って、言ってた。
気球から降りたら、地上の自分は、意味がない、何もない、そう思っていたの。
地上の自分は、彼女を幸せに出来ないと、思っていたのかもしれない。
だから、小さな気球にぶら下げられた自分の気持ちを、彼女に伝えることが、いつまでもいつまでも出来なかったのかもしれない。
それは、空に行けずに天井にくっついたままだったのに。

そういえば、気球クラブと書かれた看板がいつも落っこっているのを、村上は「いつか浮かぶかもしれない」なんて笑って、そのままにしていたのね。
ある日、美津子が狂ったようにそれを踏みつけてた。「飛ぶわけないだろ、重力ってモンがあるんだよ!」軽くふざけているんだろうとは思ったけど、それを目にしたメンバーはちょっとビックリして、「村上さんらしくていいじゃないですか」となだめにかかる。「そっか」美津子は急に冷静になってきびすを返す。なんだやっぱり冗談だったんだ、そんな感じで軽く笑いあうメンバー。
でも、あれって……本気だったんじゃないのかな、美津子。
人間は、そのままじゃ飛ぶわけない。重力でいつも地上にくっつけられている。
だから美津子は、ずっとそこで村上を待っていた。そここそが現実で、彼がそれに気づいてくれるのを待っていた。
それが、女は男の夢を解さないということならば、女は男を愛することなんて出来ない。

でも気になるのは、村上がこだわってデザインしていた巨人の気球である。
とにかく巨大、東京タワーぐらいあって、その目は、「気球BAR」として飲み会に使っている、10数人のメンバーをその中に収容できる黄色い大きな風船を使うんだと、それはそれは嬉しそうに語っていた。
それが大空を闊歩するのだと。
ハッとした。それは確かに空に浮かぶ風船。でも、巨人は大空を「歩く」のだ。まるで大地を歩くみたいに。しかも巨大な巨大な巨人。筋骨隆々の巨人のデザインを、村上は熱心にスケッチしていた。とてもリアルに。
彼はその巨人に、自分を重ねていたんでしょ。そうじゃないの?
空に焦がれるばかりの自分が、地上で待っている彼女に愛を伝えるための手段。
でもそんな村上の姿を、美津子は彼が自分から離れるばかりと思ってしまったのか。
でもきっと、この5年間、あの小さな気球が下りてくることを、願っていたのに。

OBたちの小さなエピソードも興味深い。
ことに、村上の事故を最も熱心に皆に知らせようとするアイコ。彼はやはりメンバーだった恋人と同棲している。
あれから5年、すっかりドライなOBたちに、「5年かけて咲く花もあるのに」とつぶやくアイコに、恋人は「人間にとって5年は長いんだよ」と返す。黙り込むアイコ。
車を止め、彼にキスをし、「私たちの5年はどうだったかしら」と問うてみる。
「いい5年間だったと思うよ」
「……」
彼女は皆と連絡をとっていた携帯を彼に差し出す。「この携帯、預ける。もし明日のしのぶ会で私が途中でフケたら、携帯ごと捨てて」
「判った」
“携帯ごと”って、どーゆー意味!?自分も姿を消すってこと?
実際彼女は、しのぶ会の途中、いつのまにやら姿を消していた。

そうそう、集まった皆は、それぞれの携帯番号とメアドをいっせーのせで消してしまうのよ。
なぜ、そこまでする必要性があったのか、よく判んないけど……。
でも、やけに村上に、そしてこの再結集に入れ込んでたあの小太り(役名忘れちゃったんだもん)、気球クラブが村上がいなきゃ成立しないってことを、言いたかったんだろう。
実際、村上が死ぬまで、恋人関係などはあったにしても、皆それぞれの連絡先を携帯に入れっぱなしなままだったんだから。
連絡先を知っているってことで、とりあえず音信不通ではない。でもそれに安心してしまって、何年も連絡をとらずにいた。 それは、他人と同じってことじゃないのか。

「これがなきゃ、つながっていられない」携帯を見つめて誰かが言った。いまだ意固地になって携帯を持たない、そもそもそういう青春時代に携帯がなかった私としては、その感覚は正直、判らない。
つながっていられるツールなんて、何もないよ。努力してなきゃ、あっという間に一人きりだもの。

思い出の渡良瀬に、気球BARを運び込み、最後の宴会、そしてみんなの連絡先を消去して、気球クラブは本当に、解散した。
二郎ともう一人だけそこに残った、もう朝方なのか、薄明るい中、この巨大な風船に近づいてくる喪服の女。
美津子だった。
中の二人は眠っていて起きない。彼女は風船に寄りかかり、吸っていたタバコを押しつける。穴が開く。そこにタバコを差し込む。煙が充満し、風船の空気が抜けていく。この「巨人の目玉」に寄りかかる喪服の美津子……。
黄金色の「目玉」が彼女を包み込む。なんとまあ、画になることだろう。魔力的な画の魅力!
そして、煙に追い出される形で慌てて風船から二人が飛び出した時、美津子はもういなかった。

村上の死の連絡を皆でとっている時ね、あるメンバーが気球BARで飲み明かした朝のことを思い出して話すのよ。
目を覚ますと二郎と彼と美津子。美津子は眠ったまま足の位置を微妙にずらしてくるから、スカートの中が覗けそうだった。
それをニヤニヤしながら眺めてた彼と、スカートの中じゃなくてその寝顔に魅入られていた二郎。
そのメンバーは言う。「俺、あの時夢精したんだ。美津子さんのパンツや太ももじゃなくて、空に浮かんでいる丸い気球で。おかしいだろ。全然エッチじゃないのに」
「空に浮かんでいる気球が、エッチだったんじゃないのか」
ぼんやりとそんなことを言う二郎。

そして数年後、二郎はフツーに社会人となった。スーツ姿で忙しく行き来していたある日、会社の屋上で一服していた彼が空を見上げると、気球が浮かんでいた。
他のメンバーもそれぞれ、その気球を見上げてる。お腹の大きい女の子もいた。二郎は空に浮かぶ気球に叫ぶと、返事のように炎がボウッ、ボウッと気球の中に送り込まれた。
まるで、村上が乗っているみたい。
だって、「天上」だし。行き止まりの「天井」じゃないんだもん。

ところでね、二郎はあのバルーンをアジトに取りに行くんだよ。
そしてそのメモを、読むんだよ。なのにね、観客には見せてくれないの!それがラストなの!
えー!なんで、何が書いてあったか、見せてくれないの!「僕は誰にも言わない」って、なんでよ!すごい気になる!
でも、村上の、美津子への愛の言葉だもの。ただそれだけで、いいのかもしれない。
ああ、でも、それさえも、切ない!

気球クラブの成り立ち、は突然の追加だったって!?うっそ、ビックリ。確かに後半チャプターが別れて、え?ここでそれを語るの?って気はしたけれど、最終的にはそれでナゾがすべて明かされたって感じだったのに。
映画って、不思議!!

ユーミンのかつての名曲「翳りゆく部屋」がリメイクされて主題歌となってる。これがすっごい頭にこびりつく。劇中、メンバーが歌い、今の時間軸でこの曲がラジオから流れてきて、二郎は懐かしい、と聞き入り、あの頃を思い出す。
そもそも、この曲がモティーフになって作られたのだという。なんか、「翳りゆく部屋」を聴くたびに空に浮かんだまま降りてこない村上を、そしてそれを待ち続ける美津子を思い出しそう。★★★★★


喜劇 とんかつ一代
1963年 94分 日本 カラー
監督:川島雄三 脚本:柳沢類寿
撮影:岡崎宏三 音楽:松井八郎
出演:森繁久彌 淡島千景 加東大介 木暮実千代 フランキー堺 三木のり平 池内淳子 山茶花究 団令子 益田喜頓 都家かつ江 横山道代 水谷良重 岡田眞澄 原地東 村田正雄 中原成男 立原博 旭ルリ 勝間典子 林寿郎 若宮忠三郎 守田比呂也 芝木優子 浜田詔子 藤本芳子 岩倉高子 鶴島美奈 村上美重 小野松枝 紅美恵子 野間一江

2007/7/21/土 東京国立近代美術館フィルムセンター(川島雄三監督特集)
森繁主演ということと、この脱力感漂うタイトルにホレて足を運ぶ。中身は案外マトモな人情喜劇で、森繁もいつもよりはスケベ度も抑え気味なのだけれど、やっぱりこの人好きだなあーと思う。
ま、押さえ気味とは言いつつ、ラストシーンではとんかつ屋のカウンターに彼が可愛がってきた歴代の芸者さんたちがズラリとならび、その名前が、メロンちゃんだのマロンちゃんだのといった全て果物の名前がついている。しかもそれが二段オチになっており、一番最後のヘチャムクレ(!)がキャベツちゃんで、そしてなんといっても女房の名前が柿江なのであった。
しかしその女房を「名誉会長」と呼び(!)こともあろうに干し柿のネックレスをかけてやるのはあんまりだと思うけど(笑)。こんな水も滴る美しい淡島千景をつかまえてさあ。

って、これじゃどんな話か全然判らん。ま、話としてはそう、人情喜劇。上野で一番美味しいと自負するとんかつ屋、とんQを営む久作(森繁)は、かつてフランス料理の大店、青竜軒の腕のいいコックだったものの、そこを飛び出して自分の店を出したんである。彼に目をかけていた一番コック、伝次の妹柿江が彼についていったものだから、それ以来二人はすっかり犬猿の仲。
しかし、これは後に明らかになることなんだけれど、伝次が自分の息子の伸一に跡を継がせたいことを見てとった久作が、そっと身を引いたってことなのだった。その伸一は親の心子知らずってな具合で、シェフになる気は毛頭なく、経営の方に興味がある。しかも伝次がかつて恋のライバルだったこちらも犬猿の仲の男の下について、しかも彼が青竜軒の経営を握ったもんだから大激怒、店を飛び出すにあいなったり……。

ちなみにクレジットの二番目は、この伸一を演じるフランキー堺。今回は森繁よりもフランキー堺の方がエロ度爆発。ま、と言っても彼の場合、森繁のような博愛主義(と言っていいのだろーか)ではなく、とり子という一人の女に首ったけ。彼女とは再三かなり濃厚なシーンあり、しかしそれをさらりとコミカルに描いてしまうのが、彼の、そして監督のさすがの腕というところだろーか。
事務室、電話が鳴り、机の下からニョキリと手が伸びる。女の手。メモを取るためにと、もう一本伸びてきて受話器を持ってやっているのは男の手。どうやら机の下でイイコトしていたらしい。ソファの上で名残惜しげにチュッチュやる二人。おいおい、一体何回キスするんだよ、と、なんだか見ているこっちがハズかしくなってしまう。
更に二人がホテルにしけこむシーンもあるのだけれど、やけに臨戦態勢の彼女に腰が引け気味の彼、しかし彼女は「だって、お昼休み、一時間しかないんだもん!」って、時間無駄にしなさすぎ!

しかしこのとり子、伸一の気持ちを知ってか知らずか、いや知っているに違いない、これだけベタ惚れなんだから。しかし彼に縁談が来ようとまるで泰然自若で、「仕事と恋愛は別。私にはあなたを離さない自信があるの」と言ってのける始末。
つまり、彼にくる縁談は、彼の夢をかなえるための「仕事」だと割り切っているんだけれど、とり子と結婚したい伸一としてはどーにも納得がいかず。
しかし確かに彼女の言うとおり、彼は彼女から離れられない。お見合い相手とのデートに送り出そうとするとり子と離れがたく、もう一回、もう一回とキスをせがむんである。この時の、ベッドに横たわる彼女にベッドサイドから片足をぴんと伸ばして、何度も「もう一回」を試みる伸一には爆笑!「ああー、チクショウ!」という感じで彼女に襲いかかったり、もうすっかり骨抜きにされてるんだもの。

とり子を溺愛する彼女の父親は、久作の昔からの友人。何度も海外に行っては、この間は一等だったのに今回は二等だった、などと言っているからなんのエキスパートかと思ったら、な、なんと豚の屠殺の名人。屠殺の世界大会なんて、そんなんありか!
もうこのアイディアからして爆笑なのだけれど、なのに彼がやたらケッペキで喋りまくる久作のツバが飛んだとんかつをいちいちよけたり、柿江の手まで脱脂綿で拭いたり(笑)。
しかし何より可笑しいのは、娘のとり子が伸一とデキていると知って、「ということは、アレかい……ンムーッってなこともやったのかい」とキスのマネをするのにも吹き出したけど、「もちろん!」と娘から切り返され、その事実よりも「なんと汚い!」とケッペキのカンにさわって倒れそうになるのにはもう大爆笑。そっちかい!
しかも彼、激昂すると久作曰く、「人間が豚に見えてしまう」と、目が飛び出んばかりの形相で、手にした棒でもなんでも、大ナタのごとくに悪鬼の形相で振り下ろそうとするんだから、恐ろしくももう可笑しくて可笑しくて、ハラがよじれそうになるんである。

しかし本作の中で最もキテレツだったのは、もうこの人をおいて他にはない。貧乏学者、復二を演じる三木のり平にヤラレまくるのであった。クロレラ研究に没頭しているというキャラからして可笑しい。クロレラこそが未来を救うと信じきっている彼は、自分は勿論、女房にもクロレラ料理以外は食べさせないという徹底ぶりなのだけれど、実はとんかつが食べたくて、変装してとんQに出没したところを女房の母親に見つかるというマヌケさに大笑い。
女房の母親?いや、違うみたい。なんか遠縁とか、ちょっとこのあたりは実は判然としない。やたら系譜にこだわる伸一が復二をなんと呼んだらいいのかと悩み、「おかしいな、どうやら僕のおばあさんだ!」とトンでもない結論を導き出すのには、もう大爆笑なんである。「いくらなんでもおばあさんはないだろ」と困惑する復二に、「おじいさん……いや、おばあさんだな」と難しい顔して考え込む伸一。もおー、お前らバカかー。

クロレラっつーのはなんか、葉緑素かなんかを抽出して作るみたいなんだけど、アヤシゲな蒸留機械から精製しているその様子からしてアヤしいし、次々出てくる激マズそうな緑の料理に「この間よりもずっといいお味だわ」などと、女房の琴江が妙に満足しているのもやけに可笑しいんである。
次第に周りも感化されてきて、「あら、この落雁、なかなかイケるわね」だの、ついには隣の奥さんがクロレラを分けてもらいにまでくるんだから大したもんだが。
それにしても、この三木のり平の可笑しさ。彼は感激すると伸一に飛びつくクセ?があるらしく、しかも彼の正面から足を絡ませて抱きついたまま、その後フツーの会話を続けていくもんだから、もう爆笑せずにはいられない。
「ちょっと、そろそろ降りてもらえませんか」と言うまで、彼をだっこしつづける伸一も可笑しいけど、このミョーに痩せぎすの三木のり平の体躯の可笑しさが、どうにもこうにもツボにはまりまくるのよねー。それにもう、クロレラって言い出すだけでそのアヤシさが可笑しいし、全てが緑の食べ物もひたすら可笑しいし。クロレラ茶にクロレラコロッケにクロレラソースだもん!
なんと彼、ラストにはクロレラ研究が認められ、夫婦そろってアメリカに招聘されるという奇蹟が。そしてスーツ着てとんQに挨拶に来るんだけど、いつも東京オリンピックの柄の大きなエプロンだけしていた彼がスーツを着るだけでやけに可笑しい。
しかも、今度こそとんかつを食べようとしたら、「ちゃんとクロレラソースも持ってきているから」と義母がニッコリ取り出すのにはもう爆笑!実は彼が一番、もうクロレラなんか食べたくないと思ってるんじゃん!

さて、なんだか書いてても、どんな話だかサッパリ判らなくなってきたけど。このクロレラ学者が一番引っかき回すもんだからさあ。
あ、岡田真澄も出ていたんだった。「割り箸とおしぼりを研究に」来ているという、日本かぶれのフランス人、マリウスを演じる彼も、かなりイケてた。イケてたって、つまり笑わせてくれたってことね。こおんなコテコテの美青年なのに、芸者にウハウハの日本オタクで、ついには半バカ娘(森繁曰く)につかまってしまうのだけど、ヒドいの。「マリウスなら、あの娘がちょうどいいんじゃないか」って、どーゆー意味よ!
あ、この半バカ娘ってのは、伸一の縁談相手として用意されていたんだけど、世間知らずのお嬢様っていうにしてはあまりにも白痴的な女で、しかし確かに日本文化に浮かれ気味のマリウスとは波長が合うんだから笑っちゃうんだよなあ。
しかもね、マリウスを世話しているのは森繁で、「フランス料理のコックだったんだから」とまあ、フランス語で彼と話するんだけど、そこはなんたって森繁だからさあ、最初こそボンジュール、シルブプレとまあアヤシゲながら会話が進んでいたのが、「酒が入ると、フランス語が出てこなくなるんだよ」と、すっかりべらんめえになってマリウスに絡み出す始末。ああ、このあたりの森繁のテキトーさがたまらなく好きっ。

で、まあ、だから、どう話が決着するんだっけ。あ、そうそう、結局は時代の波に押され、伸一が提唱する、「味よりもサービス、ムードが大事」という新・青竜軒が大々的にオープン。
この建築現場で、伸一がふと腰掛けた鉄筋がそのままクレーンで吊るされる場面も爆笑で、しかしあれ、カメラ引いてたけど、マジでフランキー堺が!?気を抜いているとあちこちに笑いのトラップが仕掛けられているから、危ない危ない。
と、なんだっけ。あ、そうそう、結局伝次はコック長を辞めて、隣の上野動物園で餌やりに悠悠自適の日々。そういやあ、ホンモノの上野動物園の園長さんなんていうのもご出演しているのであった。

古くからの建物で営業していた元の青竜軒があまりのボロで、さながらドリフのような破壊ギャグが繰り返されるのもお気に入り。しかし本作の可笑しさは、結局は回りまわって当然、森繁に帰ってくる。彼の「とんかつはれっきとした日本料理だ」から始まる止まらないウンチク、そしてなんといっても彼が歌う主題歌がノンビリとラストも飾り、これが最高なの!
♪~とんかつを食べられないなら死んでしまいたい〜~ って、うららかに歌うのも爆笑だが、更に、♪~とんかつの油のにじむ接吻をしよう〜~ って!や、やだよー、とんかつの油のにじむ接吻だなんて!しかもそれで大団円かよ!まいったなー。★★★★☆


キサラギ
2007年 108分 日本 カラー
監督:佐藤祐市 脚本:古沢良太
撮影:川村明弘 音楽:佐藤直紀
出演:小栗旬 ユースケ・サンタマリア 小出恵介 塚地武雅 香川照之 宍戸錠

2007/7/3/火 劇場(渋谷シネクイント)
なにより、「シムソンズ」がマグレでなかったことが嬉しい!もちろん本作に関しては緻密な脚本が大前提にはあるけれど、それにしてもこの閉塞感に陥りそうな黒い男五人の会話劇を、ここまで笑いと涙に包んでしまうのは尋常じゃない腕。それって「シムソンズ」でもやっぱりそうだったもの。ハートウォーミングなコメディを描ける人って今案外少ないから、ちょっと今後とも期待しちゃうんだなあ。

とは言うものの、実は最初、ちょっとハラハラしていた。特に小出君に。「きみにしか聞こえない」ではイイと思ったけど「初恋」でも結構ハラハラしたし、この芸達者な男たちの中では、彼だけがちょっとムリがあるような気が最初からしていたし。
でもそれも謎解きの面白さと、次第に他の四人のテンションが上がっていくことで気にならなくなる。
いや、それでもやっぱり中盤あたりまでは気になったかな。特にユースケ・サンタマリアが演じるオダユージにやたら乗っかってしまうあたりのクサさが。同じ年代でもやはり小栗君が上手いもんだから余計に気になる。

うー、そうなのよ。ユースケ・サンタマリアが「オダユージ」なるハンドルネームなのはもう、心の中でやった!と叫びたくなるほど。期待を裏切らず、「あの作品」がひたすら背景にチラつき、これは彼でなければ出来ない役である。
冷静さを装う彼はこのハンドルネームの理由を、たまたまテレビをつけたら彼が出ていたんだ、と言い張る。だけど、お役所仕事の警察に憤ったり、果ては「事件は現場で起きてるんだ!」と言ってしまうのにはもう爆笑。「やっぱり憧れてるんじゃん」と指摘され、「悪いか!」と逆ギレ!!
ううー、ホンットこれはユースケ・サンタマリアにしか出来ない役柄!ところでこれ、織田さん本人は知っているのかしらん?

と、いきなり脱線しまくりだが、まあ最初から行こう。
自殺したアイドル、如月ミキの一周忌、彼女の思い出を語り合おうと、ホームページの掲示板の常連である五人の男たちが、続々と集まってくる。
このホームページの主宰者である“家元”(小栗旬)。手作りのアップルパイを携えて福島から出てきた“安男”(塚地武雅)。「ミキちゃんへの愛なら誰にも負けない!」と熱い“スネーク”(小出恵介)。否定はしながらも実はハンドルネームの通り、かの彼に憧れているらしい“オダユージ”(ユースケ・サンタマリア)。そしてハンドルネームと女子高生のような書き込みから、若い女の子だと思われていたのが、実はピンクのカチューシャをした怪しいオッサンだった“イチゴ娘”(香川照之)。
彼女のことなら知らないことはないと自負している家元の呼びかけによって集まったメンメン、最初こそは彼のパーフェクトコレクションに皆が熱狂していたのだけれど、事態は思わぬ方向へ。
はじめっからどこか冷静に静観していたオダユージが、「如月ミキは自殺なんかじゃない、殺されたんだ」と、その容疑者としてイチゴ娘を指差したことから、ここに集まった男たちの素性が順繰りに明らかになっていく……。

密室に男ばかりが集まって過去の謎解きをしていく手法は「9/10」でもあった。あれもストーリーテリングでは負けていないと思った。でもとにかくもう、なぜだかもう、たまらなくキビしかったのがあの作品、その理由は判っていたけれど、本作を観て更にそれがハッキリした気がする。
やはり、演者なのだよね。密室で謎解きっていうのは、今、この人がこの台詞を言って、更に一歩真相に近づいていくという、その根拠がなければいけないんだよね。
それは、密室で男ばかりというシチュエイションからしてあからさまに用意されたものだから、その根拠が作られたものであることもアリアリであり、だからこそそれをもっともらしく見せるためには、演者の腕が必要になるのだ。「12人の優しい日本人」が素晴らしい作品なのも、その筋以上にやはり演者に素晴らしいキャストが揃っているからに他ならないのだ。

だからこそただ一人の小出君が、ちょいと厳しかったりするのであるが……。それに全ての蓋を開けてみれば、実は如月ミキから最も遠い存在だったのは彼じゃん、と思わなくもないしね。
小出君演じるスネークは、彼女の純然たるファンというよりは、友達であり彼女に片思いしていた男。彼の勤める雑貨屋で如月ミキは、ラッキーチャッピーなるキツネのキャラクターグッズを買い込んでいたのだった。
最初こそは、彼は彼女がアイドルであることさえ知らなかった。そして告白した上に彼女にフラれた。本当に彼女の一ファンだった家元はその事実に愕然とするんだけど、実は家元の存在こそが如月ミキにとっての宝物だったという導きが、胸をジンとさせるのだ。

と、言ってしまうのはまだ、まだまだ早い!家元は散々、ガクゼンとさせられっぱなしなんである。実はこの五人の中で、本当に彼女のファンとして存在しているのは、彼だけだということが次々に明らかになるんだから。
オダユージは、ファンの間からデブのマネージャー、通称デブッチャとして恐れられていた男が、如月ミキの死のストレスで激ヤセした姿だったし、安男は、如月ミキが結婚の約束をした幼なじみ「やっくん」だったし、怪しいストーカーだと思われていたイチゴ娘は「ストーカーじゃない、見守っていたんだ」と強硬に主張したとおり、なんと如月ミキのまぶたの父親だったのだし!
彼らの素性が明らかになるに従って、最初こそは皆と一緒に驚いていた家元が段々と取り残され、「みんな身内じゃん。ミキちゃんのファンって俺だけじゃん」と落ち込み、「俺なんて虫ケラだ……」とまで追いつめられ、最も驚きの事実であったはずのイチゴ娘さんの素性が明らかになった時は既に「もうどうでもいいや」と放心状態になるのが爆笑!もー、小栗君ったら、ほんとおっかしいんだもんなあ。ちょっと美少年だから、トボけたキャラをやるとその愛しさが倍増するよ。

如月ミキは自殺ではなく、殺されたんだと主張するオダユージ。確かに彼女の死には不審な点が多かった。公式発表としては、マネージャーである彼の携帯の留守電に遺言メッセージが残され、部屋中に油をまいて着火、一酸化炭素中毒と全身やけどによって死亡したということだった。よりにもよって自殺をするのにそんな方法をとるのだろうか、という当然の疑問。
オダユージは、ミキにつきまとっていたストーカーが殺したんだと、まず主張した。それがイチゴ娘。窓から部屋に忍び込み、金目のものは一切盗まずに、下着をたたみ、ベッドを直し、洗い物を片づけて出て行った。

彼女に近づくことも出来なかった男たちは彼につかみかかり……しかしその中には明らかに羨望のまなざしがあって、「どんな部屋だった?」「女の子らしい可愛い部屋」「まさか下着の匂いを嗅いだりしなかったでしょうね」「まさか……でもいい匂いだった」「嗅いだのかー!」というアホらしい葛藤が果てしなく可笑しい。オイオイコイツはヘンタイなんだぞ!とこの時には確かに思っていたのだが……。
しかし、イチゴ娘はシロだった。ミキが死んだ時、無銭飲食でつかまって留置所にいた。
それを確認したのは、これまたオドロキの素性が明らかになる家元。彼は警察官だったのだ。彼は署内で如月ミキの自殺に関する資料は全て目を通していたので、オダユージの主張に対抗することになるわけだが、その時にあの「事件は現場で起きてるんだ!」という台詞が出るわけね(笑)。

そして、次に正体がバレるのがスネーク。イチゴ娘が「あの日、彼女の部屋を訪ねた男がいる。戸口の前で抱き合っていた」と言い出したからだ。実はミキが抱きついたのは彼が届けたラッキーチャッピーの新グッズであり、しかもこれが彼女の運命を変えることになるのだけれど……。
当時はモヒカン頭だったスネーク、小出君の変貌もなかなか笑える。彼が自慢気に所持していた「ホンモノの生写真」に自分まで映りこんでしまったウツケモノ。彼もこの時彼女の部屋に入り、ラッキーチャッピーのボトルセットにサラダ油やら食器用洗剤やらをひと通り詰め替えてあげて、お茶をご馳走になって辞したのであった。

しっかし、その正体に最も驚かされたのは安男=やっくん。彼は物語の中盤まで、礼服を買いに行ったり、自分が作ったアップルパイが腐っていたせいで下痢に悩まされたりして、出たり入ったりを繰り返す。一人だけ“トレンディーな”私服でいることがどうにもいたたまれなくなって、「喪服を着ると盛り上がれるんです」と言うシーン、「喪服を着ると盛り上がれるって、凄いな」と返す言葉を待つまでもなくおかしい。
その後はアップルパイにあたって下痢を繰り返し、戻ってくるたびに事態の急変に驚いて、他の四人からは「もう戻ってこなくていいから」と言われる始末。
だからね、最初は判んなかったんだよね、これが彼が軽視されている描写だってことが。オダユージが熱弁を振るっている場面では、実はミキの恋人だった安男がいると色々マズいこともあるってことで、まあいわば、都合よく場面からはじき出されていて、その事実が明らかになる前でも、出たり入ったりの彼があざとくわざとらしい感じがしたもんだからさあ……。でも一旦彼の正体が明らかになると、もうガゼン存在感を出してくる!
幼い頃から安男にホレこんでいたというミキが、「ジョニー・デップに似ている」と言っていたというオダユージの言葉に、「どこがジョニー・デップよ!」と叫ぶ男たち。しかし彼は冷静に、「後ろ斜め45度からの角度が、ちょっと似ているらしいです」(笑)「ていうか、この角度からジョニー・デップを見たことないし」(爆笑)「恋は盲目だな」まさしく……。

ストーカー疑惑が一転、実はミキのまぶたの父親だったイチゴ娘。彼の場合は最初の、ピンクのカチューシャをつけて恥じらうような調子で「イチゴ娘でーす」と自己紹介する場面と、窓から忍び込んでベッドを整えたり下着を畳んだり洗い物を片付けたりってな行為を、ストーカーではなく見守っていたんだと言い張るトコとで、もうインパクトを使い果たしてしまったようなところがある。
だもんで、リッパに育った娘を本当に見守っていたんだ、という事実が判明しても、今までの行為がああナルホド……と合点が行く程度であんまりビックリはしない。
しかし哀しいのは、彼のことを当然ストーカーだと思っていたミキは怯え、マネージャーは警察に届けてて、もう最初から彼がミキを殺した犯人だと決めてかかっていたことなのだ。結局最後まで、自分が父親だと言い出せなかった彼が一番切ない……。

焦点になるのは、ミキが本当に自殺ならば、そもそも、彼女が自殺するまでの理由はあったのか、という点になる。当時囁かれていたヘアヌード写真集のことが原因だったのか。「遅れてきた清純派アイドル」とされた如月ミキ、ましてや小さい頃生き別れた父親に自分の元気な姿を見てもらいたいと思っている彼女が、そんな仕事を受けるはずはない……と、それぞれの男たちが「なんでそんなこと知ってるの?」ということを言い出して、どんどん、男たちと如月ミキの関係が明らかになっていくんである。
つまりは家元以外は全員彼女と個人的関わりがあり、家元は呆然と「……結局皆身内じゃん。自分が一番ミキちゃんから遠いんじゃん。家元なんて、ミキちゃんのことは自分が完璧に知っているなんてうぬぼれて……」と自己嫌悪に陥る。
だけど、それってつまりは、この中で熱心なファンが家元たった一人、いや言ってしまえば如月ミキのファンは家元たった一人だったという大いなる皮肉でもある。

いや、皮肉でもなんでもないんだよな、きっと。だっていわゆるゲーノージンにとって一番大切なのは、コアなファンがいるか否かなんだもの。
まあ、そんなものがいないタレントだって、世の中にはごまんといるだろう。みんなが知っていても、コイツに熱烈なファンがいるとは思えないような、制作側が使いやすいってだけのタレントは世の中にウジャウジャいる。ひょっとしたらゲーノージンとしてはその方が望むところなのかもしれない。
でも家元が、あるいは他の四人だって純粋なファンとしてじゃなくても彼女を応援していたのは、如月ミキがそうした存在じゃなかったからなんだよね。だからこそ家元以外の四人は、彼のファンレターを命よりも大事にしたがゆえに死んでしまったかもしれないミキのことを、その推測を聞いて呆然とする家元を暖かいまなざしで包むんだもの。

そう!この“推測”が泣けるんだよなー。あのね、この時点に至ると、どうやら如月ミキは事故死ではないかという流れになってくるのだ。死の直前、彼女はマネージャーの留守電にメッセージを残したけれど、その前までは、幼なじみのやっくんこと安男と電話をしていた。その内容は、部屋に出たゴキブリをいかに退治するかというもの。食器用洗剤をかければいい、とアドヴァイスするやっくん。奮闘する彼女。その時キャッチホンがかかって、彼女は後でまた電話するね、とやっくんに言ったのだ。
そしてマネージャーとひととおり打ち合わせの電話を済ませ、その20分後、マネージャーの留守電に残された“遺言メッセージ”は、「やっぱりダメみたい。もう私疲れた。色々ありがとう。じゃあね」だった。

「ゴキブリを追いかけた20分後に、そんな気持ちになるものかな……。それに安男さんに、また電話すると言ったんですよね」と首を傾げる家元。
オダユージも、「いつも言葉遣いは厳しく言っていたんです。私に対して言っている気がしなくて……」と疑問を呈する。
ひょっとして、ミキはリダイヤルと着信履歴を間違えたんではないか。そして遺言メッセージだと思われたあの言葉が、安男との会話からの延長、つまりゴキブリ退治に当てたものだと考えればしっくりくる!
そこで、彼女が食器用洗剤と間違えて油をまき、諦めて寝て、枕もとのアロマキャンドルが地震で倒れ、火がついた、という推測が導き出されるのだ。
だってその前に、スネークがラッキーチャッピーのボトルセットに詰め替えているんだもの。しかし彼は、「全然違いますよ。ママレモンはミルク飲んでるやつで、サラダ油はとうもろこしかじってるやつだもの」と言い張るも、「……それだけ?」と他の四人はアゼン。だってそれは蓋のデザインだけで、ボトルの形は同じなんだから、ほぼ同じじゃん!

この場面で、部屋に忍び込んだことのあるイチゴ娘が、「ママレモンじゃなくて、ファミリーピュア」と再三口を挟むのが、最初こそは笑えるものの、まあ、ちょっとしつこいのだが。
それに、全てをミキのおっちょこちょいで理由をつけちゃっているのが、ちょっと弱い気はするんだけどね。
この場面、アロマキャンドルや地震のことを男たちがひとつひとつ思い出していくんだけど、それは先に提示されていることで、観客が、アロマキャンドルだよ、地震だよ!と先に心の中で突っ込んでしまうのがね、ちょっとタイミングがここの場面だけ遅いんだよな。だからちょっとだけワザとらしく感じてしまうのが惜しい。それ以外のテンポの良さは完璧なだけに。

しかし、ミキの遺体が見つかったのは、ベッドではなく物置の中だった。このことこそが、自殺ではないかとされたゆえんだった。しかしイチゴ娘が、部屋に忍び込んだ時のことを思い出す。脱ぎ散らかされた下着とともに置いてあった小さな段ボール箱。その中に入っていたのは、家元からの200通に及ぶファンレターだったのだ。
彼は如月ミキから届いた返事を、本当に宝物にしていた。そりゃ200通も出せば返事ぐらいくるだろうと自嘲してはいた。そんなキショイファンがいるって言ってなかった?と安男に聞いてみても彼女から自分の存在を確認することが出来ず落ち込んだりして、それでも、ミキらしい誤字だらけの返事が宝物だった。
まさか、彼女にとっても自分の手紙が宝物だったなんて、思ってもみなかった。「家元さんの手紙が私の支えです」お世辞じゃなくて、本当に彼女の本心だったなんて。
でも、そんなヨイショを言わない子だからこそ、皆彼女が好きだったのだということを、この推論から彼らは再認識するのだ。だから、「まさか……」と、喜びだか衝撃だか、もうそんな感情が混ざりまくって呆然とする家元を、彼らは暖かく眺めるんである。

イチゴ娘は久しぶりに会った元妻から、ヘアヌード写真集の話は聞いていたという。マネージャーが勝手に決めて、ミキは悩んでいたという、やっくんの説が覆されるのだ。
お父さんに見てもらうんだ。そういう意味で自分でタイトルまでつけていたと。

『SHOW ME こんなに大きくなりました』

「ヤル気満々じゃないですか」と笑う男たち。しかも英語が間違っているし、と父親は苦笑。これじゃ、自分に見せてという意味だよね、と。ルック・アット・ミーとすれば良かったのね。
ただただ泣き崩れるオダユージ。彼は如月ミキをブレイクさせたかった。このままB級C級どころか、D級アイドルのまま消えていく存在にしたくなかった。
家元は、彼女が自殺するぐらいならそっちの方が良かった、ただ応援し続けたかったと言うけれど、それもまた真実だけれど、でもオダユージの気持ちは判る。「彼女を愛していたんだ」という台詞はちょっと強いけど、マネージャーとしての心からの気持ちだったのよね。だから自分が追いつめたんだと思うとたまらなくて、だからデブッチャがヤセッチャになるほどに激ヤセした。事故死だったんだという推論が導き出され、イチゴ娘さんからの思いがけないミキの言葉に、ようやく彼は一年間の心の枷から解放される。

父親であるイチゴ娘が、自分の娘なのに、知れば知るほど虚像のように思えてくると言い、マネージャーのオダユージが、不思議な子だ、とつぶやく。
彼女はアイドルだったんですよ、と言ったのは誰だっただろう……少なくとも、ここに集まった四人にとっての共通事項は、如月ミキはアイドル。だからこそこの場面で導き出された“真実”は、たった一人のファンを命よりも大切にしたアイドルとしての如月ミキ、ということなんだよね。
ラストシーン、また一年後集まった彼らの前に、第六の男、宍戸錠が現われて、如月ミキは殺されたんだ!と話を蒸し返す。つまり、この男が加わったことによって、男たちの共通事項が崩れたということだろうと思うのね。

最後までミキの顔は出さない方が良かった気もする。だってここまでアイマイに伏せてきていたんだから。
それが最後の、家元自慢の隠し撮りビデオで、寒いアイドルっぷりが明らかにされる。なんか、ミステリアスが飛んじゃったみたいで。
いや、結局彼らが熱中していたミキはこの程度の、まさにD級アイドルだったという残酷な提示なのかなあ。うう、ホント残酷。
でも、その在りし日の彼女を見ながらオタダンスを繰り広げる五人の男の、はじけっぷりが可笑しくもとっても愛しい。★★★★☆


吉祥天女
2007年 116分 日本 カラー
監督:及川中 脚本:及川中
撮影:柳田裕男 音楽:神津裕之
出演:鈴木杏 本仮屋ユイカ 勝地涼 市川実日子 深水元基 津田寛治 江波杏子

2007/7/10/火 劇場(新宿ジョイシネマ)
この作品に関しては不安がいっぱいで……いやあ、及川作品は「日本製少年」や近作では「多摩川少女戦争」 なんか大好きだし、なんだけど……なんといっても同じ吉田秋生原作の「ラヴァーズ・キス」でかなりええー……と思ってしまったものだから。原作ファンだから、どうしてもイメージとの違いが気になるっていうのは確かにある。でもこのキャストはないと思った。ことにメインとなる平山あやと成宮寛貴は絶対違うなあ……という気分を引きずったせいもあって、そして複雑な構成の原作の魅力がその複雑な感情とともに失われた気もして、そう、原作のファンだっていうのは、凄く難しい。

そしてまた、吉田秋生原作の傑作コミックスを同じ及川監督で映画化するというんだから、驚いたのだ。及川監督、よっぽど吉田秋生ファンなのね。というか、少女マンガファンなのかな。
こんなこと言っちゃホント失礼なんだけど、あの「ラヴァーズ・キス」があって、吉田秋生がよく彼に映画化権を渡したな……とまで思った。しかもあんな、闇の神様か何かにとり憑かれたような奇蹟の怪作を、どうやって映画という三次元に再現するというのか、と。

いきなりの転校生。謎めいた美人、小夜子。彼女はこの土地の大地主である叶家の娘だけれど、幼い頃養女に出されて、この地に帰ってくるのは久しぶりだった。彼女と関わるのが土地の大手建築会社、遠野建設。欲得にまみれた、小夜子と遠野暁の婚約話。
しかし小夜子が突然この地に戻ってきたのは、叶家を守るためであった。男たちから欲望の視線でとらえられる小夜子は、それを武器に遠野家の人間たちを次々に死へと追いやってゆく。いや、遠野家の人間だけではなく、彼女を下に置く男たちすべてを。そしてたった一人、そんな自分を見抜き、理解してくれる遠野涼さえも。血の因習を、小夜子は断ち切れなかった。

本作の映画化を知ったのはいきなり予告編でだったので、余計驚いた。だって小夜子役に鈴木杏だというんだもの。この小夜子を演れる女優が現代日本にいるとも思えないけど、でも絶対に鈴木杏であるわけがないんだもの。あまりにも真逆。
小夜子はたぐい稀なる美貌や妖艶な色香だけではなく、隠しようもないまがまがしさこそが大事であって、そんなもの、鈴木杏にあるわけがないんだもの。陽気で天衣無縫で元気で、そんなポジ100%の彼女に、なぜネガ100%の小夜子を振ったのか、正直理解に苦しんだ。演技力を重視したといったって、やはり限度というものがあると思ったもの。しかも彼女顔デカくてまるでアンパンマンみたいだし。ユイカ嬢と並ぶ場面なんかかなりアブない。時々二重アゴだし。

そんなわけで、胸につかえるものを抱えながら観始めたのだけれど、序盤、彼女につきまとう男たちを相手に大立ち回りを披露したあたりから、見る目が変わりだした。長い黒髪とスカートのすそを翻す小夜子、ちょっとバトロワ入ってる躍動感と悲壮感、そしてその乱れた長い黒髪に、ここが一番、まがまがしさを感じた。
鈴木杏自身のアクティヴさが上手く出たということだろうけれど、目の覚めるようなキレのあるアクションで、小夜子がただならぬ能力を秘めていることを一発で示したし、原作では何度も男たちに陵辱されそうになっては撃退する、という繰り返しがあるのが、このシーン一発で示した鮮やかさがあった。
そして、担任の先生に強姦されそうになって(勿論、彼女が水を向けたわけだが)制服を破かれて悲鳴をあげて逃げ出し、駆けつけた涼の背中にとっさに逃げ込んで、その肩越しにじっと見据えるその瞳、大きな猫目が恐ろしく、ああ、原作の小夜子のイメージは日本画の天女そのものの切れ長の瞳の恐ろしさだけれど、映画ではその大きな見据える瞳が彼女の恐ろしさを表現する手立てなのか、とゾクリときた。

そしてもう一方、これもまた思いっきりメインである、いわゆる相手役となる涼に勝地君というのも、かなり首を傾げてしまったのは事実なんである。
そりゃまあ涼は、実際には繊細な魂を宿した頭も切れる少年、という本質を持っているのだから、そういう点では勝地君に合わなくもないんだけれども、しかし学校では女たらしを演じてて、とにかく不良で、養子として入った遠野家ではつまはじき者で、義兄である従兄の暁との軋轢に悩んでいる、だなんて役、あまりにも似合わないよなあ、と思っちゃったんだもの。
なぜこれをよりによって彼に振るのか、と思って。他にいくらでもこの役に合う役者はいるんじゃないの、と思って。
というのも、勝地君は最近ようやく、彼の天衣無縫な魅力を発揮できる役を獲得するようになったなあと思っていたから、またしても似合わない役に苦しむ彼を見るのか……などと思ってしまったんだけど、でもこれもまた、彼がやはり大人の役者になったせいなのか(演じている役は高校生だけど)その苦悩の表情が案外とググッと来てしまったのだ。

しかしやはり本作の成功の秘訣は、小夜子に憧れる由似子を演じる本仮屋ユイカ嬢のピタリっぷりだろう。このキャスティングに関しては、彼女以上にピタリとくる女優を思いつかないぐらい、ピタリだった。
原作ではもう一人の友達、真理ちゃんと常に一緒に行動しているんだけど、そして本作にも真理ちゃんは出てくるんだけれど、その役割はぐっと抑えられて、由似子と小夜子の関係性が原作よりもずっと強く、運命と言ってもいいぐらいの絆にまで引き上げられている。

六歳の小夜子が初めて人を殺したその場面を由似子が目撃しているという、原作からは大きく逸脱した映画オリジナルの着想が素晴らしい。しかも小夜子が殺した男を、原作では名もなき浮浪者なんだけど、陰謀をたくらんでいる浮子おばの夫にしたのは、映画オリジナルとはいえ、原作でもそうしたら良かったんじゃないかと思うぐらい、いいアイディア。小夜子が血の呪いから決して逃げられないことを、実に上手く示唆しているんだもの。それに由似子の姉がこの郷土史に興味を持つことにも、すんなりと作用しているし。

小夜子はこの時覗いていた少女を覚えているし、そして由似子はこの少女こそが死んでしまったと思っていて、彼女を救えなかったことをずっと心の傷として抱えてきているのだ。実際、原作でも小夜子は“なぜか”初対面の由似子の名前を知っており、そのことに対する答えは、小夜子がそうした不思議な力を持っているからという落ち着き方に過ぎないのだけれど、それを映画化に際しては上手く利用して、実にガーリーな魅力を増加させているのが、女の子好きの私にとってはとっても嬉しい。
ラストシーン、小夜子と由似子の別れのシーンなんか、うっかり泣きそうになってしまった。子供のようなクシャッとした泣き顔で、別れを惜しむユイカ嬢、実にカワユし。

そうなの、実にガーリーなのだよね。原作はまず、家系図的なことが凄く判りづらい。今回愛蔵書を読み返してみたけれど、やっぱりなんだか、誰と誰がどうつながっているのか、あるいはその中には死んでしまった人もいるし、義兄だの義妹だの“義”のつく間柄がやたら多いこともあって、かなり難しいんである。
ま、それこそが、日本的な呪術系の、呪われた血を生み出した世界観であり、狭い血の関係性の中で女の業が全て凝縮されてしまったような小夜子はいわば、この血の呪いが生みだした悲劇のヒロインと言えるのかもしれないのだけれど。

本作は、そのあたりを実に判りやすく整理してくれて、小夜子なり涼なりといった、メインキャストの苦悩に集中することが出来た。小夜子のいる叶家と涼のいる遠野家をそれぞれ女系、男系、と分けて設定を変えた、と監督は語っていて、実際、小夜子を一人援護する祖父が、映画では祖母に替わっているのは大きな相違点だけれど、それは叶家だけではなくあらゆる場面に見られる。涼の手助けをする男友達の存在が切られていたり、由似子の兄が姉に変更されている点も、世界観を大きく変えているんだよね。全体に女系化の傾向の方が強いのだ。

由似子の兄ではなく、姉になった市川実日子がイイのよ。原作では漠然と美術を専攻していて、絵を描くことが専門だった兄が、映画では郷土史に興味を持つ姉、とダイレクトに設定が変更になっていて、判りやすい。判りやすいというのは時に陳腐にもなるけれど、4巻にもなる原作をテイストを失わずに描くには、実に効果的な判りやすさ。
演じる市川実日子が妹の由似子と似た者同士の“男嫌い”で、そのボサボサの髪型で研究に没頭する姿が実にキュート。そして彼女は、この物語を転がしていく狂言回しとでもいった役割りを担っているんだよね。この地の大地主である叶家と新興成り金の遠野家との確執を、古き天女の羽衣伝説から洗っていくという役割。

そして判りやすいといえば、原作では単に古典好きとしかされていなかった由似子が、能楽に没頭しているというのも非常に上手い転換点。叶家のルーツにつながる羽衣伝説が題材となった演目の存在が、小夜子とのつながりをより強固にするのは、心憎い設定。映像とする場合に画的にも魅力的だし、能楽の舞台の、能面のまがまがしさが、原作のまがまがしさをここで補っている感さえある。
しかもこの演目を観に行った由似子は、小夜子に会ったことがあるんじゃないか……という記憶を呼び覚ましていて、重要な転換場面にもなっていて、上手い。能楽はその所作の厳格さといい、衣装や能面の妖しい美しさといい、この物語の魅力をダイレクトに伝える要素が完璧に詰め込まれている。だから映画化に際して改変せざるを得なかったことによって失われた部分を、能楽が見事に補完していることには舌をまく。

本当に、ユイカ嬢は素晴らしかった。ちょっとガードが固すぎるような、でもまあ普通の、実は内面に抱えているものがある少女という、とらえようによっては小夜子よりずっと難しい役柄を、その外見の普通さをさらりと表現してくれた。
彼女はあえてメインに来るような役者にならなくていい、なってほしくない。だって、最初は主演作を張っていたという理由だけで、そのプレッシャーに押しつぶされるように消えていく若手女優があまりにも多すぎるのだもの。杏ちゃんもユイカ嬢との芝居は、毎回違うリアクションが差し出されてスリリングだと言っていたしさあ。

血の因習の中で死んでいった、小夜子を可愛がってくれた祖母は、「あなたがこの血の呪いを変えてくれるのね」と小夜子に言った。それに対して彼女は何も答えはしなかったけれど、その強い瞳には、勿論そのつもりだという意思が感じられた。
でも、長い長い、いや永い永い因習は、そう簡単には解けないのだ。
死んでほしい欲得ずくの親類は、首尾よく始末できた。
でも、涼には、死んでほしくなった。
暁を自分に夢中にさせて、嫉妬心をあおって父を殺させた。そして彼が死んだのは……涼より後だった。涼は、小夜子自身が細工した銃の暴発によって死んだ。暁か暁の父親を殺すつもりだった細工で。そして暁もまた、包囲された警察に銃撃されて、死んだ。
涼の死に、原作では静かに涙を流すだけの小夜子、だけど映画ではまるで迷子になった子供みたいに、しゃくりあげながら、号泣する。

光に満ちた夢のようなキャメラが、とにかく美しい。まばゆい白い光に満ちたイメージ。原作のまがまがしさのイメージとは違う。やはり意図的に変えているのか。
でも、なんたって叶家なんだもの。陵辱された天女。赤く血に染まった羽衣。やはりそれがなければ「吉祥天女」じゃない。
ところで、劇中に出てくる吉祥天女の絵は美術スタッフによって手がけられたという。オドロキ。
ふっくらとした顔が全面に出され、薄絹をひらめかせて泳ぐように舞う天女、それだけ見れば幸福そうなのに。

小夜子のお目付け役の青年、雪政。原作では20代と思われる彼だが、既に原作でもとても20代には見えないから、ツダカンで正解。
彼が実に印象的。しかも原作では、きっとこの後もずっとずっと小夜子に付き従うと思われる余韻だったのに、映画では「もうしばらくはいられるんでしょ?雪政」「いえ……」「そう……」というやりとりが用意されてて、本当に切ない。なぜ、一緒にいられないの?

ところで、涼つながりなのね、勝地君は。ま、どーでもいいことだが。★★★★☆


キトキト!
2007年 109分 日本 カラー
監督:吉田康弘 脚本:いのりあきら
撮影:木村信也 音楽:増本直樹
出演:石田卓也 大竹しのぶ 平山あや 尾上寛之 伊藤歩 光石研 井川比佐志 木下ほうか

2007/4/4/水 劇場(シネカノン有楽町)
肝っ玉母ちゃんが子供に注ぐ、無償の愛の一代記。ちょっと泣き所に頼りすぎのような気もしたけど……。特に死から葬儀、荼毘にふす部分はこれはひょっとしてギャグなのか?と勘ぐりたくなるようなさらっとしたスピードと大げさなアクトで過ぎゆき、もっぱら泣き所はパソコンの中に残されていた母のメッセージに込められているなんてねえ。
とか言いつつ、素直に泣く。最近は、素直に泣くようにしてるの。泣くとスッキリして、まあいっか、って気分になるから。それに確かに母の愛というのはいつだって平凡で、普遍だからこそ、心にグッとくるもんなのだ。それがてらいすぎであったとしても何が悪い、ってなもんだ。

ところは富山県高岡。巨大な大仏が見下ろす街。ところで高岡の大仏は、三大大仏の中で一番男前なんだって。ふーん……。
主人公の優介は、確かにちーとグレているのは違いない。暴走族ではあるし。しかしこの暴走族ってのも三人でチンタラ走っているだけのショボイ族。しかも先輩は就職が決まったからとアッサリ降りる始末。商店街が軒並みシャッターを下ろしているようなこんな田舎町では、ろくにグレることも出来やしない。

んで、優介。というわけでもないんだけど、一番男前の大仏さんによじ登って、もうひとつのホクロを落書きした。悪ガキ高校生は当然学校呼び出し。
こんなクズは辞めてもらってもかまわないんですがね、としれっと言う先生。聞きとがめる母親に、「すみません、クズだからクズと、つい言ってしまいました」と更にしれっと言う。
確かに優介は、学校なんてクソだと思ってたけど、よもや母親がこんな行動に出るとは。
消火器をぶっ放し、先生に向かって「この、子泣きじじい!ウチの子がクズなら、あんたたちはカス!」と言い放ち、こんな学校こっちから辞めてやる!と母親の方が言っちゃう。ほうかさんが子泣きじじいて……ひ、ヒドい……。

この肝っ玉かあちゃん、女手ひとつで子供たちを育てるために、この小さな街で様々な仕事をやってきた。人呼んでスーパー智子ちゃん。
子供たちは、恥ずかしいと思ってた。なぜ?それは多分、ひと言では言い切れないものがあるんだろう。でも結局突き詰めてしまえば、というか、大人になった目から言えばそれは、自分たちのためになりふりかまわず働いてくれていたことへの、自分たちの無力さへの恥ずかしさに他ならない。そしてそれを、認められなかった子供でしかない自分自身の恥ずかしさ。
でも彼らがそんなことに気づくのは、もうちょっと先である。
あ、彼ら、ね。優介にはお姉ちゃんがいるの。これまた判りやすくグレてスケバンになった美咲。男と駆け落ちする形で家を出た。もう三年も帰ってない。
母親は心配しているに違いないんだけど、それを口には出さない。ただ、彼女がハタチになる年、自分の着物を虫干しにした。「私の昔の振り袖。ちょっと、地味だけど。今年、成人式だし、きっと、帰ってくる」

果たして、優介は東京に出ることを決意するんである。
それもまた、唐突に。こんな田舎町、出てやる、ぐらいな理由で。親友の眞人を巻き込む。都会に出よう、そう誘うと眞人は「名古屋?」と聞き返す。優介はふんぞり返って、「ちっちぇえ男だな。東京だよ」と息巻く。単純……。
優介が突然そんなことを言い出したのは、ひょっとしてひょっとしたら母親に男の影を見たことも影響していたのかもしれない。

いつも夜遅い優介をテーブルにつっぷしてうたた寝しながら待っていた母親。つけっぱなしのテレビを優介が消すと、「見てたのに……」と決まり文句を言う母親。その手首にいつも輪ゴムをはめていた母親。その母親が、「母さん、スナックのママやろうと思うんだけど」そう言っただけでピンときた。「男か。年を考えろよ」
確かに店を勧めたのは彼女の恋人だけど、彼女はずっとやってみたかったのだ。息子のアンタは母親のやりたいと思ってた夢なんか、知らなかったでしょ。夢って、持つこと自体、タイヘンなんだから。だって優介には夢さえなくて、ただ漠然と東京に出ただけなんだから。
実際、スナックは繁盛した。
スナックの名前は、美優。二人の子供の名前を合わせていると、彼は気づいていたのだろうか。

本当は高校を辞めた息子を心配して、専門学校の資料など取り寄せていた母親だけど、そしてただ東京に出るという息子に、そんな甘いもんやない、といさめる母親だけど、でもそこはやっぱり母親だから、息子を信じて、ただ送り出す。
生きている証しを自分で見つけて来い、と送り出す。
小さな、ローカル電車に、息子を放り込んで、「後は自由行動!」と、涙を隠すように、背を向けて歩き出した。
あ、そうそう、この場面で、駆け込んできた親友の眞人が、「おばちゃん、泣いてたで」と優介に言うのは、そんなこと言わすなんてヤボやなあ、と思う。
ちょっとね、そういうところがところどころに見受けられるんだよね。説明しなくてもいいようなところを、わざわざ説明しちゃって軽くガックリくるような。

さて、東京に出た二人。いきなり新宿アルタ前。これもまた単純。恐らくテレビで見て憧れていたんだろうと思われる。
しかし、その人の多さ、ハデさにビビリまくる。眞人はそんな自分を鼓舞しようとしたのか、「東京のほとんどの人が地方出身で、ほんまものの東京人は、ちょっとだけらしい」と優介に言う。「ほんまものの東京人って?」「…………」
そんなん、決まってるじゃん。東京で生まれ育った人のことでしょ。河岸にいると、よく判るよ。筋金入りの江戸っ子。自然体で生きてる。でもそういう人間は、こんな歌舞伎町にはいない。実際ここにいるのは、東京なんて、とか、東京でなくちゃ、とかつぶやいて集まって、きらびやかなファッションとメイクで武装している、地方出身者ばかりのような気がする。
でもね、地方の人間にとって、確かに、「ほんまものの東京人」ってピンとこない気持ちは何となく判る。自分たちだっていわば「ほんまものの高岡人」なわけだけど、それ自体に彼らが気づいていないからだろうと思う。
足元が、見えていないのだ。
その足元が見えるようになるまで、少々の時間がかかるわけだが……。

「ホストって、学歴関係ないんでしょ?」とこれまた単純な理由で、ホストを始めた二人、成功すれば確かに稼げるけど、それには相当の努力が必要。優介がそうなれないことは目に見えていた。実際、彼は泣かず飛ばず。あまりやる気も見られない。
意外だったのは、巻き込まれた形で東京へとやってきた眞人の方こそが、ホストとしてのやる気と才覚をめきめきと表わしてきたことである。
一方の優介は、たった一人の指名しか得られなかった。優介のやる気のなさにイライラとして、「メールはお休みだけじゃダメなの!」とか、「帰ろうとしたら、引き止めなさいよ!」とか、ホストとしての姿勢を叩き込もうとしている藍。彼女は、他の客同様、確かにおミズではあったけど、先輩から言わせると、「あのコ、マジでホレてるぜ。上手く引っぱれるな」とのことだった。

でも、優介にはそんなこと、出来なかった。だって彼もまた、彼女にマジでホレてたから。ホストは日常を見せちゃいけないのに、納豆を値切っているところも彼女に見られていたし、一緒にバッティングセンターなんかにも行ったりして。
そして母親が訪ねてきた時、隣に座っていた藍に、「つき合ってる子か」と問われ、優介は首を縦に振ってしまうんである。
やっぱり、母親はひと目で見抜くんだよね。この時点では藍は自分の気持ちを自覚していたにしても、優介はまたぼんやりさんだから、判ってなかったに違いないのに。

そうそう、母ちゃんってば、訪ねてきちゃうのよ、それもイキナリ。
優介がホストをやっていると知って「ホスト!?女から金を騙し取るんやろ。今すぐ辞めえ!」と叫ぶ彼女に、「オレは俺なりに考えてやってるんだよ!」と優介は言い返す。ウソこけ。何を考えてるっていうの。何にも考えてないから、泣かず飛ばずなんじゃないの。
しかしそんな風に、ケンカ別れに近い状態で帰っていったハズの母ちゃん、職場の優介に電話をかけてくる。慌てて駆けつけた優介の前に、なんとまあ、真っ赤なドレスを着て駅の階段を駆け下りてくるんである!
さすが、スーパー智子ちゃん……。

「頭から反対して悪かった。どういう職場か、母ちゃんがちゃんと見極めてあげる!」
彼女の頭の中には、ホストクラブの客というのは、こーゆーカッコということなのか、それとも彼女のせいいっぱいのオシャレが、このトンチンカンなカッコなのか……。
でもね、このトンデモ母ちゃんに、ホストたちもお客たちも、皆、お世辞じゃなくて、引き寄せられちゃうの。
それは彼女が、彼らをバカにしてなくて、本当に息子を心配して来てて、その気持ちが純粋なのが伝わるから。
ヘタなカラオケにも、なんだか泣いちゃうのだ。

大竹しのぶが無償の愛を注ぐ肝っ玉母ちゃんというのは、ちょっと意外な気もした。だって彼女は女の匂いを失わない、自分の自由のために生きる女、みたいな雰囲気があるからさ。あ、それはただ単に、彼女の個人としてのイメージか。やはり女優なんだよなあ、そのあたりは。当たり前か。
でも、ホント、意外なくらいハマる。トンでる母ちゃん、という部分は大竹しのぶそのまんまのハジケっぷりではあるけれど、それが自分の子供を思うがゆえの、ということを感じさせるのはやはり、さすがなんだなあ。
そして、女の匂いを失わない、という部分も、やはりこの母ちゃんには重要なのだ。なんたって息子の仕事場に乗り込むのに、子供のピアノの発表会か!てな真っ赤なドレスを着ちゃうようなトンチンカンな乙女なんだから。こんな大きな年の子供がいて、しかもあくせく働いてきてても女としてチャーミングで、恋しちゃう男が現われるんだから。

この、彼女に恋しちゃう佐川、演じる光石研がイイんだよねー。なんか最近、観る映画観る映画、いつもいつも光石研がイイんだよなあ。
そうそう、優介たちのじいちゃんがいるんだけど、このじいちゃんというのが母ちゃんの死んだダンナの父であって、身寄りがないもんだから、彼女が面倒を見ているのね。
でも彼女がじいちゃんの面倒を見ているのは、それだけが理由じゃないよね。お互い、大切な人を亡くした同士だから、その時点で家族だと、母ちゃんはきっと思っているんだよね。
でもじいちゃんは、それが信じきれないトコがあったのかもしれない。彼女が佐川と挨拶に訪れた時、ただただ、執拗に反対するから。

何回ヤッたんだとか、温泉旅行には行ったのかとか聞いたりして。全くこのエロジジイ……実際、このじいちゃん、黒パンツいっちょで栄養ドリンクをグッと飲み干し、デリヘル(多分)呼んでコトに及ぼうなんてしているんだから、大人しく隠居しているようなじいちゃんじゃないんだ。
しかし、このじいちゃんの質問に、「5回……すみません。でも温泉旅行はまだ、これからです」なんてバカ正直に答えちゃうんだもん、佐川!
「三人で新しい人生を始めようと言ってくれた。そんなことを言ってくれる人は他にはいない」と母ちゃんはじいちゃんに言う。
うなだれるじいちゃん。
つまり、彼女の決め手はその一点であり、それは自分の幸せよりも、じいちゃん、ひいては子供たちも含めた、家族の幸せを優先してるってことを、明言してるんだもん。
それは、佐川に対してちょっとカワイソウな気もするけど、でもそんな男が現われるなんて母ちゃんは思ってなかったわけだし、それが口実に一緒になれることが嬉しいぐらい、ホレてたってことだもんね。

なんか大分話が脱線したけれど……そうそう、母ちゃんがホストクラブに乗り込むトコだっけ。
ここで母ちゃんは、ずっと行方知れずだった娘の美咲とも再会する。
優介は既に、カモにされかけてるホステスの姉ちゃんと再会してて、その居場所を母ちゃんに知らせようとしていたんだけど、美咲から口止めされていた。
しかし今、目の前の娘に呆然とした母ちゃん、「美咲……生きてたのか」とつぶやくと、美咲はただ、うん、と頷くことしか出来なくて、もうその時点で双方共に胸がいっぱいで。
母ちゃんはこのバカ娘の頬を叩くけれど、でも、「良かった!」って、抱きしめて、美咲も「お母さん!」ってこらえきれずに抱きついて、二人、ただただ泣きじゃくるんである。

本当に、カンタンなことなのだ。実際、言ってたのだ、母ちゃんは。親子の絆は切れない。いつでも帰っておいでって。東京に出る優介に、もし美咲に会ったらそう伝えてって、頼んでた。
でも子供はつい臆してた。どこかで親の愛を見くびっていたのかもしれない。でも親の愛は子供が考えているよりずっと単純で、何にも考える必要なんてないんだ。たとえ殺人を犯したって、親だけは子供をかばう。そういう生き物なんだもの。
これほどバカで単純な生き物はいない。そしてこれほど、自分の味方になってくれる人間などいない。

親バカって言葉は、実は人間の本質、これがなくなったら、人間はきっとダメになってしまう。
あるいは今、それがなくなっているからこそ、世の中ってモンがダメになりかけているのかもしれない。親バカって言葉が誤解されて非難される傾向にあるから。
でも違うんだ。親バカっていうのは、子供がかわいいから、自分の子供は特別だから、そんなの、当たり前の感情じゃない。親以上に子供の味方が出来る人間なんていない。それさえいなくなってしまったら、子供は壊れてしまう。今がそんな、時代のような気がする。

確かに、美咲はグレてた。もう、じっつに判りやすい形のグレ方。いわゆるスケバン。今時こんなのないよっていうヤツ。この時彼女は母親をうっとうしいと思ってグレたんだろうし、その延長線上で、家を出た。なんとまあ母親がグレた娘に包丁を突きつけ、あんたを殺して私も死ぬ!と迫ったから。
そんな強烈な“愛”には、逃げるよりしょうがないだろう。この時、美咲が“逃げる”と思っていたかどうかは、すこぶる疑問だけど、ハッキリと、そうだ。

一方的にホレた男の愛より、心中しようと真っ向から向かってきた母の愛の方が、マグマまで届くくらい深いに決まってる。大体、ホレた男についていくなんていうのは、あとから考えれば勢いづけの理由に過ぎなかったとしか思えないし。だって、結局は「あんなヤツ、とっくに別れた」というぐらいの男だったんだもの。
つまり、彼女の行動の基本には常に、母親が、家が、故郷があったんだ。グレるのだって行方をくらますのだって、エネルギーがいる。それを費やすだけの価値が、母親に、家に、故郷に、あったということなんだ。
今はそれがないから、親バカが否定されて子供が存在意義を失って宙を浮いてしまうから、他人に野放図に向けられてしまうんじゃないのか。

そして親子感動の再会を果たしたそのホストクラブで、真っ赤なドレスを着てステージに立った母親は、好きな人がいる、お母さん、幸せになっていいかなあ?と、子供たちに問いかけた。
美咲はうつむいて涙をこらえて、手で大きな丸を作った。優介、とうながされて、彼もそれに従った。
拍手喝采。涙涙。かなりベタな場面なのだが、ここは女優、大竹しのぶに泣かされてしまうんである。

しかし、母ちゃんが倒れたという知らせが届く。慌てて故郷に帰る二人。
惹句にもなっている、「母ちゃんって、不死身なんだと思ってた」という台詞は、姉の美咲が口にする。「……オレも」と優介も返す。
不死身だと思っていたから、いくらでもワガママにふるまえたこと、今更ながら、判った。
美咲は更に言う。「高岡って、ホントゴミないね。東京はゴミだらけ」
ココで彼らは、自分たちが「ほんまものの高岡人」だということにも気づいたんだと思う。

優介は夜半、急に「病院に行く」と言い出す。美咲は驚くけど、散歩がてらみたいな雰囲気で一緒に向かう。その後ろ姿に優介は、「姉ちゃん、母ちゃんに似てきたな……ちょっとだけ」と言う。
テレ笑いをして、ストラップのいっぱいついた携帯電話を振り回しながら、楽しそうに歩く美咲。
二人が病院に到着した時、母ちゃんは死んでいた。
イヤな予感がしたってことだったのかなあ……やけに唐突だけど。
実際、ここからやけに展開が急がされるんだよね。葬儀でも荼毘にふされるトコで優介が点火のボタンを押すように促がされる場面も、皆凄い泣いてるんだけど、見てるこっちは取り残される感じなの。
ここって、重要なトコだと思うんだけどなあ……。

ただ、ここでも救いは光石研。彼女が死んだ時、子供たちと同じぐらい、いやそれ以上に悲しみにくれる。主のいなくなったスナックで、一人泣くのをこらえて後片付けをしていた。だけど、店を畳むことはせずに、ゼロからここを始めてみようと思うんだ、と言った。
母ちゃんと籍を入れるつもりはなかったのか、と問うてみる優介。すると、「智子さんが、子供たちが一人前になるまで待って、って」
返す言葉のない優介。
優介は、死んだ母親の手首にいつものようにはめられていた輪ゴムを差し出した。
母ちゃんと、親子として闘い続けてきた子供たち、特に息子の優介が、“形見”を差し出すほど、深く母親を愛してくれた人。
受け取って、肩を震わせて泣く佐川に、彼の愛の深さを思う。

優介は、藍に電話をかけた。会いたい、そう言った。
そして、いきなり7年後である。
オールバックにして作業着を着た優介は、小さな会社を起業したらしい。幼い男の子が一人、走り回っている。優介と藍の子供。そして藍のおなかは第二子を宿して大きくなっている。
そして別の場面で示される、美咲は母ちゃんの後を継ぐ形で、あのスナックのママになっている。おミズの経験が活きた訳だ。

でもさ、今思えば、優介は、そして美咲も、結局は、一人で東京に出られなかったんだよね。
どこか巻き込まれた形で一緒に出てきた眞人の方が、東京の水に染まった。
それは、優介が母親の愛を田舎に引きずっていたからなのかもしれない。でも眞人は、一見そうは見えなかったけど、多分、全てを捨てて出てきたのだ。
だからこそ、優介からの誘いにギリギリまで迷っていた。
優介は、母ちゃんに送ったたった5千円の仕送りの見返りに、思っきし越えるやろ、ってな“送って欲しいものリスト”を入れてた。その甘えに、象徴されてる。
一見、ノーテンキなだけの男に見えて、眞人には覚悟があったんだ。
実際、この眞人を演じる尾上寛之は凄くイイのよ。なんか、水橋研二っぽい。外見も、繊細さも、何より演技力も。主人公の石田君より相当良かったなあ。正直、食いまくってた。だって石田君、ニキビ面だし、風貌もなんか古くさいんだもん……。

でね、優介の事務所で働いている女の子が読んでいる週刊誌にね、眞人が載ってるのよ。なんとまあ、歌舞伎町イチのホストとして紹介されているのだ!
一度はナンバーワンのホストにたてついて、ボコボコにされて、どん底を味わって、優介の前から姿を消した眞人が、ここまで登り詰めるのに、どれだけの苦労があったことか。
その点、優介は最初からあんまりやる気がなかったし、ホント、母親に甘やかされていたんだよね。でもだからこそ、色々と打ちのめされて、良かったのかもしれないけど。

生きている証し、それを、「自分で見つけんしゃい!」と母ちゃんは言っていた。
今、優介は、母親が使っていたパソコンを開いている。実に7年間、形見であるそれを開きもしなかったというのはちょっとムリがあるような気もするが……。
デスクトップに、「子供たちへ」と名付けられたドキュメントがあった。
パソコンを始めたばかりの母ちゃんが、優介と一緒に秋葉原で買ったパソコンに、一生懸命打ち込んだ、初めて告げる子供たちへの思い。
生きている証し、それは彼女にとっては、子供たちだった。
うーん、ベタだわ、と思いながらも、ここは素直に泣く。
でもやっぱり、ベタベタだよな、と泣きながらも頭の隅で思っちゃう。

どうも、スッキリしない。正直、なんか、どっか、甘いんだもん。富山は、監督の田舎ではない。彼が知り合ったある人のエピソードをアイディアに採用した。ちょっと頑張って金沢、もっと頑張って名古屋、うんと頑張って東京。
確かに判るけど……もっともっと、突き詰められたところで押し込められている地方人は、ちょっととか、もっととか考えるどころじゃなくて、どーんと東京に出るってしか、ここを出る手段はないんだよ。
なんか、そういう、根本的なトコが、スッキリしない原因のような気がする。
それにこのタイトルもなあ……。キトキトの魚って言ったりするし、河岸にいるからその意味は判るけど、作品の内容を伝えるには、判りにくいし。デビュー作として世に打って出るには、弱い気がしちゃうなあ。余計なお世話か。
光石研と大竹しのぶに泣かされる映画ではあったのだが……。★★★☆☆


きみにしか聞こえない
2007年 107分 日本 カラー
監督:荻島達也 脚本:金杉弘子
撮影:中山光一 音楽:大谷幸
出演:成海璃子 小出恵介 片瀬那奈 石川伸一郎 高田延彦 羽田実加 坂田梨香子 中野英雄 古手川祐子 岩城滉一 八千草薫

2007/7/10/火 劇場(新宿ジョイシネマ)
うう、久々に号泣してもうた……。観てる時にはこんなファンタジーに浸りきれるかなとも思ったし、時間や空間を越えて顔の見えない相手と思いを通じ合う純愛物語って、なんだか「イルマーレ」やら「リメンバー・ミー」やら「時をかける少女」やら「Love Letter」やらをごちゃまぜにしたような話だなとも思ったし(「Love Letter」と似ていると思ったのは、海に向かって彼への思いを叫ぶ場面が特に顕著にね)。
聾唖で感動させるなんてありがちだなとか、会ったとたんに男の子が死んじゃうなんて、ハッピーエンドが好きな私としてはカタルシスを感じられないことへのストレスと、死で涙を誘うなんて古いことはもうやめてほしいとか、なんだか色々自分の中で牽制していたんだけど、そのどれもがムダな抵抗であった。

彼が死んでしまうことより、その彼が残した最後のメッセージの意味が判った時に、やられたー!と涙ドバー!しかし劇中の璃子ちゃんはそれを割とさっぱりした顔で受け止めているのも逆に良くって、ああ彼女はもう泣いて泣いて恐らく相当自分も責めて、でもようやく整理がついたから、今ここにいるんだろうなと思ったから。
で、その死んでしまう小出君は映画で色々観ているはずなんだけど、ハッキリ名前と一致しているのは「初恋」ぐらいで(すみません、ドラマは知らん)、正直あんまり興味がなかったんだけど、本作はうー、すっごい良かった。純で素朴な感じが凄く似合ってて、たとえ死ぬと判っていても、彼女を守って死んでいくことに全く躊躇なく飛び込む彼がイヤミがなくて、素直に泣かされてもうた。

と、もう最初からオチバレ大全開だが。でもね、この作品がイイのは、実は死んでしまうんだとかそういう瑣末なところにあるわけじゃなから、いいのさ(と勝手に決める)。
孤独な少女、リョウが公園で拾ったオモチャの携帯電話。それが突然鳴り始めた。しかもその声は頭の中から聞こえてきて、次第にその携帯がなくっても、電話がかかってくるようになった。そして自分からもかけることができた。
相手は野崎シンヤという青年。高校を卒業してリサイクルショップで働いている彼は、壊れたものを直すことにひたすら愛情を注いでいる。自分に自信のないリョウだったけれど、彼には自分のことが何でも打ち明けられたし、勇気づけてもらえた。そして、自然にお互い、会いたいと思うようになった。

という、設定はホント、ファンタジー。でもファンタジーは最初からありえないんだから、それをありえるように思わせるべくリアルにするってことは、実はそれほど重要なことじゃないんだ。
ということに気付かせてくれるこういう映画が出てくると、一方でファンタジーをリアルにすることばかりに腐心している映画が、なんとまあ多いことかってことにも気付いてしまう。ファンタジーがリアルに表現されてないことで腹を立てるほど、映画ファンは大人気なくないはず。つまり、ファンタジーをリアルにしようなんてところに腐心している作品は観客を信用していないと共に、作品の力、あるいは役者も信用していないってことなんじゃないかと思っちゃう。
やはり、気持ちであり、それを生きてくれる役者なのだよね。それがこの映画の成功の秘訣、実にシンプルなんだけど大正解な理由だったと思う。

頭の中の携帯電話なんて、ありえない。そう言ってしまえばもう終わっちゃう。携帯なんて新しいアイテムに置きかえてはいるけれど、これはつまりは遠い距離(と少々の時差)を、響き合う運命の魂が飛び越える純愛物語であって、それは実に王道な純愛ファンタジーなのだ。
観ながらいろんな映画を思い浮かべたのはそのせいだけれど、そういういわゆる“障害”を乗り越えるためには、本当に基本的なこと、いかに二人の間に気持ちが通じ合っているか、演じる役者がそれをいかに身体全体に染み込ませているかが、当然ながら問題になってくるわけだもの。

ことにこれは、頭の中での会話、つまりはテレパシー会話になってくるから、今、頭の中で言葉を交わしている、という演技が要求されてくる。それはほんっとに映画ならではだと思うんだけど、カメラが映し出すその表情こそが全てを物語らなければならない、凄く難しいことだと思うんだよなあ。
ここ最近の主演作連打で、細胞レベルで表情を作っていく璃子嬢に驚かされるばかりであったから……やはりこの役が出来る女の子は彼女以外にはありえない。男の子の方はね、聾唖という設定があるから……語弊があるかもしれないけれど、それだけで割と逃げられる部分があるから。でもいわゆる普通の、普通レベルの孤独を抱えた女の子(これも語弊があるかな)を、考えていることだけを表情にするって、本当に難しいことだと思うんだ。小学生から高校生まで自在に演じられる今の璃子嬢だからこそ、捕まえることの出来る役だと思うのだ。

このタイトル、最初は頭の中の携帯電話というアイテム自体のことだと思っていたら、シンヤが聾唖者であることが判明して、そうか、今の彼の声がリョウにしか聞こえないということなんだ、と判った時にも、ちょっときゅんとした。聾唖者だから声が出せないということではないんだけれど、仮に彼が声を出しながら手話で会話したとしても、彼自身にも自分の声は聞こえないのだし、まさしく「きみにしか聞こえない」わけなのだよね。

シンヤは自分が聾唖であることをリョウに告げないまま、頭の中の携帯電話で会話をし続ける。彼女は孤独で友達の出来ない自分のことを、その悩みや苦しみを彼に打ち明ける。自分のことを欠陥人間だとさえ言う。
彼が聾唖者だと知っていたら、そんな台詞、リョウは言えなかったし、悩みを打ち明けるということ自体しなかったかもしれない。それは「知っていたら……だった」という、タラレバとはいえ隠された差別意識は確かにあるんだけれど、それを彼自身が充分に飲み込んでいること、つまり彼の強さがそうさせていることが、伝わってくるんだよなあ。
だから彼は早い段階からリョウに会いたいと思ったし、聞こえないことでの第六感的な直感で、リョウなら聞こえない自分ともこの関係を変わらずに続けていけると思った、んだと思う。臆さなかった。
むしろ臆していたのは、リョウの方だった。こんな引っ込み思案な、可愛いカッコも似合わない自分、実際には頭の中の携帯電話のように普通に声を出すことさえ困難な自分は、会ったら嫌われるんじゃないかと思ったから。

でも本当は、彼女は可愛い女の子なのだ。自分が可愛くないとか思っているのは、小さい頃のピアノの発表会でのトラウマがあるから。キレイなドレスを着て発表会に出た彼女を友達が、かわいいね、ピアノもうまいね、と褒めてくれたその裏で、全く逆のことを言って笑い合ってた。有頂天になっていたリョウはショックを受けた。何でも真に受けてしまう自分が、バカなのだと思ってしまった。その時、彼女はピアノもやめてしまった。本当は大好きだったに違いないのに。
そんなリョウのことを、家族も実は密かに心配しているというのがうかがわれるのも、優しくって、泣けちゃうのだ。もう年とっちゃって、なんでも涙が出るのも困ったもんだ。

最初こそは、家族の中でもリョウは一人孤立している感じに見えるのね。両親と妹の四人で暮らしているんだけれど、リョウ以外は実に和気あいあいと見えるから。
にぎやかな食卓を避けるように、学校へ出かけていくリョウ。合唱コンクールのピアノ伴奏に選ばれた妹は有頂天でピアノを弾いているから、まだリョウのトラウマが明かされないうちなので、あれ?姉である彼女はピアノをやらないのか……などと思ったりもする。そして妹の晴れ舞台を両親は見に行くけれど、リョウはうちで留守番しているし。
でも、シンヤと会話するようになって、ピアノが弾きたくなって、本当に久しぶりに鍵盤に向かった彼女を、外から帰ってきた母と妹はジャマしないように、嬉しそうな笑顔を浮かべて見守っている。そのショットだけで、何も言わなかったけれどピアノに近づこうともしなかったリョウのこと心配していたことが、判るんだもの。

そして、リョウがシンヤと会いに行くためにおめかしした時、母親がこれをやったらもっと可愛くなる、と繊細なネックレスをつけてやるところなんか、ささやかなんだけど、母親がこういう時を待っていたことが判って、胸があたたかになってしまうのだ。アクセサリーをつけることなんて、考えたこともなかった娘に。
そしておめかしした娘をおっ、と言う感じで見送る父親も「良かったじゃないか!」なんてその台詞はすっごくシンプルなんだけど、シンプルなだけに、なかなか自分たちには弱さを見せない娘を心配していたことが、その台詞だけでダイレクトに伝わって、この時にね、そう、もう、判っていたんだ。

リョウは実際には携帯を持っていない。かかってくることのない携帯は寂しい、と彼女は言う。
まー、わたしゃ元から携帯は持っとらんから、携帯が鳴らない寂しさなんて知る由もないのだが。
最近は、携帯を持っていることがあったりまえの常識として話を進められちゃうからなー。
まあ、当然か……。
でもさ、これってある意味皮肉だよね。つまり、携帯を持っていることだけで、誰かとつながっていられるんだと錯覚している皮肉。それが鳴らなければつながっていないし、鳴ればつながっている。そう思っている。あまりにも寂しすぎるカン違い。
だってリョウは家族にすっごく心配されて、愛されていることも判ってないんだもん。教科書の朗読をやたら指名する先生だって、ひょっとしたら声がなかなか出ない彼女を心配していたのかもしれない。と思うのは、声が出るようになった彼女に、「良かったぞ」と迷わず言ってくれることで、察せられるのだ。そういう先生って、いそうでいないよ。私は覚えがないもん。
そして、何より10年後の自分が自分を支えに来てくれてたことも、まだ知らないんだもの。

おっと、シンヤと会うと決心する前に、二人が“遠距離デート”する場面がひとつのヤマになっていて、これが実にイイんである。
今は長野にいるシンヤだけれど、以前鎌倉に住んでいたことがあるという。そしてリョウは横浜で暮らしている。
緑の美しい長野にいる彼と、都会の中に暮らしている彼女。その緑の中、自転車を走らせながら、遠い鎌倉にいる彼女をエスコートする彼。途中迷子の男の子の世話なんぞをしながら、彼の言うとおりに歩を進めていくリョウ。
まるで横に彼がいるみたいだ。
そしてたどりついたのは、一軒の古びたショップだった。そこにリョウへの荷物が預けてあるからと言ってシンヤは電話を切った。恐る恐る入っていくリョウ。出てきた“戸田のおじさん”は、「あいつも隅におけないな」なんて言って、届いていた荷物を渡してくれる。

この戸田のおじさんを演じる岩城滉一が久々にイイのであった。
壊れたものを何でもかんでも持ち込んで、直してくれとせがんでいたというシンヤ。それに飽き足らず、自分で直すようになったという。
「一生懸命直せば直すほど、そのモノは自分のことを決して忘れない。だから寂しくないんだ」
そんなことをいつも言っていた、とシンヤの話をしてくれる戸田おじさん。この時に彼が聾唖であることを彼女に言わなかったことは、不自然だったかもしれないけれど。

そしてふたたびシンヤから電話がかかってくる。デートの最後は彼が大好きだという誰もいない海岸。そこで荷物を開けるリョウ。その中には古びたラジカセと手紙が入っていた。リョウのために直したんだと。これを使って、リョウの声を録音してほしいと。リョウははにかみながら、テープレコーダーに向かって叫ぶ。「聞こえてますかー!シンヤさーん!夏になったらあなたに会いたいでーす!」
まだこの時には超切ない結末は見えていないのに、なんだか既に涙腺があやしくなってくる。
このシーンにこそ「Love Letter」を重ね合わせたせいもあり、だからこそ彼女が呼びかける彼が、もしかしたら……と心のどこかで思っていたからかもしれない。

実はこの頭の中の携帯電話、もう一人参加している人がいる。リョウより10歳年上の原田という女性。思えばリョウとシンヤには1時間の時差があったんだから、彼女とだってそれがあるかもしれないことを、予測すべきだったのか。でもまさか、それが10年とは。
原田は最初からリョウに、シンヤと会うべきだと言っていた。無理はすることないと言いながらも、「会いたいと思った時が、会う時なのよ」と。

そして、リョウはついにシンヤと会うことを決意する。仕入れのために東京へ出張に来る彼から「今度こそ、リョウに会いたいと思う」と言われ、今度はリョウも「私も会いたい」と返事をした。そして白いレースのフレアースカートにノースリーブのピンクのトップをあわせたラブリーなカッコに、お母さんがつけてくれた華奢なネックレスというおめかし姿で、出かける。
リョウが、バスの中に乗り込んできた同じようにおめかしした青いワンピースの女の子に視線を送った意味が、どういうことなのか判らなくて、不安だった。この時点で私は、ハッピーエンドの結末が待っていると信じて疑わなかったから。

……いや、正確に言うとそれはウソか。シンヤと会うことを報告したリョウに原田が「あなたなら、何があっても乗り越えられる」と言った台詞が引っかかっていた。シンヤと違って、原田とはなんだか電波が遠くて雑音が入って会話の途中で切れることもしょっちゅうだったし。口には出さなかったけれど、原田はシンヤのことも知っているみたいな感じがあったんだよね。一体彼女は何者なのか、頭の中の携帯電話で話せる人がそんなにいるものなのか。そして彼女が今、子供たちに音楽を教えていること、そしてそして何よりも、「強い大人になれるかな、じゃなくて、強い大人になるのよ」と言ったこと……。
シンヤからリョウにプレゼントされた、あの古いテープレコーダーが原田の手元にあることで、ああそうだったのかと気づき、そしてリョウが10年後そのことに気づいて、頭の中の携帯電話を久しぶりに鳴らすのだろうと思う。あなたなら、10年前の私なら、何があっても乗り越えられるんだよ、と。

と、ついつい飛んでしまったんだけど、道路が渋滞して約束の時間より少し遅れて到着したリョウは、シンヤを探して周囲を見渡している時、車にはねられそうになる。その瞬間、彼女を突き飛ばして替わりに跳ね飛ばされてしまった一人の青年。
彼こそがシンヤだった。二人はひと言も言葉を交わすことも出来ずに、ただシンヤは自分の名前を呼ぶリョウにニッコリと笑顔で返して、胸のところで右手をかすかに動かした。
この時まだリョウは、彼が聾唖者だと知らないから、それが手話だということさえ、判らなかった。
そして彼は死んでしまう。なんとアッサリと……とちょっと驚いて涙も出ないまま眺めていると、涙にくれるリョウはふと時計に目をやり、まだギリギリ1時間たっていないこと、今彼に電話をすれば、まだ間に合うかもしれないと思うのだ。

あなたに会って、ゲンメツした。だから来ないでこのまま帰って。それを聞いた1時間前のシンヤは、やはり聾唖である自分にガッカリしたのかと呆然とする。しかしそんな彼の気持ちなど知る由もないリョウは「あなたの声も!」と言ってしまった。これでウソがばれてしまった。
「そんな筈はない。僕は小さい頃から耳が聞こえない。声が出せないんだ」
ウソがバレて焦ったリョウは、「来たら、あなたは死んでしまうのよ」と必死に彼を止めようとする。これもまたマズかった。つまり自分が行かなければリョウが死んでしまうと彼は思い、駆け出した。私はきっと死なないから、お願いだから来ないでというリョウの懇願も、彼は聞かなかった。リョウはあの青いワンピースの女の子を思い出し、「私は青い服を着ている」ととっさに、最後の賭けに出る。

それは一瞬、功を奏したように思えた。その女の子が目に入るシンヤ。でも彼女が携帯を取り出して話し始めたことでそのウソも崩壊してしまう。
そのすぐ後ろに、リョウを見つけた。「みんな、今は携帯で時間を見るから……。私は子供の頃から使っている赤い丸い時計。ちょっと子供っぽいんだけど」と言っていたリョウの言葉が決め手だった。その会話の時、その時計は幸せ者だね、と彼は言っていたのだ。
迫り来る車から迷わずリョウを助けて、はねられてしまうシンヤ。
一時間後のリョウと話をしているなんて、目の前の彼女は知らない……。その1時間後のリョウは、彼の最後の言葉を泣きながら聞いている。
「こんな顔をしていたんだね。可愛いよ。あ、今僕の名前を言った」
そして、電話は永遠につながらなくなった。

季節はめぐり、リョウはシンヤが暮らしていた長野に来ていた。
両親を早くに亡くしたシンヤは、心優しい祖母と一緒に暮らしていた。その祖母を訪ねる。
「神様はきっと順番を間違えたのね。みんな私より先に行ってしまう」でもそう言っている祖母は、リョウに優しい笑顔を向けていた。そしてたんすから一本のカセットテープを取り出した。
「あの子、何度も聞きたがったのよ。特に最後の部分。私が、可愛い声よ、って言ったら、それはそれは嬉しそうな顔をして。あんな幸せそうな顔、久しぶりに見た」
そして、彼の“口癖”だったという手話をしてみせる。それは、リョウが言葉も交わせなかった、と思っていたシンヤがこと切れる直前にしていた仕草だった。
それ、どういう意味なんですか、とリョウは問うてみる。すると祖母はニッコリとして言った。


「あなたは、一人じゃない」


あー、ヤバい。ここか、ここだったのか、涙腺ぶっ壊れポイントは。言葉を交わしていたんだ、あの最後の時。ひと言も気持ちを伝えられないままなのかと思っていたのに。
しかも劇中のリョウ=璃子嬢が、その手話を反芻しながら涙ではなく笑顔を浮かべているのに、それを見ているこっちの涙腺がひたすらじゃーじゃーとぶっ壊れ続ける始末なんである。
そしてリョウは、シンヤがお気に入りの場所に足を運ぶ。柔らかな緑の草原、そこから街が一望できる場所。
彼女は、あのテープレコーダーに向かって叫んだように、シンヤに呼びかけた。
「私は今、生きていまーす!」笑顔で。

鼻歌を口ずさむリョウに、「リョウのおかげで、忘れていた音楽を思い出した」とシンヤが言う台詞もいい。それが主題歌のメロディであるというのは少々出来すぎな気はするけど。
初めて見る名前の監督さんだったし、タイトルからしてソノカレなどが頭に浮かんだりしたのでかなり不安を覚えたのだけれど、璃子嬢主演ということ、その一点だけを信じて足を運んで良かった。
正直、この一本では判らないなと思ったのは、的確な言葉の選択が素晴らしい脚本と、一歩間違えればそれだけに頼っていると思われそうなやけに美しい透明感のある画と、そして何より役者の素晴らしさに助けられている印象が強かったから。

この数ヶ月に封切られた三本もの璃子嬢主演の映画の中で、唯一恋愛映画として切なくさせた佳作。出会った途端相手が死んでしまう、究極の純愛。これからこの璃子嬢ががっぷり取り組む真の恋愛映画をどんどん撮っていったら一体どうなるのか、もう楽しみで仕方ない。★★★★☆


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